32、歪な力
スカーレットに抱かれ、まだ名残惜しそうにする楓に見送られながら、控えの間から奥の空間に移動すると、そこは外と見間違う広い場所だった。
天井が見えず、敷き詰められた石畳の床に不規則に彫像が並んでおり、神聖な雰囲気を醸し出している。
入って来た直線上に仁王立ちの生き物がいる。
見た目は人、体格は自分と変わらないが、開く瞳の奥に輝く銀の瞳孔は人と違って縦長だった。
「待ちわびたぞ」
声は女性のもので胸当ても膨らんでいる。
神と崇められていると聞いていた事もあって、ピークトリクトのダンジョンで転移させられた先にいた神様らしき人と比較したが、絶対的な差を感じる事はなかった。それでも控えの間で感じたピリピリした空気は声をかけた時から再び感じていて、強者の特有の威圧感は肌が湧き立つように感じる。
「お待たせしました」
「良い。想像以上の者が来たのでな。竜の呪い。竜殺しとはな」
「あの、不躾で申し訳ないのですが、戦いを避けるのに提案は?」
「ないな、それほどのものを持っておきながら、戦わないという選択肢は今のオレにはなくなったな」
マジもんのバトルマニアか………
「えーっと、満足行く戦いが出来たら、全員を解放していただけるということで」
「違いない。オレは約束は違わない」
「有難うございます。それで満足はどの程度ほど?」
「オレを楽しませろ。二度目の興醒めは許さんぞ」
竜人は獰猛に笑った。
竜人の体が一回り大きくなる。
両腕が爬虫類を思わせる鱗に覆われ鋭い爪が伸びる。
背に皮膜の大きな翼が広がり、体を更に何倍にも大きく見せる。
「あー結局は、いつもガチンコ。ワンパターンはこっちが興醒めするぞ!」
誰に言ったわけでなく、ぼやくとゆっくり鯉口を切る。
チャキ
鞘走る白銀の刀身が姿を表す。構えると刃紋が青く光りを放つ。
天神海領の面々の前で抜いた時と同じ反応を見せた久那之守の美しさに決意を固める。
「頼むぜ相棒」
飛び込む様に跳躍してきた竜人によって戦いの火蓋が幕を開ける。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ぐぁあ!格闘の相手ってこんなに戦い辛いと思わなかった!!」
竜人の手足の爪は鋭く伸びていて、フェイントを交えながら繰り出される攻撃は、久那之守でいなすことが出来たもの以外は、殆ど手傷を負うことになった。
息つく暇もない攻撃に服は切り裂かれ、見える肌は血に染まり、スカーレットに皺くちゃにされた襟元などは些細な服の痛みとなってしまうほどだ。一方的に受け続けた合間にやっと見つけた攻撃の隙間も、竜人の皮膚を少し傷付ける程度で、竜人は出血さえしていない。竜人の攻撃力を奪おうと鋭い爪に狙いを定めだが、苦労して切断した爪は、何事もなかった様に元どおり伸びる始末だった。
竜人にダメージと呼べるものを与え切れず、自分のダメージばかりを蓄積させていた。
「初めて母さんに作ってもらった服なのに一週間もしないでボロボロだよ!」
「はっはっは!服の心配か!まだ余裕があるようだな!」
「余裕なんて、あるわけ無いじゃ無いですか!」
「オレの攻撃をこうも、受け切っていてよく言う!面白い奴だな!」
全くもって面白くないジリ貧の現状に打開策を探る。
相手の得意な距離で戦闘になっていることは気付いていたが、竜人も得意な距離を常に保って来ていた。刀剣の距離を作ろうとしても、機動力に勝る竜人が直ぐに間合いを詰めてくる。気づけばダメージ比例して体力も消費させられていた。まだ動けているが呼吸を整える時間が短くなって来ており、体力の余力はあるがいつまで持つかも、僕にはわからない。
刀剣を振り回すよりも、竜人の手足の攻撃が早いので手数で圧倒的に負けていて、このまま続けるていても起死回生の一撃など想像すらできない状況だった。
「チェストー!」
