66、間幕 継承権を持つ者
私がピークトリクトに赴くことになった理由は二つある。四人の兄達に面倒事として押し付けられたことが一つで、もう一つは第二妃の兄妹らが企てた画策を実行するために私を王都から遠ざけたかったためだった。結果的に強力な手札となり得る者と出会う事が出来たことと画策の詰めが甘かったのもあって、十分にひっくり返せるだけ機会を得ている。その札がいま目の前で父と兄、姉や妹の視線に晒されていた。
王座がある謁見の間に集ったのは陛下の他に五人の王子と三人の王女、宰相に近衛聖騎士団長など十数名で、跪いているマジクとペラム家の娘を見下ろしていた。竜殺し、ダンジョンの神に招かれし者、試練部屋を超えし者、神の紋様得し者、神々の塔を踏破せし者と、まだ成人したばかりの者が成し遂げた偉業の数々は明らかに異常だった。そのために、ここのいる者が向ける視線は全員揃って警戒である。だが時間が経つにつれて、皆の表情が困惑に変わっていった。青年から見られる雰囲気は至って平凡なもので、とても報告で挙げられている数々の偉業に似つかわしくないものだ。
しばらくして陛下が退出すると他の者達も退出していく。私自身もピークトリクトで初めて会った時の第一印象は冷静に見ても良いとは言えなかった。何の冗談かと思える間抜けで緊張とわかる硬い表情は、今まで多くの強者と面通し出来た者達とは似ても似つかない、冒険者と言われても信じられない平凡な青年だ。
「あれが本当に例の英雄なのか?」
「何かの間違いでは無いのか?」
「他の竜殺しを成した者達と会っことがあるが、あのように間の抜けた顔などしていなかったぞ」
謁見の間の裏の部屋に、先んじて入室した者を選別できる覗き窓がある。面と向かうことが許されぬ身分の者を見るためのもので、陛下が先にマジクとペラム家令嬢を品定めして、続けて継承権順に二人を見て行く。覗き窓からの品定めが終わると。二人は跪くことを命じられ、形式となる面通しとなる。二人は陛下の顔を知らずに王城を去ることになるのだ。
王を神と同等に崇める行為は、私にとっても馴染めない行為だ。覗かれている等のマジクはダンジョンの神と剣の神の二人に邂逅して顔を合わせているという話なので、陛下が顔を合わせないのは可笑しな話である。
「私でも勝てそうな者でしたわね」
「確かにお姉様でしたら一蹴出来そうです」
私が手も足も出ずに負けたことは報告に上げていない。第一印象は頭から消して初めから全力で攻撃することをオリヴァーに提言されていたので、決して油断したわけでもなく本気で挑んだにも関わらず負けたのだ。普段使うこともない騎士に相応しくない実践的な攻撃で挑んだ結果、マジクの意表をつくことに成功したが、結果は完敗だった。それもマジクの本気を垣間見ることも出来ずにだ。私自身は武に関してそれなりの自信があった。<剣術能力6><槍術能力6>まで上り詰めることが出来ていたし、享受を受けた多くの名だたる武芸者とも渡り合えた実績がある。さほど武に興味のない四人の兄面子を潰さないように剣を交えたことはないが、四人よりも強いのは確実で最高位の<剣術能力>を得た者との実力の差をここまで思い知らされるとは思いもしなかった。人は見かけによらないという見本どころか詐欺のような青年は、決して誇ることなく、様々な歴史上類のない偉業を次々と成して行く。偉業の数々の達成が簡単に思えてしまうほどの副産物を生んだ彼は、付き合いを深めれば深めるほど頭の痛い人物となりつつもあった。
「トライセル殿下、国王陛下がお呼びです」
「コーネリア、アネット。暫く時間を潰していてくれないか?先ほどの二人を後で紹介しよう」
「分かりましたわ、お兄様」
王の執務の部屋は広くもなく、飾り付けも少ない質素な部屋である。王の執務室には宰相と見知らぬ老人が一人いて長椅子に腰掛けていた。
「トライセル、お前も座るが良い」
「はい陛下」
老人の対面の長椅子に座ると老人を観察する。一度も会ったことも、見かけた記憶もない。そんな老人が王の執務室で腰を下ろすことを許されているのが不思議だった。鋭い眼光にただならぬ雰囲気、数々の修羅場をくぐって来ている独特の凄みを感じる。そんな得体の知れない人物であるだけに、この場に自分と面と向かっているのが、より不思議に感じた。
