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異世界Baby  作者: 本屋
31/112

31、スカーレットの説得


「マジク君、波那丸さん達、その先にある入口から先に行くと、大きな部屋になっていて竜人様が待たれていると思います。興味本位では近づかないように」


 半透明の膜を抵抗なく抜けると、そこは待機部屋のような部屋だった。

 そこに十人以上の集団が身を寄せ合って集まっていて、幾人か怪我をしているのだろう頭に血の滲んだ布を巻いていたり、足に添え木をしている。


「みなさん、お待たせしました。強力な助っ人を連れて来ましたよ」


 レノックスの物言いは、残っていた人達の精神状態を鑑みた期待を持たせるためのものだったのだろうが、受け手の表情はそれぞれ複雑である。

 明らかに天神海の強者とわかる波那丸への期待感を持つ者、逆に天神海側で波那丸の実力を知るものは半信半疑の目線。

 赤子を背負う僕のことは誰一人目に入っていないようだった。

 探索隊はペラム家側から五人、天神海側から六人の計十一人の大規模な人数。これに僕達救出隊四人が加わると十五人ともなり部屋も手狭に感じる。そんに中、救出隊の一人、今まで一言も喋らず、ずっと鬼気迫る顔でついてきた侍女が、静かに集団に向かい、一人の身なりの良い女の子に近付くと、女の子の方からも歩み寄り抱きしめ合う。


「美海!美海!」

「ご無事で姫様!」


 美海と呼ばれた侍女は姫様と呼び返した女の子の無事な様子に安堵したのか涙を流す。

 長く透き通るような青い髪が頭の後ろで一つに束ねられ、腰近くまで伸びている。髪を束ねる装飾は豪華で宝石のような光に反射する石が幾つか埋め込まれて見えた。着ている服装も上質な生地だとわかる光沢を発している。真っ白な肌や細い指は外に出る事もあまり許されないていないであろう、大事に箱に入れられて育てて来たのがわかる。この人が正当な血筋を唯一継承している愛海凛姫なのだろう。


「なんで?美海がここに?」

「当然では有りませんか、美海はずっと一緒にいると誓ったでは有りませんか」


 僕が侍従愛を見守っていると二人の様子に緊張感が破れたのか、一人の女性が近づいてきた。赤い髪を肩口辺りで揃えている小柄の女性だ。一目でわかるバーナデットの母親スカーレットであろう。


「レノ、早かったわね」


 スカーレットの表情もまた複雑だった。早々に戻った仲間を労う様子と、この場に戻ってきてしまったという母親の心配な表情だ。


「母さん、早かったのは強力な助っ人が早く見つかったからなんだけど、まず紹介するよ。マジク君だ」


 僕は軽く頭をさげる。

 その言葉に先遣隊の天神海の男達も反応する。

 声には出さないが、明らかに信じていない。


「マジク君は、父さんが認めたバーナデットの遣い役だそうだよ」


 レノックスが天神海の人達には聞こえないようにスカーレットに耳打ちする。

 スカーレットの眉が険しくなる。


「そんでもって竜殺しだそうだ」

「レノ?母さん冗談は好きだけど、センスあってのものだと思うの?」

「ピークトリクトでは、竜殺しとしての名乗りも終わってるそうさ」

「冗談じゃないというのね………」


 バーナデットとの《名奪い》に関してはレノックスは今回は黙っていようと持ちかけられた。

話すにしても、今はタイミングが良くないそうだ。


 僕はそんな二人の会話の様子を途中までは見ていたが、途中からピリピリした空気を感じて目線を奥の空間に向けた。嫌な緊張感。これだけのあからさまなピリピリした空気に周りは何とも思はないのかと疑問には思ったが、目が離せない。

 ピリピリとした空気が、肌の奥にまで感じてくる。奥の空間にいるのはきっと竜人。この空気を作り出しているのが竜人なら、今すぐ逃げたいぐらいの強者であることが想像できて、土壇場で怖気付く。

