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異世界Baby  作者: 本屋
48/112

48、 誘拐

 

 なぜ楓を攫う?


 答えなどわからないままライオネスを追って、スカーレットが楓を預かっていてくれた部屋に着くと、窓ガラスが割れてテーブルや椅子が散乱し、割れたカップや溢れたお茶が床に染みを作っていた。スカーレットが椅子に力なく腰掛け、文官魔法士に回復魔法を施されている。騎士や兵士が慌ただしく動き回り、スカーレットがライオネスに激しい剣幕で何かを訴えかけていた。


「だめだ!それだけの傷を負って、急に動けるわけがない!」

「あいつら、私の腕の中から楓ちゃんを奪って行ったのよ!私が落とし前をつける!」

「後はまかせて大人しくしていろ!」


 僕はスカーレットの近くに転がった楓のおしゃぶりを拾い声を掛ける。


「スカーレット様」


 スカーレットは、ばつの悪そうな顔をした。


「マジク………ごめんなさい。預かるなんて偉そうなことを言って……」


 スカーレットのスカートや袖には刃物で切られた跡と血が滲んでいる。楓を奪われないように抵抗して受けた傷なのだろう。幾ら回復魔法で傷を治したと言っても、その姿は痛々し過ぎた。領主館に入って、スカートとライオネスは武器を騎士に預けていたのを知っている。武器を持たない者にこれだけのことをして、楓を攫った者に怒りを感じないわけがなかった。


「スカーレット様、後は任せてください。賊は窓から侵入してきたのですか?」

「違うわ。気付いたらいた」

「となると、出て行ったのは窓からですね………」

「マジク私も行くわ!」

「いえ、駄目です。足手纏いだ」


 はっきりと言うと、スカーレットは悔しそうに顔を歪める。賊が逃げ出した窓からは、いまにも雨が吹き込んできそうだ。窓から臨む外は視界は悪く、空は厚い雲に覆われている。まだ夕暮れ前のはずなのに、すでに暗くなっていた。僕は上半身だけ服をはだけさせると窓枠に足をかける。


「黒装束に黒い覆面のヤツよ!マジク!楓ちゃんをお願い!!」


 僕はスカーレットに力強く頷いてみせる。


 <変身能力> ➡︎ 扇鷲


 変身が終わり切る前に窓枠を蹴って、外に飛び出した。大きく翼を広げ、風雨に煽られながらもバランスを取る。雨のせいでじわじわと体が重くなっていく。長い時間は飛んでいられそうもない。腕輪が脚にサイズを変えて移動していた。重量も殆ど感じない便利な装備だった。その貴重性を感じれば感じるほど、託された意味には途轍もない重みが込められていることを知る。その事を再度心に留めて広く周囲を見渡せる高さまで高度を上げた。

 既に竜の聖なる領域。だが前とは違う。僕はピークトリクトの空を飛ぶことを認められている。長に聖域の空に侵入した事を謝罪した時に、東神の竜族の聖域である空で竜を倒したことで、この空を飛ぶ権利を勝ち取っていることも告げられていた。

 何かを認めてもらうには力を示し、力を受けるのが竜族の掟という。

 いまもきっと見られているのだろう。長は千里眼を持つと言っていた。


 僕が変身した扇鷲もどきの視界は広い。動く対象物が小さな動物であっても視界に情報として入ってくる。領主館の上を何周か旋回すると、郊外に向かって走る人影を見つけた。丁度赤子が包まれていそうなほどの大きさのものを抱えている。楓を攫った黒装束の可能性が高い。数度羽ばたき方向を定めると黒装束が馬車に乗り込むのが見えた。近くには街の北に位置する門があり、用意周到な計画性を感じると急降下で速度を稼いで民家の屋根ギリギリを滑空する。馬車が北の門兵の制止を振り切り強行突破するのが見えたがが、絶対に逃がさない。足はこちらが早い。


 鞭を激しく入れ逃走する馬車に追いつき、並走すると楓の鳴き声が聞こえて来た。楓を攫った連中だと確信すると馬車を追い抜き、分かれ道の手前の木枝に降り立ち、マジクに変身する。

