転生
ふと、目を覚ます。
目線の先には見覚えのない天井。ゆっくりと左右を見渡すとなにか木の柵のようなもので覆われていた。
そして柔らかな布団のような感覚を背面に感じる。
どうやらボクは横になっているらしい。
訳のわからない状況に、兎にも角にもどうにか声をあげようとする。
「あー、あう、あうぅ」
何故かうまく声が出ない。
立とうともがくも、これもまたどうにもうまくいかない。
益々訳のわからない状況に、いい知れない恐怖が段々とボクの心の中に広がってゆく。
すると、勝手に涙が溢れ出してきた。
「オギャー!!!」
まるで赤ん坊のように泣き叫ぶボク。
すると、トタパタとどこからか人の駆け寄る音が響き、次第に近づいてきて。
「ーー、ーーーーーーーー、ーーー?」.
と、何かよくわからない言語だが、誰かがボクに話しかけるような声が聞こえてきた。
そしてその声の主はそのままボクを軽々と抱き抱えた。
━━━━━は?
それは、とても大きな女性だった。
いや、胸囲の比喩とかではなくそのままの意味で。
ボクは健全な男子高校生で、身長は170ちょいあり、つまり大抵の女性よりは高い。
しかしどうだろう、今ボクはこの女性に軽々と抱き上げられ、両腕で包み込むように抱かれている。
巨人? いや、抱き抱えられた体勢でよく見ると、ボクの腕も足も異様に縮んでいる。これはもしかして、まさかだけど━━━ボク、赤ちゃんになってる!?
と、それから5年の月日が流れた。
「おはようございます、フレア様」
と、ノックと共にメイド服に身を包んだ女性がドアを開けた。
「はい、おはようリリィ」
とっくに目を覚ましていたボクはなるべく穏やかなトーンを心掛け、返事をする。
5年も過ごしたことで、此処の言葉もわかるようになってきた。
ボクはあくびを一つして、ベッドから降り、そのまま化粧台に座る。鏡に映るのは、我がことながら将来が期待できる可愛らしい幼女の姿。
そう、何故か生まれ変わったボクは女の子になっていたのだ。
《フレア・ブレイズブレイド》。これが、今のボク、もとい私の名前である。
最初に気がついたのがいつだったかはもう定かではないが、その頃気分的に大いに荒れたのは覚えている。
だってこうなる前は童貞だったんだぜ?
せめて卒業はしたかった……
しかし人間とは慣れる生き物で、しばらくたってなんやかんや仕方ないと受け入れられた。
しかし、赤ん坊時代は辛かった。
なまじ前世の記憶がある分、思った通りに体が動かないことが余計に負担に感じたからだ。
それはそうと、鏡に向かって微笑む。やはり可憐だ。(自画自賛)
鏡を見るのが好きになったのは美少女に生まれ変わって良かったことの一つだろう。
いやー、いいよね美少女。周りから可愛い可愛い言われるたびに自尊心がくすぐられてたまらなく心地いい。
ただ不安があるとすれば━━━やはり男と結婚するのだけは勘弁な!!
化粧台に座ったボクの髪をリリィが丁寧に梳く。
「今朝も一段と美しい髪色ですね」
ほぅ、としたようにリリィが呟く。先端にゆくほどオレンジに変わる燃えるような赤い髪は、やはり自分でも美しく思えた。
リリィはボク専属のメイドで、何を隠そう彼女こそがあの日ボクを抱き抱えた女性だった。
それくらい前からボクの身の回りの世話をしてくれていて今喋っている言葉も殆どは彼女から覚えたものだ。
この世界における実の両親よりも一緒にいる時間が長いのではなかろうか。
そんなことをつらつらと考えていると、リリィがあっという間に身嗜みを整えてくれた。
さて。
「それでは朝のお稽古頑張ってくださいね、お嬢様!」
「はい、がんばりまーす」
そう言ってボクは屋敷の外の訓練場へ向かった。
そう、屋敷。
子供一人に専属のメイドがついているのでも分かる通り、『ブレイズブレイド家』はこの国、『ブレイヴィア王国』においてそれはまぁ中々の名家なのである。
『ブレイヴィア王国』はかつて魔王を討ち滅ぼした勇者が、常人では生きられないほど高濃度の瘴気が溢れる魔王の支配していた領域を、その力で浄化し人の住める状態にしてから、丸ごと領地として建国した国と伝えられている。
そして、ブレイズブレイド家はその勇者の仲間のうち一人、『火炎剣の
バーン』を先祖に持つ由緒正しきお家柄なのだ。
家名の『ブレイズブレイド』とはその二つ名『火炎剣』を由来とする。
そして、『ブレイヴィアの剣』と呼ばれ、代々戦場に立つ将軍としてブレイヴィア王国を支えている。
と、そんなことを寝物語がわりにボクは育てられた。
いや、どんだけ英才教育だよ。
けどやだよ、戦争に参加するとか……戦争とは殆ど縁のない生活をしてきたボクにとって、それはできる限り避けたい未来だった。
