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異世界Baby  作者: 本屋
5/112

5、必要に迫られて

 

 ピンクの悪魔呼ばわりしていた隣人ちゃんの名前はアキちゃん。僕の双子の妹で、面倒を見てくれていた女性は母だった。

 目の前のウインドウが初期設定と判明したあの日から幾ばくかの日が経ち、時折アキちゃんの相手をしてあげる以外は、蹂躙される事もなく僕ら兄妹は平穏にスクスクと育っていた。

 アキちゃんの成長が自分の成長の姿として外から見れるのは双子のならではの役得で、今日も可愛いアキちゃんの成長の記録を心に書き留めていく。


「ユウキちゃん~おっぱいの時間ですよ~」


 僕の世界の住人は未だに三人だけだった。僕は双子の妹のアキちゃん、そして母のマイリオリーヌの三人しか見たことがなく、父の姿を見た事もなければ、母の口から父に関する話を拝聴した事もない。現状から考えると特異な環境下で生を受けた可能性が高かった。

 それを現実味にさせる一つの変化がここ数日に現れている。それは、僕達双子の栄養摂取。赤ん坊ということで栄養の摂取は乳となるのだが、双子ということもあって、母から直接授乳される時と、木製の哺乳瓶から乳を飲まされる二つのパターンがあった。今回の授乳タイムは僕が母乳で、妹のアキちゃんが哺乳瓶の乳の番になり、ここ数日の母の顔色が悪いのと、母乳でも哺乳瓶の乳でも好き嫌いしなかったアキちゃんが哺乳瓶を一口二口で飲むのを嫌がることが発生していた。

 哺乳瓶を嫌がる理由は、ここ数日の哺乳瓶の中に入っている乳の味が変だからで、明らかに前の乳に比べて薄められているようで酷い味になっていた。これの原因に関しては母の口から漏れ出た情報を繋ぎ合わせて、ある程度推測できている。

 母の顔色の悪さは病気というより、栄養を十分に採れていないようで、授乳しながら空腹を訴える、お腹が大きく鳴るのを聞いていたし、母の口から「どうしたのかしらね~」とか「もう少しの辛抱ですよ~」などと言った呟きを聞いて、僕ら三人の生活が自力で賄えていない可能性に思い至っていた。

 僕は母乳を飲むのを途中で止めるとアキちゃんに母の乳を明け渡し、代わりにとても飲めたものではない哺乳瓶の乳を我慢して飲むのが常になっていた。

 この問題に自ら行動を起こすべきか思案に暮れている。


 特殊能力を選択して、予想通りの結果を出せれば、状況の打開が見込めるかも知れないけど………


 必要に迫られて能力を選ぶのは先々の道を狭め、自由を奪う事になるかも知れない。だが最悪の事態を考えるなら早めに行動を起こすのが、解決への時間の猶予を取得して選択肢を広げるチャンスへとつながる。

 ようはまた、差し迫った危機に対処するべく今の実を採るか、大きい実が成るのを待って別の方法でやり過ごすかの選択の場に立たされているのである。

 この世界に生まれてまだ一年も満たないのに、ままならないものである。

 何度も見返している目の前の初期設定ウインドウに美味しくない哺乳瓶を加えながら見つめた。


 ―― 現選択設定 ――

 <前世の記憶を引き継ぐ>

 <自動翻訳>

 <危機察知3>

 <複製能力>

 <???????>

 <未選択>×9


 あまり重要でない選択肢ばかりの一枠はウィンドウを表示させておくために殺し枠とすることを決めていた。全ての設定を選択し終えることで、ウインドウが消える可能性を捨てきれていない。目の前に自身の情報が表示されている安心感を失いたくなかった。


 さて、残り八枠をどうするか………


 まだ数ヶ月の付き合いだか母の性格はそれなりに理解していた。

 危機感の薄い上、自立出来ておらず、切羽詰まった苦労をしたことが無い人生を歩んできたお嬢様タイプだ。

 そんな母に、僕ら双子の身の上を預けるのは冷や汗ものだった。

 双子の育児は実質二倍以上負担が掛かると聞いたことがある。いまは出来る限り僕が妹の相手をしているので一般的な双子の世話よりは負担を減らせているだろうが、それでも母一人では、この先過労で潰れてしまうのでは無いかという大きな不安がある。