 素っ裸になってしまうが、服を用意している暇はない。


 〔 レクナハルバート 〕


 手元にレクナハルバートが出現させると、馬車が足元を通り過ぎる瞬間に飛び降りた。鞭で激しく叩いていた馬と馬車の繋ぎに刀身を振り下ろし、両断して原動力を奪う。原動力は失ったものの惰性で動く馬車を走って追いかけると、動きが止まりかけた所で中から二人の黒装束が武器を持って迎え撃って来た。一人はレイピア、もう一人は短剣で、馬車から次いで楓を抱えた黒装束が逃走する。逃走した黒装束を追いたいが迎え撃って来た二人がそうさせてくれず、直ぐにも戦端が開かれる。

 黒装束の二人のうち先にレイピアが突きを繰り出してきた。大したスピードではないが<危機察知3>が反応したのを見て刃が黒く塗れているに気付く。薬物の可能性を警戒して躱すのを止める。素っ裸の肌に薬物らしきものが触れるのを嫌って大きく体を横に振って相棒の力を信じるとレイピアを斬った。何ら抵抗なく切断出来たのを見て、返す刃で柄の根元から更に切断する。驚愕に目を見開く黒装束を拳で殴り飛ばし、横から迫る別の黒装束の短剣を大きく躱す。殴り飛ばされた方の黒装束は木に背をぶつけ動かなくなるのを確認して、短剣の黒装束がもう一度突き出してきた短剣を、振り上げたままのレクナハルバートの柄を振り下ろすことで弾き飛ばす。黒装束の懐から新しく抜き放たれ別の短剣の刃をレクナハルバートで斬り飛ばした。手ぶらになった黒装束の懐に深く踏み込むと服を掴んで背負う。僕の体重ごと地面に叩きつけて動きを止めると、腹部に拳を打ち込んで確実に意識を奪って逃走した楓を抱えるもう一人を追いかける。

 馬車の横を通り過ぎ、走りながら中がもぬけの殻であることを確認すると、楓を連れて逃走した黒装束が道を外れて森の中に逃げ込むのが見えた。僕も直ぐに森に飛び込んでレクナハルバートを腕輪にする。


 <変身能力> ➡︎ 犬


 視点は低くなるが、回転するように足が回って瞬時に加速すると直ぐにも逃走した黒装束の背が見えてきた。布に篭った楓の鳴き声が聞こえてくる。追いつきかけたところで黒装束が僕に気付いて楓を放り投げた。

 

 楓はボールじゃねぇぞ!


 楓を手放した黒装束が手の平に炎の魔法を構成すると投げつけてきた。炎の玉は躱したが、地面に着弾して広がった炎熱には当てられた。毛がちりちりする。


 楓は?


 鳴き声に耳を澄ますと上品な服装をした別の男が楓を抱えて走っているのが見えた。誘拐の実行犯とは別のように見える。受け渡しの相手がいたのかもしれない。

 黒装束が再び魔法を発現しようとしていたので足に噛み付いて阻止すると、殴られそうになったので噛みつきをやめて草むらに身を隠す。草むらの中でマジクに変身すると枝木を拾って再度魔法を発現しようとしていた黒装束を殴りつけた。ゴキリという音に黒装束腕の骨が折れた感触を感じると、そのまま横倒しになって動かなくなったので無視して楓を追うことにする。


 楓を受け取った相手が逃げ去った方向にしばらく走っていると、楓の泣き声と一緒に声が聞こてきたので足を止めて背を屈める。雨が上がり開けた場所に停車している豪華な馬車の前で頭髪が心もとない派手な服装の男が楓を抱き上げていた。様子を見ようと背の低い木と草むらの中に潜り込む。


