45、プレゼント
僕は東神の竜族が示してくれた誠意に、ぼくは誠意で答えなくてはいけない。それはマジクとしてではなくユウキとしてだと思った。マジクという名は僕が作った偽名であり、そんな人間は本来この世に存在しない、僕にとって都合のよい自分勝手な創造物だ。
僕にはユウキという母がつけてくれた名がある。
この名で責任を負うところからやり直さないといけないのだ。
「だから、僕はマジクをやめるよ」
「え?」
バーナデットの目が大きく見開かれていた。
バーナデットにいまの僕の話がどこまで理解できたかはわからない。本当は八歳の女の子に聞かせる話でもないこともわかっていた。
バーナデットの少し唇も震えている気がする。
「僕が《名奪い》の力を無効化できるのは知っているよね。君の《名奪い》はマジクという名を奪った。僕はその名を捨てる」
バーナデットが《名奪い》した時は僕はハムスターだった。どういう訳か《名奪い》はハムスターになる前の姿だったマジクの姿の名前を奪った。
これは、僕の<変身能力>の中に含まれている力のなせる技か、バーナデット側の問題かはわからないが、ハッキリと名前のあるものにマジクから変身することでバーナデットの《名奪い》の強制力からは解放されるのは確かだ。ペラム家の人達は《名奪い》は解除出来ないと言っていた。だが僕には抜け道が使えた。
「バーナデット、マジクという名は僕の本当の名じゃないんだ」
「ぃゃ………」
バーナデットは下を向いて、震えていた。
「いやなのよ!?聞きたくないのよ!!」
バーナデットが耳を塞いで首を激しく横に振る。
「違う名前なんて聞きたくないのよ!マジクはマジクなのよ!?」
バーナデットは険しい瞳で大きな声をあげた。
「バーナデット………」
「そもそも、おかしいのよ?竜殺しを背負うと言って、マジクを捨てるなんて変なのよ!?」
「それは、領主様にお願いして改めて僕がやったという事にいて貰おうと」
「そんなの無理なのよ!?名乗り上げは変えられないのよ!?」
「それは……何とかするよ」
バーナデットが言うように、いまさら名乗り上げの変更は出来ないのかも知れない。それでも僕は名乗りを上げ僕一人のものにしなくてはならない。
「わたしがイヤだと言っても、マジクはマジクじゃ無くなるというの?」
「……………うん」
「ズルいのよ!?マジクは自分の事ばっかりで!わたしの話も聞いていないのに!勝手に決めて!認めないのよ!!」
バーナデットがキツく睨んできた。僕は、この幼い女の子から睨まれるほどのことをしているのだろうか?
いや、原因が問題じゃなくて、いま現にさせてしまっている。女の子にこんな顔をさせるのは悪いに決まっている。
「そうだね………分かったよ、バーナデットの話を聞いてからだね」
バーナデットは言い辛そうにしながらも、勇気を振り絞るように強張った顔をする。あどけない女の子にこんな表情をさせる自分が情けなかった。
「マジクはみんな自分が悪いというのよ?だけどもマジクは何も悪く無いのよ?悪いのは何も考えないで《名奪い》した、わたしなのよ?」
何を言っている?バーナデットが何を言っているのかがわからない。
「マジクが幼竜を殺さなきゃならない状況にしたのは、わたしが《名奪い》をしたせいなのよ?」
ああ、そういうことか………
バーナデットの言いたいことが分かった。根本の原因は自分だと言いたいのだ。だが、それは違う。僕は別の選択肢を選ぶチャンスが幾つかあった。東神の竜族の神聖なる空に逃げたのは僕の選んだ道だ。
「それは、違────」
「最後まで話させてなのよ?」
気圧されてしまうほど、バーナデットは真剣な表情だった。
「小さい頃からパパやママに《名奪い》には大きな責任が付き纏うと言われ続けていたのよ?わたしはそれなのに、いつかパパやママよりも凄い秘宝を見つけて《名奪い》するんだってそればかり考えてたのよ? だから目の前にねずみさんが現れた時は凄かったのよ?ねずみさんのことで頭が一杯になっちゃうの。ねずみさんは凄い、凄いって」
つい最近の事だ。バーナデットの様子は簡単に思い出させる。あの時は分かりずらかったが、今はかなり興奮していたんだなとわかる。随分と、この目の前の少女の顔の些細な変化と感情がわかるようになったものだ。
「マジクが一番初めに大怪我をした後には、まだ分かっていなかったのよ?マジクがまた大怪我したことを知って、マジクが居なくなって、やっと分かったのよ?」
バーナデットは《名奪い》した事が原因で、僕が何度も死にかけて痛い思いをしていると責任を感じているようだった。
「私が《名奪い》をしたせいで、マジクは痛い思いをして、辛い思いをしている」
バーナデットの瞳から涙が溢れ出した。伝う涙は頬を伝い服に消えていく。
「《名奪い》の責任をよく知らなく、ひっぐ………ご……ごめ……………ん…な…さ………………い」
バーナデットも僕と同じだったことに気が付いた。《名奪い》することで付き纏う大きな責任に気が付いて押し潰されそうになったことに。僕が竜殺しに付き纏う責任に気付いて、そのあまりにも大きな責任に押しつぶされそうになったのと、まさに一緒だった。
「バーナデット………」
でも僕と違ってバーナデットは逃げていない。向き合っていま僕と話をしている。こんな小さな女の子なのに。
僕はバーナデットを抱きしめていた。
「ごめん。主人に辛い思いさせるなんて、僕は最低だよ」
「ご……ごめんなさい…ひっぐ」
「ごめん。僕がしっかりしていれば、こんなに苦しませることがなかったのに」
「ひっぐ………ごめん……なさ……い」
「ごっごめん。本当にごめん」
僕もいつの間にか泣いていた。
幾つ、ごめんを言っただろう?
