46、イーニッドの誘惑
王都からの使者が訪れのは、激しい雨が降った日だった。
「スカーレット様、先日は色々とありがとうございました」
「私は少し手を貸しただけよ。母親なんだからあり前のことでしょ」
「それよりも、あの子にあんな顔させない事!今度させたら、後ろから刺してやるんだから!」
「きっ、肝に銘じておきます」
スカーレットと話をしていると、ライオネスとバーナデットがやって来る。
「こんな天気に済まんな」
「いえ、楓もいるので馬車を寄越して頂きまして助かりました。それで王都から使者が来ているとか?」
「そうだ、ダンジョン転移と《名奪い》によるリアクションだな。前にも伝えてあったが、王都に隠すわけにもいかぬ事案ゆえ報告があげられている。お前にも直接王都の使者からの面談が実施される事になった」
スカーレットがバーナデットの服装をチェックしてダメ出しをしている。ここら辺は母親で上流階級なんだなと思わさせる所だ。
「さあ、行きましょう」
「スカーレット様も、行かれるのですか?」
「あなたねぇ、王都の人間と子守をしながら会うつもり?」
「ああ、確かに」
「普段のアンタもどうかと思うけど、その姿は初対面の人と面会する姿勢じゃないわよ?」
「今回は王都からの使者で、お前がどういう人物なのか直接探りに来ている。赤子を連れていくことで相手の意表を突きたいわけではあるまい?」
「それに楓ちゃんを見せる事で、探られたくない腹を探られたくはないでしょ?」
確かに楓を面会の場に連れていく事で、楓の説明をしなければ場が収まらなくなる可能性を考慮するべきなのだろう。ダンジョンで赤ん坊が発見されたという報告は王都には上がっているそうだが、今すぐ上げる必要のない細かい説明は上げていないという。後でわかったと言い訳の付くような情報は留めておくのが常識だそうだ。情報戦が展開されているということなのだろう。
「王都の使者との面会は午後になっているが、領主館で行われるのだ。オリヴァー様との面会を先に済まさねばならないし、王都の使者の情報も頭に入れておかねばならない。まだどういった反応をして来るのか分からないが、準備はオリヴァー様の方でしているから、我々は足を引っ張らないようにするのが第一の仕事だ」
「責任重大ですね………」
「まあ、そうとは言いながらも、気負うのもよくないからな。力は抜いていけ」
「旦那様、馬車の用意が整ったそうです」
僕自身は大した荷物もないので、リリアが運ぼうとしていた手荷物を受け取り後を追う。
「そう言えば、前から気になっているのですが、スカーレット様に遣い役はいらっしゃらないんですか?」
「私はお嫁さんだからね。遣い役はペラム家独自の習わしで、本家の血筋の者しか許されないわ」
「そうなんですか」
「ソー兄様とレノ兄様が、自分達がママの遣い役みたいなものだって言ってたのよ?」
「それは確かにじゃな」
「ちょっと、ライ君?」
「それだけあの二人が君に振り回されているということだろう」
「ふふふ」
「あー、笑ったわねー!バーデちゃん!」
外は土砂降りでも、楽しそうな親子の会話を見ているだけで、気持ちが晴れやかになるのは、バーナデットの表情が明るいからかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「勇敢で御座いますのね。竜殺し様は」
何がどうしてイーニッドとお茶をしているのかは分からないが、ともかく居心地が悪い。
広い談話室のはずなのだが、何故か二人きりだ。眠る楓を背負っているので正確には三人なのだが、イーニッドにダンジョンなどの話をお願いされたのが発端だ。イーニッドは話の合間合間に僕を持ち上げてくれるので始めのうちは話すのが気持ちよくなってしまい調子に乗っていたのを後悔する。イーニッドはどうも聞き上手で話し相手は楽しいのだが、いかんせん時間が長い気がする。
先にライオネス、スカーレット、バーナデットでオリヴァーと話すことがあると言われ、副領主のキンブリルに、しばらくこの談話室で待っているようにと案内されるまでは落ち着ていたが、そこにいたのが領主オリヴァーの娘イーニッド姫で場所違いではと思って本気でキンブリルに問いただした。
