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異世界Baby  作者: 本屋
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3、運命の選択肢

「きゃっきゃ!あぅーきゃっきゃ!」


 今日も隣人ちゃんは愛らしい元気な声で、両手両足を曲げ伸ばししている。

 そんな隣人ちゃんを観察していて気付いたことがある。隣人ちゃんは何かに気がとられているようで、視線はいつも真正面なのだ。

 そう………目の前に何かがあるように。

 そしていま、僕の前にも存在しているものがある。

 A4くらいの大きさの透明なウインドウのようなものが浮かんでいた。透明なウインドウは、半透明な白いふちに囲まれており、これまた半透明の白い見知らぬ文字か記号のようなものが記されている。隣人ちゃんも僕と同じように、目の前にウインドウのよなものが見えているのかは定かではないが、離れた部屋の天井や壁を見ているというよりも直ぐ近くを見ている感じなので、同じようなものを見ている可能性が高い。

 僕は隣人ちゃんのことを双子だと確信したこともあって、俗に聞く双子ならではの意思の疎通が出来るのではないかと色々試したが無駄に終わった。よくよく考えてみれば、僕と違って自我の芽生えていないはずの赤ん坊と、なんの意思を疎通するというのだ。いま出来そうな疎通と言えばお腹が空いた欲求か、粗相をした後のおむつの気持ち悪さくらいではなかろうか。だが、この二つは意思が疎通出来なくてもわかる。双子の境地とでも言おうか、隣人ちゃんの欲求は僕が催しているタイミングとほとんど同じだからだった。

 僕はここの所、授乳タイム、隣人ちゃん愛でるタイム、お寝んねタイム以外の時間を目の前の透明なウインドウへの思考に当てている。赤ん坊としての怠惰な生活以外出来ることがない僕にとって、有り余る暇を思考にあてていた分、この透明なウインドウに対して状況確認と推測らしきものが、まとまってきていた。


 一、目の前のウインドウは本人にしか見えない。

 二、ウインドウの中には、更に小さなウインドウがある。

 三、小さなウインドウは十四個あって、均等に並んでいる。

 四、小さなウインドウの枠内には、文字か記号らしきものが並んでいる。

 五、十四個ある小さなウインドウの内の一つだけが灰色に染まっている。


 僕はこれらのことから、一つの憶測を思い浮かべていた。


 それは設定入力画面。


 PCソフトやゲームでよく見る入力画面に見えるけど…いくら何でも………


 もしもPCソフトなら、環境やアカウントの設定を思い浮かべ、ゲームならば、種族や職業、パラメーターなのどステータスを表示している画面となる。


 だが、そんなことがありえるのだろうか………。


 推測を決定付ける鍵となるのは、透明のウインドウの中にある、十四個の小さなウインドウの内の一つ。灰色に染まったウインドウだ。

 これは既に設定済みで確定されていている感じに見える。僕の生まれて間もない脳に多大な負荷を掛けた原因がこのウインドウの決定によるものかも知れない。だが、幾ら見つめていても灰色に染まったウインドウ内の文字か記号のようなものは、読めないし、見たことも連想にも及ばない未知の文字だった。

 僕は暗くなっている小さなウインドウを、ちんまい指で既に触れていた。初めは恐る恐るだったが、いまは何の反応もしないことを知っているので、遠慮なくつんつんしている。

 隣人ちゃんも僕には見えない何かに向かって時折、腕と指を伸ばしている。これが何らかの設定のようなものだと仮定すると、隣人ちゃんはそれが何かを知らないままに触れてしまい設定をし続けている可能性があるのだ。

 憶測とはいえども、知らずに設定をしていると考えたら無性に怖くなって、僕は泣き出してしまった。

 僕は、この怖い可能性に考えが至ってからというもの、何度か隣人ちゃんの指先の動きを邪魔したことがあるのだが、隣人ちゃんは邪魔される事が不快なようで、すぐに泣き出してしまう。その時の泣き方は最大レベルの激しい泣きで、母親(内定)が直ぐにあやしにくるほどだ。


「だめですよ~妹を苛めたら~お兄ちゃんなんですから~」


 母親(内定)の眉間に皺を寄せた表情から、お叱りの言葉らしきことだと判断できる。


「うあ~ぁあ~!」


 隣人ちゃんの明るい将来の為なんです!仕方がないんです!と頑張って伝えようとするが、言葉にはならず伝わらない。

 生後から意図せずの事とはいえ、今日までこのウインドウを触れていたとするなら、それはもう殆どの小ウインドウが選択済みになっているかも知れない。


 生まれて自我が芽生える前に自身の設定、初期設定のようなものを終えてしまっているのだとしたら?


