異形の魔物
深い霧が立ち込め始め、視界はさらに悪くなった。 ゴレムたちが発するトテトテという足音だけが、不気味なほど響く。
突然、先頭を歩いていたゴレムの一体が、ピタリと足を止めた。
「……待って」
僕が制止するより早く、霧の奥から『ギチチチ……』という、硬いものが擦れ合うような嫌な音が聞こえてきた。
現れたのは、巨大なカマキリを彷彿とさせる異形の魔物――『岩刻虫』だった。
その体長は馬車ほどもあり、全身が重厚な黒鉄色の甲殻で覆われている。
岩石を主食とするその顎は、硬質の岩を易々と噛み砕くほど強靭だ。
何より恐ろしいのは、両腕に備わった鎌のような鋭い爪が一振りするたびに大気を切り裂く鋭い音を響かせている。
「ひっ……! ま、魔物だ!」
御者が悲鳴を上げ、馬がパニックで竿立ちになる。
岩刻虫は複眼をギラつかせると、標的を定めるように首を傾げた。
そして凄まじい瞬発力で地を蹴り、先頭にいたゴレムへ向かってその巨大な鎌を一閃させた。
「危ない! 逃げて!」
僕の叫びも虚しく、ガシャリという鈍い音が響く。
小さなゴレムの体は斜めに真っ二つに叩き割られ、動かなくなった二つの土塊が地面に転がっていた。
「……っ! そんな……ボクのせいで……!」
絶望に目の前が暗くなった瞬間、地面に転がった土の断面が、まるで見えない磁石に引かれるように吸い寄せられて、そして一瞬で元の形へと繋がり、傷跡一つなく、再びひょこりと立ち上がっていた。
(……え? うそ、治ったの……?)
呆然とする僕をよそに、岩刻虫は苛立ったように次々とゴレムを弾き飛ばし、粉砕していく。
そのたびにバラバラになった土の塊は、僕が何もしなくても勝手に集結し何事もなかったかのように再び立ち上がった。
「再生してる? これが……この子たちの本当の能力……?」
寂しさを紛らわせるために作った、ただの小さな人形たち。
けれど、目の前で起きていることは僕の想像を遥かに超えていた。
壊されても、砕かれても、僕を守ろうとするように魔物の足元へ縋り付くその姿は、どんな魔物よりも力強く、そして健気に見えた。
(理由なんてわからない。でも、この子たちには……こんなに凄い力があったんだ!)
驚き以上に、何度も斬りつけられる彼らの姿を見てボクの胸が締め付けられた。
再生できるとしても、大切な仲間が傷つくところをこれ以上見てはいられない。
「みんな! 一旦ボクのところまで戻ってきて! そのまま距離をとって、あいつを足止めするだけでいい! 無茶はしないで!」
僕はゴレムたちを呼び寄せ、岩刻虫のリーチの外へ下がらせた。
(落ち着け……落ち着くんだ。何か、あいつを無力化する方法がどこかにあるはずだ……!)
荒くなる呼吸を整え、必死に周囲へ目を凝らす。
力押しは無理だ。ボクに姉さまや兄さまのような力があればゴレム達を守れるのに!
何か、何かないのか!?
霧の向こう、ゴレムたちが必死に魔物の注意を逸らしているその背後――。
(……あれは!)
街道の脇、崩落の衝撃で絶妙なバランスを保ったまま止まっている、巨大な岩が目に飛び込んできた。
今にも転がり落ちそうな危うい状態で、不安定な土砂の山の上に鎮座している。
その真下はちょうど、岩刻虫がゴレムを追い回している袋小路のような場所になっていた。
(あの大岩なら、きっとあいつの甲殻ごと押し潰せる! けど、ボク一人だけの力じゃ動かせない。……みんなの助けが必要だ)
僕は、近くにいた数体のゴレムたちに視線を向ける。
「みんな、お願いだ。ボクと一緒に来て! あの大岩を動かすのを手伝ってほしいんだ!」
数体のゴレムが僕の足元に駆け寄る。
僕は他のみんなに魔物を大岩の真下まで誘導するよう指示を出した。
僕は御者に馬車を任せ、数体のゴレムを連れて斜面を駆け上がる。
大岩の背後に回り込み、僕は冷たい岩肌に両手を当てた。
隣には、連れてきたゴレムたちが並び、小さな肩を岩に押し当てる。
「……今だ! みんな、一緒に……押してっ!!」
僕は全身の力を込め、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
ゴレムたちの小さな体がミシミシと音を立て、僕の足も泥に深く沈み込む。
僕とゴレムたちの力が一つに重なり、ついに大岩が均衡を失った。
刹那――
逃げようとした岩刻虫の頭上に、巨岩が垂直に振り下ろされる。
バリバリ、と。
鋼鉄にも勝る硬度を誇っていた黒鉄色の甲殻が、逃げ場のない圧力に耐えかねて、内側から爆ぜるような音を立てて砕け散った。
石臼ですり潰したような不快な破砕音と、魔物の体液が飛散する湿った音が霧の中に響き渡る。
地面を揺らした地響きが収まった後、森には再び耳が痛くなるほどの静寂が戻っていた。
「……はぁ、はぁ……っ……。みんな、怪我はない……? 本当によく、頑張ってくれたね……。ありがとう」
僕は泥だらけの手で、ゴレムたちを一人一人確認する。
そこへ、腰を抜かして座り込んでいた御者が、震える膝を叩きながら這いずるようにして駆け寄ってきた。
「ル、ルーク様……! ああ、ご無事ですか……! お怪我はありませんか? 私ときたら、情けないことに腰が抜けてしまい……お役に立てず、申し訳ございません……!」
御者は不甲斐なさに顔を歪めながら、僕の無事を必死に確認した。
僕が頷くと、彼はようやく安堵したように息を吐き、そしてひょこひょこと僕の元へ集まってくるゴレムたちを、信じられないものを見るような目で見つめた。
「……それにしても、驚きました。ルーク様。この小さな人形たちは……一体、何なのですか? あんな恐ろしい化け物を相手に、何度砕かれても立ち上がるなんて。私、これほど素晴らしい魔法を拝見したのは初めてです。……まさに、奇跡を見た思いです」
御者は畏敬の念を込めてゴレムたちを見つめ、土だらけの彼らに向かって深々と頭を下げた。
僕は、ひざ元に真っ先に飛び込んできたゴレムを、夢中で抱きしめた。
「……正直、ボクにもわかりません。でも……この子たちがこんなに強くて、優しいってことだけは、はっきりわかりました」
腕の中にあるのは、冷たくてザラついた土の感触。
けれど、その奥に秘められた可能性に、僕は深い衝撃と、言葉にできないほど大きな希望を感じていた。
森の奥から、ようやくわずかな光が差し込んできた。
旧街道の終わりが見え、急な斜面を下りきると目の前には広く整備された「新しい街道」が横たわっている。
しかし、そこは僕たちが検問所で聞いた通りの惨状で、視界の右側、山側から大量の土砂と巨岩が流れ込み、街道を完全に分断していた。
崩落現場だ。
僕たちは旧街道を通ることで、ちょうどその障害物の「先」へと抜けることができたのだ。
「……よかった。これで、マケドニアへ行けますね」
僕が安堵の息を漏らすと、膝の上でゴレムたちは何事もなかったかのように、のんびりと体を揺らしていた。
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