30、レノックス
「バーナデットのダンジョンデビューに同行出来なかったのは、本当に残念だけど。大事無く済んだのはとても喜ばしいことだね。ペラム家よりも兄の立場としてお礼を言わせてもらうよ」
レノックスは、ここの所出会った人物の中では一番の人格者で気持ちの良い男だった。
イケメンの上に気配りができるのは、年頃の同性にしてみれば嫉妬の対象だが、僕は0歳なので、そう言った感情とは無縁である。
それだけに畏まられると今回のことも、トラブルを招く自分が原因の可能性が高いなどとは、言いづらくなって、後ろめたい気持ちで一杯になった。
そう思っていたら、背負った楓がぺちぺちと背中を叩いてきた。
「励ましてくれて、ありがとうよ楓」
「レノックス殿よ、拙者は知らぬが故に、先に聞き及んでたことも眉唾物と侮っておったのだが、誠にペラム家とは談笑を交えながらダンジョンを探索するものなのですな」
「そんな事は無いです。いつもはこんな風では無いので、眉唾物で正解です。今日の事は忘れてくださると助かります」
今回の救出劇には道案内となるレノックスを始め、僕、楓、天神海側から波那丸と愛海凛姫の侍女の総勢五人の一団となった。本来もっと大人数になる予定だったのだが、何よりもスピードをという事もあって最小限の人数に止められた。領主貞昌の命もあるが、僕の力の一端を見たところが大きい。
「レノックスさん、今のこと告げ口とかしないですよね?天神海の人達の前でピークトリクト領の恥を晒したとか、リリアさんの耳に入ったら、あの人怖くて」
「分かってるなら、やめてくれるかい?」
「そもそも、やろうと思ってやっているのではないことは、わかってもらえてますよね?」
「君本当に、バーナデットに《名奪い》されたり、竜殺したり、転移されたりしたの?聞かされる偉業の数々よりも小物感半端無いよ?」
「全て成り行きで、望んだものじゃ無いんですけど、小物は自覚してるので僕的に、小物扱いの方が楽でいいですね」
「嬉しそうに自らを小物扱いして欲しいだなんて言われちゃうと、逆に大物感が出てくるから不思議だよねー」
「それは問題ですね。新たな課題とせねば」
「思うんだけど、君って名声とかに興味無いの?」
「全く無いですねー、所面倒ごとが増えるばかりで、出来れば平穏に過ごしたいです」
「君は変わってるねー、そんな人間が単独で竜殺しを成しを得たなんて、多くに犠牲を出しながら竜殺しを成し得た先人達には、開いた口が塞がらないんじゃないかな」
「犠牲を覚悟の上で望んで、竜殺しの名を得た先人の人達と、望まない状況下で竜殺しの名を得てしまった僕を同じ土俵に上げないで欲しいところなんですが」
「確かに君とってはそうなんだろけど、周りの人たちには君の望みよりも、自分の望む英雄に謙虚さは求めないものだよ。特に直接面識も無い一人歩きした竜殺し様なんかは彼らの格好の餌さ」
レノックスは首をすくめてみせる。
「ペラム家の偉人と言われた人達は<秘宝狂い>で王国に多くの注目を浴びているのを自覚しながら代々生涯を賭してきたんだ。常に見られているプレッシャーはペラム家をペラム家として支える力とするためにも私達は家族でそのプレッシャーを分け合っている。君も得てしまった名は大きいものなんだから一人で抱え込まず家族と周りを巻き込むといいよ」
「それが一つや二つなら考えもしますが、今から向かう先のことを乗り越えたらと思うと気が重くなると言うものです」
「確かに竜殺し、転移者、これに竜人の試練踏破者、天神海の姫を救いし者も加わって、尚且つこれ全部一週間で成し遂げたって言うんじゃ、ちょっとね。注目浴びたさにエピソードを盛りすぎた詩士でも歌ってる途中に白けてしまいそうだ」
四つ腕の巨人や、地雷っ子の契約など加えるものがあると思いながらもせめて、これらの出来事のペースを加速させずに減速させたいと心から強く思った。
「それでもこれからのことを成し遂げるならば、その功績と賞賛は私が先導して行うべきなんだろうね。それだけのものが待っているのだから世に知らしめるべきだ。それに見合ったものは受けるとべきだよ」
人の良さそうなフリをしてレノックスは所詮他人事なのか、それともペラム家にとって格好の良い宣伝と見るのかわからないが、僕にとってはいい迷惑だった。