 怖くて、暗くなっているところ以外の小ウインドウを触れられないのは、もしこれが本当に初期設定だとすると、ここで選んだ設定でその後の人生が左右される事に気付いたからだ。大人達は生まれて数ヶ月のうちに自分の能力を自ら選んで今の人生を歩んでいることを知らないのかもしれない。このウィンドウは全ての選択肢が選択されると消える可能性さえあるのだ。

 全て仮定の話ではあるのだが、この仮定も間違っているという確証が持てない以上は慎重にもなる。なんせ、この先の長い人生が左右されるかも知れないのだ。考え過ぎだと一笑にふすことなど出来ない。

 そんなことに思案を膨らませていると、またもや隣人ちゃんの指先が宙に向かう、僕は隣人ちゃんの軽はずみな行動を止めるべく、寝返りをうって手を伸ばした。

 だが隣人ちゃんにスルリと躱される。


 え?


 隣人ちゃんに躱されたことなんて、今まで一度もなかったので一瞬固まってしまった。だがその固まりを氷解するべき事態が隣人ちゃんに起こる。隣人ちゃんの雰囲気が変わったのだ。


 え?え?


 ずっと一緒にいるからこそ、わかる変化だった。隣人ちゃんの取り巻く空気が確かに変わっていた。

 思考が追いつかない。

 隣人ちゃんに何か重大な事が起きてしまったことは間違いない。そして隣人ちゃんの雰囲気が変わる前の躱された指先の位置が気になった。それはウインドウの空白部分にあたる場所だ。僕には空白の部分でも、隣人ちゃんとっては、変化をもたらす何かが・・・あるのだ。

 僕は一つの可能性に思い当たる。

 それは最終確認のウインドウ。この推測が正しければ、この設定で良いのか是非を問う最後の砦が存在することになる。自分に都合の良い楽観的な考えかも知れないが可能性は捨てきれない。

 そんな思考がぐるぐると頭の中を駆け巡る中、僕は油断をしていた。気付いた時には背後にピンクの影が忍び寄っていたのだ。

 動きを止めていた僕の体の上にピンクの影が覆いかぶさる。上に乗っかっているのは隣人ちゃん。

 見上げる隣人ちゃんのつぶらで空色の大きな瞳は興味津々に輝いていた。


 って、ちょっと!


 組み敷かれた体は身動きが取れない。


 隣人ちゃん!何処にそんな力が!?


「うばぁ~ばぁばぁぁ~~♪」


 とても良い笑顔でご機嫌の隣人ちゃん。

 可愛らしいんだけど、いまは恐怖でしかない。いままで邪魔せれて、やられっぱなしの仕返しだろうか。とても悪戯っ子な顔に見えて仕方がない。隣人ちゃんの口から滴るよだれを躱すことも叶わず、顔に受けることとなる。


「うぎぁあぁああ!」

「きゃっきゃ♪きやっきゃぁ♪」


 滅茶苦茶喜んでいる隣人ちゃんだか、やられた方は堪ったものじゃない。

 僕は暴れようとするが、マウントポジションでビクともしない。

 そして隣人ちゃんの顔が近づく、唇が可愛くうねうねと動き、僕は顔の鼻から口、瞼までもちゅぱちゅぱと蹂躙される。


 あぁぁぁあー!


 しばらくの間されるがままになり続け、満足したのかマウントポジションを解く隣人ちゃん。


 もう、お婿に行けない……


 生後数ヶ月で、隣人ちゃんに色々と奪われてしまったと、ぐったりとするも先ほどの現象の考察をしなければと自らを奮い立たせる。

 突如、雰囲気が変わった後の隣人ちゃんの怪力具合は、僕の推測を裏付ける確証ではないかということ。

 設定の何かが確定され、隣人ちゃんは突如として僕を押さえつけるだけの力を得たのではないかと考え至る。

 僕と違って寝返りがうてなかった隣人ちゃんが、別人のように僕を圧倒的な力で組み敷いたのだ。いまは楽しそうにお座りで体を上下に揺らしている。寝返りがやっとだったはずなのに、一瞬にして成長した感じだ。何が設定されたかは定かではないが、僕は目の前にあるウインドウが後の人生を左右する設定画面だと確信する。

 隣人ちゃんのよだれまみれになった顔の不快感を少しでも解消しようと、うつ伏せになって敷布団に顔を埋め擦り付ける。

 ミルク臭さが残っているが、いまの僕にはこれが精一杯だった。自分の身を守らねばと、隣人ちゃんからなるべく離れるためベビーベットの端まで寝返りをうつ。

 だがそんな行動が裏目に出て、隣人ちゃんの興味を引いてしまった。

 お座りジャンプをしながら嬉しそうに近づいてくる。

 新しいオモチャを見つけたように、つぶらな瞳は先ほどよりも輝いていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ハァハァ、ハア」


 隣人ちゃんの興味が引くまでオモチャとなり続け、呼吸もままならなかった僕は、このままでは取り返しのつかないことになってしまうと、恐怖に支配されつつあった。


 これが、猛獣の檻の中に入れられた気分…怖過ぎる泣きそう…………


 でも頑張って泣きたい気持ちを抑える。いまは刺激を与えてはいけないのだ。

 活路は目の前のウインドウ。迷っている暇はないのだ。選ばなければならない。対抗出来るだけの力を得る必要があるのだ。

 ピンクの悪魔・・・・・・に殺られる前に。

 いまは生き残るための選択をウインドウから勝ち取らなければならない。勇気を奮い立たせるせるために全ての都合の良い方向に考える。いま現在、灰色に染まっている選択済みであろう小ウインドウには、今の僕に至った事が選択されているに違いない。いままで躊躇って触れてさえいなかった他の小ウインドウに、この場から逃げ出すだけの活路が有るならばと、差し迫った命の危機が未知の世界への一歩を踏み出す後押しとなる。

