52、カウタの願い
「やあ、バーナデットおはよう。早いね」
「マジクと楓、優雨美様おはようなのよ?」
「今日はガルドーさんも領主館行かれるんですか?」
「ああ、トライセル殿下に鍛錬をつけて欲しいと言われての」
「ガルドー!やりに来たのか!?」
優雨美がガルドーに詰め寄って期待するように見上げている。お爺ちゃんに孫が遊びをねだるような構図に、体を傷付け合おうと申し出ている姿にはとても見えない。
「優雨美様、ワシもお手合わせ願いたいとこですじゃが、明日というのはどうでしょうか?」
「明日か!明日だな!絶対だぞ!」
「バーナデットは何か楽しそうだね?」
「愛海凛姫様のお話楽しいのよ?」
愛海凛姫がバーナデットの話し相手をしてくれている姿を夕刻あたりから見かけていた。聞いた事のない話にバーナデットの物語好きが擽られたようだ。
「少し待って頂けますか、用意してきますので」
「まだ、時間はあるのじゃろ?焦らなくてもよかろう」
バーナデットが畑の脇に座り込む。興味津々といった感じで畑の野菜を見ている。
「バーナデット、収穫してみるかい?」
リリアの顔を見る。貴族のお嬢様に土いじりさせても問題ないのかと言った後に気付いたからだ。バーナデットもリリアの顔を見ていた。
「お洋服を汚しませんように」
「ありがとう、リリア」
「収穫わからないのよ?」
「野菜をとって食べるんだよ」
「メトシアは嫌なのよ?」
「メトシアは土の中にはならないよ。じゃあ、これを引っ張って見ようか。ここら辺を両手でしっかり握って引き抜くんだ。そらそのまま上に引っ張ってごらん」
バーナデットは引っ張って見せるが力が足りておらず根が少し浮いただけだ。
「もっと、踏ん張って」
バーナデットが眉間にしわを寄せて力を入れるとブチブチっと細い根が切れ、太い根に連なる芋が浮かび上がった。バランスを崩して尻餅をつきそうになるバーナデットの背を支える。
「おー?一杯出て来たのよ?」
「トーカンだよ。お菓子材料にもなっているやつさ」
「何だと!お菓子だと!?」
お菓子という言葉に優雨美が食いついてくる。芋を一つとってバーナデットの目の前に見せる。バーナデットは一瞬目をキラキラさせるが直ぐに眉を寄せる。
「土の固まりなのよ?」
「綺麗に洗うと周りの土はなくなってトーカンになるんだよ」
「これがお菓子になるの?」
「美味しいお菓子になるよ。バーナデットは食べたことないかも知れないけど、明日にでも作ってあげよう」
「本当なのよ?食べたことないのなのよ?楽しみにするのよ?」
「約束だぞ!」
バーナデットと優雨美のお菓子に対する食いつきは凄い。優雨美が他のトーカンの茎を引っこ抜き始めた。食い意地が張り過ぎだが、明日には全部収穫しようと思っていたので手間が省けると思い、暫く放っておく。バーナデットも二つ目のトーカン収穫を始めた。バーナデットのことはリリアにお願いして、明日お菓子に使う分の芋だけでも洗っておこうと、井戸に水を汲みに行く。
「マジク!誰か来たぞ!」
水を組んで桶の準備をしていると優雨美が砦の外の森に向かって指を指す。緊張が走る。ダンジョンを無理やり抜け出してきた優雨美の戦闘能力はからっきしだが、僕の住む砦を見つけたときのように、その感度だけはかなりのものだ。
「リリア、バーナデット様を砦の中へ。マイオリーヌさんとアキちゃんを連れて念のために地下に隠れてください」
優雨美が指を向けた方向に何がいるのかは分からないが、 優雨美は普通の人間には興味がないことを知っている。興味があるのは強い者と食べ物だ。優雨美を領主館に連れて行った時、興味を引いていたのは食べ物だけだった。優雨美にとってピークトリクトの街に住まう人の中で興味を持てるだけの強者がいないとのいうことになる。
リリアがバーナデットを抱きかかえて、砦の中に入っていく。バーナデットが心配そうに僕を見ていた。
