6、ここは異世界?
現実味の帯びてきた異世界への生まれ変わりを突きつけられ、呆然と幻想的な月を見つめること数分。外から聞こえてくる複数の虫の鳴き声や、風に揺れる草木の擦れる音などに急な恐怖を感じると、隠密行動していた事も忘れて逃げるようにベビーベッドに戻った。
赤ん坊の姿に戻ると張り詰めていた緊張感からか安心を求めるようにアキちゃんにしがみつく。
乱暴にしがみ付いたこともあって、アキちゃんは目を覚まして盛大に泣き出した。そして、また僕も抑えていた緊張感や不安が織り混ざったものが決壊するように大泣きをして、母の眠りを妨げたことに後で罪悪感を覚えることとなる。
整理をしよう始めから。
僕は二十四歳で死んだのか?
答えは「わからない」
死ぬに至った記憶がないのだから。
いまの僕を前世の人生の延長と考えるか、新しい人生として考えるかは悩んで斬る最中だ。新しい人生として考えるのが前向きな考えだと頭では分かっていても、中々割り切れないのが現状だ。
この世界は異世界?
前世とは違うのは確かだ。大きくて派手な紫色の月が夜空に浮かび、初期設定で人生が始まって、特殊な能力が存在する異なる世界、まさに異世界だ。
現段階の目標?
何はともかく、母、妹、僕の生きる環境を得ること。
都合の良いことに現状を打開できるだけの力を、手に入れる機会には恵まれた。
後は上手くやるだけだ。
前世の記憶にある常識や知識に囚われず、慎重に慎重を重ねて行動をする。
この世界では生まれて間もない赤ん坊なのだから。
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昼間は母の負担を出来るだけ減らそうとアキちゃんの相手をしながら思案にふけり、行動をするのは人目を忍ぶ深夜となる日が何日間か続いている。
赤ん坊は寝るのが仕事とよく言うが、昼間寝れるだけ寝ていたのである程度の夜更かしは問題無いと思いたい。
可愛い我が妹の寝顔をひとしきり眺めた後、今日も身代わりを用意して、あどけなさの残る青年の姿に変身すると部屋から抜け出す。寝ている母の横を通り抜けて、ハムスターに変身すると鉄格子を抜けて一気に地上に出た。
外の安全が確実になるまで、鉄格子の扉をこじ開けるのは止めている。
窮屈かもしれないが、この鉄格子のおかげで母達の安全が守られ、地上での活動に集中出来ることもあった。
ここ何日間で、分かったこと。
何度か試したが、完全な前世の姿には変身することは出来なかった。
体格は似ているが顔の造形は別のもの、日本人の特有の顔ではなくハッキリした顔立ちで、前世の自分に欧州方面の血を入れたら、こんな感じになるような顔をしている。既に何度か変身しているが白髪に空色の瞳は変わらず、もしかしたら、成長した僕の姿なのかも知れない。
現在この建物には僕達以外の何者も存在しない。
建物の中には荒れ放題で家具と衣類、調理器具が数点あり、散乱した物の中から、この世界の通貨だろうか鈍い銀色のコインニ枚と青銅色のコイン七枚を見つけた。見つけた衣類の中から、着れそうな服をチョイスして身につけている。上下ちぐはぐな着合わせだが、いつまでも裸でいるわけにはいかないので仕方がない。
この建物自体は高い物見台がある砦のような形状をしており、谷を背に建てられている。物見台から見渡す限り深い森に囲まれており、建物の周りにはヤギに似た動物が飼育されている小屋と複数の動物を一緒に世話していたと思われる大きな小屋が二つ、小さな畑と畑を囲む低い石垣、そして井戸があった。
谷を超えた先は高い切り立った崖になっていて、吸い込まれそうな深い暗闇が広がっている。
そして建物の正面真っ直ぐ伸びる方向に薄っすらと闇夜が照らされている場所を見つけた。
