73、【+Ω】の謎
「ひぃーひゃ!ひゃ!ひゃ!」
領館にでスカーレットがテーブルをバンバンと叩きながら爆笑していた。息絶え絶えで涙を浮かべながらの引きつった大爆笑だ。テーブルの上に三枚の紙が並べられている。絵と文章からなる王都で市民に愛読されている新聞のようなものだそうだ。一枚目には王都に学院の子供達を助け出した勇者が現れたと大々的に報じている。名乗らず立ち去った貴公子は、とある大貴族のご令嬢を自分の身を省みず命をかけて魔物の手から救い出したというかなり誇張された英雄譚だ。二枚目は王国の三美姫と言われる三王女様の元に現れた魔王が、白騎士サルバと魔人ディナスに撃退されて旧王城に大穴を開けて逃げ去ったという記事。三王女様をその身をもって守り通した白騎士サルバは大怪我を負って休養中という僕が完全に悪者の扱いだ。そして三枚目には、今朝時計塔の近くに現れた奇怪なマスクに裸でピチピチの白マントの変態が魔法で辺りを水浸しにしたということだ。屋根を飛び渡り街行く女性達の多くに破廉恥なものを見せびらかして回ったという。目下調査中だが火の魔法の行使して人々を集め、自ら火を消して注目を浴びると下半身を晒し興奮していたのではないかという。
「静かだった王都が、君が来ただけでこれだけ騒がしくなるとは」
「あんた何やってんのよ!ひゃっひゃっひゃ!お腹痛い!!」
火事を鎮火した後に楓ごとびしょびしょに濡らしてしまっこともあって、直ぐに領館に帰り着替えをした。険しい顔でプルプル震える楓の抗議に謝りながら、談話室の暖炉の前で暖をとっていたところに変装したトライセルがやって来て、この新聞を広げられたのである。トライセルはお忍びでレイモンド卿の屋敷に一緒に着いて来ることになっていた。談話室でお茶を飲んでいたスカーレットは、トライセルが持って来たこの三枚の瓦版を見るなり、僕の肩をバシバシ叩いて来て大爆笑を始めたのだ。大きな見出しの「王都に変態現る!」のインパクトも凄いが、下半身を全開で女性に迫っているイラストは完全に誤解を招く変質者だった。あれから二時間も立っていない筈なのに、もう記事として広まっているのは、早いというか悪意を感じる。
「それで何がどうなったら、こうなったんだい?」
呆れた顔でトライセルが聞いてくる。指差しているのは変態のイラストだ。
「これは完全に誤解ですよ。火事を見つけて火を消したんですけど、服を持って居なかったんでやむ負えず、シーツで誤魔化したんです」
「シーツってアンタ、なんで服着ないで外に居たのよ」
「変身していたんですよ。街中で元に戻る予定もなかったので、楓を包んでいたシーツしかなかったんです」
「それでこの変態の格好になったのかい?」
「マジク?変態さんはダメなのよ?」
バーナデットが心配そうな顔するときは、いつもの変態関係の話題だ。ペラム家がおこなって来た変態さんは絶対ダメ教育が僕の心を抉ってくる。
「バーナデット違うんだよこれは、人助けをするのに、これしか方法が思いつかなかったんだ。決して変態行為をしていたわけじゃないんだよ」
「この頭に被っているのは、なんだい?」
「ベビー服です………」
正直に話せば話すほど変態以外の何者でもなくなる。
「アンタ、王都に来て七日で三回もネタにされるなんて、どれだけ傍迷惑な思考回路してるのよ」
「至って普通のつもりですが、そもそもこの記事の内容を鵜呑みにしないでください。かなり話が違うし、面白おかしく話を盛り過ぎです」
「アンタが王都にいる限り、ここもネタには困らないでしょうね」
「他人事だと思って、笑い過ぎですからね」
今日はユウキで一日中過ごす予定だったのに、結局はこの有様だ。
「レイモンド卿の所で問題が起きないようにと同行しようと思えば、既に時遅しとはね。まあこれに関しては黙っていれば、熱りは冷めるだろうが、くれぐれもレイモンド卿の所では自重してくれ」
「マジク?また変態さんするの?ダメなのよ?」
「いや、しないからね」
レイモンド卿の所で変態行為を行う状況は想像がつかない。いや断じて変態行為自体を僕はしているわけではないのだ。僕は決して変態ではない。
「バーナデット様、あまりその変態に近付いてはなりません。その変態の性癖は何度も繰り返す不治の病、変態病です」
「あら、それは大変ね。バーナちゃんに変態が移ってしまうわ!」
スカーレットがバーナデットを庇うように抱きしめて、僕の近くから引き離す。
「そんな病気ありません」
「君には前科があったんだね………」
トライセルがしみじみと呟いたのを聞かないふりをして、楓の相手をする。楓は体が暖まったようで眠そうに可愛らしい欠伸をした。夜中に叩き起こして朝から時計塔に付き合わせて、ずぶ濡れにまでしてしまったので申し訳なさで一杯になる。
