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迷った少年


しばらく横になっていた後村にある死体を一人一人丁寧に穴を掘り埋めていく事にした。流石にこのままじゃ可哀想であったし魔物や動物に食べられる姿など見たくなかった。


幸い、父親の畑仕事を手伝っていたおかげでクワやスコップを使うのは得意だ。近場にあった他人の家に入りスコップを拝借し穴を掘っていく。勝手に使っても怒る人はもういない。


村人全員分の穴を掘り終わる頃には魔物に襲われてから一週間も経ってしまっていた。全員の埋葬が終わってしばらく考えて少年は復讐のために魔物を追う事にした。


考えるまでもなかったはずなのだが、絶対に復讐するつもりではあったのだけれど少年は少し悩んでしまった。何に悩んだのかはわからない。ただ空っぽの中に復讐心があるのか確認しただけかもしれない。


逆に空っぽの中に復讐心を入れていたのかもしれない。まぁ、目標は決まったので少年は両親を殺した魔物のいるだろうと思われる深い森の中に入っていく事にした。


森に入って数時間後。


少年は倒れ伏した。まったく動けなかった。体に力が入らなかった。少年は、


空腹だった。


よく考えたら埋葬していた一週間、ほとんど何も食べていなかった。村には食糧となる物がすべて魔物の持っていかれていたので井戸水と近場に生えていた薬草を食べただけだった。


すべてを失った少年は空っぽだった。お腹も空っぽだった。頭も空っぽだったのかもしれない。最近、空ばかり見上げている。今は木や葉っぱで空も見えないが、


復讐の前に空腹に負けるとは。この世界は本当に残酷だ。平等じゃないし、優しくもない。


「お腹すいた。」


心の叫びを口にしても救われない、膨れもしない。むしろ減った気さえする。でもそんな事はない、少年は空っぽなのだから減るものなんてもう何もない。動くこともできないのだから、


そんな死に掛けている少年に遠くから足音が近づいてくる。その足音はどんどん大きくなってこちらに近づいてきている。


動物だろうか?魔物だろうか?もしも今、復讐と空腹を天秤にかけるなら少年はどちら選ぶだろうか。復讐を満たすだろうか?空腹を満たすだろうか?だが、残念なことにこれは天秤にかけるものではなく運命に任せるものだった事だ。


そして、偶然にも通り掛かったのは。


「おい、まだ生きてるか?」


「父上、駄目だよ。目が死んでる。」


二人の親子だった。一人は大柄でガタイの良い真っ赤な髪の男。もう一人はピンク色の髪をツインテールにした小さな少女だった。


「あの村の生き残りか?ここらへんの事に詳しいかも知れないし取り敢えず助けとくか。」


「父上、詳しい者はこんな所で倒れたりしないよ。そんな事より早く魔物を討伐しに行きたいです。」


「サクラ、お前はせっかち過ぎる。こいつが情報を持っていたら魔物を倒すのにより有利になる。これは洞察力や観察力、状況判断を鍛えるお前の修行なんだぜ?」


「父上、私も馬鹿ではありません。ちゃんと観察した結果です。おそらくこいつは村人が襲われているのを見て逃げ出した臆病者です。だから、この森に迷い込み行き倒れたのです。魔物に襲われず怪我もしていないのが何よりの証拠です。」


サクラと呼ばれた少女は自信満々に答える。それを聞いて父親の方は鼻で笑いながら否定の言葉を口にする。


「ほう、俺はそうは思わないな。…ここにくるまでの道で俺たちは逃げてきた村人に出会ったか?」


「…いえ、会ってないです。」


「そうだな、だが、俺たちが村を見たとき村人はみんな埋められていたんだぜ?ご丁寧に全員分。魔物がしてくれたのかな?」


「……。」


サクラは倒れている少年を見る。


「私達が出会わなかっただけで他に誰かいたのかもしれません。こいつはまだ子供です。…100人分はありました。あの村人全員分をこいつだけで土に埋めるなんて不可能です。」


「そうか?ならこいつは村人を埋めるなんてしてないか?」


「…それは、」


言葉が喉から出てこない。父親の話を聞いた後だとサクラには答える事は出来なかった。


「じゃあ、こいつはなんでこんな森で倒れているんだ?」


魔物から逃げてきて?村人を埋めたあと?