「トライセルよ、その者が気にはなるであろうが先に話を聞け」
「はい仰せのままに」
「そなたの言う通りであった。見た目では、とても信じられぬ。あのような子供が知られていなかった神々の試練を超えて、その証となる紋様なるものを得たと言うのか?」
「はい。見た目ではわかりませんが、最高位の<剣術能力>と<刀剣術能力><全属性>を持ち合わせておりませんと言うことでしょう。剣王ガルドー殿が、その戦いぶりを数度目にしているそうなのですが、剣によるその戦いぶりは勿論のこと、魔法の行使も馬鹿げていると申しておりました。その戦闘能力は次元が違うと言わせるだけのものだそうです」
「そこまで人物となると、やはり今回呼んでおいて間違いなかったか」
今やっと、目の前の人物に心当たりが浮かんだ。
「なろほど貴方様が仙人様ですか…」
「そうだ。王国が保護する唯一の<鑑定能力>持ちだ」
王国で仙人と呼ばれる人間は一人しかいない。世捨て人にして世間では仙人と名高い<鑑定能力>の持ち主だ。仙人と呼ばれる人物は気難しく、例え陛下でさえ言うことを聞かせるのは難しいと聞いていた。全てを丸裸に出来ると言われる人物であり、それは危うい者である。陛下と言えども近くに置くべきではないと、世間からは敬遠される能力者だった。故に仙人には例え陛下が相手であっても鑑定結果の報告に拒否権が与えられている。この権利を与えることによって、陛下の傀儡としてあらゆる者を鑑定させて丸裸にさせることは出来ないという証にもしていた。覗かれているという不信感がある主従関係は張り詰めた糸のように、いつ切れてもおかしくない危うさがあり、予防する意味合いでの処置だった。
仙人の所在は陛下を始めとした極一部の者しか知らないが、決して自由に<鑑定能力>を使わせることが出来るわけではないというのが、下々に不安を抱かせない予防線でもあるのだ。
「さて仙人よ。かの者の鑑定の結果はどうだった?」
だが拒否権があるとはいっても陛下の言葉は重い。有無を言わせないだけの力がある。陛下も知りたいのだ。得体の知れない強さの秘密を。
「お答え出来ませんな」
陛下が一つ息をつく。まさか拒否権を行使するとは思わなかったのだろう。私自身も、いくら拒否権があるといっても行使されるとまでは思わなかった。これは仙人を黙らせるだけの秘密が、まだマジクにある証拠でもあった。
「それは何故かと聞くことは出来るな?」
陛下の語尾が強くなるが仙人は平然としている。王国の臣下ならば誰もが冷や汗をかく陛下の感情の変化が見られるのに仙人の表情が変わらないのは、仙人と陛下が同じやり取りを何度もこなしてきたのを推測させるに容易なものだった。
「そうですな知らぬ方が良いこともあるとだけは言っておきましょう。陛下がお目通りをされている時に、かの者を見ましたが、見た瞬間に後悔致しました。陛下も知っての通り私はこの能力故に多くの者達を見て来たさましたが、この能力をこれ以上なく恨めしく思ったことは有りませんぞ」
「まさか、あの者は仙人をそこまで言わせるほどの化け物か?」
「これだけは言っておきましょう。決してあの者は敵には回さない方がよろしい」
「それだけの力のある者を放置して置かねばならないというのか………」
これは一歩間違えば陛下の統治者としての冷酷な面を目の当たりにする瀬戸際である。私にとってマジクは手放すには惜しすぎる強力な駒だったこともあって迷うことなく口添えをすることにした。
「確かに仙人様が公言を避けられるだけの能力があるのならば危険ではありましょう。ですが、私なりにかの者と短いながらも接して参りました。かの者は自身の力を欲望のために振るったことは一度もないとのことです。全ては降りかかった火の粉を払うが如く起きた結果の末で、自ら望んで世を乱すことは望んでおりません。望みは平穏な生活と本人が言っておりました」
「こちらが動くと、その平穏が乱されると考える可能性があるというのだな?」
「そうなる可能性高くなります」
陛下の爪が執務室の机をコツコツと叩かれる。陛下が考え事をしている癖だ。この癖が続ている間は陛下の考え事の邪魔をしてはいけない。
「仙人よ。ペラム家の娘との≪名奪い≫の件は間違いないか?」