「楓が眠そうだから部屋で休ませて来ます。あまりその嘘だらけの新聞をみんなに見せないで下さい。お願いしますね」
階段上がり、うちに割り当てられた家族部屋に戻って楓をベビーベッドに寝かせる。トライセルが来てしまったことでレイモンド卿の屋敷への訪問をすっぽかすわけにもいかなくなってしまったので、せめて時間まではユウキでいようと変身を解く。
「ママ、ぼくもねるでちゅ」
「はい~はい~♪」
母が裁縫の手を止めて、僕にベビー服を着せてくれるが、なんかいつもと違う。
「かあさん、いつものベビーふくとちがうでちゅよ」
「新しく作ったんですよ~まあ~ユウキちゃん可愛い~♪」
「ぼく、おとこのこでちゅ」
母に不満顔を見せたのに母はとてもご機嫌で、僕を抱き上げるとアキちゃんと楓の間に寝かされた。二人とも寝ている筈なのに、直ぐに反応して抱きついて来る。
「もう、みんなかってでちゅ」
夜中に目覚めた時と同じ形に戻ったのだが、一つだけ違うのが僕だけフリフリ一杯のベビー服を着ていることだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王都に構えたレイモンド卿の屋敷は王都区の北の貴族街でも、大貴族が集まる地区の中心に建っていた。平民の自分が勝手入ることもできないので、レイモンド卿の屋敷から迎えの馬車が来て、お忍びのトライセルと楓とガルドーと共に貴族街を走る馬車に揺られている。大きな塀と広い敷地に豪華だが歴史を感じる屋敷が通り過ぎるのを考え事をしながら眺めていた。
「まだ気が乗らないようだね?」
「知りたい気持ちはあるのですが、そう焦る必要もないというか、僕にとっては今すぐ必要な確認でもないので」
「私としては君が王都にいる貴重な機会を逃したくないんだけどね」
ピークトリクト領館から、貴族街は近いこともあって、あっという間にレイモンド卿の屋敷に到着した。
レイモンド卿はユースモア領で武神十四信仰宗家を代々束ねる立場の家系で、何百年前も前に諍いの多かった武神十四信仰宗家の争いを収めるべく国王から任命された大貴族である。武神十四信仰宗家は門弟も含めるとそれぞれが武力を持つ集団になってしまうために、ユースモア領では領民を巻き込んだ大きな争いにまで発展した過去があった。当時大貴族でありながらも武門の家柄として名高かったバッグレイガー家にユースモア領での争いの鎮圧が国王から命じられ、見事成し遂げたバッグレイガー家にそのまま武神十四信仰宗家の纏め役としての任を与えたのが始まりとなっている。レイモンド卿はバッグレイガー家の十七代当主だった。本家の屋敷が王都区とユースモア領にと二つある特異な家柄でもあり、歴史ある大貴族の家柄と、武神十四信仰宗家を纏める力の両方を持ち合わせた王国でも大きな影響力を持つ家名となっている。
「ようこそおいで下さいました。トライセル殿下。それとマジクと剣王よ」
「お招きありがとうございます」
「今日という日を楽しみにしていたぞ」
射抜くような鋭い視線に口元に笑みを浮かべられたら、怖くて仕方ない。
「早速試してみるかね?」
さっさと終わらして家でお昼寝しようと頷いてみせる。案内されるのは修練場かと思っていたのだが、実際はコレクションルームのような場所だった。展示物のように壁や棚に様々な武器が並んでいて、細か師匠をこらした武器や呪われていそうな禍々しいものまで多種多彩に並んでいる。
「あーあー!」
背中の楓が暴れていた。禍々しい棘だらけの大鎚がお気に召したようで欲しい欲しいと手を伸ばしている。いつもながらに楓の武器のセンスを見て将来の不安を感じた。持参してきた楓のお気に入りのおもちゃの中から布剣を持たせて落ち着かせる。僕の頭をペシペシしてきたが、興奮を発散させるために敢えて受け入れた。それとも朝のびしょ濡れにしたことをまだ根に持っているのだろうか。
「<剣術能力9>と<刀剣術能力9>を共に極めた人間がいるとは未だに信じられん。それもこの若さでとは真の天才とはいるものよのう」
「こやつのレクナハルバートは扱うのに<剣術能力9>が必要な最高位の剣じゃ。ワシが振ることさえまともに出来ぬ剣じゃからな。剣の最高位は証明されておる」
「是非とも最高位の剣を拝ませて頂きたいものだ」
選択済みウィンドウの中で影っている<剣術能力10+Ω>。【+Ω】の意味が今日わかるかもしれない。
「君は剣と刀以外の高ランクの武器には触れたことがないと聞いている。まずは同系統の大剣なんかはどうかね?斬竜剛と呼ばれる名剣だ。扱えた者は皆竜を切り伏して来たという<大剣術能力8>が必要な、いま現在王国でも扱える者が二人いないと言われる代物だ」
「二人ですか?えーと少ないんですよね?」
「ああ少ないな。それだけ険しき道じゃからな」
「もしこれを扱えてしまったら、マズくないですか?」
