76、ダンジョン探求計画
ピークトリクトへの帰りの行程は滞りなく済んだ。帰りに母のことを知っている様子だった宿の主人は、数日留守にしているということで結局会えなかったが、母の生活に支障が出ているわけでもないので、今後の機会を待つ事にした。変な詮索をするよりも母から話して貰えるのが一番なのだから。
十六日振りの我が家は、やはり心身共に落ち着く。王都に向かう前と戻ってからでは砦の居住者密度が高くなったが、既に賑やかな日々が当たり前にもなって来ている。特にメイは毎日が新鮮のようで、常にテンションが最高潮のようで元気が一杯な分、夜の早い時間には爆睡している。神殿での生活も朝夜が早い生活をしていたそうで、僕が起きる前からせこせこ洗濯などを初めてしまう。予想外に働き者過ぎて、こちらが気を使ってしまうほどなのだが、本人も動いていた方が落ち着くというのでメイには好きにさせている。
ピークトリクトに戻っきて一週間が過ぎた頃、ライオネスがやって来てバーナデットの二回目になるダンジョンの探索計画を言い渡された。
「初めはお前を外すことでバーナデットに普通の探求を経験して貰らいたかったのだが、バーナデットがどうしても嫌だというのでな。仕方ない。くれぐれも普通にな普通に」
普通にと連呼されると、少し癪にさわるのだが、危険な事になるのを心配している親心が分からなくはないので一つ提案をしておく。
「もしダンジョンの神の悪戯に出くわすことがあっても無視をする。試練部屋があっても入らないという方針で行けばいいのでは?」
「………そこら辺はペラム家としてはのう」
宝を手にするチャンスを逃さないというペラム家の伝統を取るか、可愛い娘の安全を取るかのせめぎ合いが、ライオネスの頭の中で繰り広げられているのだろう。
「そこははっきりしておいた方が良いです。予想ですけど、試練部屋に辿り着く気がします。それもかなり危険の伴う」
「そうか、わかった」
「今回の探求に同行されるのは誰になりますか?」
「スカーレット、ソリュート、レノックスだ」
「前回の参加出来なかった人達の思惑が強そうですね……」
「未だに、ねちねち言われるのも辛いのだぞ?」
「バーナデット事に関してはみなさん容赦ないですね」
「スカーレット様がいるとなると試練部屋を見逃しそうにないですよね?」
「そうなるな。それも含めて妻とは相談しておくことにしよう」
いつもの事ながら、嫌な予感しかしないと思っているとメイがお茶を淹れて来てくれた。
「マジク様!ダンジョンに行くんですか!?」
タイミングよく聞いてしまっていたようだ。
「僕はバーナデットの遣い役だからね。主人のバーナデットが行くなら、不要と言われない限り僕はついて行かなくてはいけないんだよ」
「では楓様も行かれるのですね!ならばメイも準備しなければ!」
「ちょっと待て」
お茶を置いてさっさと出て行こうとするメイの奥襟を掴んで動きを止める。
「何でお前が準備する?お前は年齢制限で入れないぞ」
「えー!入れますよ!?メイは巫女ですから!」
「え?入れるんですか?」
「さあな?ダンジョンの神の巫女ならば、あるいは入れるのかのう?」
「じゃあメイは王都のダンジョンに入ったことがあるのか?」
「ないですよ!」
「神殿の巫女でダンジョンに入っことある人いるの?」
「レーテル様は入ったことがあるって言ってました!」
「いや言い方が悪かった。十五歳未満の神殿の子で入ったことあるのは?」
「メイは知りませんね!」
「メイあのね。巫女だから入れるって自信はどこから来たのかな?」
「ダンジョンの神の御心に入ることが出来ない巫女がいるわけないじゃないですか!」
そんなこともわからないマジク様は馬鹿だな~と言われて、カチンと来たのでこめかみをグリグリしてやる。
「ぎゃー!痛い!痛いれす!」
「入れようと入れなかろうとメイは連れて行かないよ。危険だからね」
「何でですか!酷いです!メイより子供のバーナデット様も行かれるし!ちゃんちゃら可笑しいです!」
「あのね?ダンジョンは危ないの。バーナデットは子供の頃から訓練して来てるから平気だけど、メイじっとしていられないから危なっかしくて絶対にダメ」
「それなら大丈夫です!ダンジョンの神の巫女たるメイに危ないことが起きるわけがありません!」
「いやさ。ダンジョンってさダンジョンの神が与える試練なんでしょ?お前みたいの問答無用で試されると思うよ?」
「そんなことないです!信心深いメイがダンジョンの中を歩くのは、お花畑を歩くように安全なはずです!」
「お前の頭の中が、お花畑なのは良くわかったよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
