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ギルマスとアルヌが俺の身元について盛り上がるなか、俺は孤独を突き進んでいた。
正直、この二人が推している王族説はよくよく考えたら破綻している。
もし、俺が王族の隠し子であり、身分隠蔽を図るためギルドへと行くのであれば、それに適した人を傍につけるだろう。
傍につけないにしろ、身分証を作るためにギルドへ行くんだから、事前にギルドの場所くらいは調べているのが普通だ。
それなのに、俺は場所も知らなければ、近場に誰も教えているような存在はいない。なので明らかに間違った説なのだ。
そもそも忌子にこの世界の最古の龍の名前を付けるはずがない。アルヌの驚きようからして、一般的にも用いられてなさそうだし。
...俺が人として生活するために、身元関連については明言しないようにしないといけないな。
アルヌとウォンが話し終わったのかお互いニコニコしながら固い握手を交わしていた。
この短時間で何だか妙に絆を育んでいる。正直怖い。
「ラレウス君、今アルヌ君と話していただけどね?ぜひ僕の推薦で冒険者学校に通ってみないかい?」
「え?」
ここで思いもしない言葉が飛び込んできた。
まさか、自分から入ろうと思っていた学校へのお誘いがギルマス直々から来たのだ。
正直断る理由はなかった...だが、何故俺なんかを学校に入れようとしているのかその思惑が分からなかった。
確かに、簡単なステータスを見ると俺は強いのかもしれない。だが、戦闘術や経験に関しては初心者も良い所だ。
そんな脳筋である俺を学校へと勧めてくるだなんてどういうことなのだろうか。
「あの、推薦されるほど戦闘経験もないし、魔法知識もないんですが...俺なんかをどうして?」
「そんなの簡単さ。君みたいな者を育成するためだよ。学校ってのはそういうものなのさ。」
「そうだよ!私だって初めから剣術が得意だったわけじゃないもん!」
言われてみればそうだった。学校とはそういうものだ。
それにアルヌも言っていた。冒険者の”卵”を育てる学校だと。
この世界に来て浅い知識を深くできるいい機会かもしれない...
気付いたら俺は、気持ちの殆どが入学する気に切り替わっていた。
「そこまで言われたら...断るにも断れませんし、言いそびれましたが俺自身も学校に入ってみたいと思ってたんです。」
「よかった...断られたらどうしようかと思ってたんだ...まぁ、安心してくれ。君の身分やステータスは完全に伏せるからさ。あそこの学校は来るもの拒まずが校風だから、そこら辺関係なくはいれると思うよ。」
「成程...でも急な入学となると試験とかどうなるんですか?」
「そうだね。試験はやってもらうかな。簡単な筆記と実技、合計値の高さと合格値のバランスで学科に分けられるんだ。今は丁度前期に入ったところだし、1週間前に入学式があった頃だからクラスにも馴染めると思うよ。」
親切にも説明してこちらへと優しい笑顔を向けてくるウォン。
何故ここまで親切にしてくるのかが俺には疑問だった。疑いすぎかもしれないが見知らぬ地で急に親切にされているこの状況は、宛ら宗教勧誘染みてて怖かったのだ。
「それにしても...どうしてここまで親切にしてくれるんですか...?」
「あぁ、それはね...君に大きくなってもらいたいからだよ。」
「...大きく?」
俺は大雑把すぎる説明に首を傾げた。
その言葉にこちらの困惑を読み取ったのか、ウォンがすぐに言葉を付け足す。
「世間的な意味でね。もし、ラレウス君が冒険者として世間に名を轟かせたら出身である高校はどうなると思う?」
「...有名になるでしょうね。俺みたいになりたいとか思う人たちが入ってきたりするんじゃないんですか?」
俺は別に冒険者になるつもりは、今は全くないんだがね。
「そうなんだよ。その知名度によって国からの支給も変わるんだ。」
「成程...有望な冒険者を産める学校と知れ渡ることで、国に認めてもらい設備を充実させることができるということですね。」
「あぁ、そういうことだ。」
話を聞く限り只の賭けだった。
俺が有名になる保証もなければ、国からの支給が変わる確信もない。
そもそも、たった一人が有名になったところでそれは学校の力と胸を張って言えるのだろうか。正直怪しさ全開だった。
だが、先ほど言った通り俺には断る理由もなかった。
「わかりました。自分にできる限りのことはさせて頂きます。」
「あぁ、頑張って。僕もギルドマスターとして応援させて貰うよ。」
そう言いながらウォンは俺に向かい、良い笑顔でグーサインをしてきた。
俺もニッコリ笑ってグーサインを返した。
「じゃあ、試験の日時は明日相談ってことでいいかな?」
「今日じゃダメなんですか?」
「今日はもう遅いからね。」
ウォンに言われて窓の外を見ると太陽が傾き始めていた。
空は茜色に染まり、青白いパレットに赤い絵の具を溢したかのような色合いだった。
「...本当ですね。明日伺います。何時頃がいいですかね。」
「いつでも大丈夫だよ。ギルドマスターって案外暇だから大抵はここにいるんだ。」
「分かりました。それでは明日。」
話の区切りをつけ俺はウォンに頭を下げた。
隣にいたアルヌも話の終わりを察し、一緒に頭を下げてお礼を言ったのだった。
*
ギルドでの会談が終わり、夕色に染まった街へ帰ってきた俺たちだったが...
アルヌの一言で俺は重大なことに気付く。
「ラレウスさんって、今日はどこに泊まるの?」
「あっ...」
そうだ。今日の寝泊まりスペースを考えていなかったのだった。
今までというか体が動かない間は、問答無用で床で寝ていた俺はもう、泊まるなんて概念を忘れていたのだった。
「もしかして、まだ決まってない?」
不思議そうに首をかしげながらアルヌが俺の顔を覗いてきた。
俺は恥ずかしながらもまだ宿が決まってないことを伝える。(一文無し)
「まだ決まってないです...」
「ならうちに泊まろうよ!てか住もうよ!」
そう言いながら笑顔の花を咲かせるアルヌ。
何を言ってるんだと言いたかったが事実それが最善だ。
俺は金がないので選びしろどころかこのままだと野宿コース一直線なのだ。
いくらなんでも自衛できるほどの力を持ってない俺は野宿なんてしてしまえば確実に襲われる。女だし。
なのでどこまでも図々しい男になってしまうが、アルヌの提案に肖るしかないのだ。
「住むってのはわからないけど...今晩は泊めてもらってもいいかな?」
「勿論!」
ということで、俺は野宿を免れ、今夜の安眠は約束されるのだった。
やっと一息つける時間が来たと俺は内心安堵したのであった。