旅立ち
父様から正式に勘当を言い渡されてから──
僕は一週間という猶予を与えられた。
一週間。
短いようでいて、永遠のように感じられる時間だった。
昼はいつも通り過ごし、
夜になると僕はひたすらゴレムを作り続けた。
掌サイズの泥の身体に、僕の刻印を加えて命を宿す。
気づけばゴレムは三体ではなく十体を超えていた。
この家を離れても寂しくないように──
いや、怖くないように。
気づかぬうちにそう願っていたのだと思う。
やがて旅立ちの日が来た。
朝靄が屋敷の庭を薄く覆い、空気はひんやりとしている。
門の前には、質素で丈夫な馬車が一台。
父様が用意したものだと知らされた。
(……父様らしいや)
必要なものだけを与え、後は自分でやれと言うような、そんな馬車。
荷物はすでに積み終えていた。
そしてその荷物の陰には──
小さなゴレムたちがひっそりと隠れている。
布、木箱、袋の隙間。
彼らは見送る母様と姉さまに気づかれないよう、息を潜めて僕の旅立ちを待っていた。
(大丈夫……一緒に行こう)
門の前に立つと、そこで待ってくれていたのは二人だけだった。
「ルーク……!」
母様とシアナ姉さま。
もちろん父様の姿は無かった。
その事実に少し胸が痛んだが、もう驚きはしない。
僕は母様の前に立ち、しばらく迷った末に口を開いた。
「……母様。僕、これから……どこへ行けばいいのでしょう?」
母様はわずかに目を瞬かせると懐から慎重に小さな封筒を取り出した。
「ルーク──
あなたが向かうのは“薬屋”です」
「……薬屋ソルシエール?」
「ええ」
母様は封筒を僕の手にそっと乗せた。
「アリティア王国を出て、国境を越えた隣国“マケドニア”。
その中に“グランベル”という小さな街があります。
その街はずれに、薬屋があるのです」
母様の目が少し柔らかくなる。
「その店を営むのは、“魔女ミスティラ”。
……私が若かった頃、師事していた方です」
「母様の……師匠……?」
「ええ。あの人は少し変わり者だけれど……強くて、優しい人。あなたを、必ず受け入れてくれます」
封筒の中には、母様直筆の紹介状が入っていた。
「ルーク。あなたはまだ年が若く、頼りないところもあります。
でも……私が一緒に行くことはできません」
母様の声は酷く震えていた。
「だからせめて、あなたが安心して過ごせる場所へ送り出したかったのです」
シアナ姉さまは、涙をこらえられずに僕の手をつかんだ。
「ルーク……行かないでよ……行かないでよ……!」
「……ごめん、姉さま」
「どうして!? どうしてこんなことに……っ」
姉さまの涙が地面に落ちる。
僕は、そんな姉さまの顔を見るのがただただ苦しくてたまらなかった。
「ルーク……」
母様がそっと僕の頬に触れた。
「……どうか、無事で。あなたは……何があっても私たちにとって大切な子です。それだけは決して忘れないでね」
「はい……ありがとう、母様……」
御者がそっと声をかける。
「ルーク様……そろそろ出発のお時間です」
僕は二人の前で深く頭を下げる。
「母様……姉さま……
今まで本当にありがとうございました」
「ルーク!!」
シアナ姉さまが叫ぶ。
「絶対に、帰ってきて……!
いつか、必ず! 約束して……!」
「うん……! 約束する! 必ず帰ってくるよ!」
僕はそれが決して叶わぬことだと知っていてもそう叫ばずにはいられなかった。
それから一人馬車に乗り込むと馬は動き出し、車輪が土の道をゆっくりと進む。
二人の姿はだんだん小さくなり、それでも僕はずっと手を振り続けていた。
やがて屋敷が完全に見えなくなった頃、僕は荷物に小さく声をかけた。
「もう出てきてもいいよ」
その瞬間、荷物の隙間から“ぱたぱたっ”“ととっ”“ぴょこっ”と次々に小さな影が顔を出した。
十数体のゴレムたちが、荷台のあちこちから溢れるように現れる。
ちょこん、と僕の膝に乗り、
ぴかぴか光る瞳で見上げてくる。
「これからよろしく。一緒に頑張ろうね」
ゴレムたちは一斉に体を揺らし、ちょん、と僕の手をつついた。
こうして──ルーク・シェラードの新しい旅が始まった。
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