8、稚拙な嘘と本気の気持ち
「なるほどな」
「なので出来れば街にて教えいただけたらと」
「別に構わないぞ………但し仕事の合間という制限は付けるが」
「もちろんそれで構いません」
レージンとの会話の緊張感が少し和らいだことで、知りたかった事がかなり得られていた。
レージンは自らの情報を出しながらも、それを足掛かりにして、僕の情報を引き出そうとしている事はわかる。流石に大ぴらに聞いてくる事はしないが、それでも素直なやり取りの会話ではなく、軽めの探り合いになっているのは譲れない商人のプライドなのかと、僕の方もレージンの人となりを分析する余裕さえ出ていた。
一番の情報の成果はこの砦に当面の危険がなさそうな事と、街が期待通りに目星のつけた場所に存在する事だ。
大きな心配事が二つ消えただけでも、体が軽くなった気がする。
砦で僕達の身に起こっていた事は、砦に居を構えていた没落貴族が、裏家業を営む金貸しからお金を借りて、首が回らなくなったことから始まる。返すあてもないのに借りてしまったがために、取り立てから争いになって、結果は力ずくの略奪行為に発展して砦の者は皆殺しとなる事件になったそうだ。砦の人達は全員谷底へ突き落とされたらしく、奪うもの奪った金貸しは数日後に警邏中の王国騎士団遭遇したらしく、悪事が露見して捕縛されたそうだ。僕は金の借り貸しで、相手を皆殺しにする悪人がこの世界にいることに一番衝撃を受けていた。僕達の存在が見つかっていたらと思うとゾッとする。先ほどのこととは比較にならないほどの窮地に立たされていたに違いない。それにしても、これだけ砦を荒らすほどの略奪に発展しておいて、僕達が見つからなかったことが不思議でならない。地下への階段は、階段の途中に鉄格子の扉があるだけで、発見するのは容易だろう。それに王国騎士団は、今回の事件の調査で砦に来ているいう話だ。王国騎士団にも、なぜ僕たちは発見されていないのか。更にその前にそれだけの騒動がありながら、僕達が気付かなかったのかのも疑問だ。
レージンは、今回この事件顛末を聞いて、少しでも損失を埋めようと砦の物を物色しようと、明け方から一番に出てきたらしい。レージンは旧貴族の名を傘に立てて無理な条件での融資を受けさせられていたそうだ。
僕は自身の素性に関しては深く触れないように森で迷って砦に行き着き、一晩を過ごさせてもらおうとしたが、この砦の有様が気になったので少し調べているうちに偶然地下室を見つけたと言った。地下室に続く扉を開けることが出来ずに諦めて、今朝移動をしている最中に森に入って不意をつかれたと話した。
我ながら端折りすぎたなとは思ったが、レージンは直ぐに地下室へと案内するように言ってきた。
「これは隠蔽の魔術が使われているな。君が居なければ気付かなかっただろう」
地下への階段の入口にあたる石積みの一つに細工があるらしい。隠蔽されていることを知っていなければ、発見出来ない部類だそうだ。
「この檻戸にも細工がありそうだな。だがこれなら」
レージンは腰の剣を抜くと鉄格子を一閃し、叩き切って見せた。僕はレージンのふくよかな体型から侮っていた事を知り、冷汗をかく。
「戦士生活が長かったもんでな。そうでもなければ商人風情が一人で、事件があったばかりのこんな場所まで来るわけがないという事だ」
レージンは、驚きに動きが固まってしまった僕の姿を見てそう言うと、鉄格子を掴んで邪魔にならないところまで運んだ。
僕はレージンが奥の手を晒したのではないかという事と、この程度は、この世界ではよくある話なのかと色々と考えてしまう。<危機察知3>の警告音は鳴っていないのに、頭の中で自主的に警告音がなっているような錯覚を感じた。
「そう怯えるな。俺は商人だ。将来利益になる可能性のあるものに害をなすわけがないだろう?」
いや余計に怯えるよ………利益になるもの以外は切るという脅しにしか聞こえない……
「少し頭にきただけだ。君には聞こえんかも知れんが、赤子の泣き声がする」
「!!」
これには思い当たり過ぎた。アキちゃんが泣いている。言われてやっと聴こえてきたのだ。
「二重の隠蔽だな、檻戸の石にも細工がありそうだ」
レージンから漂う緊張感は、兎もどきと対峙した時よりも大きかった。
どうかしてたとはいえ、あの魔獣には向かって行けたのに、いまのレージンにはとても立ち向える気がしない。
「誰かいるのか!?」
レージンが突如大きな声を上げた。片目をつむり、静かにするようにと唇に人差し指を当てている。
「女一人、赤子が二人か」
能力!?