刀を振り回していては竜人のスピードについて行けないと、やっと巡ってきた攻撃のターンに突き技を出してみると、竜人が慌てたように避けるが避けきれず二の腕辺りを穿つ事に成功する。
「きたこれ!!」
今までで一番の手応えに笑みを浮かべたが、竜人が聞き取れないほどの高速な言葉を発すると次の瞬間には傷が塞がっていた。
「がー!」
奇声をあげて抗議する。
既に三十分以上刀を振り回し続け、竜人は取っ替え引っ替え新しいフェイントを仕掛けて来て楽しそうだが、僕の方は二度に出した突き技も完全に躱されるようになり、必死に致命傷を避けるだけとなりつつあった。
この竜人の趣向的にみて純粋な物理だけで挑もうとしていたが、そんな生易しいことは言ってられないと搦め手も考え始める。一度間合いを取る為に、出来た攻撃のタイミングを捨てて久那之守を片手持ちにして、左手をフリーにすると左手に魔力を貯めた。
四つ腕の巨人との戦闘で掴んだ魔力というエネルギー源であり、僕はこれしか知らない。
【 破波 】
ガルドー曰く歪な魔法が組み上がる。
大きく横に凪いだことにより放射状に広がる紫色の波は、初めて見るもののに得体の知れない攻撃として移るだろう。竜人も訝しげな表情をして、距離を大きくとって紫色の波の範囲外まで離れた。
「それにしても思ったより離れたな?」
さらなる魔法の行使をする為に指先を竜人に向ける。
【 光束放出 】
指先から青白い光が放たれる。
楓の選択能力にあった明らかに規格外な能力をチョイス。
自分なりのアレンジだったが光が拡散してしまう。
「もう少し凝縮して一点に!」
拡散してしまった光の放出を纏めて圧縮するようにイメージする。次第に拡散していた光が纏まって色濃いものになっていく。
ブヴン
耳鳴りを感じる様な重低音の音が出るのに合わせて、イメージ通りのレーザービームぽい光線が行使される。
元は拡散されたいたところからの変化させたため、竜人には余裕をもって躱されたが、竜人を指先を向けて追いかけて行使を続けた。
離れていても竜人の顔が驚いているのが分かるが、躱され続け当たらないことに焦りを感じ始めると、光線が湾曲し出す。
「うぅあっち!」
光線を放出していた指先が急に熱を持ち始めて、行使を中断する。
「やっぱり!ぶっつけ本番じゃ上手くいかないか!」
「お前、いま何をした?」
気付けば、目の前の距離に表情の険しい竜人が詰めていた。
「何をしたかと言われても?」
「何故、あの滅茶苦茶な構成で発現する?」
竜人の声は低い。一転して機嫌が悪そうだ。
「そう言えばガルドーさんも似た様なことを………」
ガルドーとの会話を思い出す。
ガルドーは確かに言っていた、魔法構成を編んで魔法を発現させると、確かに僕は魔法構成など編んでいない。
ただ前世の記憶の技術や空想上のものをイメージしているだけだ。自分では成功していると思う魔法が、今世界では違って見える。それが滅茶苦茶で竜人には不快に見えるのだろうか。
ガルドーが人前で使うなと言っていたことも思い出す。
「それも途中で構成を変化させるなど意味がわからない」
「もしかして……発現した魔法を変化させちゃ駄目なのか………」
「あれ程、空間が悲鳴を上げているのが分からぬ訳ではあるまい?」
「空間の悲鳴って、何ですか?」
僕は苦笑いを浮かべる。
「まさか、本当に見えていないのか?」
竜人の目が見開かれて、大きく驚いているのが分かると、嫌な汗をかいてきた。
「お前、見た目通りの人では無いのか?邪人などの類では無いだろうな?」
「ちっ違います!人です!人間です!」
邪人なんていう物騒な名前が出てきて慌てて否定をするが、生まれてまだ一年も満たない身で、この世界の人間種族のカテゴリーはどういうものか知らずに、自分がはっきりと人間であると言い切れずに心の中では自信がなくなってくる。
それでも邪人なんてものは知らないので、自分は嘘は付いていないと都合よく考えた。
