勘当
あれから僕は、誰にも気づかれないよう慎重にゴレム作成の練習を続けていた。
昼は平凡な日々、夜は小さな泥の仲間たちと静かな時間。
姉様たちはもちろん、父様にも絶対に見つかってはいけない。
小さなゴレムたちは、僕が少し指示を出すだけで一生懸命動いてくれる。
この秘密の時間が、僕の心をそっと支えていた。
ある夜──
ふとした尿意で目を覚ました僕は、静まり返った廊下へそっと足を出した。
(……明かり?)
本来なら真っ暗なはずの奥から、ほのかな灯りが漏れている。
父様と母様の寝室だ。
こんな時間に二人が起きているなんて珍しい。
そう思った瞬間、扉の隙間から聞こえてきた声に、僕は息を呑んだ。
「……本当に、ルークを“勘当”するつもりなの……?」
母様の震えた声に僕の胸が凍りつく。
父様の返答は、驚くほど落ち着いていた。
「――そうだ。
ルークには、この家を出ていってもらう」
怒りも苛立ちもなく、ただ事実だけを述べるような声。
その“淡々さ”がかえって胸に突き刺さった。
「どうして……? どうしてそんなことを……!」
母様の声は涙で掠れていた。
父様は乱れなく静かに答えた。
「ルークは……“優しすぎる”」
僕の胸が締めつけられる。
「そして……“弱すぎる”。
この家が担う責務には到底耐えらない」
その声音は冷たいわけではなく、ただ静かで、揺らぎのない判断だった。
父様は再び続けた。
「我が一族は、代々“王国を影から守り支えてきた”。
表には出ず、裏で均衡を保ち、時に汚れ役も引き受ける。
常に危険と隣り合わせの一族だ」
重く、静かな言葉。
「優しすぎる者は、影の務めでは真っ先に傷つき死ぬ。
弱い者ほど、利用される。
ルークは……この道には向かない」
淡々とした声に、迷いの影はほとんど見えなかった。
しかし──
その静けさこそが、父様の“覚悟の深さ”を示していた。
「お前も分かっているだろう。いつまでも私たちが守ってやれるとは限らない、と。
だからこそ、早く外へ出すべきだ」
その言葉は優しさを含んでいるのに、淡々とした口調が逆に僕の胸を刺す。
母様は涙を流しながら、震える声で問いかけた。
「……あなた、本当にいいのですね?」
父様はわずかにまぶたを伏せ、短い沈黙のあと──
「……あぁ。」
その一言だけを返した。
あまりに静かで、あまりに確かな決意だった。
「あの子にはどう説明を?」
「本人に真意を告げる必要はない。
あの子は素直すぎる。理由を話せば迷い、ここに残ろうとするだろう」
父様の声は変わらない。
「だから勘当として送り出す。あれはこの家には相応しくない。
それが……あの子が生き残るための最善だ」
母様は嗚咽を漏らしたが、父様は何も言わなかった。
その沈黙こそが、本音を語っていた。
廊下に立ち尽くしていた僕の心は、ぐしゃぐしゃだった。
(……優しすぎる……弱すぎる……だから……僕を……勘当する?)
胸が痛くて、苦しくて、息がつまる。
だけど──
父様の淡々とした声の奥に、確かに感じた。
(……父様……僕を……守りたかったんだ)
今まで一度も伝えられなかった父様の本音。
それを、この夜初めて知ってしまった夜。
部屋に戻ると三体のゴレムが心配そうに寄り添う。
僕は震える声で呟く。
「……だったら……僕は……」
涙をぬぐい、ゆっくりと立ち上がる。
「僕は……この家を出る」
父様が真意を話さないのなら、僕も聞かない。
父様の決意が本気なら、僕も本気で応える。
「守られるだけじゃなく……
弱いままじゃなく……
僕は、僕の力で、生きてみせる」
三体のゴレムが、小さく、しかし力強く頷いた。
その夜──
僕は静かに、確かに決意した。
“この家を出る覚悟”を。
それからしばらく、表面上は何も変わらない平穏な日々が続いた。
昼間は何事もない日常。
夜になれば、小さなゴレムたちと静かに過ごす秘密の時間。
けれど胸の奥では、いつか来る運命を覚悟していた。
あの夜、父様の決意を聞いた瞬間から。
「ルーク様。応接室へ。シェラード様がお呼びです」
使用人の呼び声を聞いた瞬間、胸の奥が小さく震えた。
(……とうとう、来たんだ)
逃げるつもりも拒むつもりも、もうなかった。
僕は静かに扉を開け、応接室へ足を踏み入れた。
すでに母様とシアナ姉さまが座っていた。
緊張にこわばった顔で僕を見つめている。
そして父様はいつもどおりの落ち着いた表情で席に座っていた。
その空気だけで、これから何が告げられるか分かった。
父様はゆっくりと口を開く。
「ルーク。……今日をもって、お前をシェラード家から勘当とする」
言葉は淡々としていた。
怒りも悲しみもなく、ただ事務的な宣告だった。
「なっ……!」
思いがけぬ父親の言葉にシアナは思わず立ち上がっていた。
「ルークを勘当!? どうして……どういうつもりなの父様!? どうしてルークを、突然“勘当”なんて言い出すの……?」
シアナ姉さまの声は震えている。
「理由を教えてください。
どうしてなの?
どうして……何も説明してくれないの?」
シアナ姉さまは父様の机に両手をつき、真正面から問い詰める。
「ルークは何も悪くない!
なのにどうして追い出さなきゃいけないの!?
父様、答えてください!」
しかし──
シェラードは、一言も答えない。
微動だにせず、ただ沈黙だけが返ってくる。
母様の肩が震え、涙をこらえているのが分かった。
「父様……答えてください……」
シアナ姉さまが震える声で懇願する。
けれど父様は沈黙したまま。
その沈黙こそが、絶対の拒絶だった。
「……もういい」
シアナ姉さまが低く呟き、僕の腕を掴んだ。
「ルーク、行くわよ。
こんな理不尽な話、付き合う必要なんてないわ!」
強く僕を抱き寄せ、扉へ向かおうとする。
その瞬間だった。
「……シアナ」
父様が静かに声を発した。
今までと変わらぬ淡々とした声。
だが、その奥に確固たる冷たさが宿っていた。
「勝手な行動は許さん」
ぴたり、と空気が凍り付く。
「なっ……どうして止めるのよ」
シアナ姉さまは涙声で振り返る。
だがシェラードは変わらぬ無表情で告げた。
「――私の決定に逆らうな」
それは短く、鋭く、逃げ道のない“絶対的命令”だった。
シアナ姉さまは歯を食いしばり、悔しさで肩を震わせた。
母様は声をあげず、ただ静かに涙をこらえ続けていた。
僕は──腕を掴む姉さまの温もりを感じながら、動くこともできずにただ立ち尽くしていた。
この作品を少しでも「面白い」「続きが気になる」と思って頂けたら下にある評価、ブックマークへの登録よろしくお願いします('ω')ノ
”いいね”もお待ちしております(*´ω`)
また、ブクマ、評価してくださった方へ。
この場を借りて御礼申し上げます(/ω\)




