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ある森のお屋敷に少女とメイドが住んでいました。ふたりの他には誰もいません。ここから一番近い村も数日とかかるような場所にあって、少女の家族はそこからさらに何日もかかる街に住んでいました。
幼いころに母を亡くし、ふさぎ込んでしまった少女。そんな少女に手を焼いた父親が、メイドを世話役としてこのお屋敷に遠ざけてしまったのです。
屋敷のそばには泉がありました。百人の大人が手をつないでも一周できないような、大きい泉でした。
春には青い花が一面に咲きほこり、その蜜の香りに誘われてたくさんの蝶々が集まるので、ふたりはその泉へよく遊びに行きました。しかし、このときは冬でしたので、少女の退屈はなかなか紛れなかったのです。
かわりに少女はおとぎ話をせがみました。
「ねえ、今日もお話聞かせてくれる?」
遠慮がちにメイドの裾を摘まむのが合図です。
そうしてお願いすれば、
「はい、お嬢様。それでは今日はどんなお話をしましょうか」
という風にメイドは手を休めました。
そんなある日のこと。
メイドは『幸せの鳥』というおとぎ話をしました。
『見た者を幸福にする、幸せの鳥がいた』
そんな一文から始まる、メイドが幼いころに聞いたおとぎ話です。貧しい少年の成り上がりという、ありふれた内容のいったいどこに惹かれたのでしょう、お話をたいそう気に入った少女は、その日からたびたび『幸せの鳥』についてたずねるようになりました。
「ねえ、あなたは幸せの鳥を見たことがあるの?」
「いいえ。でも、見た人もいるようです」
「その人はどこにいるのかしら」
「どうでしょう。この近くでは聞いたこともありませんね」
「お屋敷に行けば会える?」
「そうかもしれません。ですが、お父様も忙しい方ですから、あまり迷惑をかけてはいけませんよ」
「はーい」
そう間延びした返事をした少女は、シーツを干すメイドを尻目に、未だ見たことのない幸せの鳥に想いをはせました。