結果的に場違いではなく、席を勧められるまま、会話をして時間潰すのも良いかと軽い気持ちだったのがいけなかったんだと思う。
会話の途中から、一瞬だが<危機察知3>が警報を鳴らし出した。壊れたような音が鳴ったと思ったら鳴りきらず中途半端に消えるのだが、念のためと周囲に気を配っても何も起こる気配がなかった。そんなことが何度か続いて、ふと<危機察知3>が鳴った瞬間のイーニッドの瞳の奥に鋭い何かを見るようになって怖くなりだしたのだ。
いまは、ずっと褒め殺してくるイーニッドから逃げたくて、困り果てていた。
「そうですわ、こうして先ほどからお話ししているのに、いつまでも竜殺し様では他人行儀ですわね。マジク様とお呼びしても?」
また一瞬警報が鳴りきらず消えた。
「はあ、はい」
「嬉しいですわ。私のことも名前で呼んでくださいませ」
「はあ」
完全に気のない返事をしているのにも関わらず、気にした様子もなく御構い無しで話を続けるイーニッドから早く逃げ出したくて仕方がない。
「マジク様は天神海領でもご活躍されたそうですね」
イーニッドは言葉による情報取集をしている感じではない。聞いてくる話は、すべて領主のオリヴァーに伝わっているものだし、深く聞いてくるのは状況よりも、その時の僕の心情が中心だった。たが逆にそこが怖く、心の奥を少しずつ覗き込まれている気がしてならなかった。
「よく、ご存知ですね」
「フフフ、お父様にお聞きしたのです。マジク様は刀を扱わせても右に出る者がいないそうですね?」
「そんなことは有りません。僕より上は幾らでもいるはずです」
「マジク様は謙虚ですのね。わたくし御尊敬申し上げますわ」
ここら辺で少し言い寄られているのだろうか?と考え始めた。
僕のいまの姿はマジクでこの世界での成人にあたる歳だが、中身は0歳で、目の前のイーニッドは十四歳年上のおばさんだ、全く興味がないというか、そもそも異性に興味を持つ年に至っていない。ここら辺な感覚が、前世の記憶を持ちながらも、自分はユウキなんだなと自覚できるところで、深く悩むこともなく助かっていた。変身している姿に惚れられてもマジクという人間は実際は存在しないのだから反応に困る。
「今度、わたくしに刀や剣を振るマジク様のお姿をお見せくださいませんか?」
返事に躊躇する。これを了解すると、またイーニッドとの時間を作らなければならなくなる。それでもお姫様の申し出だし断るのは、まずいかもしれない。それにしても僕の剣を振る姿って、よくよく考えたら周りから見てちゃんとしたものに見えるだろうか。流派や洗練された型の上に成り立ったものではない。今更ながらに冷や汗が出てくる。
「そんな、イーニッド姫様にお見せするようなものではありません」
「駄目ですの?」
イーニッドが分かりやすい悲しい表情をする。
「駄目というわけでは、ないのですが」
「嬉しいですわ。楽しみにしておりますね」
コンコン
「姫様。ライオネス様、スカーレット様、バーナデット様がおいでになられました」
「わかりました。そのままこちらへ案内して差し上げて」
イーニッドの二人だけの空間から解放されて、本当大きく息を吐きたかったがそうもいかない。
「イーニッド様?マジクとお話していたのよ?」
「そうよ、とても楽しかったわ」
「そうなの?わたしもお話しするのよ?」
リリアがバーナデットの椅子をイーニッドと僕の間に持ってくる。バーナデットはイーニッドと僕の間に座れて嬉しそうだ。
ライオネスとスカーレットは他のテーブルに座り早くも給仕を受けている。あの落ち着いた洗練された姿は流石が貴族だ、見習っておくべきかも。
「バーナデット?新しいお菓子があるの。食べる?」
「食べるのよ?」
イーニッドの侍女がお辞儀をして退出していく。
「バーナデットは良いわね。いつもマジク様と一緒にいられて」
「主なんだから当たり前なのよ?」
二人きりじゃなくなっても、まだ続けるのかと僕は心の中でがっくりと肩を落とした。
次話 「王都の来訪者」




