51、イーニッド姫と愛海凛姫と
「マジク様お逢いしとうございました」
「愛海凛姫様、ご無沙汰しております」
愛海凛は終始笑顔を僕に向けて来る。天神海特有の礼装は色取り取りの布を何枚も重ねた服で、透き通るような青髪をポニーテールにして束ねているのは、ダンジョンから助け出し時にも付けていた愛海凛のトレードマークとも云うべき煌びやかな髪飾りだ。今回ピークトリクトに訪問するにあたって、愛海凛の付き添いとして天神海領より同行している数人の中に、救出隊に参加した美海と波那丸もいた。
「波那丸様に美海様もご無沙汰しております」
「マジク殿、様付けなど堅っ苦しい呼び方はやめて頂きたいですぞ」
「いえ僕は平民ですので、そうは参りません」
「天神海では貴族・平民よりも強き者が尊敬たる者として扱われます。マジク殿は天神海の強者さえ成し遂げられなかった竜人様に認められしお方なのですから、出自はどうであれ天神海では英傑なのです」
波那丸の言葉に僕は引きつりそうな顔を、上手く誤魔化すことが出来ているか気が気ではなかった。それと言うのも、少し離れたところでバーナデットと共にお菓子を食べている竜人様がいるからだ。
あれからチビ優雨美は砦に住み着いた。飲み食いして、やれ戦おうと五月蝿くて仕方がないのだが、アキちゃんと楓の相手もしてくれるので助かっている所もある。母も気に入っているので追い出そうとは思わないが、はたして優雨美は出来立てのダンジョンを留守にしていていいのだろうか。
愛海凛姫の御一行が到着して、堅苦しい形式的な挨拶は既に領主館にて終わっている。今は場所を談話室に移しての対面となっていた。
「マジク?ご紹介頂けませんか?」
そして僕の隣にイーニッドがいる。それも肩が触れ合いそうなほど近い。
「あ………はい、愛海凛姫様です。こちらはイーニッド姫です……」
とても居心地が悪い。僕の様子を見るスカーレットが、バーナデットがいつも言っている悪い顔をしている。愛海凛が僕に好意を持っているようだと、スカーレットから告げられた時と同じ顔だ。いまのこの状況を見越していたのに違いない。
スカーレットが、一目惚れで追いかけて来るなんて情熱的なんてことを言い出したときは、一度しか会ったことがないのに、そんなドラマ見たいなことがあるわけないと思ったけど。いまの僕の状況は客観的に尚且つ控えめに見ても、使い古されたよくあるドラマのワンシーンだ。止めてもらいたい、僕は役者にもなりたくないし、奥様方を夢中にさせる昼ドラにも出演したくない。
「初めまして、愛海凛様」
「初めまして、イーニッド様」
イーニッドが愛海凛に握手を求める。二人とも満面の笑みだ。とても怖い。
「ちょっと失礼します。あーダメだ楓。それはおもちゃじゃないぞ」
「あぅあー!」
二人が握手している間に、二人の間を離れると楓が持っていたスプーンを取り上げる。眉を寄せる楓。抗議は受け入れるよゴメン。
「あら、楓ちゃんを上手く使って逃げたわね。意気地なし、数々の窮地を脱してきたマジク様ともあろう方が」
「楽しむのはやめて下さい」
「楓ちゃんは任せておいていいから、お姫様達の相手をしなさいな」
「楓は僕といたいよな~?」
楓を抱きかかえる。
「楓ちゃんをダシに使うなんて本当に意気地なし」
「マジク?」
「やあバーナデット、一緒にイーニッド姫様と愛海凛姫とお話ししようか?」
「うん、お話しするのよ?」
「バーデちゃんに楓ちゃん。女の子を護衛にする英雄なんて聞いたことないわ。まったく、情けない」
「僕は情けないのを自覚してるからいいんですよ」
「マジクは情けなくないよ?」
「ありがとう。バーナデット」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
何で僕なんかに興味があるのかわからない。この世界の女性の価値観を知るわけもないので、女心がわかるわけもないのだが、知っていても分かりたくないという状況だった。