「えーっと、ほどほどにお願いしますね。それと大事なことを聞いていなかったんですが、なぜお姫様が初見のダンジョンに出向く必要になったんですか?」
初めから感じていた不安だが、聞いて良いものなのか悩む部類のものだったので、聞くタイミングを伺っていた疑問である。今となってはレノックスに聞くしかないという状況だ。
「御家騒動でいいのかな?一応は」
「唯一の血筋への血生臭い話ですか?」
僕は天神海領の代表が同行しているので、遠回しな言い回しをする。
「血筋での事はあっているけど、そう血生臭い話でもないんだ」
「バーナデットと似たようなものですか?」
「それともまた違うな。今回の遠征に王国が口利きしてペラム家が遠征を組むまで至った経路は聞いてると思うけど、その王国からの指示によるものだね」
「また、お上の意向ですか」
「またってのがよくわからないけど」
またっていうのは、神様や、神様や、神様だ。
「いま王国でも後継者を巡っての勢力争いが始まりつつあってね。それの煽りを受けたと言うのが、今回の初見のダンジョン調査に天神海領の後継者が、参加せざるを得なかった経緯かな」
「ペラム家遠征隊のリーダーでもある母のスカーレットは勿論反対したんだけどね」
「唯一の血筋のお姫様ですもんね?」
「いや、子守なんてしてたら楽しめないって」
「楽しむですか?」
「そう、身内の恥をさらすようであれなんだけど、マジク君はバーナデットの遣い役だし身内だからいいのかな?」
レノックスは自問自答した。
「天神海領のお人は宜しいんですか?」
「あの人を含めた天神海領の多くの人達は、昔から母のことをよく知ってるからね。今更かな」
「誰も足を踏み入れてない、ダンジョンには初見が一杯でしょ?」
「それはそうですよね、誰も知らないんですから」
「それが母のスカーレットには堪らなく楽しいんだって、母は天才肌で、一度踏み入ったダンジョンのなんかは通路や罠の位置種類が変わっても、癖のようなものを掴んで分かっちゃうから面白みに欠けるんだそうだよ」
「何というかそれは………」
「別に遠慮しなくてもいいよ、一種の化け物さうちの母は。祖父母が父の相手にとかなり熱心に口説き落としたからね。その甲斐あって、母が嫁いでからのペラム家父の代での功績数はペラム家の歴代断トツの金星だらけさ。時期領主の後継である兄も母の近くで常にその場に立ち会っていて、文句無しの跡取りと成長してるし」
「それは、それは」
僕は竜人よりも、今後も付き合いが多くなりそうなバーナデットの母と会うことの方か気の重くなる事案な気がしてきた。
「君の心境もわからないでも無いよ、母のいぬ間に《名奪い》されて、母の意見も聞かぬまま、バーナデットの遣い役だしね」
「………………」
「そんな母を持ってしても、バーナデットの将来が見えないと言わせるペラム家でも稀有な才能の塊。そんな子の近くにいる事を許された男に興味を持たないはずがない。覚悟はしておいたほうが良いよ。母の通り名、マタニティブラッドはバーナデットが生まれる寸前まで母がダンジョンで血だらけになりながらも罠を食い破ってパーティメンバーを助けた時に付いた名のだから」
「何やったんですかお母さん!?生まれる寸前に血だらけって、バーナデットが少しズレた感じの子なのは、まさかそのせいじゃないですよね!?」
「そこは何とも………確かに生まれる寸前にそんなことされてたら、ちょっとやそっとのことじゃ動じない子になってもおかしくないかもね?」
「完全にお母様のせいじゃないですか!」
「まあまあ、特に問題無いし、あれもまた可愛いしいいんじゃない?」
僕はダンジョンの天井を仰いで、バーナデットの姿を思い出していた。
「それで、お姫様が駆り出された細かい経緯は?」
「王家の後継者争いの派閥間での売り言葉に買い言葉らしい。敵対派閥が同じ派閥の天神海へ血筋を大事にするあまりにお飾りに成り下がった姫君を罵られたものだから、今回の発見された新しいダンジョンの探索で少しでも功績をつけさせようって動きの流れさ」
「完全にとばっちりですね」
「そうだね。でも愛海凛姫も領内の過保護な扱いに息が詰まってたみたいで、今回のことに乗っかっちゃもんだから、いまの現状になったみたい」