 その上で今回の経済的な危機もあるのではないかという疑念だ。

 取り返しのつかない事になる前に先行して不安の目を潰すのが早急に必要だった。

 何よりも、この愛くるしい妹のアキちゃんをしっかりとした環境下で育てたいのだ。一時は悪魔呼ばわりしたが家族愛が生まれているのを自覚していた。

 母も心配ではあるが、自分をニの次にしてアキちゃん主体の生活へと方針を半ば固めていた。

 今悩んでいるのも、将来のアキちゃんとの行く末をかんがみてのことだった。自身の設定選択で、危険な目を避けて楽にアキちゃんと生活できるだけの力を得る方法を第一にしたかった。差し迫った危機に直面しているとはいえ、先の事も考えないで行動するほど楽天的な性格では無いので、成長に害する可能性を留意した上で睡眠を多少削り、一つの選択肢の決定を決めるかどうかで迷い暮れている。


 <変身能力>


 変身能力を選び思い通りの能力効果を得られたとして、考えられるメリットデメリット、あらゆる方向性での行動シュミレーションを何度も繰り返し思案したが、見逃している事案がある可能性を捨てきれず、決定するのを躊躇していた。


 思い通りの効果で行動できた上で、この世界の事を知る時間も必要となるし………


 そう、何をやるにしても赤ん坊の自分に出来る事は限られていた。

 <変身能力>によって望む通りの結果を得られれば現状の打開と、この先訪れる問題にも対処できるだけの可能性を秘めた力となるはずだけに、いま求められる力となるはずだ。同選択枠に並ぶ他の魅力的な能力を諦める事になっても、成長した自分への行動の選択肢を広げるための礎になってくれると思えば、<変身能力>は高くない買い物だと自分に言い聞かせる。活かすも殺すも自分次第の使いようによっては、安い買い物だったと言えるような未来を掴めばいいのだ。


「あら、あら~ユウキちゃん。また眉間にしわが寄ってますよ~可愛く無いです~」


 母が僕の皺の寄った眉間とほっぺたをつんつんして来た。


 これ以上は、考え過ぎても仕方がないか………。


 母の少し無理をしている笑顔が痛々しい。頼りない母ではあるが、僕とアキちゃんを愛し気遣う気持ちは、しっかりと伝わっている。

 決意を決めて、指先で「YES」を選択した。


 テスト決行は今夜だ!



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 <複製能力>これが半ば期待通り能力だった。

 この能力でアキちゃんの相手をしたわけだが、やった事は単純、対象となるアキちゃんの力を複製したのだ。アキちゃんはかまってくれる相手が欲しかっただけなので、同等の力さえ得られれば、赤ん坊と前世の経験差で、まさに赤子の手を捻るように満足行くまで、かまってあげれば良いだけだった。

 ただ、この能力には欠点かある。

 複製したものには制限時間があるのだ。複製してしばらくすると劣化が始まりしまいに使えなくなる。この能力得てから思慮深く能力の検証をしてきた。結果から言えば、自分以外の試した対象の、あらゆるもの全てが複製出来たのだが、ものを複製した時の最終的な劣化は、特に生き物が非常にホラーなので、ホラーな状態を見られる前に能力を解除しないとまずいことになる。使い勝手をよく考えないと、新たなトラブルの原因となるのは間違いなかった。

 ということで今回も新しい能力<変身能力>を検証するために<複製能力>を使って準備をする。

 薄く真っ暗になりきっていない部屋の同居人に両手で触れた。


 <複製能力> 対象 ➡︎ アキちゃん


 複製したもう一人のアキちゃんのピンクのベビー服を自分のブルーのものと着せ替えて、身代わりを作成。外見からは分からない内部の劣化が始まるまで、体感時間で約五時間程と見ていた。それまで戻って複製を解く必要がある。