もっとこの世界のことを知らなければいけないのに、そんな暇も与えてくれないほど、この世界の生活はなんて厳しいんだろうと気分が沈んでくる。
「しかし、お前は人として見るにはかなりの埒外だぞ」
「そんなこと無いです!至って無害な人間です!」
人外に人外扱いされ始めたことに不安を大きくする。
竜人の物言いに、自分が使えていると思っている魔法が端から見ると、埒外なんだと改めて知った。
「無事に帰れたら、ちゃんと魔法のこと勉強しなきゃ」
「それだけの力を持ってただの人とはな、オレが知りうる系統の血も感じないし、となるとオレが知らない系統の血か? お前の家系は英雄の類のものか?」
「………違うと思いますけど」
「ならばお前の血が新しく出現した事になるが、そうなのか?」
「そうなんですか?」
「……まあいい。だが、その力は止めておけ………その歪な力、空間が悲鳴を上げていると言ったが、間違えば空間ごと消し飛ぶほど危ういぞ」
「え?本当に………?」
自分が使っている力が大きな危険を伴っている事に戸惑いを隠せなかった。
「お前とは会話が成り立っているようで、何処か齟齬が感じるな」
「すみません無知なもので……」
「いや、無知とかでは無く、この世界の一般常識的なものでだ」
竜人は先ほどまでの、戦いのときに見せた楽しげな表情とは違って訝しむ目線を向けてくる。
「まあいいだろう。その興醒めする歪な魔法の発現をやめるのと引き換えに条件を出してやる」
竜人の急な申し出に、きょとんとしてしまう。
「どうだ?お前の技を受けてやろう。その技の良し悪しで、後ろの人間達を見逃してやるぞ」
竜人は含みのあるいやらしい笑みを浮かべる。大きな譲歩に一瞬何か裏があるのでは勘ぐってしまう。それでも、こちらの様子を興味津々に見ているのを見ると、純粋に力試しをしたい子供のような反応をしているように思えてしまった。
「分かりました」
「いいのか? あの魔法ならばオレもタダでは済まないだろう。無論当ればの話だかな。後ろの者諸共消滅覚悟で、あの魔法を放つ選択肢もあるのだぞ?」
「いや、止めときます。そんな危ないものだと知ってたら、初めから使わなかったですし、それにそんな事したら、え~と竜人様は納得なされないんでしょ?」
「よく言った!それとオレの名は優雨美だ!覚えておけ!お前の名を教えろ!」
優雨美の興奮度が伝わってくるが、マジクは逆に冷静であろうとする。
「マジクといいます。僕の方は忘れてもらっていいです」
「忘れぬさ!待ち望んだ我が好敵手よ!」
随分と買われたものだと思いながら、刀を鞘に収めるとゆっくり目を閉じ一つ深呼吸した。しばらくして呼吸が落ち着くと腰を少し落として半身に構える。無駄な力を抜き雑念を捨て己と向き合うことで目を開ける。
優雨美だけを見る。
他は何も見ない。
他は何も無い。
僕の世界には優雨美だけになる。
只ならぬ雰囲気が、優雨美に構えを取らす。
永遠に感じる沈黙の中、優雨美の右腕が肘から先、宙を舞った。
チャキ
後から聞こえてきた、鍔鳴り。
優雨美の切断された右腕、胸当てから鮮血が噴き出す。
〔 抜刀術・後鳴り 〕
優雨美には何も見えなかっただろう。
姿がぶれて目の前から消えた瞬間に、優雨美は本能的に避けようとしたのだろう反応をしていた、だが時には既に遅く、切られた後だった。
優雨美は自身の目の良さとスピードには絶対の自信があると言っていた。
にも関わらず僕の攻撃が見えなかっただろう。
それは必中の大技。
鮮血が舞う中、優雨美は笑みを浮かべ、自分の負けを喜んだいるようにみえた。
「お見事」
一方の僕も、優雨美が倒れたことを確認してから、技に耐えきれずボロボロとなった体を支えていられずに床に投げ出した。
「痛い………というか、痛くないところが見つからない……もうゲームの必殺技は絶対に使わないぞ………」
情けなく嘆いた言葉は、優雨美には聞こえることはなかった。
次話 「東の領域」