「優雨美様も中へ!」
「オレはお菓子の元を採るのに忙しいのだ!」
優雨美は小さくなっている分、少し馬鹿っぽくなっているが警戒していない態度だ。普段、食い気より戦闘意欲が高い優雨美が、食い気を優先している所を見ると危険性は少ないのかもしれない。それでも警戒を緩めるつもりはない。
「ガルドー様」
「ああ、分かっておる」
<危機察知3>は鳴っていないが、念のためレクナハルバートを実体化させると、ガルドーも紅剣バナードの柄を掴み、いつでも抜ける姿勢で表情が戦士のものとなる。気にした様子もなくトーカンを引っこ抜き続ける優雨美が、少しでも興味を持った者がいま砦に姿を現した。
見たことのある姿が石垣を超えてきて畑と畑の間を縫い歩いてくる。優雨美の横で立ち止まると敬意を払うように一礼して、再び歩き近づいてきた。優雨美は気にもとめずトーカンに夢中になっている中で、ガルドーが僕より前に出た。
ガルドーが庇うように僕の前に出たのは、きっと気を使ってくれたのからだった。現れたのは野営地で襲って来た幼竜の弟だったからだ。
頭の中が疑問で一杯になる。やり切れない蟠りが当人同士のレベルでは解決していないままだった。僕は罪を感じているし生涯感じ続けるだろう。東神の竜族の長であるジュネヴィーヴから、僕の前に姿を現わすことさえ禁じられているはずの幼竜の弟は、感情を抑えきれなくなって復讐をしに来たのではと、目の前の人物が僕に抱く怨恨の深さに飲み込まれそうになる。
「マジクと因縁のある竜族様とお目見えする。敢えて聞くが、何をしに参った?竜族様とは場が収まったと聞き及んでいたが間違いか?」
「………………」
竜族の男の表情は硬い。ガルドーを無視して僕を睨めつけてくる。だが暫くして目を逸らした。
「………キサマに用がある」
威圧的な態度ではなく、言いにくそうな態度だ。
「何ようになりますのか?」
「オマエには用はない」
ガルドーに対しては強い物言いだ。下に見ているのがわかる。再び復讐を果たしに来たようには見えない。竜族の男の様子に僕は最悪の想定を頭の中から排除する。
「大丈夫です、ガルドーさん。ありがとうございます」
ガルドーの前に出て竜族の男と向き合う。
謝罪を言うべきだろうか?
直接竜族の兄妹に謝罪をしていない。野営地以来、顔を合わせぬままの後味の悪い収まり方をしたままだった。
「人間、傷は癒えているのか?」
「はい、長様に癒しを頂きましたので」
竜族の男自身がつけた僕の傷を、気遣っている言葉に驚く。竜族の男は長が僕の治療をした事を知っているにも関わらず聞いてきた。相手も話をする切っ掛けが欲しかったのかも知れないと考える。世間話をする為だけに、禁じられているにも関わらず僕に会いに来るわけがなかった。言い辛そうにしている表情から見ても、ただごとではないのが伺える。
「不躾ですが、何かありましたか?」
僕から、話を促されるとは思っていなかったのだろう。歯を噛み締める複雑な顔を見せた。
「……キサマに、頼みがある。俺が言えた義理でもないは分かっているが、どうか聞き入れて貰いたい」
葛藤が見える言葉を選びながらの頼みごとに、内容を聞かずとも協力を惜しまない事を僕は心の中で決めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
東神の竜族が棲家とする山脈の更に奥に、神々が与える試練の塔があるらしい。この世界で生きるありとあらゆるもの達に与えられる、神々が課した試練が集まった塔で、王国中を旅して回ったガルドーでさえ聞いた事がないと言う。そもそも東神の竜族は、この塔への道を阻む役割を神々から与えられて、この地を棲家としたそうだ。それ故に、東神の竜族の棲家である空の聖域を犯すものは、塔への道に挑む者として試される意味合いがある。神々の試練の塔は神への道であり、それは神聖なもので命を賭す険しき道であるために東神の竜族は殺す気で襲いかかってくるのだ。