「ここに、その<大剣術能力8>の二人が居ったら、開いた口が塞がらんだろうな」
ガルドーの言葉に躊躇が生まれる。扱えてしまえそうな気がして自重した方が良いような気がして来たのだ。ここで扱えてしまったら、もう後戻りはできない。
「心配することはないよ。ここに居る者以外は他言は無用となる」
トライセルが僕を安心させようと言葉にしたが、全員の好奇心が背中にひしひしと感じてきて余計触れることを躊躇する。
「よほど自信があるのだな?」
「いえ扱えない方が嬉しいんですが、傾向で行くと面倒な事に気持ちとは逆の方向に直面させられるのです」
「何とも贅沢な悩みよのようだな」
「とても迷惑を被っております」
「そうでもないぞ、お前さんと一緒におると退屈はせんからのう」
「はあ、いつも言ってますが、僕は平穏で退屈な毎日を送りたいんです」
「難儀なものだな。生涯を掛けて手に入れたくても入れられぬ者がいる一方で、欲しくもないのに手にする者がおる」
「そんな者だから、はたまた神に愛されたのか興味深くはあるが、このレイモンドこの後見た事は黙って墓まで持って行く事を誓おう」
「殿下には、報告の義務がないのですか?」
「私は君のことに関して陛下より全権を頂いている。私が君のことに関して言わないと言えば、それは王国での最上位の決定となる」
それなら問題ないのだろうか。逆に秘密を握られるような気もするが、トライセルがいることで理不尽な不利益は被らずに済みそうな気もする。トライセルが僕に対して真摯な対応をしている内は、王族が盾となるという事だ。
そこまで言ってくれるならと、自分の身長を超える斬竜剛の柄を握った。刃の中央に溝があって刃先の手前で一度幅が狭くなり、刃先に向かってまた幅が広くなる形状の大剣だった。柄を握っただけで扱えるのが僕には分かる。これだけ大きな金属の塊が僕の筋力で能力の補正なくして持ち上がるわけがなかったからだ。柄から伝わる感触はレクナハルバートを握った時と同じに感じる。
僕が柄を握ったまま動かないのを見てレイモンド卿が嘆息したが、そんな嘆息は直ぐに消える。軽々と持ち上げられた斬竜剛は薄く青い光の膜に覆われていた。
「斬竜剛が。こんな美しい姿を見せるとは!」
「呆れたぞ、扱えるのではと思ってはおったが、まさかお前さん<大剣術能力>も最高位なのではないか?」
【+Ω】の能力の予想がついてくる。他の武器に対する扱える補正効果が付随しているという予想だ。だが<剣術能力10+Ω>で<剣術能力>と同等の最高位となる他の武器まで扱えるのは出来過ぎな気がする。他にも【+Ω】には特殊な付属された能力が隠されているのかもしれない。斬竜剛を眺めながら、そんな事を考えていたらレイモンド卿が真横に近付いていた。
「どうだマジク。うちの息子に十歳になる娘がおる。貰わぬか?」
「はい?」
「孫娘になるが、息子の嫁はユースモア領一の美女と言われたほどだ。どうだ嫁によく似ておるから将来は美しくなるなるぞ?」
「はっはっは!王国最強の武門の家としてマジクの血が欲しくなったか!」
「剣王よ!これだけの武神に愛された者の血だ!欲しいに決まっておるだろう!ここで諦めたら後世に渡って無能な当主として名を残こすこととなるだろう」
「本人は乗る気がないようだぞ?」
そりゃそうだマジクとしてお嫁さんなど貰えるわけがない。こっち方面の話はさっさと逃げ出したい。
「他にも武器があるんですよね」
「諦めんからな?」
「まあまあレイモンド卿。マジクも他の武器興味があるようだからな」
「刃物から離れた武器は有りませんか?」
「弓がある。<弓術能力7>が必要な弓だ」
検証には丁度良い武器だ。剣から武器として扱いが全く違ってくる。装飾が施されている木製の弓は台座に収められていた。武器としては機動力から軽さを求められるものだ。だが手にしたら感触が悪い。拒絶されるような感覚があり斬竜剛より明らかに軽いはずなのに持ち上がる気がしない。
「これは、扱えませんね………持つことも出来ません」
「流石のお前さんでも、無理か…期待反面残念に感じるが、人間味が出てきてほっとするのも変な話よのう」
弓を扱えなかったことで、【+Ω】が何の武器に関しても対応できる能力ではないことが分かった。推測に過ぎないが大きく剣と部類される武器に装備に補正がかかるのかもしれない。
「他には短剣なども高位なものがあるが試してみるか?」
僕は短剣なども高位の適正能力を持つ可能性が高い。
興味はあったが短剣を手に取るのはやめておいた。間違いなく扱える気がする。これ以上の実証をみんなの前で行う必要はない。
「あー!あぅー!」
楓が興奮して手を伸ばしていた。レイモンドが触れることを薦めた短剣がやたらとギザギザが目立つ悪趣味なナイフだったからだった。
次話 「残念巫女姫」