「我が手に来ましたぞ!ダンジョンの神の落とし子よ!」


 楓は赤青黄の派手な紋様ぽいものが描かれた布に巻かれていて天高く掲げられる。


「我らの神子様に祝福を!」


 楓を掲げている派手な男の目が血走っている。狂気じみたものを感じた。ピークトリクトの領主館に押し入って楓を攫ったことを含めて男が常軌を逸っした人間だと判断する。

 息を殺し隙を伺っているとガン泣きしている楓の声が急に止まった。


「おお、我らが神子様が祝福を受け入れたぞ!」


 楓の目がこっちを見ている。抱きかかえられている角度が変わっても僕の方を見ている。楓が心なしか少し笑って見せた。


「おお!神子様が笑って雨が止んだぞ!」


 雨はさっきから止んでたよ!と内心ツッコミを入れながら、楓の目線が僕から外れないのを見て、楓に僕の存在がわかったことを知る。


「神子様の微笑みが我らに祝福をもたらさん!」


 狂信者の男は楓の顔を覗き込む。当然、僕との目線を邪魔されるわけで、楓が持つ布剣が狂信者の顔をペシペシする。


「神子様、お戯れを!」


 楓の布剣が取り上げられ、ゴミのように地面に投げ捨てられた。楓の顔が悲しみに歪む。もう見ていられなかった。


「おい!いい加減にしろよ!?ハゲ!」

「なんだきさまは、どこから現れた!?」

「楓を返せ!」


 僕が近付くと狂信者の腕の中で楓が興奮し出した。


「この変態め!近づくな!神子様に汚いものを見せるな!」

「変態とは何だ、変態とは!お前らが楓を攫ったから、着替えも用意する時間も惜しかったんだ!仕方がないだろ!」


 楓が何度も指を振り下げる。


「いや、あれはもう撃たないから」

「おい!何時まで寝ている!」


 狂信者が馬車を蹴飛ばした。


「あ~?」


 馬車の中から声が聞こえてきた。誰かいるようだ。ゆっくりと僕よりも背の低い女の子が馬車から出てきた。

 真っ白の衣服に欠伸をしながら真っ白の髪の団子頭をかいて、片手に身長より大きな大剣を引きづっている。


 白い髪?属性なしか?


「レティーシャ!あの変態に天罰を下せ!」

「えー、って本当だ変態だ!変態はいけないだぞー」

「さっさとやれ!レティーシャ!神子様にこれ以上、汚いものを見せさせるな!」

「あたしも、変態嫌なんだけど、仕方ないなー」


 レティーシャと呼ばれた女の子は軽々と大剣の切っ先を片手で僕に向ける。大剣の重量が見た目通りなら、レティーシャの体重の倍はありそうだ。それを軽々持つ相手に身構える。


「ダンジョンの神にこの戦いを捧げる!レティーシャ!行きます!」


 僕はレティーシャが踊るように回転しながら大剣を斜め斬りしてきたのを見て、バックステップをして躱す。レミリアは僕に躱されたにもかかわらず、お構いなしに地面に大剣を叩きつけた。

 ドカン!っと激しい爆発音。破裂した土が散弾のように体に叩きつけられる。僕は油断していたことに苛立ちを覚えた。大剣の重量は見た以上でなければ、これほど地面を爆発させるだけのエネルギーは生み出さないだろう。


 〔 レクナハルバート 〕


 レクナハルバートを手にした瞬間に土煙の中から、レティーシャが突っ込んでくる。直線的なパワータイプのようで分かりやすいが、そのパワーがとんでもない。攻撃を剣で受けたらただで済まない気がするが、躱すには間に合わないので、やむ得なくレクナハルバートを盾にする。

 僕はガツンという衝撃を受けて高く吹き飛ばされた。意識が朦朧とする上に両腕からは激痛を感じる。レクナハルバートは無事なようだが腕は両方共に折れたようだ。吹き飛ばされた空中で回転して体勢を立て直して木枝に着地する。枝が折れそうになるほどしなったが、衝撃を吸収できた。そのまま枝の上でバランスを取り、両腕を回復する。

 レティーシャは動きを止めることなく突っ込んで来たが、僕は木枝から飛び降りて躱す。レティーシャの剣撃で木が木っ端微塵に弾け飛んだ。レティーシャは気を破壊しても動きを止めることなく続けざまに攻撃を繰り返してくる。レティーシャの攻撃は大振りなので躱しやすのだが、剣が通り過ぎた風圧だけでもバランスが崩れるほどだった。非常にやりにくい上に、レクナハルバートで攻撃をするのに躊躇する。少女という齢ぐらいの女の子を斬るのは気が引けたのだ。


「乙女の前にいい加減そんな汚いのぷらぷらさせんなー!恥ずかしくないのか、あほー!」

 

 させたくて、させてるわけじゃないんだ。それに恥ずかしくもない。あれ?いや違う。0歳の方に引っ張られているだけだ。決して見せて喜んでいるわけではない。恥ずかしくないだけだ。決して変態ではない。

