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足早に騎士の男から離れ、街中を歩いている俺はギルドの場所を聞きそびれたことを思い出し少し落ち込んでいた。
歩きながら街を眺めてみると家の作りは中世風なものが多かった。石造りの壁に赤に近いクリーム色のレンガが使われていたりと、ファンタジー色の強い建物が多かった。
町行く人たちの服装は、中世とは言えないようなモノが多かった。如何にも魔法使いですと言った感じのローブに身を包んだものや、剣士なのであろう鎧に身を纏ったものさえも居た。こういった冒険者以外の一般的な人たちの服装は簡易的なものからジャラジャラしたものと大きく分かれていた。
あまりにも慣れない光景に辺りを見回しすぎたのか、目があった人に苦笑いされてしまった。
「すげぇ...まるでゲームの中だな...」
俺は静かにそう呟き、直感のまま道を歩いた。
しかし、そんな出鱈目な探索じゃギルドが見つかるはずもなく、俺は無駄に20分を過ごすこととなった。
仕方ないので、道行く人にギルドの場所を聞くことにした。
俺は出来るだけ人当たりがよさそうで、親切そうな人を探した。先程の会話を聞いた通り、俺は人との対話が苦手だ。初対面なんて尚更だった。なので、出来るだけ物腰が柔らかさそうな人を探すのだった。
そうして探していると、目の前にポニーテールの金髪のお姉さんが通りかかってきた。顔は少し垂れ目で、唇はぷっくりと色気のある紅色をしていた。鼻の形はくっきりとしており、間違いなく俺の知るところでは美人と囁かれるような人だった。
俺はすかさず声を掛けた。
「あ、あの!すいません!」
「?はい?どうしました?」
声を掛けられたポニテのお姉さんがこちらに振り返った。
目が合う。その瞬間俺の鼓動がとてつもない速度で鳴り響く。外から聞こえてるんじゃないかと思えるほどだった。
...俺はここまでコミュ障だったのかと少し感傷的になる。
しかしこのまま、口を閉じたままだと変人にしか見えないであろう。なので俺は重い口をしっかりと開け、ギルドの場所を聞き出すことにした。
「ぎ...ギルドの場所ってわかったりしますか?」
「…ギルドですか!?」
そう言い彼女は大きく目を見開いた。
...もしかして変なこと聞いただろうか。もしくは、女がギルドに行くだなんて変だっただろうか。(男だけど)
俺の生前(?)の記憶を頼りにしてきたが、もしかするとこの場にあるギルドは俺の知ってるギルドとは違うのかもしれない。
てか、街づくりや人の文化レベルを見た感じ、今更ながらここを異世界だと考えてもよさそうだな。本当に今更だが。
でもまずいな、これもし変なこと言ってるんだったら今すぐ撤回しなければならないな...
「す!!すいません!やっぱりなんでもな...」
「嬉しいです!ギルドに行くってことは冒険者登録をするってことですよね!!実は私もこれからギルド登録しに行こうと思ってて!!」
...何だ、俺の思い違いだったか...ってかこの人もかよ。
割と冒険者ってメジャーな職なのか?
「そ、そうなんですか。」
「私の名前はアルヌって言うんです!この街の国立冒険者学校の戦士科に通ってるんですけど、休みの日に少しでもお金を稼ぐためにギルド登録しておこうと思って!!」
「冒険者学校?」
「はい!...その様子だとこの街に来たばっかりって感じですね!いいでしょう!私が説明してあげます!」
そういい彼女は無い胸を張った。...言わなかったが彼女は胸が絶望的にない。何で今のタイミングで言ったかって言われると、タイミングがなかったからであり別に、そんな疚しい気持ちは一切ない。
「...何か変なこと考えてませんか?心なしか視線が下の方に行ってるんですけど!!」
彼女は手で胸辺りを隠しながら、羞恥の表情でこちらを睨んだ。なんだか、彼女の性格がもう掴めた気がした。
それにしても、戦士学校か。この世界にも学校というものがあるとは...一体何を学ぶのか...ってこれってもしかしてチャンスなんじゃ…!
