87、レクスタ家の思惑
出会って突き飛ばされた時にも彼女は頭に痛みを感じていたので推測は簡単だった。だがユウキの時に男のデリケートなところを弄ばれてもラヴィニアの身には何も起きなかった。これで確証が持てた。ラヴィニアの管理者はマジクとして登録されておりユウキには何の効力も発生することがない。これはいざという時には彼女を切り捨てられる保険が出来たことになる。なんせ彼女は大罪を犯し神に幽閉されていたのだ。記憶がなくて今のところは無害に見えても、大罪たる理由が僕にとって有り余るものなら僕は家族や好きな仲間を守るために彼女を切る覚悟があった。今後長く付き合っていくようならその関係も変化するかも知れないが、根元に危うさがあるならば僕はきっとその時躊躇はしないだろう。
「これって、あなたにはある意味逆らえないってことよね?」
「そうかも知れないけど、僕に危害を加えない限りは、今のところ君は結構自由に行動してると思うよ?抑制されているわけじゃないんだから問題ないでしょ?」
「あなたにはね、でも私に危害を加える気がなかったのに何かの拍子にあなたを傷つけてしまった場合はどうなの?」
「確かにあり得るね。確かめるかい?」
「嫌よ!物凄く痛いのよ!頭が割れるようだったわ!ちょっと待って!?まさか本当に頭が割れたりしないでしょうね!?」
「それは流石に試せないね」
「当たり前でしょ!」
「あー!あぅー!」
楓が長い間かまってくれないので、不満を現して来た。
「あれ?メイは寝て?あれ?」
楓の声に反応したようでメイが目を覚ました。あの睡眠の魔法でメイを眠らせて居られる時間は大体十五分ほどのようだ。
「おはようメイ」
楓を抱き上げながらメイに朝の挨拶をする。
「あれ?メイは起きてユウキが怯えてて、おっぱい上げようとして、あれれ?」
「何か変な夢でも見たのかな?」
「え?夢?でも夢じゃない気がするのですが…あの人がユウキを虐めていて」
「君がユウキを虐めていたってさ。話をうまく合わせて」
「了解ー。わーん。酷いわ!私が虐めたって、わーん!」
「わっわっ!マジク様!何を通訳してるですか!?」
「酷いって泣き出しちゃったね」
「メイはそんなつもりじゃ!」
「じゃあ、どんなつもりだったの?ここに居ないはずのユウキまで持ち出して」
「はっ!そうです夢です!ユウキがいるわけないじゃないですか!ちょっと変な夢を見ただけです!」
「あなた悪い人ね。こんな子供騙して」
「僕は本来この子よりうんと年下の赤ん坊だから問題ないさ」
「そんな都合のいい赤ちゃんに振り回されて、あなたの周りの人達の不幸が思いやられるわ」
「酷い言い方だな」
「そこに私が加わるとなると思うと愚痴の一つも言いたくなるわ」
「何を話してるですか!?ちゃんと誤解を解いてくれたですか!?」
「うん。誤解だって分かってくれたよ」
「良かったです~」
メイがぺたんと床にへたり込んでしまった。
「本当に酷い人、泣いちゃってるじゃない」
「さっきの仕返しと思ってくれればいいよ」
「容赦のない人ね。それでこの子は何?紹介して」
「楓かい?君の大先輩さ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「当方と致しては再度の探求を願い出ることとなりました」
共に探求したレクスタ家のディアナが深妙な面持ちで告げてくる。申し訳なさそうにしているのがディアナの人となりを示していた。予定外の探求中止だったのだからレクスタ家として再度の探求要求は当然の権利となる。今回は同じく同行していたサイラスの姿がない。代わりに優男が付いてきている。武門のレクスタには不釣り合いな見た目だ。男は今回の自体に合わせて出て来た交渉役のようだ。レクスタの名を持つディアナよりも権限が一任されていると紹介だけはされている。
「分かりました。準備も有りますので明日の仕切り直しと言うことでいかがでしょうか?」
「いいえ。それには及びません。レクスタ家当主は今回のダンジョンでの転移の罠での事故を重く見ております。転移されたマジク様の心情と精神的な疲労を重々承知いたしまして、時期を空けてからの再度の計画の練り直しと探求を望むとのことです」
ディアナが申し訳なさそうにしている本当の理由が分かった。今回の強引な探求依頼を取り付けてきたレクスタ家の思惑が謎だったが、今の向けてきたレクスタ家のリアクションにこそ思惑が絡んでいるようだ。
「これはリテルダ様には寛大な配慮をして頂きまして痛み入りますが、当方は問題ありませんので明日の探求で構いません」
「いいえ。今回のことに関しましては実際に探求されるペラム家様と私たちだけでは収まらなくなっております。レクスタ家として宝欲しさに無理な探求を強要したのではと無用の誤解を受ける訳にはいかないのです」
確かに有りそうな話だが判断が難しくなる。ペラム家の責任者は無論レノックスなので彼の手腕が試されるのだろうが、部が悪いのは間違いない。こちら側はスケジュール的にさっさと探求を終わらせてピークトリクトに戻りたいという個人的な理由だけなのに対して、彼らは正当な理由を述べてきているのだ。
「それに事故が起きたにも関わらず、今回の事故に至った経緯の確認と対策をせずに軽率な探求に出るのはペラム家として如何なものかと」
挑発と取られてもおかしくない言動に思えるが、レノックスは笑顔で頷いていた。対してビギアルは怖い顔をしている。威圧役も必要なのか、本気で怒っているのか判断に迷うビギアルの表情だ。威圧役はきっとガルドーの方が適しているんだが、ガルドーでは手加減をしないと脅し過ぎてしまうかも知れない。
