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異世界Baby  作者: 本屋
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2、わかっこと

 

 僕という意識が目覚めてから多分三ヶ月くらいが過ぎた。

 多分というのは目覚めた当初あたりの一日を過ごしたという感覚が曖昧だからだ。

 僕が寝かせられているベビーベッドだけの部屋には窓がない。壁にクリスタルのような物が埋め込まれていて、明るい時間と薄暗い時間があることから、朝が来て夜が更けるのに合わせているのではと思い当たってから日数を数えるようになった。

 頭の中は確証を得ないものばかりだが、少しずつ整理もついてきた。


 まずは記憶のこと。


 いまの僕は生後三~五ヶ月くらいの赤ん坊と推測しているのだが、記憶に関しては十年以上の量に及ぶ。この十年以上の記憶は、今の僕とは違った肉体が過ごした時の記憶で二十四歳を過ぎた辺りで途切れていた。二十四歳で記憶が途切れている事に関しては思い当たることはない。想像するのは二十四歳で生涯を終えたのではないかと言うことだ。もし僕が死んだととするならば、死んだ瞬間の記憶がないのは、何が起きたのかわからずに死んだ可能性くらいしか思いつかなかった。

 

 僕は生まれ変わったのだろうか?


 赤ん坊にも関わらず、こうやって思考にふけれるのは、二十四年間培った経験や記憶があるからだ。生まれ変わりについては色々な推測や憶測を持ったが、今はあまり考えないようにしている。考えないようにしたのは、僕の小さな体が思考についていけかったからだった。結論の出ない難しい思考などをしていると、直ぐにもストレスを感じる。このストレスが厄介で少しでも溜まると泣かずにはいられなくなるのだ。

 ストレスは思考だけに留まらなかった。体を思うように動かしたいのにうまく動かせないのが、これほどストレスの溜まるものだとは思わなかった。赤ちゃんは泣くのが仕事と言われていたが僕はもう泣きたくなかった。この小さい体で泣くと凄く疲れるのだ。疲れて眠くなるのはまだいいが、頭がぼーっとして無気力状態になるのだけは避けたかった。長い時間難しいことを考え続けると直ぐにストレスが溜まってしまうので、今はうまくやりくりして、赤ん坊の体ながらも無理のない程度に効率よく考え事に耽るのが、今の僕の赤ん坊ライフである。


 今の自分のこと。


 生まれたばかりの赤ん坊は脳が未発達で、五感から受け取る情報をうまく処理できないと聞いたことがある。

 そんな未発達の僕の脳に十数年に及ぶ記憶が流れ込んだと思うとぞっとする。脳に変な障害とかが起きていないことを祈らずにはいられない。今は行動が制限された赤ん坊の身で、この小さな脳だけが頼りなのだ。

 五感だが、まずは視界が随分とよくなった。

 ぼやけたモノクロの世界に、徐々にだが色が着いて来たのだ。

 まだ遠くがボヤけているが、少しずつ世界が広がっていく感動は、大人の記憶がある、いまの僕にしか味わえないものだと思う。

 触覚に関しては特に問題ないようだ。包まれている布は柔らかいと感じるし手触りも良い。

 嗅覚に関しても自分の粗相したものは嫌な臭いだし、世話をしてくれる女性の香りはとても落ち着く。


 そしてこの三ヶ月、手足と首を動かす努力をしたので、随分と思った通りに動くようにはなってきた。

 少しでも頭を動かせるようになった時には、気になる隣人を視線に捉えることが出来たのである。隣人ちゃんは僕の思った通りの可愛らしい赤ん坊だった。

 隣人ちゃんも僕に遅れること数日で頭を動かせるようになっていた。僕を興味深げに見つめてくるクリクリっとした大きな空色の瞳の中に、同じ白髪の瓜ふたつ顔が反射して映っている。反射しているのはきっと僕の顔で、同じ一人の女性に世話を受けている事から血の繋がった双子か、たまたま似た他人の可能性ではないかと考えた。そしていまの僕は、隣人ちゃんと僕が双子に違いないと確信をしていた。

 この隣人ちゃんとは何か繋がりを感じるのだ。

 もう一人の自分がそこにいる感じで、自分の身と同一の価値を感じる存在である。隣人ちゃんの身に危険が迫った時は躊躇いもなく、この身を差し出せる自信もあった。

 そんな隣人ちゃんはピンクのベビー服を着せられており、僕はブルーのベビー服だ。

 色だけで判断するのも早計だとは思うが、隣人ちゃんは女の子で姉か妹となるのではないかと思っている。僕も同じであろう見てくれをしていて何だが、もう可愛くて仕方がない。泣き出すと心配で堪らないし、落ち着かない。そんでもって一緒に泣いてしまう。こんな感情が引きづられる所も強い絆を感じる瞬間だった。ちんまくてクリクリしていてぷくぷくしている、そんな姿の一挙手一投足が観ていて飽きないのだ。


 あー!興奮してきた!

「あー!うぁー!ぁああー!」


 声をめいいっぱい出して、興奮を発散させる。これがここ最近の日常で、そんな行為に隣人ちゃんは、きゃっきゃと嬉しそうに反応してくれた。


 母親らしきものについて。


 らしきものというのは、まだ確証が持てていないからだ。瞳の色が同じ青系で十中八九母親な気がするのだが、髪の毛の色が淡い茶色で僕達の白髪とは違うため、世話を任されている他人の可能性もまだある。

 だが僕の知る限り、この人以外が僕達を世話している所を見ていない。隣人ちゃんと母親らしき人以外の存在を確認していないのだ。僕は自分を含めた三人しか知らない狭い世界で日々を過ごしていた。

 母親らしき人はとても可愛らしい人で目が開いているのか分からないほど細目だが、いつもほんわかした空気を纏っている。僕達を扱う動きには確かな愛を感じるので、是非とも母親であって欲しい人だ。

 隣人ちゃんの生みの親ならきっと可愛らしい成長過程を見せてくれるに違いないと、僕の強い願望で、勝手に母親に内定していた。


 その母親(内定)は、定期的に僕達に母乳を与えに来る。

 流石に二人分を与え続けるのは無理なようで時折、木製の哺乳瓶を咥えさせられるのだが、これは母乳よりも美味しくない。木に残る乳臭ささと、動物臭いミルクに苦手意識が出て、飲む量にも明らかな差が出来ていた。だが隣人ちゃんは特に気にならないのか、どちらも貪欲に飲んでいる。飲む量に差が出来ると成長に差が出るのではないかと気付いて不安な将来を想像してしまってからは、我慢して哺乳瓶の乳も飲みきっている。子供の頃の成長の差は、上下関係の決定権に大きな影響を与えると考えが至った結果だ。男の小さなプライドである。

 勿論、僕の一日はお乳を飲んで、隣人ちゃんと戯れては寝ているだけではない。一日の大半は目の前の不可思議なものへの考察に向けられている。目の前に浮いている半透明なウインドウが僕を一番悩ませる原因として目に見えて存在していた。




次話 「運命の選択肢」

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