「この程度の能力珍しくはないだろ?」
僕の驚く表情を見て訝しむレージンの物言いに、冷汗をかく。暫く目線が重なったまま動けずにいた。
「まあいい。後で少し話をしよう。いいな?」
「はっ、はい!」
この時、僕は肯定する返事しか出せなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さあ、話してもらおうか?訳ありなのは分かっているがな」
あの後、レージンと地下に行き、母とアキちゃんと複製したユウキを地上へと連れ出した。
ずっと地下にいた赤ん坊を屋外に出すのは良くないと、一階の部屋に残してきている。
足をもたつかせながらも緊張感もなく、のほほんと階段を登る母の様子に、レージンも少し唖然としていた。
レージンの話からすると母はどうもこの旧貴族家の娘のようだった。母は暫く前にこの砦から嫁ぐために他領へと旅立ち、子を孕んだ後に砦へと戻ってきたようだ。母の話によると地下に閉じ込められていた理由はわからないらしく、不便ではあったが特に疑問にも持たなかったらしい。逆に話を聞いていた際に初めて疑問を持ったとの事だ。
我が母ながら危機感のなさに、命を預けていた事への恐怖を覚える。
レージンに関しては商人と思わず、歴戦の戦士と思って対応に当たろうと心に決めた。見た目とのギャップも激しく、はっきり言って得体が知れなくて怖いのだ。
「実は僕はあのお方、マイリオリーヌ様に多大なる恩義がありまして、恩義を返そうと探していたところ、聞き及んでいた砦に辿り着き、人がいない事をへんに思って内部に入った所、地下を発見した次第であります」
「なんだ、その口調は……」
硬い言葉どころが、変な口調になっている事は僕にもわかっている。
「僕には、いまのこれが最善であります」
「なんか、おかしな事になっちまったが、その与太話を信じろというのか?」
レージンの目が怖い。それはそうだ母と変身した僕は初対面だ。顔見知りの反応を母は見せていない。だが今更考えていた設定を覆すのも分が悪い。母は忘れてしまっているとかで誤魔化し切ると決意する。
「恐縮ながら、事実であります」
「なんか、開き直ってるだろお前……」
「………………」
「はぁ…何か裏がありそうだが、あの親子に対する気遣いなどは、いまのお前とは違って偽りを感じなかった」
レージンは母達を地下から連れ出す時の僕の気遣いのことを言っているのだろうが、本当の母と妹なので当然の態度である。
「本当の事と嘘がそれぞれある感じか………では質問を変えよう。お前はこれからどうする?」
「はっ、マイリオリーヌ様に受けた恩義はそう簡単には返せそうにありませんので、これからも精一杯助けになりたいと思っております!」
「………何なのかね、稚拙なほど嘘にしか聞こえない所と、気持ちが伝わってくる所の差が激しすぎるだろ?」
それはそうだ、母とアキちゃんを助けたい気持ちは本物、それに比べ他は、設定に合わせて思いつきで話を作っているだけなのだから。
「お前には、先ほどとは違った意味で興味が持てるな。案外お前が言った友と言った言葉の方が、将来にあっては現実味を感じるほどにな、不思議と化かされてる気分だな」
シュッ
「だか、本気で謀っているなら切るぞ?」
身動きも出来ないまま、鼻先に剣先が触れていた。
<危機察知3>の警告音がガンガン鳴り響いている。
人って頭で理解できないことが目の前で起きると本当に固まるんだというくらい時間が止まったように思えた。一瞬の筈なの長い時間に感じ、レージンの剣が鼻先から離れて安堵しかけた矢先、頭の上を剣先が通り過ぎる。僕はびっくりして尻餅をついてしまった。そんな僕の様子を気にもせずにレージンは剣を鞘に収めると地面から何かを拾う。
「白髪は地毛か………」
レージンが拾っていたのは、僕の白い髪の毛だった。レージンの鋭かった目つきが先程までと違って柔らかくなり、<危機察知3>の警告音も止んでいる。
「済まなかったな。白髪では多少は性格が難があるのも致し方なしか」
僕は剣の軌道が少しでもずれていたら、首が飛んできたことを想像して、レージンの言葉が頭に入って来なかった。
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