だったら訓練なんてするなよと思われるかもしれないが、NOとはいいづらい日本人の悲しいサガがそこにはあった。
そしてたどり着いた訓練場。
ボクの指導をする教官はヴィラル先生。
具体的にどういう人なのかは聞いていないが、五十かそこらに見える見た目からは信じられないほどの覇気を纏った人で、只者ではないことが素人目にも窺い知れる。
そんな先生に見守られながら今日も今日とて木刀で素振りを行う。
流石に5歳ではまだ本格的な訓練などできようはずもなく、素振りをして、その動きについて至らぬところを指摘され、それを修正することを意識しながらまた素振り。
それをまぁ大体一時間くらいかな? 繰り返して、訓練は終わる。
訓練は意外に楽しかった。
前のボクは運動はあまり得意な方ではなかったけれど、この身体はわりかしスペックが高いようで、一時間程度なら激しく動いていても全然疲れない。
しかもヴィラルは教え方というか、指摘の仕方も褒め方も上手く、一日たった一時間素振りだけど自分でもメキメキと実力が上がっているのを感じるから更に訓練にのめり込める。
それに、ないとは思いたいがもし戦場に立つようなことがある可能性も捨てきれない以上、戦闘力はないに越したことはない。
その後汗を拭ったら朝食となり、それが終わったら礼儀作法を学ぶ。そして昼食を挟んだのち魔法の勉強。そう、この世界には魔法もあって、これは特に興味深かった。指先からライターの火ほどの炎を出せた日なんて興奮でしばらく寝付けなかったくらいだ。
最近では練習の甲斐あって、バスケットボール大の炎の球を作れるようになった。
いずれは炎の鳥とか龍とか作りたい。
━━夢が広がるなぁ!!
一応説明しておくと、この世界の魔法には大きく分けて六属性あり、火、水、土、風、そして聖と魔がそれだ。
一応それらの属性には分類できない魔法もあり、誰でも使えるものとそうでないものがあるが、どちらもひとまとめに無属性魔法と呼ばれている。これも合わせると7つかな?
属性は基本一人に一つであり、特定方法はわかりやすく、髪と瞳の色に現れる。
水は青、土は茶、風は緑、聖は金色、魔は銀色。そして赤色は火だ。
つまりボクは火属性。これはブレイズブレイド家の初代から続くもので、ブレイズブレイド家の当主は必ず火属性でなければならないという伝統がある。ちなみに子供の属性はかなりの確率で両親から遺伝することが知られている。そうすると必然的に伴侶も火属性から選ばれる。ボクが火属性なのはそういう、サラブレッド的なそれなのだ。
付け加えていうとボクの髪色が赤からオレンジに変わるのは、特別純度の高い火属性ということで、100年に一人とすら言われている。
リリィなんかは次期当主もありうるなどと言うが、まぁ幸いボクには兄がいて、その兄も火属性だからそんな心配は無用なんだけどね。
てか、当主になんてなったら次の世代に繋げるために子作りが必須になる。いい暮らしさせてもらっておいてなんだけど、それだけは絶対に勘弁願いたい。いや本当に。
とか思いつつ、そんな感じでボクの毎日は勉強と訓練に明け暮れて進んでいくのだった。
ある日の深夜。
ブレイズブレイド家の当主執務室。そこには現当主であるファイア・ブレイズブレイド、そして筆頭騎士ヴィラル。専属魔導士リーベルの三人が集まっていた。
「━━━して、フレアの様子はどうか?」
重苦しい雰囲気の中、当主たるファイアが口を開く。
「剣の訓練は順調です。順調すぎるほどに。あの年の子供であればごねることも多く、いえ、ほとんどの子供が不満を漏らすものですが、ご息女の訓練への態度は真摯そのもの。あの年で、いえ、それを踏まえずともあそこまで真剣に素振りに打ち込む者はそう多くはいないでしょう。
このまま行けば剣士として大成するであろうと確信を持って言えます」
と、ヴィラルが応える。
「魔法の方も同様です。ご息女は魔法に大変興味をお持ちのようでまるで水を吸うかの如く知識を吸収しております。そして技術も。
知識と技術だけならば、もうすでに魔法学園の入学試験を十分に突破できるものと考えております」
リーベルも後に続く。
「なるほど、もうそこまで……世辞、ではないようだな」
ファイアは二人の目をそれぞれ見てそう判断した。
「アレの兄も悪いとは言わんが━━━やはり当主はフレアに継がせるが良いか」
という当主の言葉に、
「はっ、それがよろしいかと」
「年齢が年齢ゆえ正式に発表するのはもう少し先がよろしいかと存じますが、ご決定に異存は全くございません」
二人が異口同音にそう答える。
「では、夜遅くにすまなかったな二人とも。この場はこれで解散とする」
そうして、時は進んでゆく。
冒険始まるまでには時間かかるかもです。