7、結果が欲しくて
まだ失敗と決まったわけでは無いが、落ち込んでしまった気持ちを取り戻すには、成功を勝ち取る事で挽回することが一番だと、前世では社会人になってから学んだ。
今日の探索で、初日とは言えども結果を得たいという気持ちが前に出てしまったのは、リスク先行の考え方ではあった。今の不安から少しでも早く解消されたい気持ちがリスクをリスクと思わせなくさせていた。
木の棒とは言えども、試し切りをしなくては収まりがつかなくなり、森に足を踏み入れて獲物を探す。だが、そう簡単に都合の良い試し切りが見つかるわけ無く、近くの大木の幹に鬱憤を晴らすかのように木の棒を叩きつけた。
「痛っ!」
力任せに薙いだ木の棒は、大木の幹に跳ね返されて、手首に反動をまともに受ける。
取り落とした木の棒は折れる事なく転がった。
「くそっ!」
思わず悪態を吐き、木の棒を踏み付けて、へし折って鬱憤を晴らした。
「ちくしょう………」
思い通りに成ったり成らなかったり、希望が見えたり見えなかったり、黒いもやもやが心の中に渦巻いて行く。
そんな時、頭の中に激しい警告音が鳴る。
ガサガサッ
「うぐっ!」
警告音が<危機察知3>の音だと気付いた時には、既に背中に強い衝撃を受けた後だった。
圧迫に息が詰まる。
「くはっっ!」
無理やり止まった息を吸い込み、衝撃を受けた方向に目を向ける。小さな兎のような生き物。
ただ前世の記憶にあるような、ふかふかした可愛らしい見た目では無い、筋肉が異常に発達し凶悪な光を瞳に宿していた。それが先ほどまで探していた獲物であったとしても、試し切りのするべき振り回していた木の棒は既に無い。
不意に受けたダメージは、小さかったリスクの傷口を広げて大きなリスクとする。
僕は初めて反応した<危機察知3>に、目の前の対象が、小さな見た目では測れない程のダメージを与えてくる異質な生物だと恐怖した。自分が立っている場所が、死地の領域に踏み込んでいたことに気付かされたのだ。
恐怖に屈したことをあざ笑うかの様に、兎もどきが再び飛びかかってきた。
躱すという考えさえ浮かばぬまま、腕を折り畳んで体当たりを受ける。
「うがっ!」
先ほどのように息まで止められる事はなかったが、腕に受けた強い衝撃と痛みは、折れたのでは無いかと錯覚させるほどだった。
衝撃に傾いた体を支えきれずに尻餅をつくと、兎もどきの口元が赤く濡れていることに気付く、体当たりを直接受けた腕の痺れがひき始めると焼けるような痛みを感じた。
体当りで受けていた衝撃は骨折を錯覚させるだけの裂傷を伴っていたことに気付く。地に着いた掌を伝って地面が血で染まっていく。
前世で経験したことのない脅威に立たされ、痛みと共に甘ったれた自分に激しく怒りを覚える。
怒りは自分だけでなく目の前の対象物にも向けられた。
「なん!なんだよ!コノやろおぉ!!!」
半ば半狂乱になって上げた叫び声に合わせて、兎もどきが飛びかかってくる。
慌てて僕は近くに転がる折れた木の棒を握りしめて、反射的に顔を背けながら振り払った。
「ギャンッ!」
鈍い感触に合わせて聞こえて来た鳴き声。
兎もどきが、体を起こそうしながら片目から紫の血を流しているのを見ると、立ち上がって兎もどきに詰めかかった。乱暴に折れた棒を兎もどきに叩きつける。
「ちくしょう!ちくしょう!!」
兎もどきが動かなくなるまで叩き続けた。
思い通り上手くいかなかったことや自分の考えが甘かったこと、<危機察知3>が反応してもそれに見合うだけの判断と反応速度がないと役に立たないことなどが、感情の中に激流のように入り混じる。
疲れ果て顔を涙でぐしょぐしょにしながら頭が冷めた頃、やっと木の棒を叩きつける行為を止めた。
紫の血でグチャグチャに息絶える兎もどきの紫の血と僕の腕から流れる赤い血が、踏み荒らされた地面で混ざりドス黒くなっている。