「もしかして、竜人様の試練が起きたのって?」
「そういうこと、愛海凛姫の血に反応したみたい。でもね、大事にされてきた血筋ということもあって、愛海凛姫様自体の強さは、ずば抜けたものではないし、増して神様と崇められるレベルの相手なんてとても無理だった。それで竜人様がお怒りになって、逃げることを許さなかったのも天神海の地に受け継がれているはずの力が失われていたことを酷く嘆いてのことだったみたいでね。それでお戯れの強者を呼べと言う流れさ」
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竜人が猶予を伝えた時間がダンジョンの改変時間に当たっていたようなので、初探索のダンジョンとは云えども、目指す場所と辿る道筋は同じ、見つけた罠の場所や種類も記憶していれば、ペラム家の血筋のものにとって間違いなど起こすわけもなかった。更に言えば細かい記録までしていたレノックスにとってみれば初見で半日以上かけた道程も一時間もかからず何も起こらず辿り着くことが出来るのは当然とのことだと惚気て見せた。
「それでも思った以上に時間がかかったのは、おしゃべりが過ぎたかな」
レノックスは冷静に分析する。
目の前の扉は観音開きの両扉。
扉に刻まれた彫刻は複雑でピークトリクトのダンジョンの神の悪戯の先にあった四つ腕の巨人が居た部屋の扉とよく似ている。
扉は既に開いているが、中が曇りガラスのようによく見えない半透明の膜で覆われていた。
「さて、どうしましょうかね?先ほどからもお話ししていますように、全員で入るのは愚策です。お立場もあるかと思いますが波那丸さん達は私達が中に入るのを見届けるまででお願いしたいのですが」
「いいえ、姫を助け出すのが拙者の本懐。譲れませぬ」
ダンジョンに入ってからこのやりとりを何回もしている。それに竜人に対するに僕が手にする武器を貞昌から借り受けていた。
貞昌が家名、久那之守の名を持つその刀は長く扱えたものが居ない名刀で、代々領主が受け継いできた天神海の宝のでもある。反りのある片刃の大太刀で、使用するその時まで波那丸が運ぶこととなっている。
久那之守は天神海の猛者にも扱えないが、一握りのものが手にして抜くことまでは出きた。
波那丸もその一人で、愛海凛姫の救出を見届けること、久那之守を運び役割はたす時以外は責任を持って守るのが役割となっている。
「マジク君はどうなんだい? 君の能力を大前提の今回の救出劇を行っているんだから、今更君の力を疑うのはおかしな話なんだけど。自信はあるのかい?」
「前に突入した部屋に雰囲気は似ていますね。あちらの場合は、出口が消え問答無用に四つ腕の巨人が、襲ってきましたので死力を尽くして勝ちを得ましたが、ガルドーさんもいたことですし、はっきり言って分かりません」
「ここはもうマジク君には頑張ってもらうとして、波那丸さんもう一度だけ言います。この先は命の保証は有りません。マジク君が何とかできなかった場合は、仲良く未来を閉ざされるでしょう。それでも、あなたは考えを変えませんか?」
「拙者は其れなりの目を持っている自信が有ります。感も然り。この伝家の名刀久那之守が認めし者を、全面的に信じると既に決めておりますれば、マジク殿にもどうにもできぬ時は、天神海の男らしく、姫の最期を看取り華々しく散ってみせましょうぞ」
「いやそんな、侍みたいな潔さは要らないんで、格好悪くても足掻いて生き残りましょう」
「サムライ?とは何か知りませんが、それがマジク殿の信念ですか? ふむ、流石はその若さで数々の偉業を成し遂げて居るというとことですか………そういった事態になった時にはマジク殿を見習って足掻いて見ますかの」
立派な髭を蓄えた熊のような天神海の男が笑みを浮かべる。
「まだ時間はありますが、マジク君?流石にその子は連れて行かないよね?」
背中に背負った楓が掴む服に力が入ったのがわかる。
「置いていこうにも、離れてくれない気がしますが」
「本当にその子を背負ったまま、竜人様との戦いに挑む気?」
「まだ戦いになるとは限らないですよ」
それは願望であって、相手の思惑を無視した妄想であっだとしても、いつも意に反する状況に追い込まれる者にとっては最大限の抵抗であった。
次話 「スカーレットの説得」