人工の明かりのようで、村か街か、そうでなくても夜に明かりを絶やさないだけの場所があることに希望が芽生える。建物の中に食料が無かった時は途方に暮れたが、畑から幾ばくかの作物が採れたので数日は何とかなるだろう。それに、もし人の集まる村や街があるなら、他に必要な物も手に入る可能性が出て来た。
ここ数日、先行きの不透明な事ばかり起きていた身としては、目標となる嬉しい進展である。
建物の中にある調理場に中型と小型の生き物と思われる骨が置き去りになっていたので、周辺の森で食肉となる動物を狩れる可能性があった。
可能性があるといっても、狩りをした事もない身の上からすれば、街か村で手に入れられる可能性があるだけで食料の見通しは明るい。<危機察知3>が摂食物にも有効であったことから、深夜の探索時に畑で採れた見た目がジャガイモもどきを茹でて、何とか飢えを凌いではいたが、母にはジャガイモもどきだけの栄養面では心配だ。母には他の栄養も必要で、特に肉類を食べさせて精をつけて貰わねばならない。間接的な栄養摂取に繋がる母乳が必要なアキちゃんのことを考えれば急務である。
囚われの身であると見られる僕ら三人としては結果的、砦に誰も居ないのは都合が良かったわけだが、僕が能力に目覚めて居なかったらと思うと悪い結果しかもたらさなかったであろう。
なぜ誰も居ないのかと言う疑問が鎌首をもたげ、何かの脅威を避けるためこの砦を放棄したのではないかと想定すると、その脅威が僕達にも及ぶ可能性がある以上、この場に残るのは得策ではない。かといって母と乳飲み子を連れて目標の場所をいきなり目指すのも、道中の過程も分からず仕舞いでは無謀である。建物の探索は隅々まで終わったので、明日からは昼間に行動時間を移し、砦の外へ道を進んでみようと思っていた。さすがに夜に探索をする勇気は持ち合わせていない。夜泣きの相手に疲れて深く寝入っている母に合わせて、明け方からの行動する事にした。
パシャリ
アキちゃんの相手をするのは、僕にとっての癒しである。ぷにぷにほっぺも、ぷくぷくのお手手も可愛すぎる。
パシャリ
この子のためにも頑張らねばと保護欲が全開で目覚めてしまっていた。
「だぁ~♪」
パシャリ
アキちゃんの気を引きそうな、お手製のおもちゃは前世の知識から深夜の探索の合間に作って鉄格子の仕入口から、ジャガイモもどきなんかと一緒に母経由でプレゼント。
パシャリ パシャリ パシャリ
お兄ちゃん大好きっ子妹育成計画には抜かりなし!
「だぁだあ~?♪」
「だぁ!だぁ♪」
パシャリ
宇宙語で会話をするのも慣れたものだ。音の鳴るものに興味津々のアキちゃん。今度は何を作ってあげようかなと、思いながらひとしきり遊び相手をしていると、目元がトロンとして来たので、お昼寝の時間。先ほどおっぱいを飲んだ後なので、この後数時間は目が覚めないはず。朝方のこの時間帯のお昼寝タイムを習慣付けて、外部活動時間にあてる計画を立てた。
今日から夜の活動は止めて朝の探索に移るわけだが、ここで探索に不可欠な新しい能力が必要になったので、選択肢の中から見つけ出し、既に手に入れてある。
パシャリ
<スクリーンショット>
未開の地での探索には、何よりも記録が大切である。
地形、動植物、気になった物は全て保存していき、次の探索への検証材料とする。検証は他の時間に回して作業を分散して、効率を上げて最適化していく為の能力としても最高だ。
時間は無駄にできないのだ。
決して私利私欲で取った能力では無い。
おねむの顔も、可愛いでちゅね~
パシャリ♪
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まずはいきなり森に入ることなく、砦から真っ直ぐに続く道を歩き、森の中の様子を伺おうと思う。
昼間に砦の外に出るのは初めてで、大地の感触を確かめる。乾いた地面は、前世の世界のものと変わらないと思う。
「角の取れた石があるな………」
