86、弄ばれた男の尊厳
浮遊感を感じて目が覚めると目の前に銀色の長い睫毛があって何度かパチクリする大きな目があった。
「あら、やっぱり男の子なのね」
「なんなんでちゅか!?え?ちゅか?」
寝起きの頭でも徐々に状況が分かってきて蒼白になる。
エルフの女の子に僕は持ち上げられていた。両手で脇の下に手を入れられて軽々と小さな僕の体を持ち上げている。すっぽんの生まれた姿。
昨晩は少しでもと思ってユウキの姿に戻っていた。窓の外はまだ薄暗い。エルフの女の子が日が昇る前に僕の部屋に忍び込むのは予想外だった。
「あなた、お名前は?」
「………」
口に手を突っ込んだり、よだれでベトベトにしたりして無邪気な赤ん坊を演じる。
「今更よ?さっき喋ったでしょう?」
脇の下をうねうねされる。意地でも誤魔化し切らねばと我慢する。
「そう……これだけはしたくなかったのだけど」
ベッドに寝かされて片手で体を抑えられると男にしかないものを弄られた。我慢してもしつこいくらい弄ばれた。彼女の目が煌々と輝き、頬が火照って息が荒くなってきて怖くなった。もう無理だ。これ以上は男の尊厳が取れてしまう。
「わかったでちゅ!やめてでちゅ!ぼくゆうきでちゅ!」
「やっぱり話せるのね。ユウキと言うの………そう……」
半眼で見つめて来る瞳は疑いの意思が強く込められている。
「………おかしいのよね。私と会話できるのはマジクだけなのに。赤ちゃんで私とお話しできるって……」
エルフの女の子がニヤリと笑う。
「正直に言わないと、もっと凄いことするわよ?」
僕は全面降伏した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「何をしたですか!?ユウキがこんなに怯えるなんて!」
言葉が通じないのにメイがエルフの女の子に噛み付いていた。震える僕を守るように抱きかかえてる怒る剣幕に、エルフの女の子も頭を何度も下げている。
「ゴメンって!そんなに怒らないで!でもその子も悪いのよ?偽りの姿で本当の姿を隠して居たんだから」
家族以外の僕の秘密を知る者が出来てしまった。いつか僕に疑いを持つ者が現れて拷問されてる時が来るかもと思っていたが、まさかあんな拷問で秘密を暴露させられるとは思わなかった。最近は能力の使い道に慣れて、かなりの力を手に入れたと思っていたので、まさかこんな形でユウキ=マジクを知られることになるとは思わなかった。この世界の人達は他人の能力を詮索するのはタブーとするきらいがある。神の与えたものを詮索するのは、神の祝福を蔑ろにして裏切る行為だと思われているからだ。上手くこの世界のルール乗れて深く追求されることもなかったのだが、エルフの女の子にはこの世界のルールが通用しないことを失念していた。僕にとって危険な存在だと言うことを今更知ることになったのである。
「でもあなたの言う不思議な能力があると言うのは信じる気になったわ。私と会話出来るのもその力のお陰なのね」
「そ、そうでちゅ」
エルフの女の子は聡いようで少ない情報で的確に分析をして答えを導き出して来る。彼女がこの世界の言語を扱えないのが、せめてもの救いだった。秘密を彼女の所で取り敢えずは留めて置けるので、今後彼女がこの世界の言葉を理解できるようになるまでには対策を講じておく必要がある。
「他には何かあるの?教えなさい?」
「怒るですよ!まだ何かユウキにするつもりです!?」
こんなにもメイが心強いと思ったことはない。メイだけが頼りと必死にしがみつく。エルフの女の子は言葉は分からずとも、メイの剣幕の意味は察しているようで前のめりだった姿勢を解く。
「冗談よ。もうしないわよ。そんなに怒らないでメイ」
絶対嘘だ。二度とユウキの姿で、この破廉恥なエルフと二人きりにはならないと心に刻み込む。
「話があるのよ。マジクになりなさいよ」