「それに関しては間違いなく名奪いされております。人への名奪いが実践された初の実例になりますな」
「このことは最大の機密となる。今のペラム家と王家の関係に………さてトライセル。お前はあの者を手懐けられるか?」
「かの者は相手の人となりをよく観察しております。強かでありながら、情には深くお人好しでありますれば扱いやすくもありましょう」
「どうやって扱って見せるのだ?」
「かの者は自身の素性を頑なに秘密にしているそうです。そこを利用するのも手かと」
「素性を隠す者など信用できるのか?」
「そこは儂が保証しよう。素性には全くもって問題ない。素性を隠すのは、やつの都合があるだけじゃ」
再び陛下の爪が執務室の机をコツコツと叩く。
「………分かった、あの者はトライセルお前に任せよう。上手く使って見せよ。意味は分かるな?」
「はい勿論で御座います。見事手懐けて見せましょう」
「下がって良い」
「はっ!失礼いたします」
私は浮かれそうになる感情を決して表に出さず陛下の執務室を後にする。
王国の伝統で継承権の与えられる順位は生まれた順となっていた。しかしこれは、あくまで暫定的な順位だった。実際の継承は継承権を持つ者が、どれほどの有力者を集められるかという所にかかっている。王から継承権争いの御触れが出ると同時に有力者を集め、継承権順位を上げる争いが始まるのだ。まだ陛下から継承権争いを始める御触れは出ていないが、既に内々では継承権争いは始まっている。そして兼ねてより四人の兄の能力にはそれぞれ、様々な方面からの不安の声があった。
一番上の兄は第一妃の長男で継承権一位という有利さに胡座をかいていて己に対する向上心を全く持っていない。ここ三代に渡って生まれついての継承権一位が王に就いているので自分が時期王だと確信をしていて疑ってさえいないのだ。継承権一位の兄は危機感という統治者として必要不可欠なものが欠如していた。
二番目の兄は同じく第一妃の次男で、兄の後ろ盾となって将来は王となった兄の横で安泰な生活が約束されていると考えている。兄について行くだけで、いかに楽をするかという野心も何もない薄っぺらな人物だった。
三番目の兄は第二妃の長男で野心が強く向上心も高いが、実際の能力が追いついていない。幾つかのミスを誤魔化してきたために家臣が同じことを行って土台が腐っていた。
四番目の兄も第二妃の子で次男だ。兄と変わって正反対の大人しい性格で継承には興味がない。ダンジョンの神の信奉者で、五日に一回の神殿への礼拝を欠かさないような人間だ。
そして五番目となるのが第三妃の長男である私だった。幼い頃に自分の能力の高さに気付き、突出することの危うさに早く気付けたのは幸運だったと今でも思う。裏で驕ることなく能力の向上に努めて、表では別の顔を演じ続けた。世間では曲がった事が大嫌いの正義感あふれる王子として知られており、兄達にも同じように写っているはずだ。そして私は継承権争いと同時に本当の自分を曝け出す。
このことは既に陛下には知られていた。王として後継者を見出し育てるのも大切な責務だ。現王国を統治するのも大事な責務だが一代だけでは意味がない。王国の未来を盤石のものとするのも同じく重要なことだからだ。王国の未来を託すに至る後継者を育てられなければ、王としての実績は全て水の泡となって消えてしまう。陛下は水面下で継承権を持つ者達を篩にかけていた。そして先ほど私は本当の後継者として認められたのだ。あの会話にはそういった意味が含まれている。陛下が私を次期国王として相応しいと判断したのだ。マジクの力は秘匿とされ、あの場で会話されたことは外に出ることがない。陛下が私に有利に働く様に隠し球を与えてくれた。だが勿論条件も付いていまわる。私がマジクをコントロールし、王国の不徳とならぬように使いこなすことだ。
いまのところ筋書き通りにことは進んでいる。四人の兄達はまだ知らない。三代に渡って生まれながらの継承権一位が王位に就けたのは、継承権一位の者がたまたま王としての能力があったことに。身近で能力がある者は既に私の元に集っていることに。始まる前から出来レースとなりつつあつた継承権争いは、現王が味方についたことにより確実に推移することとなる。
次話 「スマートに」