「……。」


それにもサクラは答えられない。


「そうだ。わからない。サクラの考えが合ってるかもしれない。俺の考えが合ってるかもしれない。両方間違ってるかもしれない。だが、このガキは俺たちより何か知っている可能性がある。未知と対応する時に決めつけで動く事はやめておけ。」


「…わかりました。」


サクラがしゅんと肩を落とす。


「もちろん助けないほうが良い場合もある。このガキが囮で村は魔物じゃなく盗賊に襲われた可能性だってある。…まぁ、それはないがな。」


「そうですね。」


少年を見ながらサクラはその言葉には同意した。なんせこの少年の右手には死んだ目をしているとは思えないほど強く、短剣が握り締められていたのだから。


「おい、ガキ。この森に何をしに来たんだ?理由によってはこれをやる。」


冒険者の男は少年に見えるように右手に持っている果物を持ち上げる。少年は果物を一瞥して口を開いた。


「…両親の仇の魔物を殺しにきた。ウプッ!」


少年がそう言うと男は機嫌良さげに少年の口に果物を押し込んだ。かなり無理矢理。


「ガハハ!そうか!敵討ちか!村人を埋めたのもお前か?」


まだ口に果物が入っていて喋れないので顔だけ動かす。果物は小さな実が蔓にいくつも集まって出来たもので口をモゴモゴ動かすと実が潰れて果汁が喉の奥を潤していく。久しぶりに体に水分が染み渡るようだ。噛めば口内に甘さが広がり頰の筋肉が緩むのがわかる。


「そうかそうか!襲われたときお前はいたのか?どんな魔物だった?」


少年は果物をなんとか飲み込んで口元を手で擦りながら口を開く。


「猿の魔物だ。」


「…色は?」


「黒いのがたくさん。その中に白いのが1匹。」


「ブラックモンキーとシルバーエイプだな。…こりゃあいるな。こんな田舎まで来た甲斐があったぜ。」


少年の話を聞いて男の目的が叶いそうなのか男はニヤリと笑う。少年はそれを見て睨む。


「…白いのは両親の仇だ。俺が殺す。邪魔させない。」


少年は果物を食べたおかげか体に力が入り立ち上がる。サクラはその少年を見て呆れながら溜息をつく。


「馬鹿ですか?あなたのような子供にシルバーエイプが倒せるわけないでしょ?しかもそんな短剣で、…それとも強い加護持ちなのですか?」


少年が立ち上がって見るとサクラと言う少女は少年よりも小さいと気づく。そんな少女に口を出されて腹が立ったが果物を貰った手前怒る事は出来なかった。


「…あいつを殺さないと俺は何をすればいいかわからない。…もう、それ以外に何もないんだ。」


真っ黒な無表情な顔で自分で握っている短剣を見つめる。その顔を見てサクラは少し慌てる。


「べ、別に今が無理だと思ったから言っただけです!これから鍛えて大きくなればシルバーエイプごとき楽勝ですよ!うん!」


「ガハハ!その通りだぜガキ!今のお前じゃシルバーエイプのワンパンで終わるぜ!」


男は笑いながら少年に言う。それは優しい注告だったのだろう。だけど、少年にはそれをやめてしまったら

もう動く理由がなかった。


「…それでも殺すんだ。…果物、ありがとう。」


だから、歩みを止めるつもりはなかった。森の方に向かうその足を。


「だから待てって!」


肩を掴んで無理矢理止める男がいなければ。


「今のままじゃと言っただろう。…おれがシルバーエイプを殺せるくらい鍛えてやる。」


「父上!」


「…いいのか?お前の目的の獲物じゃ。」


「正確にはサクラの修行用の獲物だが、白じゃないんだ。奪ったりしないから安心しろ!」


「……。」


「はっきり言ってやる。お前が何の加護持ちかしらねぇが今のお前じゃシルバーエイプには絶対に勝てない。だから俺が鍛えてやる。」


「…何でわかるんだよ。」


「俺を見て何も感じてないからだ。」


男は自信満々に言い放った。少年は悩んだ。やる事が他になかったから魔物を殺しに行くんだ。でも、今はこの男について行くという他の道が見つかった。少年は悩んだ。空っぽに新しくこの男が入って来た。


それは少年にとって良いことなのかわからない。でも男は果物をくれた。空っぽの中に。


「……。」


殺した魔物と果物をくれた男を天秤にかけた。


少年の、


「…ついていけば魔物を殺せるか?」


「ああ、修行に付いて来られればな!」


天秤は傾いた。







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