木の棒を投げ捨てると森を引き返す。大きな恐怖の後に襲ってくる後悔から逃げる様に、来た道をふらふらになりながらも砦に向かって歩いた。
<危機察知3>の警告音が鬱陶しくも鳴り続く中、血が止まらずにドクンドクンと熱を持つ腕を押さえて、最後の起伏を超え砦の近くまで戻ると変化を感じた。砦の入口に荷車の様なものが見え、焦り足を速める。
大事なものがある場所、何も上手くいかずに悪いことばかり。
頑張っているのに思い通りに成らない。
辛いことばかり。妹の笑顔とぬくもり、母の心音と優しい問いかけ。
失うわけにはいかない場所があそこにはある。激しい痛みを発し続ける体を無理やり動かして、体を引きずる様に走った。
荷車がハッキリと見えてくると、車体を轢いていただろう四足の牛を一回り大きくした様な生き物が見えてきた。鞍のようなものから連結された荷車と一緒に人の存在を感じる。
僕たちを地下に隔離していた者たちの存在が頭に浮かぶ。
血の気を失いながらも、足をふらつかせ、荷車に体を預けて死角だった場所に回り込むと、大きな人の背中が目に入ってきた。後ろ姿からでもふくよかな体型の腰には剣がぶら下がって見える。
手を差し向けた瞬間に視界がぶれ、衝撃と共に空が回って見えた所で僕は意識を手放した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
青空と雲が見えるのに、背中に感じる感触は柔らかく違和感を覚える。
数度瞬きをして、陽の光の眩しさを隠す様に腕を持ち上げると、痛みどころか血を流していたはずの腕の裂傷が無いことに気付いた。
「あー、目が覚めたか? 悪く思わんでくれよ。急に後ろから襲われたと思ったんで、反射的に反応してしまったんだ」
丸顔の口髭を蓄えた人物が視界に入る。
「侘びと言っては何だが酷い傷だったんでな、治させて貰った。そこそこの薬液を使ったから大丈夫だとは思うが、どこか痛いところとか、変なところはあるか?」
言われた通りに、体に違和感を感じないか確認しようと体を起こそうとするが、下半身に上手く力が入らなかった。胸の辺りから下に半透明の蔓のような物が巻きついている。
「すまんな、君の有様を見た後でも、自由にさせるほど、俺もお人好しじゃ無いんだ。行動の方は抑制させてもらってる」
足に力を入れた瞬間から、力が抜けていく感じがして気持ちが悪い。
「ん~? 会話を持ちかけているんだが、分からないか?」
少しずつ冷静になってきた。
体の一部の自由は奪われている様だか、怪我を治療してくれた事を一点だけとっても警戒心を下げられる。全ての警戒心を解くわけにはいかないが会話は望むところだった。
「………痛みは、有りません。治療に関しては感謝します。後ろから声も掛けずに近寄った事に関しては謝罪を受け入れて頂けたらと思っております」
「ほう、こりゃあ……」
ふくよかな男は表情を緩める。
「丁寧な物言いといい、物分かりも早い様だ。謝罪を受け入れよう」
「ありがとうございます。自分はマジクと言います。さきほど、不意に何かしらの生物に襲われまして傷を負い、冷静さを欠いて居りましたところ、貴方をお見かけしまして考えもなしに近づいてしまいました」
予め用意していた偽名を使う。拘束されている身でもあるし、この世界のことを知らない自分が誤魔化せる事には限界がある。怪我の原因については正直に話したほうが、ボロが出ないだろう。
「なるほどね………」
ふくよかな男の目線が、僕の頭の先から足先までをたどる。
「……取りあえず、全てを信用したわけではないが………拘束だけは解こう……」
《レビラ》
ふくよかな男が半透明の石を取り出して呪文の様な言葉を口にすると、絡みついていた半透明の蔓が消えた。体に力が入る様になるが、上半身を起こしたと同時に立ち眩みがした。