「妹が病にかかってしまった。怨恨の病だ。このままでは魔竜となってしまう。神々の試練である我らが魔竜となる事は許されぬ。病が治らねば妹は魔竜になる前に神の元に旅立たされてしまう」
兄を殺された怨み、兄を辱められた怨み、そしてその怨みを晴らす事願わずに決まり事を破った罪で、東神の竜族から爪弾きにされた怨みが重なり、抑えきれずに病に至ったという事だった。
僕と深く関わり合いのある話だ。
「神々の塔に挑み、神々に認められる者と成れば、妹に蝕む怨みの病に打ち勝つ手助けとなるかも知れない。妹の中にあるキサマが卑怯者という評価を変えて見せることが出来れば、もしかしたら」
必ず効く薬がある訳ではない。竜族の妹が怨みに負けて魔竜となるかは全て本人次第。僕が神々の塔で力を示す事で竜族の妹が僕に対する怨みだけでも減らす事ができれば、怨みに打ち勝ち魔竜にならずに済むかもしれないと言うことだ。全ては可能性の話なのだが、僅かな可能性にも縋りたいほど、追い詰められていることがわかる。そうでなければ、仇である僕に頼みごとなどするわけがないのだ。
「妹は多くの東神の竜族の男達からの求婚を受けていた程の良くできた存在だった。俺があの時竜の姿に戻って長に見つからなければ、キサマを葬り去ることが出来たかも知れない。俺の不甲斐なさに対する怒りもあるだろう」
もとはと言えば僕が蒔いた種だ。更に名乗り上げを一人でしなかった事、卑怯な手を使ったと言ってしまった事で、蒔いた種の芽を育てる行いもしてしまっている。これは僕が自ら負った負債であり、僕自身でしか支払う事をゆるされないものだ。ならば決まっている。初めから話を聞かずとも協力するつもりであったが、頼まれてする事ではないことも、今はわかった。
「行きましょう。いえ、行かせてください」
「神々の試練は達せねば死の道と言われている。それでもか?」
「はい、僕は僕の行った事への負債を払う義務があります」
竜族の男の瞳に僕の瞳が映る。見極められていることに答えるように竜族の男の瞳を見つめ続けた。
「わかった。礼は言わぬ」
「はい、いりません」
「妹には時間がない。俺がここに来た事が長に分かるのも時間の問題だろう。急ぐぞ」
「ちょっと待って下さい。もしかして竜族様も行かれるのですか?」
「当たり前だ。キサマ一人で乗り越えられるほど、神々の試練の塔は甘くない」
「ならば、ワシも行っても構わんな?」
「いや、ガルドーさんは駄目です」
「お前の手助けは、いらぬ邪魔だ」
「確かにマジクや竜族様ほどの力は無いでしょう。ですが、神々の塔とは単純な戦闘力だけが必要なのですか?ワシはダンジョンの罠や仕掛けを超えてきた経験がありますぞ?それとも、神々の塔にはそういった試練は無いのですか?」
竜族の男がガルドーを見据える。ガルドーも睨め付ける。
「確かに罠や仕掛けもあるかも知れん。わかった。だが足手まといになるようなら捨てて行く」
「かまいませぬ」
ガルドーが不気味に笑う。
「いや、かまいますって!何を言ってるんですか!?」
「まあ、自分の事は何とかする。それで良いじゃろ?それと楓はどうする?」
「それは………」
ガルドーに話をすり替えられた感はあるが、確かに楓は連れていけない。楓はおしゃぶりを咥えていて大人しいが、先ほどからがっちりと僕の後ろ襟を掴んでいた。
「まさか背中の幼体を連れていくというのではないだろうな?」
「楓は特殊な子でして、僕から離れたがらないんです」
竜族の男が覗き込むと楓は威嚇するように眉を寄せた。竜族の男が楓の額に指をあてると楓の目が虚ろとなって眠るように目を閉じた。
「深き眠りへと誘った。暫く目を覚まさないだろう」
「凄い、ウィルマさんの眠りの魔法でも楓には効かなかったのに」