バーナデットとメイは仲が良い。メイはバーナデットより二歳年上なのだが、体格は似たり寄ったりである。バーナデットが同じ年齢の子より大きいわけでなく、メイが同年代の子より小さいのだった。精神年齢も似たところがあって、バーナデットが砦にやって来ると一緒にいることが多い。
「神子様とアキちゃんとユウキは仲良しですね!」
ベビーベッドの上で僕を真ん中にアキちゃんと楓がぴたりとくっついている。今日は少し肌寒いので、二人の体温は心地良いので良いのだが、今日は二人で僕を巡ってキスの争いなので黙々とチューされているのが結構辛いのだ。
「ユウキはモテモテなのよ?」
「ユウキは乳女児たらしですね!」
アキちゃんは相変わらず荒々しいので、たまに頭が当たるのがご愛嬌なのだが、辛いのは顔が二人のチューでお乳臭くなることだった。
「ユウキちゃん~眉が寄ってますよ~可愛くないです~」
母が助け出してくれた。アキちゃんと楓が二人して両手を伸ばして、返して返してポーズをする。
「ユウキ取られてご不満なようです!可愛いですね!」
メイは楓を抱き上げて抱っこする。バーナデットはアキちゃんを抱っこした。母もメイもバーナデットと僕たちをゆらゆらと腕の中で揺らす。気持ちがいい。母の腕の中の揺りかごは楽園だった。僕の一番好きな場所だ。何も考えなくていい癒しの空間で体の力が抜けてその身を任せられるのを体が知っているのだろう。メイの腕の中で楓は険しい顔をしていて、バーナデットの腕の中ではアキちゃんがきゃきゃとご機嫌だ。
「ユウキは甘えん坊ですね!」
「ユウキはマイリオリーヌが抱いている時が一番嬉しいのよ?」
「うふふ~ユウキちゃんの一番は私なのです~誰にも譲らないのですよ~」
母にほっぺをぷにぷにされると、嬉し過ぎて喜びの気持ちで一杯になる。
幸せだ~
「ユウキちゃんが可愛く笑う姿を見れるのは~ママだけの特権なのですよ~」
「あ!本当だ!笑ってる!可愛いですね!」
「ずるいのよ?可愛いのよ?」
「メイもユウキを抱っこしたいです!」
メイが楓をベビーベッドに戻すと僕に向かって手を伸ばす。僕は嫌だったのでそっぽを向いたのだが、母が受け渡してしまった。メイに抱っこされたのは初めてだが、神殿で赤ん坊の世話をしていただけあって僕を支える腕はしっかりしている。
「うー、ユウキが可愛くないです!」
不本意なのだから仏頂面にもなる。今度はバーナデットに交代された。バーナデットは少し危なかっしくて怖い。アキちゃんがよく楽しめるなと思う。安心感よりスリルを楽しんでいるのだろうか。
「びっくりした顔してるのよ?」
「ユウキは泣かないですね!強い子ですね!」
「あー!あー!」
バーナデットに抱かれているのは怖いから抗議をする。ベビーベッドに戻りたい。バーナデットが抗議を受け入れてベビーベッドに戻してくれた。
「むぅーユウキ?また挑戦するのよ?」
バーナデットの負けず嫌いに火がついたようだ。バーナデットにユウキとして対面すると、いつも抱っこされるようになるのかと、ため息をつきたくなった。ベビーベッドに戻されたことで、アキちゃんと楓がぴたりとくっついて来る。いつものポジションに戻って落ち着く。
「赤ちゃんの時から女の子二人も侍らせているなんて、将来が心配な子ですね!」
ほっといてくれたまえ
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ダンジョンの探索に向けての計画が練られているようだ。練られているのは不測の事態に対する対応で、本来上層までの探索で終わるバーナデットの探求の計画には不要なもののはずだ。最下層にでも挑む準備が必要なほどの用意周到な計画となっているようで、前回参加できなかったレノックスが一番の情熱をかけているそうだ。
僕はというとダンジョンの探索前だというのにバーナデットと共に何か厄介なことに巻き込まれていた。ピークトリクトの街に行きたいというメイが言うのでバーナデットが案内を買って出て、リリアと僕が付き添う感じだ。初めて見る王都以外の街ではしゃいだメイが明らかに貴族とわかる子弟にぶつかってしまいトラブルに発展したのだ。メイが背負っていた楓の身の回りの荷物が接触して散乱したのだが。メイが接触相手の貴族よりも、散乱した荷物を優先したのが相手には気に入らなかったらしい。リリアが間にも入ったので直ぐに収まるかとおもったのかだが、どうも他領の男性貴族だったようなので話は簡単に終わらなかった。それほど高圧的な態度をとる貴族でもないので単純に常識の問題なのだろうが、ダンジョンの神が第一のメイが相手だったのが、纏まる話も纏まっていないという感じになってしまっていた。メイにして見れば神子様である楓の荷物が何よりも大事だ。そんなこと相手には関係ない。トラブルの根は分かり合えない価値観の違いというわけだ。ダンジョンの神のことに関しては頑固で譲らないメイは相手が誰であろうと考えを変えないのは、短い間だが嫌というほど知っていたので、そろそろ強引に話を終わらそうとしたところに、近くに停車していた馬車の中から女性が顔を出して声を掛けてきた。
