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空腹と言った敵に抗いつつ俺は冴え渡った謎の嗅覚で出口を探した。
ここまで歩いた道のりを見るに、やはりここは何者かの手によってつくられたものだと考えることができた。
「そろそろなはずなんだが…」
やはり、自分には合わない周波数の高い声が耳に吸い込まれる。
もうある程度割り切ってはいるが、慣れることはいつまで経ってもできそうになかった。
そんな独り言をつぶやいてから間もなく、目の前に外のものと思われる光が広がった。
俺はそんな光に吸い込まれる様に近づいていった。
神殿を出た俺の目の前に広がった光景は思いもよらぬものだった。
少し前までの俺は、神殿があるくらいだし町中か酷くても街はずれだろうと思っていた。
だが今見ている光景は何だ。
明らかに...
山の頂上ではないか...
「嘘だろおい...」
想像をはるかに超える光景に少しの間呆然としていた。
まさに茫然自失とはこの事だろうと、軽く自虐を齧った。
だがここでうだうだするのもおかしい話だ。
なぜ自分が外に出たかなんて言葉にしなくたってわかる。
グゥ...
...腹が教えてくれるからな。
でも、そうなると山を下る必要が出てきた。
山なんて考慮しなかった俺は歩く気満々だったんだが...
「霧がかかってて下まで見えないな...周りにも建物らしきものはないし...」
この場には、俺の出てきたでかすぎる神殿の他には本当に何もなかった。
霧がかかって見えないということはそれほどの標高があるということ。
何だかとてつもなく運が悪かった...
哀しさを覚えたがある妙案を思いつく。
この背中の羽で飛べるんではなかろうか。
我ながらなんて妙なことを言うのかと思った。
だが、考えてみればそうおかしなことではなかった。
なぜならその羽自体の存在意義にあった。
触ると...なんというかあれな羽...いや翼だな。翼が何のためにあるのか。
考えてみれば一目瞭然だった。
「あぁ、飛ぶためにあるんじゃないか」
自分の中で何かカチリといったかのように、綺麗に違和感もなく、その事実をつぶやいた。
実際この翼の操作は聞いた。それは尻尾も同じだ。
ならば飛べるじゃないか。
俺は翼に力を入れ、大きく広げた。
初めて広げた翼はとても大きく人二人分はあるだろう全長に、何故か俺自身が驚いた。
広げて思ったことは飛ぶ、ということに抵抗どころか違和感さえもなく終いには好感さえも覚えていることだった。
そんな好感に背中を押されながら俺は翼を閉じつつ山を下るかのように走り、その地面を蹴ったのだった。
俺に世界の重力が働く、まるで地面へ這い蹲らせるかの如く、下へ下へと落とされて行く。
今の自分は落ちることに気持ちよさ、快感さえも覚えることができた。
そしてそのまま...
