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私、いつ人間やめましたっけ?  作者: 雲梯
一章
11/21

11

 夕食に呼ばれた俺は、運んだ布団から立ち上がり食卓へと赴いた。

 2階から降りてきた俺を迎えたのは、三人の人物だった。

 一人はイルネ、もう一人はアルヌ。最後の1人は見覚えのない髭の生えたダンディなおじさんだった。

 恐らく、アルヌのお父さんであろう。存在感のあるその風貌は、俺の視界に入っただけで威厳を感じさせた。


「君がラレウス君か?」

「は、はい!」


 容姿の所為で、意味もなく緊張していた俺の声は意図も簡単に裏返った。

 そんな声に緊張が解れたのかおじさんはにっこりと笑った。


「緊張しなくていい。なに、こんな容姿だがそこまで厳しくはないつもりだ。普段通りで構わない」


 低く、聞き惚れてしまうかのような、バリトンボイスに俺は吸い込まれそうになる。

 あまりにも男性としての魅力が高すぎて、話に集中できていなかった。


「わ、わかりました」

「じゃあ、席についてくれ。卓を囲みつつ話と洒落こもうじゃないか」

「はい!」


 おじさんにそう促され俺は言われるがままに席に着いた。

 アルヌは俺の隣で、正面にイルネさんが座った。

 食卓を今さらながら眺めると、シチューのようなものが器に注がれていた。

 ニンジンや、ジャガイモといった俺の記憶にある野菜も入っている。


「さぁ、全員集ったところで夕飯にしようか」


 おじさんの声を合図に、各々食事に手を付けはじめた。

 いただきますがなくていいのかと、少し疑問に思ったが、ここは日本でもなければ地球でもなかったので深くは考えないことにした。

 俺もお腹が空いていたので、手元のスプーンをとりシチューを口に運んだ。

 シチューは俺の記憶通りの味でとてもおいしかった。何が違うかと探すことができないほど完璧なシチューだった。

 甘く、クリーミーで、時にジャガイモや玉ねぎと言った具材たちが元の味を引き立てていた。

 野菜と肉の共存もうまくいっており、口の中でうまく広がりあっていた。


「どうだいラレウス君。うちのシチューは絶品だろう」

「はい!めちゃくちゃうまいです!」


 顔に出ていたのか、はたまた涎でも垂れていたのか。何とも簡単にバれてしまった。

 実際シチューは洒落にならないほどおいしい。

 俺がふと、イルネさんの方を見ると、イルネさんは俺の方を見て満面の笑みを浮かべていた。


「娘が二人になったみたいでいいわね」

「アルヌが姉でラレウス君が妹だな」


 夫婦水入らずといった感じで話を弾ませる二人。

 そんな二人を尻目に俺はアルヌと会話をしようと、アルヌの方を向いた。

 アルヌも言いたいことがあるのかこちらを向いていた。


「お父さん今日は珍しくご機嫌なんだ」

「そうなの?」


 アルヌの言葉に少しばかり驚いてしまった。

 何せここまで笑顔で仲良く会話している二人が”珍しい”だなんて到底信じられなかった。


「うん。いっつもご飯中は無口で喋るとしてもここまで饒舌ではなかったもん」

「へー、意外だな」

「きっとラレウスさんのおかげだよ」

「え?」


 予想だにしなかった言葉に俺は戸惑いを隠せなかった。

 まさか、自分が理由でアルヌの父の機嫌が良いだなんて思いもしなかったからだ。

 何故、俺がいることでアルヌの父が元気になるのだろうか。

 考えてみると答えは一つだった。

 それはアルヌに友達がいたことに対する父なりの安堵の気持ちだった。

 それは馬鹿な俺でもわかる。もし、自分の知り合いや血縁の人に友達がいなかったら、と考えると胸が苦しくなるのと同じだろう。

 恐らくアルヌのお父さんは、アルヌに友達がいないのではないか、学校で一人なのではないかを心配していて言葉少なになり終いには笑うこともできなかったのであろう。

 そんな心配を解消した今、笑うこともできれば、アルヌに変な気を使う必要もない。肩の荷が下りたってわけだ。

 

 いざ考えてみるとアルヌのお父さんはとても立派な人だなと実感した。

 自分の娘を心配し、毎晩悩んだことだろう。

 しかし娘にそれを感じ取られては拙いと口には出さず、今までため込んでいたのだ。

 こんなこと常人にはできないであろう。途中で必ずといっていいほど弱気になって、負の感情に心が飲まれてしまう。

 俺は目の前にいるアルヌの父さんに尊敬を覚えた。


「お父さんだって巨乳好きだもん」


 俺は飲んでいたシチューをぶちまけながら、先ほどまで考えていた理想のアルヌの父像が崩れ落ちていく様を脳内で眺めていた。


*


 ぶちまけたシチューを受け取った台拭きでふき取った俺は、再び席につき黙々とシチューを啜っていた。

 先程聞いた話が頭から離れず、俺はアルヌの父がとんでもない奴だとしか思えなくなっていた。現にとんでもない奴なのだが。

 そんな俺の気持ちも知らず、アルヌの父は俺に話しかけてきた。


「そう言えば自己紹介が遅れたな。私はダンザールという」

「......丁寧にどうも。俺の名前はご存知の通りラレウスです......」


 警戒した様子が伝わったのかダンザールはそれ以上何も言ってこなかった。

 俺は気まずくなり、残りのシチューを急いで啜った。


「ごちそうさまでした。美味しかったです」


 食べ終えた俺はそういい残すと、食器を抱え長い代の方へと向かった。

 背後で椅子が引かれる音がした事からアルヌもついてきているようだった。

 何だか後ろで不思議そうな声をあげるイルネさんだったが知らぬが仏であろう。


「ごめんねラレウスさん......気を悪くしちゃった?」


 何やら申し訳なさそうな顔でアルヌが俺に謝ってきた。

 どうやら先程の話を気にかけているようだ。


「いや、大丈夫。ちょっとそういう話になれてなかったもんで動揺しただけだから」

「心配しなくても大丈夫だよ。お父さん巨乳好きを除けば、それなりにいい人だから」


 食器を片付けながらアルヌは俺にそういった。

 正直、今は何を言っても追撃にしかならないのでその話題には触れてほしくなかった。

 実際俺の中でアルヌの言ったそれなりの定義が気になって仕方なかった。


「ごめん、慣れない環境で混乱してるだけで別にダンザールさんのことで悩んでるわけじゃないから大丈夫だよ」

「そっか、ならいいんだけど......もし気になることとかあったりセクハラとかされたら遠慮なくいってよね?」

「う、うん」


 最後の一言により、ダンザールの株がガクッと下がり、俺はされるはずのないセクハラの恐怖に身を震わせることになるのだった......

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