「ただそれですと我々は、一度ピークトリクトに帰らねばなりません。次にユースモア領に来れるのも、いつになるのか分からなくなりますが」
「勿論です。ペラム家の方々がお忙しいのは重々承知しておりますので当方はそれで構いません。今回のことで発生した滞在費も含めてレクスタ家にて持たせて頂きますので、この次もよろしくお願いします」
優男は深々と頭を下げて来た。これは何が目的なのか分からなくなってくる。何かしら目的があると僕たち全員が動向を睨んでいたのに肩透かしを食らった感じだ。ピークトリクトにもう帰って良いと言う。何だか腑に落ちない気持ちは全員同じのようだ。
「それでは再度の探求依頼の方は出して起きますので、近いうちにお会い出来るのを楽しみにしております」
優男が立ち上がり、ディアナが僕に握手を求めて来た。
「この度はこのような形になりましたが近い内に、またお会い出来ること楽しみにしております」
特に最後まで何事もなく、あっさりと二人は出て行った。
「どう思う?」
「全く持ってわからんのう。ただレクスタ家が本当に何かしらの思惑を持っていたのだとしたら、我々に気付かれることなく、思惑は成ったと言うことじゃろう」
「やはり、そうなりますか………何にせよ。もうユースモアにいるのは得策では有りませんね。もし相手の思惑通りにことが進んでいるのならば、状況もわからない我々がここに居るのは、身動き出来ずに料理されるのを待つ食材と変わりませんから」
「確かに相手がいいように出来る手の内にいると思うと居心地が悪く感じるのう」
「嵌められたとすると相手の言う通りに動くのは癪ですがね。ともかく安心して眠れる家に戻ることにしましょう。急ですが夕刻に出立しますか?」
「そうじゃの落ち着いて寝れそうもないしな」
僕たちの急な帰還は、こうして決まった。
「聞くようなことでもないけど、ついてくるんだよね?」
「あら。私を守ってくれるのでしょう?それは離れた場所にいても可能なことなの?」
「近くに居ないと無理だね」
「なら本当に聞くことないじゃない」
そっぽを向かれてしまった。先ほどからラヴィニアは楓をかまいっぱなしだ。元から言葉での疎通がない、赤ちゃんである楓の相手をしているのが楽しいらしい。強制的に相手をさせられている楓は仏頂面で、僕のことを見てくる。心の中で。すまないと謝っておく。
「マジク様!神子様が奪われたです!取り返して下さい!」
「メイ君?ダンジョンの神は君に試練を賜うたのですよ?」
「何ですと!?これはダンジョンの神が与え賜うた試練でしたか!ラヴィニア様!神子様を返すです!」
メイの扱い方がわかって来た。ダンジョンの神の試練だと上手く乗せてやれば良いのだ。だがその試練の相手が一筋縄で行かないから困る。
「へべしっ!」
メイがラヴィニアの容赦無いデコピンで撃沈した。ラヴィニアは僕とメイの扱いが、ぞんざいになって来ている。目覚めて三日足らずで、呆れるほどの順応力だ。おでこを押さえたメイが涙目で僕にすがる目線を向けてくる。僕は首を横に振った。メイは覚悟を決めるともう一度ラヴィニアに挑んで轟沈した。
「ねえ、この子笑わないんだけど?」
「楓は僕がかまっても、殆ど笑わないからね」
「それって大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないかな?一度も笑ったことがないとかなら心配だけどさ。楓は人見知りだからね。君に抱かれて泣かないのが不思議なくらいなんだよ?」
「ということは、私は気に入られてるってことね」
「多分気を使ってくれてるんだよ」
「何よそれ?あ~この子もあなたと一緒で見た目通りの赤ちゃんじゃないってことね」
ラヴィニアは楓のおでこと自分のおでこをくっつけまで顔を近付ける。楓は目線で威嚇するが、幾ら険しい顔をしても赤ん坊の可愛いらしさから抜け出すことは出来ない。まあ楓には必殺技があるが。
「びぃあ~ん」
伝家の宝刀「泣き」である。両手でラヴィニアの顔を押して、僕に向かって泣き声を向けてくる。
「あんまり楓の嫌なこと続けてると嫌われるよ?」
ラヴィニアから楓を救出すると、楓におでこをペシペシされた。
「マジク様!ありがとうございます!流石でございます!」
ひれ伏しそうな勢いでメイが寄って来が、近付けたると楓は、嫌って感じでそっぽを向いた。
「ガーーン!!!!」
そんなに涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしてたら誰だって嫌だろう。
「ねえ、あなたのお家でも、こんな感じなの?」
「ここに僕の妹のアキちゃんと、メイと同じくらいの女の子が二人と子供と変わらない母が加わるかな」
「何それ、あなたのお家どうなってるの?」
「それには深くて重い僕の苦労があってね?」
「そんな経緯はどうでもいいわ。女の子ばっかりじゃない」
勿論、僕だって気付かないわけがない。たが僕はまだ赤ん坊な訳だし異性に意識する歳でもない。この先ずっとというわけではないだろうし、それにカウタがいるし。
「言っておくけど成り行きだからね」
「あらやだ、もしかして私もあなたの毒牙にかかったのかしら」
「最年長―――」
「それ以上言ったら、もぐわよ?」
僕の下の方がきゅっとした。
次話 「ライバル」




