師匠と姉弟子と少年
暫く火に薪を焚べていると今度は本当に男は帰ってきた。肩に猪を抱えている。
「すごいご馳走だ。」
「ガハハ!運が良かったぜ!たまたま獣道を見つけてその道を辿っていったらそのまま巣にいた猪を捕まえる事が出来た。」
男は上機嫌に笑う。この男はいつも楽しそうだ。少年はその姿を見ながらお腹を鳴らす。
「サクラがまだ帰ってきてないみたいだな。…その前に捌いちまうか。」
男は猪を拡げていた布の上に降ろしナイフを取り出す。猪の腹からナイフを突き刺し皮を剥ぎ、内臓、肉の部位と素早く捌いていく。血が一滴も外にこぼれないのは相当手馴れている。肉をちょうど良い大きさに切り分けて木に刺して火の近くに突き刺す。腹が減っていたのか男は切り分けた際に余った肉を生のまま口に放り込む。
「よし!あとは焼きあがるのを待つだけだな。…それで修行は順調か?」
男は火の前に座りスライムに包まれたゴブリンが死んでいるのを見つけてニヤニヤしながら聞いてきた。
「方法は見つけた。重心移動、それを一点に集中させる。」
少年は頷く。
男は今度は猪の内臓を生のまま引っ掴んで口に放り込む。
「ガハハ!そうだ!スライムはお前の体に纏わり付いているがお前が体を動かせば液体であるスライムは流動的に動き、お前の体の最も重心のある位置に移動する!」
内臓を噛みちぎり美味そうに食いながら話す。
「そう、つまり体の全体重、もとい運動エネルギーをたった一箇所に全て集約させる事が出来ればそこにスライムも集中する!」
少年はコクリと頷く。
「それを短剣に集めて投げればスライムは俺から離れる。」
「正解だ!ちなみに投げなくても集まった瞬間にスライムから引き抜けば離れられるぞ!…だが、全てのスライムを集約させるのは、あと2日で出来るようになるほど簡単じゃないぜ。」
「そんなことはない。コツを掴みさえすれば。」
「ガハハ!まぁ頑張れ!そうだ、そいつに何かエサになる物をやっとけよ?そうすればまず最初にそっちに食らいつくからな。じゃないとお前の体が徐々に溶かされちまうぜ!」
男にそう言われて少年は最初にスライムに包まれたゴブリンを見た。見るといつの間にかに骨だけになっている。
「……溶けるの早くないか。」
「生きていたら弱るまで待つんだがな。…死んでいると認識したら時間もかけずに溶かし始めるんだよ。」
「……。」
少年は猪の方に顔を向ける。
「その猪の捨てるとこを少しくれ。」
「ほらよ。」
男は猪の日持ちしにくい腐りやすそうな部位を少年に投げつける。トプンと沈み込むようにスライムの中に肉が放り込まれていく。
「そんだけ入れときゃ明日は持つだろ。」
サクラが帰ってくるまで時間があるので男は徐に刺している肉の火加減を調節するために刺している位置を変えながらまた生の肉を囓る。少年は火でスライムが炙れるか試したり短剣を研いだりする。
そうこうしているうちにサクラが帰ってきた。体は土で汚れ疲れているのか目を細めて体を引きずるように歩いて来た。
「…お腹すきました。」
「ガハハ!帰って来たか。ほれ、焼けてるぞ。」
「いただきます。」
男が焼いていた肉を差し出しすとそれを受け取り食いながら座り込む。
「…ボロボロだな。」
「もぐもぐ、…例の魔物の住処までは辿りついたのですがそいつに近づく前に他の魔物が邪魔で中々進めませんでした。」
サクラは疲労を隠しきれない溜息を吐きながら話す。
「どうやら魔物にも序列があるみたいで先に進むには1匹ずつ倒していかないと駄目みたいで5匹倒すだけで精一杯でした。」
もらった肉を食べ終わると次の肉に手を伸ばす。
「あなたは……その修行ですか。…苦労しますね。」
俺の体に張り付いたスライムを見て何の修行かわかったのか疲労から哀れみの顔に変わる。
「あと2日もある。絶対に達成してみせる。」
「父上も無茶な事を。…まぁ頑張ってください。…なるほど、という事はあなたは今日から私の弟弟子ですか。」
「…そうなるかな。」
少年がそう言うとサクラはニンマリと笑って
「そうですか!では、私のことは姉弟子と、父上の事は師匠と呼びなさい。それと敬語を使うように。」
サクラは胸を張り少年を見上げてくる。自分より小さい子を何故姉弟子と呼ばないといけないのか?
「自分より年下にそんな事を言いたくないね。」
「あなたはいくつですか?」
「10歳だ。」
「私は12です。」
「年上!」
少年はサクラを見る。身長はさっきのゴブリンより少し大きいくらい、村の子供達の5歳6歳と全然変わらないのに……年上だとは。
「今、身長で判断しましたね?これは加護の影響で伸びにくいだけで私は本当に12です!」
「加護を貰う前からそんなもんだったがな。」
「父上!」
「ガハハ!!」
「……。」
…まぁ、教わる身としては仕方ないか。敬語くらい。
「ということであなたの肉を差し出しなさい。」
「それはどうかと思うぞ姉弟子!」