47、王都の来訪者
領主館の謁見の間が使われるには理由があった。それは、目の前に座するピークトリクト領主オリヴァーの横に準備された同位の椅子に王都から来訪者であるランバーヘルク=ゼム=トライセル王子が座していたからに他ならない。
決して顔を上げず、跪く足を崩さずに声をかけられるまで待つのが、いまの僕に許される唯一のことだった。
副領主のキンブリルから、来訪者が王族であることを告げられた時、今いちピンとこなかったのだが、ライオネスとスカーレットだけでなく、ピークトリクトの姫であるイーニッドまで驚いた様子を見せたことで、事の重大さを知ることとなった。王族が来訪するということは、今回王都に報告された事案が王国にとって重大な事案として捉えられたことを意味するらしく、僕にとっては新しい面倒ごとが巻き起こる前触れになるのではと気が重くなるだけだった。
事前に享受されたトライセル王子の情報は、現国王の第三妃第一子で継承権第五位の王位から最も遠い場所にいる王子。濃い綺麗な焦げ茶の髪を長く伸ばしており、整った顔立ちの中性的なハンサムで曲がった事が大嫌いの正義感あふれる人物だそうだ。<剣術能力>と<槍術能力>を持ち、それなりの腕前で王子として良くも悪くもない能力を持つというのが世間での評判だそうだ。
「君がダンジョンの神に選ばれし者竜殺しマジクか」
よく噛まずに言えたなと、心の中でツッコミを入れた。
今回の王都からの訪問に対して王国が王子を寄越すという大きなリアクションを示したのはわかったのだが、トライセル王子が選ばれた経緯については分からないそうなので、慎重に言葉を選べとキンブリルに言われた。余計なこたは言わずに、うまくかわせということなんだろうが、僕にそんな器用なことが出来ると本当で思っているだろうか。自慢じゃないが誤魔化すのは苦手なのだ。
「事の経緯はオリヴァーに聞かせてもらっているが、やはり自分の目で確かめたいな」
トライセル王子の言葉に対して誰も口を挟まない。
「竜殺し殿、後で手合わせを願おう」
僕はまだ発言する許可を頂いでいない。そして誰も何も言わない。拒否権なしの決定事項ということと、もしかして脳筋かもしれないという疑念に頭を抱えたくなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
公式の場で僕と面通りしたことが今回は大事なことだそうで、これはピークトリクト領の王国内へのアピールになるそうだ。王族に名を示した人間がピークトリクトにいるという事実は、他領との外交での手札になるそうで、ピークトリクトにとっても願ってもない状況だったのだが、トライセルと僕との手合わせは予想外だったようで、ピークトリクトの上層部は事態の取集に余儀なくされる結果となった。
そんな協議の場で僕には初めから発言許可が出されるわけもなかったのだが、油断も出来ないのが今の状況だ。場合によっては口出ししなければならないほど、ピークトリクトの上層部は楽観的に考えをまとめようとしているのだ。
「手合わせぐらいなら、仕方ないだろう」
王族という、あの場での一番の権力者が何を考えて何を思うかなど、王都からの遠く離れたピークトリクトの情報を基にしてでは想像が難しいとのことだ。公式の場で手合わせを申し込んだぐらいなら、可愛いものだろうと、実際に王族と手合わせをしなければならない僕の気も知らない発言が、キンブリルと高官から他人事のよう出されて、唖然とする。
「そろそろ、王子との手合わせへの傾向と対策を練りたいのですが」
そう切り出すことで、やっと僕がしたい話になる。
「トライセル殿下がお持ちの<剣術能力>と<槍術能力>の正確な力量はどれほどなのでしょう?」
「手元の情報ではでは十歳にて<剣術能力4><槍術能力3>とある」
「えーっと、因みにトライセル殿下はいま何歳になられるのですか?」
「成人の儀が四年前だから十九歳だな」
「………」
「なんだその目は、王族の詳細な情報が簡単に手に入るわけがあるまい」
「もしかして、こちらの情報が少ない事を見越して、トライセル殿下が選ばれた可能性はありませんか?」
