62、神語
ユキエはかなりのショックを受けて気を失ってしまったようで、目を覚ましそうもなかったので、メイと他の神殿関係者の迷惑にならないようにお暇した。
神殿から出るのにあたって神殿関係者から連絡先を必要に求められたので、昨日メインストリートの近くで見かけた宿を教えておいた。ガルドーに、次から次へとよくそれだけの嘘がつけると呆れられたが、ユキエが目覚めて、直ぐにも領主館に来られて騒動になるのは今日だけでも避けたかったので、ただの時間稼である。
折角気持ちよかった朝が台無しになって疲れたのだ。午後には王城に出向かなければならないので、残りの午前中ぐらいゆっくり休みたいと思う。
「ガルドーさん、どうでした?」
「ライオネスのやつは頭を抱えておったぞ、どうして、次から次へとトラブルを増やすと」
「額の紋様のことは上手く誤魔化して頂けました?」
「紋様自体のことは話したが、中身までは話さなかったぞ。まあ話したところで信じはしまいが。紋様のことを黙っていたのは、やはり不味かったかかも知れぬな。既に粗方の対応と根回しをして、王都での聴取も穏便に住むようにしておったのに、今になって紋様のことを持ち出すと思いもよらぬ所から、探られたく無い腹を探られるかも知れぬとのことじゃ」
「僕って自慢じゃないですけど、臨機応変な対応なんかは取れない自信があります」
「そんな自信をワシに言われてものう。しかも予定が狂う可能性があるそうだ。やはり紋様の中身は伏せておいても、紋様を得たこと自体は話しておけばよかったのう」
「やはり王都といったところですかね、紋様が見える人に会うとは。ピークトリクトでも、旅の道中にもそんな人居なかったので油断してました」
「あの嬢ちゃんも、流石は神殿で役職に付くだけのことはある人物だったということじゃが、巫女はよっぽどのことがないと神殿から出ることがないのじゃがな、ついておらんな」
「それにしても聴取が心配になって来ました」
「お前さんは話をややこしくするからのう。それが分かっているから、いまもワシがライオネスに伝えに行ったのだしな。こと戦闘に関しては、あれだけ臨機応変に対処出来るのじゃから、おかしな話じゃ」
「臨機応変な対処出来てたら、僕だってあんなにいつも死にかけませんよ」
「己が思う自分と他人が見る自分との差異というやつじゃな。お前さんの場合は、その差異が激しいのが呆れるところなのじゃが」
ピプゥ~♪
楓が同感と言わんばかりに、おもちゃを鳴らす。
このおもちゃ、そろそろ取り上げるか?
「ライオネスは聴取の場に、お前さんの額の紋様を読める者を手配される可能性を危惧しておった。その紋様が何を示すか、直ぐにも暴かれるかも知れぬぞ?」
「それは、嫌だな………」
竜殺しやダンジョン転移、《名奪い》に、試練部屋の遭遇だけでも王都に呼び出されるほど大事になったのに、剣神となったことが明るみになったら、この上どんな対応をされるのだろうかと、思わず背筋に冷や汗をかいてブルブルと震えてしまった。
「マジク?ブルブルさんなの?」
「バーナデットおはよう。これは武者震いだよ」
バーナデットには強がって見せる。
「あはようなのよ?」
「昨日はライオネス様とスカーレット様と一緒に寝ていたんだね」
「最近パパとママと一緒に寝れて嬉しいのよ?」
「それは良かったね。もう少しで朝食の準備が出来るらしいから、顔を洗って着替えておいで」
「わかったのよ?一緒に食べるのよ?」
「ああ一緒に食べよう。マイリオリーヌさんを起こしてきますね」
「ワシも鍛錬の続きをするかのう」
僕達家族の部屋は、領館の三階の一番奥だ。赤ん坊がいることもあって、夜泣きをしても迷惑にならない他の者達とは少し離れた場所の部屋となった。途中の階段でリリアとすれ違ったので、バーナデットが起きていることを告げて母を起こす。
「母さん、朝ですよー。アキちゃんは起きてたんだね~。母さんより早く起きるなんて良い子だね~おむつ交換しようか~」
「むみゅ~」
母を起こすのは僕の日課の一つだ。たまに自分で起きることもあるが、基本的には僕が起こす。起こさないでいると昼前まで寝ていることもある。まあ夜中にぐずるアキちゃんをあやすことも多いので仕方のないことなのだが、子供のような母の寝起きを家族以外の者には見せたくないという羞恥心は、やはり血の繋がりなのだろうと思うのであった。
「カウタ?僕の額の紋様は神語なんだよね?神様の言葉なら人間に見えることはないかな?」
部屋の片隅で椅子に座っていたカウタが目を開く。
「何とも言えません。神語を読める人間が居たとしても不思議ではないでしょう」
「もしかして、神様達はこの世界に神語をあちこちに残していたりする?」
「はい残しております。先日の神々の塔にも神語はありましたが、大概の人間には見えないでしょう」
「へぇーそうだったんだ。大概ってことは人間にも見える神語ってあるの?」
「神語を見ることが出来た人間が書き写したものなどですね。ただ神語は動いているものなので、書き写したものでは断片的に見えたものを書いただけなので、神語としては読めないでしょう」
「なるほどね。そうだカウタは書けたりしないの?」
「神語は神が使う言葉ですから、神しか使えません」
そういうことか、動いている文字や言葉が動いているとか、確かによく分からないな。あれ?でも神が僕に語りかけて来た言葉って、あれも神語なのか?