「マジク様、あの時は命を懸けて、わたくしたちを助けて頂きまして有難うございました。わたくしとても感動致しました。あの有志。目を瞑ると何時でも蘇ります」
「そう何度もお礼を仰る必要はありません。あのとき僕はやらなければならない立場にいただけなのですから」
「マジク、私からもスカーレット達をお救い頂きまして有難う御座いましたとお礼を。レノックスからお話を伺いまして、今もその勇敢なお姿が目に浮かびます」
「…………………」
「…………………」
「マジク様から頂いたあの美しい羽衣、父上が婚礼時に使えと仰って下さいました。とても楽しみです」
「まあ、愛海凛姫。ご結婚がお決まりでそれはおめでとうございます。愛海凛姫は時期領主と伺っておりますので、支えてくれる屈強な天神海の殿方がいらっしゃるのね。羨ましいわ」
「…………………………」
「…………………………」
眉間に皺を寄せながら笑みを浮かべ合うのはやめて欲しい。バーナデットがとてとてと歩いてくる。
「イーニッド様?お話するのよ?」
「イーニッド様お気を使わなくても結構ですよ。今まで話相手をして下さって有難うございました」
「バーナデット?今は大切なお客様のお相手をしているの、わかるわよね?」
「………ごめんなさいなのよ?」
バーナデットが顔面蒼白でプルプル震えている。イーニッドの顔は僕からは見えない。バーナデットの指が僕の服を掴み縋っているようだ。
「バーナデット、僕とお話をしようか?イーニッド姫様、愛海凛姫様、似たお立場同士で僕が居ては出来ないお話もあるでしょう。それでは」
「行こうか、バーナデット」
「うん………マジクよいの?」
「バーナデットは気にしなくて良いんだよ」
イーニッドと愛海凛が呆けた顔をしている。二人には少し反省して貰おう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やっーーー!」
愛海凛の扱うのは薙刀。額に汗を浮かべ真剣な表情で打ち込んでくる。愛海凛姫は<槍術能力>持ちで腕前は中々のものだと思う。僕自身、手合わせしたことがある人間は数少ないので、僕の物差しで測るのは正確ではないかも知れないけど、さすが天神海の姫様だと思えるだけのキレの良い動きを所々見せてくる。愛海凛は僕に伸び悩んでいる原因を教えて欲しいと、手合わせを望んで来た。愛海凛は真面目に手合わせをしている態度からも本気度がわかる。
そして、手合わせして直ぐにも原因が分かったのだが、それを言うべきなのかを目下思案中だ。愛海凛姫の手合わせの服装がやたらと大きな胸を強調しているようなもので、凄く攻撃するのに邪魔そうである。激しく動けば動くほど重心が狂ってバランスが崩れて見える。
愛海凛が息を切らせて攻撃を止める。イーニッドが見せ付けるように甲斐甲斐しく僕の額を純白の布で拭いてくれた。
いや汗は、かいてないですが?
「はぁ、はぉ、どうでしょうマジク様、わたくしの何が悪いでしょうか?」
この原因を愛海凛に伝えるのも、胸周りがお淑やかなイーニッドの前で言うのも、絶対マズイ気がする。スカーレットが楓を抱きながら声を殺して笑っているのも、僕の置かれている状況を楽しんでいるからだ。
バーナデット頼むから、ママが笑っている理由を聞かないで!その人、面白半分で言って波風立てそうだから!
イーニッドと愛海凛と一緒にお茶をして散歩して手合わせして食事して夕暮れを見る、気苦労が絶えないまま共に行動して領主館をお暇する。帰りの馬車の中で、ライオネスが言った。
「トライセル王子の意向で愛海凛姫が、王都への同行に加わることになりそうだ」
この時、本気で逃亡を考えたのはスカーレットの馬鹿笑い一つ取っても、僕は悪くないと思う。明日も領主館も来るように言われ、明日の予定をキャンセル出来るようなトラブルでも起きないかなと思ったのが間違いだった。
まさか竜族に助けを求められるとは思いもしなかったのだ。
次話 「カウタの願い」