「………ないとも、言えぬ」
「あまり考えたくないことなんですけど、その方向性で考えると、僕との手合わせに本来の目的があったりしませんよね?」
「………………」
「ここは、否定していただけると嬉しいのですが、前に王都では後継者の競争が激しくなっている聞きました」
「その言い方だと、さも自分が後継者の競争の重要な役割を持てると言っているようなものだぞ」
「そういうつもりではなくてですね。僕自身がどうのではなくて、僕を取り巻く環境が―――」
「お前の言いたいことは、ペラム家であろう?王族はペラム家には手出しはない。これは王国に受け継がれる代々の約束事だ。それを破るものが王になれるわけがなかろう」
思った以上に、王族は約束事や規律に縛られているようだ。
「そもそもトライセル殿下は第五位の継承権ではあるが、まず次の王に選出されることはないのだ」
「はぁそうなんですか?」
「トライセル殿下に何の意図があるせよ、お前は手合わせをただすれば良いのだ」
「そのことなんですが、王族との手合わせでは加減をするのはよいとして、手抜きだと死罪、やり過ぎても死罪とかないですよね?」
「お前は王族を何だと思っている?そんなわけなかろう。そのような事で死罪など申しつけてみろ、逆にトライセル殿下の王族としての資質が疑われて、いまの立場でおられるのも難しくなる」
「そういうものなのですか……」
王国って王族に対してかなり厳しいようだ。それで助かっているかも知れないのだから、僕んにとっては有難い話なのだが。
「待たせたな、竜殺し殿」
思ったよりも早いトライセルの登場に、僕はキンブリルが膝を着いたのを見て慌てて右に習う。
トライセルと共にオリヴァーやオーレリア、イーニッドが付いてきている。他にも王都からトライセルに同行した騎士や文官なども居て、元々いたキンブリルなども含めると十数人の見物人が手合わせの場を取り囲んだ。
完全に見世物だ………
「あーそうだね、竜殺し殿。手合わせの前に会話をしよう。猛者は剣を交わせば言葉は要らないと言うらしいけど、私は剣だけでは伝えきれないものがあると思っているんだ。竜殺し殿はどう思う?」
トライセルは回りくどく僕に発言の許可を出すと、王家の紋章が入ったマントの留め金を外して、キザっぽくはためかせてマントを脱いで見せた。キザなはずなのに様になっているから、この世界では王子補正があるのかと疑うレベルだ。
「何を伝えるかによると思いますが、剣だけで伝わるものがあるとしたら、後悔だけじゃないでしょうか」
「ほう、それは勝ち手が負け手に伝えるものだね。ならば負け手が勝ち手に伝えるものは優越感といったところかい?竜殺し殿」
「いえ、同じく後悔だと思います」
「なるほど……でもそれでは、本当の意味での勝ち負けが着かなくなるんじゃないかい?」
「はい、ですから初めから剣を交えない方がいいんです。どうせ後悔するんですから」
「くくくっ、確かに、竜殺し殿の言うとおりだ」
トライセルが控えめに小さく笑う。トライセルの背越しに見えるキンブリルの目が怖い。調子に乗って話をしすぎたようだ。竜殺し竜殺し何度も連呼するものだから感情が高ぶってしまったのだ。まだどこかで竜族との事を引きずっているようだ。竜族のことを引きずるのは間違えで、竜族との事で学んだ失敗や後悔は、進む方向に掲げているくらいの気概でいた方が良いと頭では分かっているのだが、考えるのと実践するのでは、天と地ほどのかけ離れた難易度差がある。
「竜殺し殿の考えは共感できるが、今回はその考えには賛同しかねる。それに賛同しては、いまからすることが出来なくなってしまうからね」
御付きの一人が二振りの見た目は同じ剣を持ってくる。二振りともトライセルに渡され、一振りを僕に手渡して来た。トライセルが鞘から抜き放った剣は、刃引きした模擬剣ではなく真剣だった。
「修練用の剣では伝わりきらないものがあると、私は常々思っている」