「さすがは竜族様といったところか、どれ、ワシがリリアに預けてこよう。お前さんが行くと話がややっこしくなりそうじゃ」
「確かに、バーナデットがついていくと言いそうです。マイオリーヌさんには心配をかけたくないので上手く誤魔化して貰えますか?」
「何とかしてみよう。馬車の椅子の下にある収納スペースに、ダンジョン用の鞄があるから出して中身の確認を頼む。前に教えたやつじゃ」
楓を預けるとガルドーは砦に向かっていく、僕はバーナデットが乗ってきた馬車に近づくと、ガルドーに言われた通り、鞄を取り出しダンジョン装備となるロープやナイフ、特殊な加工がなされた道具などが揃っているか広げて並べる。日持ちのする干し肉や固形物と水と塩の塊を確認した。
砦の扉が開く音がするとガルドーが出てきた。心配そうに扉から僕たちを伺うバーナデットとアキちゃんと楓を抱いて笑顔で手を振る母がいる。ガルドーがどういった説明をしたのか気になるが、砦の中から出てこないところを見ると、何か上手いことを言ってくれたようだ。
「すみません。塔へは何日ほどかかりますか?」
「日数はかからん。転移で一気に行く。俺が元の姿に戻ったら直ぐに体に触れろ。長様に追いつかれる前に神々の塔に入る」
「それは、入れば手出しが出来ないと言う事ですかな?」
「そうだ、我らは塔への出入りを禁じられている」
「それでも、行くと言うのですか?」
「聞くな、マジク。覚悟の上という事だ」
「兄がいなくなり、妹までが去ろうとしている。俺に生き恥を晒せというのか、キサマは?」
「いえ、そういうわけでは…」
「転移で我々東神の竜族の試練も飛ばす事となる。既にキサマに会ってはならないという禁も犯した。俺は妹を助けるためには何でもする覚悟だ」
話を聞いたからには、その覚悟に見合ったことをしなければならないというプレッシャーがかかってくる。それを分かった上で話しているのが、向けられた瞳に宿る意志の強い光で確認できた。
「転移で塔まで行くのには試練的に問題はないのですか?」
「分からない。キサマは兄を倒して長様にも認められた。そこにかける。人間の足では塔まで行くには遅すぎる」
「そこも、賭けになるんですね」
「仕方あるまい。時間がないのだ。行くぞ」
「優雨美様?聞いてらっしゃったかはわかりませんが行ってきます」
優雨美はトーカンを全て引っこ抜き終わっていた。育てていたトーカンは全部は食べきれないので、一部は街で買い取ってもらえるようにリリアを通して交渉済みである。受け渡しを今後のために自分でやりたかったのだが、仕方がない。きっとリリアが上手くやってくれるだろう。
「早く戻って来るのだぞ!お菓子が食べたいんだからな!」
「わかりました」
「約束だからな!好敵手よ!はっはっは」
優雨美からの餞の言葉と受け取り、頷いて見せると、ダンジョンに用いる道具と食料のチェックを終えたガルドーと荷物を分け合い、砦の垣根の外に出た竜族の男の近くに行く。
「竜族様、お待たせしました」
「俺の事はカウタと呼べ。行くぞ!」
カウタの体が大きく膨れ、周辺の木々を押し倒しながら竜となる。その姿に見とれながらもカウタに触れると風景がぼやけた。次第にぼやけた風景がはっきりとしてくると、もうそこは別の景色で目の前に巨大な塔がそびえ立つ。三階建て家ぐらいの高さの黒い石柱が等間隔で周辺を結界のように囲い、塔の高さは見上げると雲に刺さっていて何処まで続いているか分からない。
「!!」
急に背中鳥肌が立ち、振り向くと黒い石柱の外に漆黒の竜がいた。カウタの倍以上ある体躯。直ぐにジュネヴィーヴだとわかる。人化している時と同じ黄金の瞳が僕らを見つめる。
「行くぞ!」
人化したカウタが長に背を向け、塔の入口に向かう。僕はジュネヴィーヴにお辞儀をしてカウタが向かう大きく開く塔の入口に足を踏み入れた。
次話 「神々の塔 」