「まさかと思いましたが巫女姫様ではないですか?」
「はい!そうですよ!」
馬車から降りてきたのは老齢の婦人で、片手の杖で体を支えていた。
「お祖母様!?この者をご存知なのですか!?」
「無礼ですよ。王都のダンジョンの神殿の巫女姫様です」
「確かにダンジョンの神の信徒の服のようですが巫女姫様ですか?それがなぜピークトリクトに?」
「それは私も疑問に思いますが………」
「メイはこの方にお仕えするために王都からピークトリクトにやってきたのです!」
メイは楓に手を差し伸べているのだが老齢のご婦人の目線は僕に注がれる。それは勘違いするだろう。まさか僕が背負う赤ん坊のことを言っているとは思わない。
「巫女姫様が王都を離れてまでお仕えするだけのお方?」
婦人が僕を見て訝しむのは分かる。ピークトリクトに、いることもあって母の手作りの服だ。それも砦の有り合わせの布で作った一番着込んでいる服となっている。上流階級の人から見れば、見すぼらしい格好だろう。僕自身は母が手作りしてくれたものだし恥ずかしいとは思わないが、オリヴァーに会うときや国王に謁見するにあたって特別な服を仕立てたこともあって、それなりの場所には適さない服なのは分かっていた。
いつまでも誤解させておくの訳にもいかないのだが、平民の僕が間違いを正すだけできっと角が立つ。リリアに目配りをして勘違いを正してもらおうとした。
「違うのよ?マジクじゃないのよ?楓ちゃんなのよ?」
バーナデットが婦人の間違いを正してくれたが、説明が足りない気がするので背負っていた楓を下ろして胸元に抱いてアピールする。
「あら、この赤ちゃんのことなの?」
「そうに決まってます!ダンジョンの神の、うごうごっ!」
慌ててメイの口を塞ぐ。楓が神子と呼ばれていることを見ず知らずの他領の貴族に話していい内容なのが分からなかったからだ。
「そなた巫女姫様になんと無礼を」
婦人にメイの扱い方を怒られてしまった。元はと言えばメイが原因の騒動だけに、怒られたことが理不尽に感じてしまう。
「お離しなさい。無礼者」
やはり僕の見てくれで身分の低い者と判断するのは、この婦人も貴族なんだなと思った。
「マジクは無礼者ではないのよ?」
そこにかぶりついたのは、我が主人バーナデットで話がどんどんややっこしくなる。全てを話せばこの婦人達は納得するのだろうが、何せ話して良いのかが判断できない。
「バーナデット様!」
リリアが嗜めるように声を掛けるが、バーナデットは止まらなかった。
「マジクは、たまに変態さんでおかしなことをするけど、無礼者ではないのよ?」
バーナデットが捉えている現在の僕の印象が残念過ぎて泣きたくなってきた。
「あなたは、どなたかしら?」
「ペラム=バーナデットなのよ?」
「あら。ペラム家のご令嬢?」
「はい。ご挨拶が遅れましたが私はペラム家令嬢ペラム=バーナデット様の遣い役ハーキン=リリアと申します。こちらの者も遣い役マジクでございます。名乗り上げの失礼をお許し下さい」
「ペラム家とあれば許しましょう。巫女姫様はペラム家のご来客で有りますの?遣い役ならばあなたが答えた方が早そうだわ」
「はい。そう思ってもらいまして結構です。ペラム家当主ペラム=ライオネス様からそう扱うように言い渡されて居ります」
「そうですか、ならば良いのです。全てを水に流しましょう。そちらはそちらの事情がおありのようですし、余計な口出しと詮索は取り下げます」
メイと接触して口論に至った男性貴族が、婦人の水を流すという言葉に唖然としたが直ぐに取り繕う。この男性貴族にとって婦人の言ったことには逆らえない決定のようだ。
「そちらも水に流して頂けたらと思います」
「はい。私共もそうして頂けましたら幸いです」
「良かったわ。実は明日にペラム=ライオネス様と約束が有りますの。約束の前にたわいもない事でも、しこりを残さずに済んで良かったわ。それでは失礼しますわね」
婦人は優雅に微笑むと踵を返して馬車に引き返した。男性貴族も後を追って馬車に乗り込むと、馬車が走り出す。
次話 「レクスタ家のダンジョン探求依頼」