丸い石が見受けられるのは、昔に水が存在した証のはず。畑の土は夜に食料調達する時に触れていたが、月明かりだけでは前世との違いまでは確認する事は出来なかった。改めて明るい時間に見ても特に異質なものは感じられない。
今後は畑を枯らさないためにも、砦の外の探索前に井戸水を蒔かなければならない。畑近くの井戸は滑車を通したロープの先に桶が結いであり、人力で動かす仕組みのものだった。
「砦の中もそうだけど、明るくなって改めて見ても、レトロ感半端ない……」
水道どころかポンプのない世界に来てしまったのかと、便利な世の中の記憶で占められている僕には十分な不安材料だった。それでも、自給自足の地域という可能性もあると不安を誤魔化すように乱暴に水を汲み上げ、力任せに畑に蒔く。
さほど大きな畑でも無いので数度の水汲みで水撒きを終わらせると、初めて砦の敷地から外に出る。森を分断するように真っ直ぐ続く道は幅が七メートルくらいあり、丁度中央に轍が出来ていた。轍の幅は二メートル程で二輪以上の馬車などが幾度となく通過して出来た年月を感じるものだった。道端には草が生えており、特に異質なものには感じられず木々も同様に見える。ただ時折咲いている花は見た事がない形だったが、柄があって弁があり雄しべと雌しべがある前世の花と変わらない構造に見えた。
ただ背中をゾクゾクさせたのものがある。
花床に虫が死んでいた。ダニを大きくした様な足を丸めた虫。足が一杯あって、これは紫色の月の次に感じた異質なものだった。花から飛び退き距離を取ると、二の腕に出来た鳥肌を擦る。
「気持ち悪い! めっさきもい!!」
暫く歩いていると緩やかな起伏の道が続き、後ろを振り向くと起伏で見通しが悪くなったのもあって砦の一番高い物見台くらいしか見えなくなった頃、ふと木の枝に止まる鳥を見つけた。じっとして動かないが、こちらに向けている目線を逸らさない赤みがかった黒い目が不気味な、体長はカラスを少し小さくしたぐらいで身体の全体が濃い青色をしていた。
ここで鑑定が無いのが悔やまれるなぁ………
<絶対鑑定>は<変身能力>同枠内の能力で犠牲となったゲームでは王道たる能力、<変身能力>がなければ、この場で行動できる事もなかったので、今更なのは分かってはいるのだが、先程の気持ち歩い虫も含めて正体が分からないものほど怖いものはないと、今になって思い知る。せめて好戦的な生物がどうかだけでも知りたいのは、不安なことが積もり積もっていく僕からすれば、喉から手が出るほど欲しい情報だった。
うぅ………目を逸らした瞬間に襲ってきたり……しないよな?
音を出すのも憚られて、身動きせずに睨めっこを続けていると、鳥の方から目線を外して森の奥に首を向ける。すると、大きく羽を広げで飛び去っていった。
「……鳥一羽でこの緊張感、先が思いやられる…戦闘系の能力決定してしまおうかな」
ため息ひとつ吐いて、戦闘系の能力を得てしまうことで、実際の所どれ程役に立つかは分からないが、突発的な戦闘に落ちいっても対処できる可能性は、今よりも格段に上がるはずだ。緊張感もって行動するのは大切だと思うが、過ぎたものは良くない。先ほどから緊張感で喉が渇いていた。水を持って出るという、今考えてみれば当たり前な準備さえ思い浮かばなかった失敗が後悔を運んでくる。思い知らされることになった。ここは前世の世界ではない。喉が渇いたからと言って手軽に水分を補給できる自動販売機や施設などないのだ。足を進めれば進めるほどに、自分の甘さが露見してくる。未知の場所での活動がここまで神経をすり減らしてくるものだとは知らなかった。
「神経使い過ぎて、進めたい探索も進まないんじゃ元もこうもないしなぁ」