幾つ、ごめんなさいを言って貰っただろう?
しばらくして、バーナデットの嗚咽が止まった頃、バーナデットが自信なさげに見つめてきた。
「………マジクは……マジクで………なくなるの?」
僕はバーナデットの寂し気な表情を消す言葉を一つしか知らなかった。
「いや、さっき言ったことは忘れてくれ。僕はマジクのままでいるよ」
バーナデットが苦しいぐらい強く抱き着いてきた。抱き着く瞬間これ以上ない笑顔が見えた気がする。
僕は何時までも君が笑顔でいられるようマジクでいよう。
そう本当の名前は関係ない。バーナデットがいて欲しいのはユウキである僕ではなくて、マジクなのだから。
「また、うさぎさんに変身してくれる?」
「いいよ、ピンクの大きいやつだね」
「また、メトシア食べてくれる?」
「リリアの目を盗むのは大変だ」
「ヨーヨーとあやとり教えてくれる?」
「違う遊びも教えてあげるよ」
「リリアのイタズラも一緒よ?」
「とびっきりのイタズラで驚かしてやろう」
「お話もするのよ?」
「まかせて、バーナデットの好きな話が最近わかってきたんだ」
バーナデットが大人になって、本当に僕のことが必要でなくなるその日まで、僕がマジクを生み出した責任を取り続けよう。
いつその責任を果たし切る事ができるかわからないけど、自分勝手にマジクの存在を消すそうとすることだけは、もうしないと心に誓った。
しばらくバーナデットの可愛い要求に応えていると、後ろから声を掛けられた。
「いい加減にしろ、何時までお嬢様に抱きついている?この変態め」
振り返るリリアは鬼の形相で、目が座っている。リリアはバーナデットとの話を聞いていたのだろう。目が赤い泣いていたのがバレバレだ。イタズラの話を聞いて怒っているのかもしれない。そして、僕とバーナデットの秘密も聞いていたの可能性がある。だがそれでもいいと思った。こんな小さな体に仕舞い込むには大き過ぎる秘密だ。いつもバーナデットの近くにいるリリアには知って貰っていた方が安心だ。バーナデットがリリアの愚痴を僕に言うように、リリアには僕の愚痴を聞いて貰らえばよい。
「変態さんはダメなのよ?」
バーナデットが心配そうに見つめてくる。
「バーナデットにぼくが変態さんに見えるかい?」
そう僕が問うとバーナデットは僕の耳元で僕だけに聞こえるようにこう言った。
「マジクはマジクなのよ?」
リリアがまた離れろと怒っている。
そんなリリアを見てバーナデットはニコニコしていた。
僕は楽しそうにするバーナデットを見て強く思う。
責任を取るというならば、僕が元で影響を与えてしまった人達の責任を全部とるぐらい言ってみろと自分に奮い立たせる。
バーナデットを泣かせてしまった責任。
母と妹への責任。
楓への責任。
幼竜と兄妹達への責任。
血が目覚めたというガルドーへの責任。
ピークトリクトで僕と出会ったことで影響を受けてしまった全ての人への責任を改めて果たせるだけの決意と熱い思いが体を満たす。背負うものは、自分の背の大きさに比べて遥かに大きいだろう。きっと身の丈以上のことを言っているとも思われるだろう。それでも貫く覚悟が出来た。
「マジク買ってくれたお菓子が欲しいのよ?」
リリアがお茶を新しく入れ直してくれた。
「あるけど、少しぐちゃぐちゃになっちったと思うよ?」
「いいのよ?出してなのよ?」
お菓子の箱はスカーレットが有無を言わせず襲ってきたので振り回してしまっていた。中身を先に確認しようとしたが、バーナデットが手を出してきたので手渡す。
「ありがとうなのよ?少し待っているのよ?」
バーナデットはベットでスヤスヤと眠りについていた楓の横を通り過ぎて、枕の裏から大きな包みを引っ張り出した。
「お返しなのよ?」
大きな包みを僕に渡してくる。
今やっと、このためにお菓子を買わされたことの意味に気付いた。
本当は、プレゼント交換を切っ掛けにして謝りたかったのか………
「開けてもいい?」
「もちろんなのよ?」
袋を丁寧に開けるとそれは紅色のマントだった。中の生地は黒一色で、前を結ぶ組紐にペラム家の文様が入った飾りがある。
「いつも服が一枚で、寒そうなのよ?楓が風邪を引くのよ?」
「確かに、朝と夜は寒いなとは思ってたんだ。ありがとうバーナデット」
マントを羽織ってみる。ペラム家の紅は派手だ。目立つ事この上ない。それも合わせて、それに似合うだけ男になればいい。誓いの紅。
バーナデットがお菓子の袋から、予想以上にぐちゃぐちゃになって、二つだったものが一つに固まってしまっていたお菓子を取り出す。リリアが流石にと止めようとしたが、バーナデットは大きく口を開けてかぶり付いた。暫くもぐもぐする。
「ぐちゃぐちゃだけど美味しいのよ?この味は忘れないのよ?」
先ほどまで元気がなかったのが嘘のように、バーナデットが笑顔を浮かべる。僕が初めて見たバーナデットの年相応の笑顔で、生涯忘れる事はないだろう大事な瞬間だった。
次話 「イーニッドの誘惑」




