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そうして冬を過ごすうちに、また春がきました。
メイドは少女とのやり取りを微笑ましく思っていました。あのおとぎ話を聞かせてから、少女は退屈そうな姿を見せることが少なくなり、周囲のいろいろなものに目をむけるようになったのです。
少しずつですが、メイドのお手伝いもするようになりました。仕事中に話をせがまれるのは大変でも、それすら幸福な時間だと思えるのです。
「ねえ、今日はお花を摘みにいきましょう!」
ある朝、少女は言いました。ちょうどその時、お茶に使う薬草が切れかけていたのもあって、ふたりは泉に向かいました。
泉に着けば、辺りには青い花が咲きほこっていました。透き通った空色をしているものもあれば、太陽がすっかり落ちてしまったあとのような群青色をしているものもありました。
少女はこの花々を両手いっぱいに摘んでは、お日様がよくあたる窓際に生けているのです。
「お嬢様は本当にその花が好きでいらっしゃいますね」
薬草を摘む手を休めて、メイドは言いました。
「ええ。だってお母さまの瞳と同じ色をしているもの」
そう笑みを浮かべた少女をみて、メイドは切なくなりました。少女の母親は、少女が産まれてからずっと療養中で、その面倒をみることも難しいままに死んでしまいましたから。もう何年も経ったとはいえ、あの日々を忘れられないのでしょう。
「ねえ、幸せの鳥はどんな色をしているの?」
花の香りに目を細めながら、少女は聞きました。
「きっと、お嬢様やお母さまのようにきらきらとした金色ですよ」
そう答えたメイドが少女の髪にかかった枯葉をはらうと、少女はもっと髪を撫でるようメイドにねだりました。
「そうよ。幸せの鳥は、誰が幸せにするのかしら」
「幸せの鳥にもきっと大切な人がついています」
「私みたいに?」
「ええ。だから、見た者を幸せにすることができるのでしょう」
「そうなのかしら。それなら、良いのだけど」
裾をはたいて立ち上がった少女は
「わたし、向こうへ行ってくるわ」とだけ言いました。
「わかりました。けれど、あまり遠くへ行ってはいけませんよ」
はーい、といつもの間延びした返事をして、少女は歩き出しました。そして泉の向こうでも同じように花を摘みはじめました。
「あ、」
「どうかしましたか、お嬢様」
「あそこ。あなたには見えないの?」
「どれのことでしょう」
「ほら、幸せの鳥が、あそこにいるじゃない!」少女は森の方を指さしました。
その興奮した様子に驚いたメイドがいくら目を凝らそうと、泉に反射した光に阻まれてしまうのです。
「お嬢様。鳥はどこにいるのでしょう。眩しくって、なにもわかりません」
幸せの鳥は単なるお伽話のはずだったので、メイドはその言葉をにわかには信じられなかったのです。きっと、気のせいであるはずなのに、その姿に、どうしても不安を覚えてしまいました。もはやそれが少女の勘違いとも思えなかったのです。
「捕まえにいくから、そこで待ってなさい!」
そう言って少女は森の方へ走り去ってしまいました。
追いかけたメイドが泉の向こうに着いた頃にはもう、
「お嬢様! ああ、お嬢様。いったいどちらへ……」
少女を見失ってしまいました。