 弄ばれ続けたことで、すっかり力の無くなった震える指を慎重に動かし、一つの小ウインドウをタッチした。

 触れたことで小ウインドウから下方にスクロールウインドウが現れる。スクロールウインドウには横書きで約二から十数におよぶ文字または記号が、ずらりと並んでいた。


 これは間違いなく選択肢!ここには何かしらの設定が表示されているに違いない!


 興奮して疲れ切った体に力が入る。

 ここからが本番。

 スクロールウインドウ内の文字に触れても、即座に決定されないことを祈り、大丈夫!大丈夫!と自分に言い聞かせて触れる。

 触れた小ウインドウは灰色に染まらず、均等に並んだ小ウインドウの下に当たる空白部分に、新たな小ウインドウが二つ出現した。「よし!」と心の中でガッツポーズをとる。二つの新たな小ウインドウには文字または記号が表示されており、これが最終確認をする「YES」または「NO」の選択肢ではないかと、確信めいたものを感じた。


 僕は取り敢えずの安堵感が生まれるのを素直に受け止めながらも、どちらが「YES」でどちらが「NO」なのかが判断出来ないと気を引き締めなおす。

 前世の記憶に従うなら、左がおそらく「YES」で、右が「NO」だ。

 いま僕がいる世界は明らかに異質。人生のスタートに初期設定だなんてふざけた話だし、目の前で悩みの種となっている文字は見たこともなければ、母親(内定)の話す言語は聞いたこともない。ましてや、一瞬で雰囲気が変わって成長する赤ん坊なんて、僕の知る世界には存在しない。


 ここは勝負しかない!


 奇跡的な確率で設定したに違いない、選択済みのウインドウはきっと生まれ変わりに関わるもの。もしこれが特殊な選択肢を引いた結果なのなら、その強運に賭けるしかない。

 僕は決意を持って「NO」と思われる右を押した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 結果………打ちひしがれる赤ん坊の出来上がり。

 押す瞬間に、知らない間に背後にいた隣人ちゃんに抱き着かれ、ずれた指先は左の選択肢を押す羽目になった。

 また一つ小ウインドウが灰色に染まって選択済みとなったようだ。

 何が選択されたかは不明。

 自分のことなのに特段変化がないのが逆に不安。それでもここは気持ちを切り替えて次に進まねばならぬところ。

 ピンクの悪魔は、抱きついて来た後に僕を更に蹂躙したので、流石にはしゃぎすぎて疲れたのか夢の中の住人となっている。このチャンスを逃さずに、次の選択は最上のものを得たいのだ。

 気力だけで立ち直ると別の新しい小ウインドウに触れた。先ほどと同じ様にスクロールウインドウが現れる。

 だが前回と違うところがあった。スクロールの端にスクロールバーらしきものがある。

 それも位置表示が1ドットあるかないかのスクロールバー。

 どれだけ選択肢が用意されているのかと選択肢の一つに触れ離さずにスクロールさせる。ずばーっと流れる文字列。かなりの行数が移動したのにも関わらず、スクロールバーは動いた形跡がない。


 ………どれだけ選択肢あるのよ?


 これは困った。

 選べる選択肢がこれだけあるのは嬉しい事なのだが、選ぶ時間がどれだけ必要となるのか、わかったものじゃない。幾分かの時間の猶予はあるが、とても考察し選ぶに見合う時間とは言えない。

 後回しと判断し他の小ウインドウに移動する。

 一つ飛ばした小ウインドウにもスクロールバーが存在したが、先ほどではなかった。

 スクロールバーの十分の一程度の位置表示だ。これならと、上から選択肢に触れてみる。

 ウインドウの空白スペースに現れる決定ウインドウ。

 先ほど押してしまった「YES(仮)」のとなり「NO(仮)」を選んぶ。少しだけ緊張したのは、右の選択肢が「NO(仮)」と確定したわけではないからだ。

 それでもこれしか選択肢はないと押してみると一つ前の状態に戻り、安堵の溜息が漏れる。右の選択肢は「NO」で間違いないようだ。

 そうと決まればやる事は決まっている。少しでも判断材料を得るために上から順に選んでは何がヒントは無いかと「NO」を押す作業。

 何のヒントも、得られぬまま長い作業が続き、意味がないかもと重くなる瞼を擦りながら、意地になって続けているとスクロールウインドウの終わりが見えた頃に大きな変化が訪れた。

 神に見捨てられてなかったという実感。

 ここに来て親切設計。

 今まで意味のわからなかった文字列達が、もう一つの記憶で慣れ親しんだ言語日本語に変わった瞬間だった。





次話 「大事に選ぼう初期設定」

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