 身代わりのアキちゃんもとい偽のユウキは性別は違えど、この時期の双子は傍目では分からないはず。

 ともかく、まずは遠出はせず能力の確認と家の周辺を含めた情報の収集である。


 <変身能力> ➡︎ 犬


 この世界に犬がいるかは知らないが、想像が安易な前世の愛犬を思い浮かべると視点が徐々に上がって、赤ん坊の手が犬のそれに変わるのに大した時間はかからなかった。この部屋には鏡が無いので、自分で見える範囲の犬に変身した体だけを確認して、二十歳の時老衰で亡くなった白い毛並みの愛犬ロッキーを思い出して少し泣きそうになる。赤ん坊の体積以上のものへの変身できたので逆も試してみる。


 <変身能力> ➡︎ ハムスター


 視点がどんどん低くなる。ハムスターのハムハムは小学生の頃飼っていたヤツで、半年もしないうちに籠から脱走して行方不明になったやつだ。


 <変身能力> ➡︎ 文鳥


 文鳥も小学生の頃飼っていたヤツで、色々言葉を覚えさせたが、なぜか「おっさん」という言葉を連発するようになって、親父にゲンコツを食らった痛い思い出がある。


 しばらく文鳥のままでいて、<複製能力>のように劣化が発生しているか確認するが、今の所以上無し。


 さて………本番だ!


 元の赤ん坊の姿に一度戻ると、少し気合を入れる。


 行くぞ!


 思い浮かべるのは、記憶に新しい前世の自分。


 <変身能力> ➡︎ 二十四歳の神田俊夫


 前世での名前は神田俊夫。

 視点が今までで一番高くなる。

 神田俊夫だった時の身長は百七十センチと少し筋肉質な細マッチョだ。小学生の時に四年ほど水泳教室通っていたのと、中学生時代軽く中二病を発病し強くなる為にと日課で筋トレをしていたのが、社会人になった後それなりの筋肉が残って、少し下腹が出た姿だ。


 うわっ、裸だわ………


 取り敢えず、素っ裸以外のおかしな所はないか手のひらを閉じたり開けたりして、顔や髪の毛を触ると、髪の色が白いままなのに気付く。


 あれ?髪の色は変えられないのかな?


 もう一度顔を触れてみて、そもそもちゃんと変身できていないのではと、心配になってくると少し目眩がした。


 ……なんだこれ………無理があったか?


 無理が複数回変身したことによるものか、十倍以上の体積があるものに変身したことで起きたのか分からないが、そうは上手くはいかないらしい。

 姿形も鏡が無いと分からないと一度変身を解いたら目眩が治まった。

 一つ深呼吸をすると、どうしたものかと思案する。取りあえず成人した姿はやめて、高校時代に身長が伸びたことを思い出し、中学生時代を試しにと、思い浮かべてた。


 <変身能力> ➡︎ 十五歳の神田俊夫


 先程に比べて頭半部ほどの身長になり、下腹が引っ込んで腹筋の割れた子供から青年に成りかけの姿になる。顔の造形が前世の十五歳の時のものかは分からないが、白髪のままだった。

 目眩は無く、大きさに限界値があるのか、何もかもが思い通りとはいかないようだ。

 戻っては変身を何度か繰り返し体の異常はないかと確認すると行動に移すことにする。

 姿形をはっきり見る為にも、鏡を探す必要が出てきた。流石に下半身丸出しは引けるので、複製して交換したあと余った方のアキちゃんのピンクのベビー服を腰に巻く。前を隠すのに布を集めたので、後ろがスースーするが仕方がない。前世の世界で見つかれば通報される姿だ。何か着るものを調達する意味でも行動を移さねばならない。

 目覚めて数ヶ月、唯一の世界だったこの部屋からの脱出となる。

 窓がなかったこの部屋の外に対する好奇心と不安を織り交ぜた感情を乗せ、慎重にドアノブに手を掛け、音を立てないように時間を掛けて回す。

 小さく「カチャリ」と音がして開く扉の隙間から薄い暗がりが漏れる。

 母の出入りで扉の外にすぐ廊下があるのは知っていた。

 頭を出して廊下を覗くと見えていた部屋と同じ石積みの壁が左に続いており、しばらく先に行くと突き当たりになっていて、その突き当たりから薄明かりが差していたので廊下の奥に向けて耳を澄ます。何か聞こえないかと、しばらく薄い暗闇の先に目と耳をこらしていたが、何も聞こえなかったので爪先からゆっくりと足を進めた。