いまある能力で想像できる場面にどれだけ対応できるのかと考えてみる。今のように得体のしれない生物と遭遇した時は、<変身能力>で目の前の脅威に変身するという手も考えたが、脅威の前で<変身能力>を必ず発動させられるかは未知数だった。試すにしても何か楽しくて、自ら脅威を作り出すという怖い思いしなきゃならないのか。それを考えると戦闘系の能力を得ておいた方が、対応手段としては真っ当に思える。対応手段がある上で、<変身能力>は奥の手的な感じの二重構えが良いのではないかと思った。
選ぶ戦闘系の能力は既に絞り込んではいるのだが、選ばなかった理由は必要になるまでと、決断を先延ばしにしていたからだった。
もう十四枠の選択の内七つが選択済みで残りは七つ。
この新しい世界で明るい将来計画を組むには、能力を決め過ぎている気がした。この世界がどんな世界かもわからないのに、前世の知識だけで能力の有効性を決めつけるのは間違いの元になりかねない。今までの能力は必要に応じて選ぶ必要があっただけで、残りの選択肢は出来るだけ将来に向けて温存したかった。
「でも、この緊張感は無理だ。この先の耐えられる気がしないし、どうせ選ぶなら早い決断の方が良いかもだし」
絞り込んでいる戦闘系の能力は、やはり【+】付きの能力。
王道的に<剣術能力>それも【+Ω】付きの<剣術能力9+Ω>だ。
【+Ω】が一体何なのかは分からないが、<絶対鑑定>で調べられればなんて事を考えても無い物ねだりである。それでも選択肢の下の方に【+】付きの能力、他の選択枠を見ても強力な能力が集中しているのはわかっている。自我が確立する前の赤ん坊が偶然にも選び難くしている嫌らしいシステム。選ばれ辛いスクロールの下にある事を考えれば、【+Ω】には期待が持てると言うものだ。
必要に迫られてから慌てて選んでいきなり実戦というよりも、今のうちに選択して弱そうな戦闘対象を探して能力に慣れて置く方が大事だと決意する。
<剣術能力9+Ω>を選択するとウインドウ内の選択済み枠が八個となり、選んで無い選択枠は残り六個となった。剣術能力を取ったものの剣を持っているわけでもないので、落ちていた手頃な枝木を拾い余分な枝を払って不恰好だが剣もどきとして、少し興奮気味に片手で振って感触を確かめた。
「うん、よくわからんな! 只の木の棒だしな!」
今度は、両手でしっかりと持ち、それっぽく構えてみる。一呼吸置いて木の棒を水平に薙いでみた。
「……他人に見られたら、絶対恥ずかしいな!なり切っちゃってる感じが特に!」
やはり、きちんとした剣じゃないと駄目なのか、<剣術能力9+Ω>ぐらいじゃ大した違いは感じ取れないか。今までの能力ではハッキリとした成果を感じる事が出来ただけに、例え棒切れだったとしても、前世では体験出来なかったような感動を得られるのではないかと、多大な期待を寄せていた分、今回の結果には少し後悔を持ってしまった。
「まだ使えないと決まったわけでは…ないんだけど………やらかしたかも…」
高揚していた気持ちが沈静化していく。
男心的に剣士に憧れを持ってしまったのは、前世で幼少期に特撮やアニメ、ゲームという娯楽に囲まれて過ごした事が要因なのは自分で分かっていた。大人になって物語の中だけの話だと割り切っていたはずが、今では現実となって実現可能になり、目の前に開けてしまった以上、<剣術能力9+Ω>を選ばずにはいられなかった。必要に迫られて選ぶという状況に至るのを待ち望んでいたのは確かで、そこが甘さだった。そしてリスクを負った可能性に気付いて冷静になった自分がいる。
未開の地で一人で行動をしている事への不安や寂しさが鎌首をもたげ始める。それだけ期待してしまっていたのだ。<剣術能力9+Ω>と言うものに。それだけに思惑と違っていた時の反動は大きい。
基本、前世では臆病者で慎重派だったのだから、今の僕が何だかんだ調子に乗っていたという事実を思い知って気持ちが沈んでいった。
「武器に左右され無い<格闘能力>の方が良かったかも………」
後悔は、意識しなくとも声を小さくしていた。
次話 「結果が欲しくて」