「無理はしないほうがいいぞ。結構血を失っていたようだし、顔色はだいぶマシになったようだが、投げ飛ばした時の様子は酷かったからな」
僕はジッと目を瞑って、頭に血の気が戻ってくるのを待つ。あれだけ煩かった<危機察知3>の警告音がおさまっている。<危機察知3>がどれ程の危機を察知してくれるのかを判断するには場数が少な過ぎた。常に<危機察知3>が警告音を発した時のことを留意して行動しなければならないようだ。どれ程の場数を踏めば<危機察知3>に対して反射的な行動が取れるようになるのかと、ため息を吐く。
そして数度瞬きして暗くなりかけてた視界が元に戻ると、目の前のふくよかな男を観察した。
背丈は自分よりも幾らか高いが、体重は倍近くありそうだ。腰には鞘に収まった剣と反対側に小さなカバンのようなものが縛り付けてある。布を何枚か重ねた服装に胸には大きな薄くて丸い板を下げていた。
「そんなに睨まんでくれ、名乗るのが遅くなったが、私の名はレージンという。ご覧の通り商人だよ。メダルにかけて嘘は言わない」
見ため通りと強調するということは、この世界での商人は皆似たり寄ったりの服装をしているということだろうか。そして首元に下げているメダルに関しては商人を証明するもののようだ。
一般に知れ渡っている常識らしく、レージンと名乗った男の言葉を発する雰囲気に引っかかるものは感じない。全てを飲み込みわけではないのだが、知らない知識に疑いをかけても埒があかない上、逆にレージンの警戒心を上げる可能性の方がいまの僕には重く思えた。
「すみません………先程まで余裕が無かったもので……」
「あの様子だったからな、分からなくは無いよ。魔物に襲われたのだろ?」
「………魔物」
「魔物の血が付いていたからな、推測は簡単だよ」
僕はそう言われて自身の服を見た。確かに黒ずんだ紫色の兎もどきから流れた血が衣服に点々としている。
「背中に衝撃を感じて、それ以降は無我夢中だったので、よく覚えていません」
「ここいらだと、ソルボード当たりかね。草むらに潜んで体当たりを仕掛けてくる兎の魔物だ」
魔物。戦闘能力がある以上予想はしていたが、やっぱりいるのか。
不意を突かれたとはいえ、好戦的で凶暴な生き物が存在する。近辺のそれも身近に生息するという事実に、この世界は甘く無いと緊張感が生まれ、自然と指に力が入り地面を握りしめる。
ん?
地面のはずなのに、自分の寝かされているところが柔らかい事を思い出す。
厚みのある敷物が体の下に敷かれている事に気づいた。
商人という事もあって品物の可能性に行き当たり、慌てて身体をずらす。
「すみません!お気遣いいただいた様で!」
「ああ、構ない。まだ少年と言える年の子を投げ飛ばしてしまったと言う罪悪感を私なりに解消したかっただけなのだからな、それにこれは商人の感もある」
レージンの目が鋭くなる。
人のよさそうな感じを見せているが、商人の感という言葉に引っかかった。
「それは、商人の感として僕に恩を売っておいたほうが良いと?」
レージンが嬉しそうに顔を綻ばせる。
「話が早いな。まあそういう事だ。いまのやり取りだけでも私には今回の対価に成りえる可能性が見える。将来を見据えれば、君と知己になれことが利益と言えるかも知れん」
話が少し胡散臭くなってくる。レージンの目がまた鋭くなっている。どう返そうか考える。
「分かりました、大した利益が見込めるか僕には分かりませんが、良き友となれる様精進いたします」
「良き友か、商人に対して思慮深い良い返事だな」
僕にして見ればそれは、前世の記憶から社会人で培った反射的なものだが、レージンの反応からすると、思慮深いものになるようだ。
次話 「稚拙な嘘と本気の気持ち」