 焦らずじっくり時間を掛けて、突き当たりまでくると廊下の手前で、また耳を澄ます。


「すぅ~すぅ~」


 寝息のようだ。

 ゆっくりと角を覗くと、そこは廊下が続いているのではなく、大きな部屋になっていた。

 椅子に座り両腕を枕にテーブルで眠っている母がいた。母以外には誰もいない部屋で、こちら側の出入口から対角の角に別の出入口が見える。

 部屋の隅には大きな水瓶が二つ、底の深い桶と浅い桶が一つずつ、母が座る椅子の後ろには、シングルサイズより少し幅の狭いベッド。水瓶の隣にある棚には、開封された包紙が一つ、果物らしきものが二つ見えた。

 生活感が薄い部屋だった、長い年月住んでいたとは思えない、物の少ない部屋。


 ここにも、窓が無い?


 ベビーベッドがある部屋から廊下を含めて、まだ窓を見ていない。全ての壁が石積みとなると一つ連想できてくる。 


 ………もしかして、地下なのか?


 不安が持ち上がる。まともな環境下にいて、地下で赤ん坊を育てる常識は前世の記憶には無い。この世界での常識違いか、はたまたそうせざるを得ない環境なのか。母の様子も合わせて後者の可能性を高く感じた。

 その答えは部屋の対角にある出入口の先にあるに違いないが、母の眠るテーブルの脇を横切って行かなければならない。

 リズムよく寝息が聞こえてくるので、このままの姿で通り抜けることを決断する。

 見つかりにくい小動物への変身も考えたが、初めての場所で生物として力の劣るものへ、身を落とすのも不安だった。

 目が覚めたら、直ぐにでもユウキに戻れば誤魔化せると母の様子を伺いながら、物音を立てぬ様気配を消して移動する。


 階段………


 先が暗くて見えない登りの階段が口を開けていた。今までで一方通行の分岐点なし、そして登りの階段は、ここが地下室を物語る可能性が高いと警戒心を上げる。


 嫌な予感しかしない………


 一つ一つの階段を手探りで確認しながら、登り始める。

 より慎重、尚且つ不安を取り払うように勇気を持って進む。

 そして、指先が階段以外の冷たくて無機質なものに触れた。拳がギリギリ通り抜けれる程の等間隔で立つ丸い棒。

 それは、この先への自由を妨げる鉄格子だった。


 親子三人揃って囚われの身なのか………?


 まだ判断するには早いが、この状況から楽観視できるほど平和な頭もしていない。

 今後は閉じ込められて監視されている可能性を主とした行動が求められることになる。

 今日の所は引き返した方が良いかと短くではあるが自答して、鉄格子の先だけ少しでも確認して置こうと変身を解き、鉄格子を抜けるためハムスターに変身した。そしてまた少年姿に戻ると脱げてしまったベビー服を腰に巻き先に進む。

 暗闇を手探りで進みながら、現状の整理をする。

 囚われ、または隔離されている状況で、今までで生き長らえてきたのは、食料ないし生きるだけのものが与え続けられていたからに違いない。それが届かなくなる理由は、深く考えなくても自分たちにとって、よくない状況の変化が起きていると安易に想像できる。


 階段が終わり、変わらず手探りで平らな通路を進んでいくと薄く小さな明かりが通路に落ちて広がっているのが見えた。

 外明かりが小さな窓口のような場所から差し込んでおり、壁に備え付けられたクリスタルのような物に反射して光を拡散していた。次第に足元が確認できる様になるとゆっくりと立ち上がり、壁に手を預け歩を進める。

 クリスタルの正面に来ると、そこには白髪に空色の瞳、少しだけ前世の面影がある僕と分かる青年姿の顔と窓口に輝く大きな月が見えた。


 あぁ………ファンタスティック


 振り返って明かりが射す窓の外には、濃い紫色の前世の月のニ倍はあるような、巨大な月が闇夜に浮かんでいた。




次話 「ここは異世界?」

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