「そうもいかないでちゅ、めいのまえではへんしんできないでちゅ」
「あら秘密なの?もしかして私結構な秘密知っちゃた?」
「あ!悪い顔してます!がるぅ~!」
メイが見逃さずに威嚇してくれるが、彼女は弱味を握ったと思ったようだ。まさかダンジョンで助けた女の子が、一日もしないうちに僕の生活を脅かす存在になるとは思わなかった。
「仕方ないわね。メイに通訳してちょうだい。あなたと仲直りしたいから二人っきりにしてって」
「いやでちゅ!なにをされるかわからないでちゅ!」
僕は全力で首を横に振った。メイが僕の様子を見て尽かさず威嚇してくれる。
「もう面倒臭いわね~」
お前の撒いた種だろっとツッコミたかったが、後が怖いので言わない。
「私もメイと一瞬に一旦外に出るから、それならいいでしょ?」
「………それなら」
「決まりね!早くメイを説得しなさい!あなたが赤ちゃんでいると、どうもうずうずしちゃうのよね。だから早くしなさい?」
そんな脅しをしなくても、僕もマジクになって身の危険を回避しかった。
「めいさま。ぼくおなかすいたでちゅ。おちちのみたいでちゅ」
「メイはまだおっぱい出ないですよ!?」
僕は思いっきりズッコケた。
「でも出るかも知れませんね!」
メイが寝巻きを捲り上げようとする。
「なにをやってるでちゅか!ちがうでちゅ!もらってきてほしいでちゅ!」
「何事もやってみよとダンジョンの神も仰ってました!」
暴走したメイに頭を固定され、細やかな膨らみが押し付けられそうになる。
「ぎゃーやめてでちゅ!のみたくないでちゅ!」
「あんた何やってるのよ?」
寸前の所でエルフの女の子に身柄を救われる。
「何をするですか!?ユウキを返して下さい!」
メイが手を伸ばして来る。僕はエルフの女の子にしがみ付いてブルブルと震えた。
「言葉は分からないけど。何となく返せと言ってるのはわかるわ。でも返せるわけないでしょ?可哀想に、こんなに震えて怯えてるじゃない」
数分前のメイとエルフの女の子の立場が逆にないる。
「もうメイがいると話が進まないわ」
エルフの女の子は僕を楓の眠るベッドに下ろす。
「何するですか!?私はおっぱいを飲ますですよ!」
「ぎゃーぎゃー五月蝿いわね。いいから外に出るわよ」
メイが部屋の外に引っ張り出されて行った。二人が居なくなって安心する。だがそれは油断だった。目を覚ましていた楓が興味津々で僕の尊厳を握っていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【 眠れ 】
メイの瞼が閉じ、体から力が抜けて倒れるのを僕は支えた。抱き上げベッドに寝かせる。先程のことは夢オチとする強行手段計画だ。
「女の子は怖い………」
「何言ってるのよ。というか、それが魔法?怖いわね。悪いことし放題じゃない」
「直ぐにもその発想に行き着く方が怖いだろ」
「私も使えるようになるかしら?」
「君には絶対に使えるようになって欲しくないね」
「何よそれ」
「君は魔法の存在も知らないようだね?」
「魔法なんてお伽話の作り物よ?」
「あくまで仮定の話だけど、千二百年前の王国には魔法がなかったのかな?」
「どうかしら、ここが私が住んでいた場所の千二百年後とも限らないわよね?」
「それもそうなんだよね。もしかしたらどこか別の所から来たのかも知れない」
「やめて今はあまり希望的な考えに縋りたくないの。帰れるとか安易に考えると私はきっと駄目になる」
「強いんだね君は」
「………君って言い方嫌ではないけど不便でしょ?私のことはこれからラヴィニアと呼んで。今朝はこれを伝えに来たのよ」
「わかったよラヴィニア。改めて宜しく。僕はこの姿ではマジク。本来の姿はユウキだ」
半透明のポップアップウィンドウに表示された個体名ラヴィニアを確認して「YES」を押した。