変な疑いをかけられないよう、早く服を着なければと少し焦りが出てきた。レティーシャの上段からの切り下げは地面を抉ってくるので大きく躱すのだが、今度は土煙の中に僕から突っ込んでいく。土煙の中で僕の姿に気付いたレティーシャが、対抗すべく地面に突き刺さった大剣をそのまま振り上げてくるのを見て、急制動をかける。大剣が紙一重で僕の目の前を通り過ぎたときに、レティーシャの懐に踏み込んだ。レクナハルバートの柄をレティーシャの鳩尾に打ち込む。


「うぐっ」


 遠慮なしの打撃にレティーシャの口から苦悶が漏れる声を聞いたが、次の瞬間殴り飛ばされた。

 僕は吹っ飛び、地面を二度三度バウンドして地面を何回転も転がりやっと止まる。顎が痛い。殴られたとき砕ける音が聞いた。体中が痛い。それはそうだ裸で地面を転がれば傷だらけだ。レティーシャが口の血を手で拭いながら突っ込んでくる。レティーシャの動きは変わらない。見た目と違ってタフさもかなりのようだ。回復する間もなくレティーシャの斬撃を躱す。ダメだ手加減する相手じゃない。僕は大きく間合いを取った。いつものように、後のことは後で考えることにする。

 レクナハルバートを絞り込むように構えて見せるとレティーシャの動きが止まる。レティーシャは僕から何かを感じ取ったようだ。様子を見ているようだが僕は動かない。いや狙う技のため動けない。


「レティーシャ!何をしている!止めを刺せ!」

「だああああああぁあぁぁっぁああああああ!!」


 狂信者の叫び声に呼応するようにレティーシャも叫び声を上げて大剣をめい一杯後ろに振りかぶって突っ込んできた。

  

 〔 天上回帰 〕


 レティーシャの攻撃が僕に当たった瞬間、レティーシャが吹き飛んだ。吹き飛んだレティーシャは土煙を上げながら地面を転がり、大きな樹木に叩きつけられて止まった。手元から砕けた大剣が落ちる。ズトンと地面にめり込んだ。

 カウンター技。

 相手の力が強ければ強いほど相手へのダメージは跳ね上がる。

 僕の足は一切動いていない。だが体は血まみれ、カウンターを無理やりずらした末路。カウンターを完全に決めてはレティーシャを殺してしまうと心臓への必中を無理やり移動させた。

  

 痛い………とんでもなく痛い……


 口が開かない、声も出ない。言葉を紡げないために回復魔法が使えなかった。だがまだ気を失うわけにはいかない。楓を狂信者の手から、この手に取り戻していないのだ。

 体を引きずって狂信者に近づく。狂信者は信じられないものを見るように後ずさりする。


「近づくな!この化け物め!」

「………」


 確かに化け物に見えるかもしれない。全身血だらけの素っ裸だ。

 狂信者の顔が恐怖に歪む。

 だが楓は怖がる素振りなど見せない。

 目に血が入って風景が赤く染まるが楓を見続ける。

 そして楓に向かって手を伸ばす。


 狂信者なんてどうでもいい!楓を返せ!


「あー!あーあー!」


 楓が僕に向かって手を伸ばし返す。

 狂信者は僕と楓の同調が気になったのか、楓の顔を覗きこんむ。

 そう同調だ。僕と楓に言葉なんかいらない。

 

 やっちまえ!楓!


 僕のレーザービームを真似た楓の指が狂信者の目に突き刺さる。


「うぎゃやああぁあ!」


 狂信者が痛みに叫び声を上げて楓を投げ出した。僕はバランスを崩しながらも楓をキャチして抱きかかえる。


 ………お帰り楓……そして楓を二度も投げ飛ばしやがって、二度とそのむかつく顔見せるな!


 目の前で片目を抑えて蹲る狂信者の頭を、最後の力を振り絞って踏みつけてやった。

 狂信者はそのまま動かなくなる。足がぴくぴくしているが見えた。


 声にならない舌打ちをして、もう立っていられないのでひっくり返る。楓が眉を寄せて僕の体の上で僕の体をこすっている。


「あー!ああー!」


 やめて………こすられるだけで……敏感になってるから……やめて………


 楓とは意思疎通が出来ていると、こすらないように目で訴えかけるが、楓はずっと騎士たちが助けに来るまで僕の体をこすり続けたのだった。

 



次話 「ベビー服」

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