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アルヌの提案に御厚意に甘え、宿泊場所を確保した俺はこれから通うことになる学校について考えていた。
これまでの流れを考えると、俺のステータスは異常らしい。そんな異常が、急に学校へ入ってきたら。元いた生徒はどうなるだろうか。
勿論混乱するし、恐らく俺の周りに人は来ない。だが、それは困る。非常に困る。
俺だって、勉強しに行くと言っても友達が一人もいないまま、学校生活を送ろうと考えるほど孤高主義者ではない。というより、欲しい。
この世界に来てから落ち着くことが少なかったが、よくよく考えると元の世界に帰る手段もないので、ある程度は友好関係は築いておきたい。
最悪この世界で一生を過ごすことになっても、仲間がいれば俺だって悲観することはなくなるから......要は保身である。
「ラレウスさん、着いたよ!ここが私の家!」
俺がこれからのことに思考を張り巡らせていると、家についたのかアルヌが俺へと声を掛けてきた。
喋りながら彼女が指を指す家は。周りと似たような感じであり、特筆するような部分はなかった。
「ここかぁ、家族の方はいるかな?」
「多分お母さんがいると思うよ!私の家は一人っ子だから後はお父さんがいるだけなんだ!」
彼女は都に手を掛けながらそう言い放った。
アルヌの家系は、どうやら一人娘だけの家のようだ。
跡取り等の話が残りそうな家だなぁ、と率直な感想を述べようと思ったが、ここにきて元の世界の常識など通用した試しがなかったので飲み込んでおいた。
「ただいま!」
戸を開け乍らアルヌが帰りを宣言すると、家の奥の方から小走りで小柄な女性が出てきた。
身長は俺よりも低く、145あるかないかくらいだった。年齢は12くらいだと言われても信じることができるくらいの容姿だ。
一人っ子だと言うのになぜこんなに小さい子供がいるのか。妹ではないのか......?
そんな疑問が俺の頭を埋め尽くす。
「おかえりなさいアルヌ......あら?そちらの娘は?」
「この娘はね、ラレウスさんだよ。私がギルド登録へ行った時に一緒についてきてくれた人だよ」
「あらまぁ、娘がお世話になりました。有難う御座います。」
娘がお世話になりました。 という言葉を聞いて俺は我に返った。
そう、この女性はアルヌのお母さんだったのだ。見た目が若すぎて、その可能性を捨てかけていたが喋り方の落ち着きようや、気品溢れる佇まいは年季を感じさせるものだった。
と、ここで先程アルヌのお母さんが行った言葉を思い出す。「お世話になりました」と......
とんでもない、お世話になったのは俺の方だ。道も分からず猪突猛進に進んだ挙句、迷子になっていた俺を助けてくれたのはアルヌなのだ。
よくよく考えると俺はついていっただけで何もしていない。俺が頭を下げなければいけない場面なのだ。
「いえいえ!逆なんですよアルヌのお母さん!俺の方が案内してもらったんです。なので、改めてアルヌさん、有難うございます」
「そんな!私はギルマスと御話しさせていただける場を作ってもらっただけでうれしかったから頭下げなくても大丈夫だよ!」
アルヌはあたふたしながら俺の頭を掴み、上へと持ち上げた。
そんな様子を見ていたアルヌのお母さんは、小さく笑みを浮かべた。
まるで、我が子の成長を感じているかのようだった。
「仲良くしてくれてありがとうねラレウスさん。今更だけど、私がアルヌの母のイルネです」
「あ、丁寧にどうも......しつこいですが俺がラレウスです」
話を落ち着かせるかの如く、俺とイルネさんで自己紹介を交わした。
アルヌはその様子を静かに眺めていた。
「で、お母さん!ラレウスさんをお家に泊めてもいいかな?」
「あら、もちろん大丈夫よ。私達が使ってない部屋が1つあるしね。丁度いいわ」
「やったねラレウスさん!」
俺が泊まれることに喜んでくれているのか、俺の方を向き両手をパーにして突き出してきた。
これはあれだろうか、元の世界でもあったあれなのだろうか。
俺は本能のままに両腕を突き出し......
アルヌと共にハイタッチをし、悦びを分かち合った。
*
アルヌの家は二階建てで、アルヌの部屋と空き部屋はどちらも二階にあった。
俺は話が落ち着いたところで空き部屋へと案内された。
空き部屋の中には、特にこれと言ったものはなかったが、イルネさんから布団をもらうことができた。
これで夜は快適な睡眠がとれる。俺は、久しぶりの布団に感動を覚えていた。
俺が空き部屋に布団を運ぶ間、アルヌはイルネさんと夕食を作っているらしい。
手伝おうとしたがどうやら、お客さんとして扱いたいらしく、手伝いは丁寧に断られてしまった。
そんな俺は今、久しぶりに一息つける状況にあった。
目が覚めてから今まで、一度も心から落ち着ける時間などなかったのだ。
状況を今、全て理解できているかと聞かれれば、「まだ」と答えるだろう。それ程のことが、自分の身に起こっているのだ。
だが、初めの頃に比べ俺もある程度は理解してきている。
まず、ここは異世界で間違いない。断言しよう。
根拠は2つある。
1つ目は、明らかな文化レベルの低さだ。電気もなければ水道も通っていない。街を歩いていても携帯電話を持っている人など、誰一人として存在していなかった。
2つ目は魔法の存在の有無だ。確かに、元の世界にも魔法という知識はあった。だが、それは想像上だった。小説で描かれたり、漫画にされたり、ゲームに現れたりと......現実的再現は起こっていなかったのだ。
なので、この2つを掛け合わせて考えると異世界である可能性が、極めて高かった。強いて言えば、モンスターらしき存在も元の世界には居なかったからだ。
しかし、ここまで考えたが、俺がここを異世界だとわかったところでどうすることもできない。
他人に行ったところで変な目で見られるのがオチであろう。
なので、今はこの「王族の忌子」という肩書をうまく利用しつつ、細々と生き延びるのが吉だろう。
帰るとか、永住するとかそういったことは全然考えていないから、俺の当面の目的はこの世界を知るということになる。
ポジティブに考えれば選択肢があるのだ、俺には。
何だか無性にワクワクしてきた俺に、夕食の声がかかるのはそれから5分も経たないうちであった。
短くてすいません。