目の前のウィンドウの中に選択された<自動翻訳>を見る。見えるようにさえなれば、神語も読めるようになるかも知れない。<自動翻訳>の能力のおかげで僕が神と話す事が出来たとなると、能力に頼れない人間は神と邂逅し、会話をするには神語を理解しなければならないということになる。これはかなりのハードルの高さだ。人間には殆ど辿り着けない境地にあることがわかる。
ならばライオネスの心配は要らないだろう。神語を読める能力と神の残した紋様が見える能力を両方合わせ持つ能力者がいないと僕の額の紋様の意味は理解できないのだ。
「心配のし過ぎみたいだ。安心したら眠くなって来ちゃったな」
「ふみゅう、マジクちゃんおねむですかぁ~ちゃんとユウキちゃんになって寝るんですよ~」
まだ覚醒仕切っていない、母に言われてユウキの姿に戻る。また服を脱ぎ忘れたので、マジクの服の中でもぞもぞして、出ようとしたのだが、上手く抜け出せないのと眠気が限界を超えたので、何か忘れているような気もするが、服にうもれたまま意識を手放した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王都滞在の一日目に王城へと出向くことになっているのはライオネス、スカーレット、バーナデット、ガルドー、それに僕と楓の六人となる。王城は古城と新城があり、古城は千年前から王国の象徴として王都の中心に佇む城で、いまは保護的な意味合いもあって殆ど使われていない。三百年前に建てられた新城が、現在の王族の業務を取り仕切る場となっており、そんな新城の王座の間に僕達はいた。
国王陛下による謁見は当初からの予定にあった。国王であるパルス=スクルエッド=ゼム=サイザードは五十歳となった今でも、まだまだ現役で歳をとったここ数年で風格が出て来たと言われているそうだ。三十歳で王となり現在に至る二十年間を王座にあって務め上げてきていた賢王の生まれ変わりとの呼び名も高く、三人の妃との間に八人の子を設けて、その内五人が男子で三人が女子となる。五人の王子には第一妃から、年上順に継承権が与えられ、三人の姫には継承権が与えられない男子継承の伝統が今も尚続いていた。
僕は王座の前で跪いたまま、決して下げた頭を上げることなく、バーナデットと二人並んで終わるのを待っている。謁見と言われていても王座の間にて国王を見ることを許されていない僕は、誰も居ない王座の間に先だって入室すると伏して王の入室を待つことになった。ライオネス、スカーレット、ガルドーはこの場には居ない。一度謁見したことがある者たちは用もないのに二度三度と謁見が叶うことはない。
次第に僕達を一目見ようとする者達が次々に入って来て、最後に国王が王座に座ると僕達の名前が呼ばれて紹介された。暫く見世物パンダとなり、国王から退出して全員が居なくなると顔を上げて退出するように告げられる。トライセルが登城させるだけの人物だと報告を上げたので、国王への謁見まで至ったのだが、あっさりとした謁見に拍子抜けしたのが正直な感想だった。だが国王以外誰に見られていたのかも、分からないので少し怖さがある。舐めるような視線を確かに感じたのだが、身動きできないので、ただ耐えるだけの時間であった。謁見の場にいたのは人間は足音からして数十人はいたと思う。あの中にトライセルもいたはずである。後で誰があの場にいて、どういった反応をしていたのか教えて貰えるだろう。それが協力関係と言うものだ。
王座の間を出て、案内役に連れてこられたのは、テーブルが幾つも並ぶサロンで、壁側の席にスカーレットが楓の相手をして座っていた。
「いつもすみません」
スカーレットから楓を受け取るといつものように、ペシペシ叩かれる。放って行かれた不満の表れだ。
「バーナちゃん、上手に出来たのかしら?」
「じっとしているだけなのよ?」
「それが難しいのよ?」
バーナデットはスカーレットに前髪をかき分けながら褒められて嬉しそうにしている。
「やあ、お疲れ様」
待つように言われていたので暫くスカーレットとバーナデットと一緒に話しているとトライセルがサロンに現れた。背後に綺麗な女性と可愛らしい女の子がいて、更に後ろに明らかに双子というそっくりな騎士が二人付いてきている。
「紹介するよ。妻のアネットと妹のコーネリア。近衛聖騎士ヤマタ=アドニスとヤマタ=カルロだ」
トライセルが結婚していたのは知らなかった。どこかの有力貴族の令嬢なのだろうが、オーレリアは知っていて気を惹こうとしていたのだろうか疑問に思う。トライセルの妹は王女となるので、着ているドレスも煌びやかだが、顔は親しみやすそうな感じだ。双子の近衛聖騎士は難しい顔をしているというか、僕を警戒している感じである。
「そちらは、ペラム=スカーレットとご令嬢のバーナデット、バーナデットの遣い役のマジクと赤子は楓だ」
一番の目上のトライセルが僕たちの紹介をしてくれたので、頭を下げるだけに止める。
「お兄様?この方がお噂の竜殺し?」
トライセルの妹のコーネリアが、目の前まで近づいて来て見上げてくる。好奇心旺盛な王女様のようだ。
「そうだ、見た目はこんなだが、強いぞ」
「へ~、お若いのに凄いのね?アドニスとカルロのどちらと強いのかしら?」
コーネリアは楽しんでいるというより、単純に好奇心で言っているだけのようだ。トライセルが少し笑ってるのを見ると、焚きつけるのを目的にコーネリアを連れてきた可能性に思い当たる。それを証拠に双子がやる気満々の表情だ。この双子は初対面から既に僕に対して良い感情を抱いていないようだった。トライセルが何かを吹き込んでいた節がある。協力関係にはあるが、何かをするならば前もって話をしておいて欲しいものだ。
はあ、絶対に面倒臭い事案だ………
次話 「王女たちの策謀」