トライセルの目は狂気じみて見えた。御付きが誰一人として止めない所を見ると、冗談だと僕を笑い者にするオチが持っている茶番が仕組まれているか、本当に真剣での手合わせを了承しているかのどちらかではないだろうか。茶番であるのを願いたいが、トライセルの目は悪ふざけを仕込んでいるようには見えず、本気のようだった。
「竜殺し殿。お手合わせを願おう」
トライセルが両手で構えるのを見て、僕も剣を両手で持ち、体は斜に構える。僕が構えて一秒もしないうちにトライセルが打ち込んできた。
剣速はかなりのものだ。僕は構えて直ぐに打ち込んでくるとは思わなかったので、虚をつかれて躱そうと思っていた考えが実行出来ずに剣で受けるはめになる。そして思ったよりも重い剣撃にびっくりした。
「軽々と受けられたか」
剣に込められていた重みが急になくなると、トライセルが視界から消える。トライセルは腰を落として体をくるりと回転させた。
「え!?」
トライセルの打点の低い回し蹴りが飛んできたを見て、剣で受けるわけもいかず、慌てて剣を一瞬手放すと、両手でトライセルの蹴り足を受ける。直ぐに蹴りを受けた支え手で宙に浮いたままの剣を逆手で受け取ると、上段から振り下ろされたトライセルの剣撃を斜め下にいなす。
「流石、竜殺し!だが、まだまだ、これからだ!!」
トライセルは、いなされた剣筋を無理やり軌道修正してくる。流れるように打ち付けてくる剣の流れは、ガルドーには劣るものの洗練された動きで、かなりの<剣術能力>の上位者と見えた。
回し蹴りという変則技が飛んできた時は焦ったが、変則技も出して来る人物と分かれば対処のしようもある。トライセルは蹴りを出す素振りを見せながら、突き技を連続して使用してきた。スカーレットの突きとは比べ物にならない早い突き。緩急がついているので同じリズムのステップでは躱せないイヤらしさがある。
「どうした、竜殺し!攻めて来い!」
やっとお許しがでた。竜殺し竜殺し五月蝿いんだよ。
トライセルの突きの一つを剣の柄の窪みで受けると、衝撃の力を利用して体をその場で高速回転させる。肘を畳んだ動きで剣の先をコンパクトに振り抜くと、トライセルの伸びたままの剣筋の鍔を撃つ。トライセルの手元から剣が飛ばされ、バランスを崩しながらも踏み止まるのを確認すると喉元に柄頭を突きつけた。
「……見事だ」
「それまで!」
キンブリルの慌てた静止の声が響く。僕が柄頭を引くと、トライセルは一度長く目を瞑り笑みを浮かべてきた。
「もう少しやれると思ったんだが、さすが竜殺し。私はまだまだだな」
「殿下!怪我はありませぬか!」
トライセルのお付きの一人が真っ先に駆け寄ってきて、手首を揉んで気にするトライセルを見てつかさず回復の魔法を施す。
「すまんなナーブ」
「マジク殿やり過ぎではないか?」
トライセルにナーブと呼ばれた男が睨んでくる。ナーブという男がどういう立場の者がわからないので、下手に何も言えない。困り顔を浮かべるとトライセルが、ナーブの肩を叩いた。
「ナーブ、私のために怒ってくれるのは嬉しいが、それは私の主人としての資質を疑問視される種を植え付ける行為だ」
「しかしながら殿下!」
「竜殺し殿。非礼を詫びる」
「いえ、ナーブ様の言う通り少しやり過ぎたかも知れません」
「竜殺しの技、このトライセルしかと見せて頂いた。さすがはダンジョンの神に選ばれし者!」
トライセルが少し大袈裟に仰々しく、この場全員に告げるように口上を述べる。
「先の世の大英雄と成りし時は、今日のことを代替わりしても自慢話として語り継ごうぞ!」
トライセルが片目を瞑って笑みを向けて来る。僕はその笑みがイタズラを成功させた子供に見え、フレンドリーに肩を叩いてきたことに引き攣る頬を隠すことが出来なかった。
丁度その時、入り口の方が騒がしくなる。
「ライオネス!ここは良い!行け!」
オリヴァーの声が飛ぶ。ただ事ではないことがライオネス以外の騎士の慌てた動きを見ても明らかだった。オリヴァーの許可でライオネスは慌てて飛び出していくと、僕の元にはイーニッドが近づいて来た。
「マジク様大変です!赤子が攫われたと!賊が侵入して、マジク様が連れる赤子を連れ去ったと!」
僕はイーニッドの言葉を最後まで聞くことなく走り出した。
次話 「誘拐」