 僕はそれほど自分の力を過信していない。

 今まで死にかけながらも活路を見出してきたが、今回も通用するなどこれっぽっちも思っていないのだ。

 そんな僕の心境も気にした様子もなく頭一つくらい小さいスカーレットが正面から見上げながら睨んできた。


「ちょっと君?」


 下から視線をスカーレット声を掛けてくるが、次第に大きくなっていくピリピリとした空気に目を離せる余裕はない。スカーレットはなぜ平気でいられるのだろうか。

 そんなスカーレットは、こめかみの辺りをピクピクさせている。


「ねえ?クソガキ君?わたしが話かけてるのよ?」


 バーナデットに良く似た声色に少し驚ろくと、次の瞬間には胸ぐらを掴まれ、とんでもない力でスカーレットの顔前に引き寄せられていた。


「うお!」

「おい?無視すんな?」

「母さん!ちょっと!今そんな時じゃないでしょ!」

「そんな時も、こんな時も、こいつがダメならみんな仲良くお陀仏だ、ならば私は私の我を通す!」


 スカーレットの怒気にあっけに取られて声さえ出さずにいた他のメンバーが青い顔になっていた。響く大きな怒声に竜人の気分を損ねるのが怖いかのようだ。


「おい。いい加減にしろ」


 静かに低い声を出す赤毛の短髪のライオネスそっくりな男がスカーレットの奥襟を掴んで持ち上げる。

レノックスから聞いていた長兄ソリュートはマジクよ頭二つほど背が高く、天神海の男達と引けを取らない体の厚みと大きさを持っていた。


「ソー君。だってコイツ無視したんだよ?バーデちゃんにも近づいてるみたいだし、赤ん坊背負ってるし、なんか気に入らない!」

「母さん!兄さんの言う通りいい加減にして!気に入る気に入らないの問題じゃないよ」

「こんな若さで子持ちのガキんちょがバーデちゃんに近づいてるんだよ?レノもソー君も心配じゃないの!?」

「いや、この子は僕の子じゃないですし」

「そんなの、信じられないもんね!めちゃくちゃ懐いてるじゃない!同じ黒髪だし!きっと血が繋がってるからでしょ!こんな所まで連れて来て、母親には愛想つかされて逃げられたに決まってる!」

「懐いてるのは認めますけど、血は繋がってませんからね。ついでに言わせて貰えばバーナデットにも邪な気持ちは無いですよ!」

「バーデちゃんに、どうやって取り入ったか知らないけど、あの人は何で認めたのかしら!私に断りもなくなんて!とっちめてやるんだムガムガムー!ムー!」


 ソリュートがスカーレットの口を押さえる。気付けばピリピリしていた空気がなくなっていた。


「良くやった!兄さん!そのまま母さんを押さえつけておいて!」

「マジク君、大丈夫かい?」

「僕は特には、あっ……ちょっと服がヨレヨレに……マイリオリーヌさんに何て言おう」

「すまない。無事に帰れたら僕が幾らでも替えを用意するから許してくれ」

「いや、これは作って貰った物なんで」

「本当にすまない。その服を作った方にも謝罪を約束する」

「やってしまったものは仕方ないし、本当にマイリオリーヌさんに説明してくださいね」

「勿論だ、マイリオリーヌさんという方への謝罪は誠心誠意努めさせていただく」

「そろそろいいか?」


 今まで静かに傍観していた先遣隊の天神海の男が話かけてきた。


「はい、何でしょう」


 急に消えたピリピリした空気が気になりながらも、返事を返す。


「波那丸から、話は伺ったがコイツ、いやこの方が竜人様の御相手を務めるのか?信じられん子供ではないか」


 先遣隊の天神海側のリーダーは天神海で一番体が大きく一番強い猛者だそうで、天神海領での人望も厚く愛海凛姫の指南も務めていると聞いていた。僕の容姿を見て、天神海領に転移した時と同じ様に反発を受ける可能性もレノックスには言われていた。だが、そんな反発も一瞬で吹き飛ばせる方法を既に僕達は知っている。


「マジク殿、こちらを」

「あ、はい」


 波那丸の手からマジクに久那之守が渡されると、掴んだ鞘がブゥンと鳴る。

 天神海の者達は久那之守の見たことのない反応に、息を飲む。

 鞘鳴りが止まるとシンっと静まり返った。

 ソリュートも例外でなく、スカーレットを抑える力に緩みが出る。


「ソー君放して」


 スカーレット静かに、ソリュートの腕を叩く。


「その子貸しなさい」


 スカーレットは両手を差し出した。


「赤ん坊を背負って、竜人様に挑むなんて馬鹿とか阿保の部類よ。バーナデットの遣い役にそんなのはいらないわ」


 楓の両手がマジクの襟元をしっかりと握り力が入るのが見て取れる。


「そうしたいのは、山々なんですが……」

「はあ……私ね伊達に四人も育てて無いのよ」


 スカーレットが楓の顔を覗き込む。楓は睨み返す様に眉を寄せていた。


「楓ちゃん?貴女が付いていくことでね、マジクが力を思う存分に振るえないかも知れない。貴女を庇うことでマジクが傷つくかも知れない。それは貴女の望み?」


 スカーレットのやっていることは、はたから見たら乳飲み子に対して意味の無いことに見えた。

 それでもスカーレットは表情は真剣だ。

 

「貴女は賢い子なのでしょう?貴女はマジクの足枷になるのが望み?それともマジクが思う存分力を出し切れるのが望み?」


 楓の眉の皺が緩くなる。スカーレットの睨んでいた目が思案に明け暮れている感じだ。


「貴女はマジクの力になりたいのでしょう?だから付いて行きたい。だけどね、マジクはきっと貴女を庇おうと無理をする。そのとき負わなくていい怪我を負うかもしれない。貴女は大丈夫だと思っても、マジクは貴女を第一に行動をするでしょう?」


 楓の目線が振り返っている僕の目線とぶつかる。


「そんなことになった時、貴女は自分を許せる?後悔しない?あの時出来ることは本当は何だったのかって?」


 楓の大きな瞳は揺れていた。僕は楓から目は逸らさない。


「私はね後悔した。自分が引く事で助けになることがある。自分が抑える事で、思う存分力を出す場を作ってあげることができる。これは貴女が作った場所。ここに居る誰にも作れない場所よ」


 楓が泣きそうな顔をしながら掴んでいた僕の襟首を放した。


「偉い子ね。貴女は将来良い女になるわ。私が保証する」


 スカーレットはそう言って、楓を僕の背から譲り受ける。


「女にこれだけの事をさせたのだから、オマエは責任を果たせ!」

「………はい。行ってくるよ楓」


 僕にとって負けられない理由が一つ増えた。




次話 「歪な力」

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