その快感に身を任せつつ、
翼を広げた。
俺に浮遊感が襲った。
まるで世界の理から抜け出したかのようなそんな感覚だった。
急降下を続けていたはずの体は自然と宙を舞っていた。
「...案外簡単に空を飛べるものなんだな...」
そんな呟きを溢しつつ、感じを掴んだ俺は翼を羽ばたかせ上昇した。
飛びながら受ける風は頬を撫でる優しい手のように感じられ、雲の上にいるので温かな日差しも直接肌身に感じることができた。
ここでふと自分が空に飛ぶことに集中していたことから意識を戻した。
危ない...本来の目的を忘れるところだった。
そうして、俺は本来の目的である食糧探しを思い出した。
「このまま下るか」
何故か簡単にも思い立った自分は、出せるであろう最高の速度を出して降下をしてみた。
_刹那、目の前に地面が見えた。
「うおおぉっ!?」
焦った俺は急ブレーキをかけ、地面に足を付けるように突き出した。
空気抵抗を無視したように止まった瞬間、周りに途轍もない豪風が巻き起こった。
途端に地面にクレーターのようなものができ、周りに生えていたであろう木が俺を中心になぎ倒されて行ったのであった。
「...えぇ?」
俺は唖然としつつ、自重という言葉を覚えた。
*
着地をしてから周りを見渡した後、何となく気まずくなったので俺はその場をそそくさと離れた。
山の上からでは確認できなかったが山の麓は森だったようである。
ジャングルとまではいわないが自分の記憶にはないような奇奇怪怪とした草木が生い茂っている。
そんな森の中を目的である食糧となりそうな目ぼしい物を探しながら歩いた。
「んー、木の実の一つや二つあれば助かるんだがなぁ...」
実際、この体になってから食べ物どころか水さえも飲んでいないのであった。
何が食べれたダメなのかはさっぱりだった。
なので暫定、人間ではない以上普通に食ったところで満腹になるかは怪しかった。
だがそんな気の迷いなど、気にすんなといわんばかりに俺の目の前に果実の生る木が現れた。
「おぉ!やっとだ!」
そんな木を見つけた途端、自重という足枷が簡単に外れた。
その場を大きく踏み切り木に向かって全速で駆け寄った。
木の前に着くや否や、俺は木によじ登った。
気になっている木の実は何やら赤く、所々に黄色の斑点らしきものが付いていた。
何やら毒々しかった。
だが...腹の減っているレはそんなものを気にも止めず、木の実を毟り取り口へ運んだ。
「甘酸っぱい!うまい!」
運がよかったのか毒はなかったようだ。
木の実の味は、イチゴの甘みとレモンの酸味を掛け合わせたようなそんな感じだった。
大きさは林檎サイズで、2.3個食べれば腹を満たすことができた。
どうやら人間だったころと大差なく、食欲も満腹度もそれなりのようだ。
これはうれしい誤算だと思いつつ俺はありったけの量木の実を毟り取った。
だが、毟ったところで気づいたのだが俺には運ぶ手段なんてなかった。
「なにやってんだか...」
そんな落胆も束の間、俺の真後ろから何やら猛獣の唸り声のようなものが聞こえた。
ハッと後ろを振り返るとそこには熊の形をしたナニカが立っていた。
熊ではないだろう。これは確信できる。
一つ爪が異様に大きかった。
二つ目が赤く光っていた。
三つ熊から魔の気を感じた。
魔の気…?
自分の感じ取った謎の感覚に俺は首を傾げた。
目の前にいる敵など気にする様子もなくただ考えていた。
それを見た熊は自分が舐められているとでも思ったのか、唐突に叫び、唐突に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「グガアアアアアアアアアア」
「うお!?なんだよ!」
その振りさげられた爪は容赦なく俺の顔に...
...
…何だこの熊。ふざけてるのか。
熊はなぜかスローモーションで俺に攻撃してきていた。
否、まだ攻撃は届いていない。
「え?これ防げばいいのか?」
訳の分からない俺は軽く手を振るい、熊の手を払いのけた。
瞬間、俺の目の前は真っ赤に染まった。
「グアガッ...ガァァッ...!!!」
その赤の原因は熊の血だった...
熊の手が宙を舞っていたのだ。
「ちょ!脆すぎるだろ!」
俺はそんなに力も入れずに手を払っただけなのに、熊は手が消えたことに疑問を覚えた。
どういう事なのだろうか。もしかしてこの熊、豆腐でできているのではないか。
...んなわけないか。
熊は先ほどの攻撃を受け、相手の格の違いに吃驚しその場を逃げ出したのだった。
結局何がしたかったのだろうか...
その場に一人取り残された俺は何とも言えない哀しい気持ちになっていた。
俺がなにしたって言うんだあの豆腐熊。
落ち込んだ気持ちを抑えつつ、当時の目的を達成した俺は次となる進路であるこの世界の確認のため...
人のいるであろう街を探してまた放浪するのであった。
結構鈍感な方です。