「それにしても不思議な世界ね。今でも私は夢を見ていて直ぐにでも目が覚めて、いつもの日常に戻るんじゃないかと思っているのよ」
気持ちは分かる。僕自身がそうだったのだから。だがそのことは伝えない。家族以外知られていない秘密を知られてしまったが、まだ誰にも知られていない秘密がある。ラヴィニアは鋭いので隙は見せないようにする必要があった。
「赤ちゃんが青年に変身して大人に混じって生活をしているなんて、とても変だもの」
初めは生活の為に仕方なくの行動だった。行きずり的にいまの状況になって、いまでも許されるならユウキでいたいのだが、そうもいかないのでぐっと堪えるしかない。
「何か言いたそうね?」
うん鋭い。こんな彼女だから下手なことを言うと知らぬうちに、ヒントを与えてしまいそうで警戒してしまうのだ。
「もう一つ言っていないことがあるんだ」
「何?今まで勿体ぶったってことは、きっと悪い話ね?いいわ聞かせて」
「君を助けた時に、僕は君の管理者となったみたいなんだ」
「ふ~ん………管理者って私を管理するってこと?私が閉じ込められてた事に関係するということね。私は大罪を犯したって言ったわよね。私には何のことだか思い当たることなんてない。大罪っていうくらいだから多くの人達に影響を与えた大悪よね。でも信じて頂戴。私にはそんな大それたことをした記憶はないわ」
「君が記憶をなくしてる可能性もある」
「そうね。否定はしないわ。本当に千二百年も眠っていたのならば、記憶ぐらい飛んでいてもおかしくないわ」
「そういう捉え方も出来るんだね。君は前向きなのか後ろ向きなのか判断に迷うよ」
「私はどちらでも在りたいと思うわ。臨機応変に使い分けたいと思ってる」
「そうだね、とても合理的だ」
「そう。好きよ合理的って言葉。管理者って具体的に私にはどんな影響があるの?」
「さあその辺の説明はさっぱりなかったんだ」
「まさか、あなたに絶対服従なんてことは無いわよね?」
ラヴィニアが自分の体を抱きしめる。
「そんな権限はないさ。もしそうだとしても、いま君が想像したことは何一つしないから安心して」
「どうしてそうだと言い切れるの?答えによっては女のプライドが傷つくんですけど」
ラヴィニアは睨んで来た。
「僕に何を期待しているかは知らないけど。知ってるだろ?僕は本当は赤ん坊なんだ。見た目はいまは君と変わらないけど中身は赤ん坊なんだから、まだ女の子に興味を持つ年じゃない」
「本当に?その姿になることで、そういった気持ちも姿に見合ったものになっているんじゃないの?それだけ大人の考えを持っていて欲求は赤ちゃんのままなんて説得力に欠けるわ」
「確かにそう思うかもしれないけど事実なんだから仕方ない。綺麗とか美人とか思う感覚はあるんだけどね」
「変ね。何か引っかかるわ。あなた何か隠しているでしょ?」
「そこまでにしておいてくれるかな。一応教えておくと、この世界では他人の能力を探るのはダブーなんだ。君もこの世界に厄介になっているのだからルールには従った方がいいよ。痛い目に数々あって来た先輩からの忠告さ」
「先輩ね………なるほどね。肝に命じておくわ」
「そうだ一つだけ示せるものがあるよ」
「なあに?今更エッチなことは駄目よ?」
「ないといってるだろ?」
僕はそう言いつつも、ラヴィニアの体を足先から頭までじっくりと眺める。
「ちょっ、ちょっと!?」
「0歳の僕が、千二百八十五歳の大年増に興味を持つわけがーーー」
パシン!!
「痛っ!ぎゃー痛い!何なのこれ!」
僕の言葉が終わらない内に、ラヴィニアの平手打ちか飛んで来た。避けようと思えば避けれたがわざと受け入れた。僕に平手打ちをしたラヴィニアの方が頭を抱えて蹲っている。
「これが管理者の権限の一つみたいだ。君は僕に危害を加えると、君にもそれ相応の罰が下るわけだ」
次話 「レクスタ家の思惑」




