全てを失った少年
「……。」
この世界は残酷に出来ていて平等には出来ていないと少年は空を見上げながら思った。今まで平和に暮らしてきていたのに突然魔物に襲われて村は一瞬で無くなった。食糧は奪われ、畑は荒らされ、村人達も殺された。父さんも母さんも殺された。自分達の体で少年の体を隠し少年の事を必死に守りながら殺された。
「……。」
大切なもの全てを失った。
残ったのは滅ぼされた村と父さんと母さんを殺したあの魔物の記憶だけだ。
「殺してやる。」
まだ近くで村人の死体を貪る数匹の魔物がいるのも気にせず少年は立ち上がる。すぐに近くにいた魔物は少年に気付いて顔を向ける。全身黒い体毛に覆われていて目が真っ赤に光っている猿の姿に似ている魔物だった。魔物は少年を新しいオモチャを見つけたような顔で口元を歪ませる。
少年は父親が握っている短剣を掴むとそれを握りしめて魔物に近づいていく。
魔物は手を叩きながら左右に飛んで少年を挑発するように鳴きながら笑い続ける。
それを気にせず、…正確には感情のない無表情な顔で魔物に近づいていき、短剣を振るった。
だが、少年の短剣を魔物は軽く躱してしまう、しかもその隙に別の魔物が少年の背後に回り込んでいて飛び掛かり少年を蹴り飛ばす。少年の軽い体は簡単に飛び地面を擦りながら数メートル先まで飛んでいった。
「……。」
少年を蹴り飛ばした事を2匹の魔物が楽しそうに鳴きながら騒ぐ。それにつられて残っていた魔物が全員少年の周りに集まりだした。全員同じ黒い体毛の魔物だ。
少年は体についた土を払いながら立ち上がりまた魔物に近づいていく。それが楽しいのか魔物達は少年の周りを囲んで鳴き叫ぶ。手を叩き音を立てたり少年の触れられるくらい近づいてみたりと好き勝手だ。
しかし、少年は挑発を全てを無視して最初の1匹だけを狙い短剣を振るう。だが、やはりその短剣は魔物には届かない。その隙を魔物はまた狙って飛び掛かる。しかも今度はその場にいる魔物全員が少年に飛び掛かった。
押しつぶされる少年、もうその姿は魔物に覆われて見えない。モゾモゾと黒い体毛だけが蠢いている。まるで一つの黒い塊のようだ。
中では少年がどうなっているのか見えない、だが、魔物達の様子がおかしい。少年に飛び掛かったまま少年に触れていないようだ。いやそれどころか少しずつ地面のほうに沈み始めていたのだ。地面に魔物達が沈むにつれて黒い塊に埋もれていた少年の顔が見え始めた。蠢いていた魔物達が少年に必死に手を伸ばそうとしているが地面に吸い込まれるように下に落とす。まるで身動きが取れないように。
「殺してやる。」
少年がそう言うと魔物達はさらに地面に押し潰される。力が強くなったのかゴリゴリと骨が砕ける様な音が聞こえてくる。魔物達は悲鳴すら上がらないほど押し潰されていき、最後に果物の潰れたような音とともに…魔物達は潰れた。
少年は真っ赤に染まる足下をまるでどうでもいいかのような無表情な顔で見つめその場に倒れて空を見上げて叫ぶ。
「こんな世界、殺してやる!」
少年は全てを失った。残ったのは大切なものを失った記憶だけ。