彼女は俺の視線が戻ったことを感じ取り、おっほん...と気を取り直すかのようにおっさんみたいな咳をした。
「では、説明しますね。まず冒険者学校には5つの科があります。戦士科、魔術科、魔術医療専門科、武術科、総合科。この学校では、入学者にあった学科に進めさせてもらえるんです。」
今更ながらこの世界には魔術というものが存在しているのか。ファンタジー色が強いし、服装もあれな人が多いし、ギルドもあるって聞いてたからうすうす勘付いてはいたが...
何かテンション上がってきたかもしれない。
っと、それよりも総合科とは何だろうか...日本の学校みたいに偏りなく座学を教えてくれる感じか?とりあえず聞けるんだし聞いてみるか。
「へー、凄いですね。総合科とは?」
「あーっと...総合科って言うのはですね...要は天才の集まりですね。」
「天才?」
「そうです。魔術の才がある剣士や、剣が使える魔法使いの卵を育てる学科ですね。20人に1人くらいはそういった人材がいるんですけど、実践に使える程度に成長するのはその中でも本当にわずかな人数らしいです。」
「そうなんですか...」
てっきり、総合とか言っちゃってるから座学かと思ったらそういう総合ではなかったみたいだ。
天才専門の学科か...なんだか癖のある人が多そうな学科だな。
なんだか急に図書館とかより学校で学びたいと思ってきたぞ。
ちょい、学校で何が学べるのかくらいは聞いとこうかな?
「学校ではどういった学習をするんですか?」
「そうですね...私は戦士科なので戦士科の授業しか分かりませんが...座学3割実践7割ですかね。座学では主に魔物の知識や、剣術、その国の歴史や情勢などについても学んだりします。まぁ、ほとんどの生徒が寝てるんですがね。」
「それって大丈夫なんですか...」
「いやぁ...前寝ちゃったときに先生から魔法が飛んで来た時は焦ったなぁ...」
「...アルヌさんも寝てるんじゃないですか。」
「あっ...」
俺たちはそれから長い間駄弁り続けた。
...本来の目的であるギルド登録を忘れる程度には...
「てか、名前聞いてなかったですね!教えて下さい!」
「あっ、すっかり忘れてました...俺の名前は...」
そう言いかけた瞬間...俺の頭に激痛が走った。まるで名乗ることを拒むかのようだった。
咄嗟に頭を抱え、その場に蹲った。近くでアルヌが心配そうに声を掛けてくる。しかし、何を言ってるのか聞き取れなかった。
頭痛は次第にひどくなっていった。外から情報を取り入れているかのようだった。すると突然、俺の脳内に鮮明なビジョンが映し出される。
エウトロラレウス。俺の脳内にその八文字が浮かんだ。何を意味するのかは分からなかったが、その文字が頭を過ったと同時に痛みは自然と引いていった。
「だ、大丈夫!?どどどどどうしよう!?ど、どこかで横になる?」
アルヌが混乱して、その場で右往左往していた。
俺が頭を抱えている状況に、どうにかしようと慌てているのであった。
「ごめんなさい、もう大丈夫です。」
俺はすっと立ち上がり、自分の頭痛が引いた事をアルヌに伝えた。
アルヌは良かったと言わんばかりの溜息を大きくついた。そして、仕切りなおすかのように俺にもう一度目を合わせてきた。
「で、結局名前は...?」
「はい。俺の名前は...」
俺は先ほど脳内に上がった8文字を思い浮かべた。恐らく、これが俺の名前なのであろう。
実際、この世界の名前の基準に元の体の名前が合うわけじゃなさそうだし、こっちでいいか。
そう考えた俺は、ゆっくりと口を開き、しっかりと発音した。
「エウトロラレウスって言います。」
「…え?えええええええええええええええええ!?」
驚いたアルヌの声は町中をこだまするほどに聞こえた。
だがそんなことより、俺は何故アルヌが驚いたのか、そんな事ばかりを考えていた。
「何でそこまで驚くんですか?」
「え...?だ、だって...それって...」
なんだか落ち着かない様子でアルヌが言い淀む。
おかしな名前だったのだろうか。もしくは知り合いに同名でもいたのかもしれない。でもそこまで驚くことだろうか...オーバーリアクションすぎる気が。
俺のそんな考えは杞憂に終わるのだった。
「世界最古の龍とおんなじ名前だし...」
「え...」
俺の間抜けできれいな声が、中世の街並みに寂しく響き渡った。
どうやら、俺はやばいことを仕出かしてしまったらしい。
激からペヤングって奴食べてお口がひぃひぃしてます。