17、領主との面会
ペラム家の馬車に揺られて息苦しいのは決して服のせいだけではなくて、この後にある領主との非公式会見のせいであった。そんな心中とは裏腹に、ご機嫌で足をふらふらさせているバーナデットと、そんな娘の姿を一瞬たりとも見逃さないように楽しげに眺めているライオネスが、馬車の座席半分をお花畑に行くピクニック組と刑務所に送られる死刑囚のように雰囲気を二極化させている。
お腹痛くなってきた………。
僕にとって遥か上の目上の人との会話の席が設けられるのは、前世で新入社員の時に行われた社長との面談ぐらいしかなかった。それも今回のことに関しては、全くもってその経験が役に立たないという悲しい状況で現実逃避したくなる。
昨晩は徹夜で今回の騒動ことを説明させられた。なぜ徹夜にまでなったかと言うと、それはこれ以上問題を大きくしないためにも話せない事と話せる事、それを誤魔化しつつ今起きていることと、これから起きる事への話の辻褄合わせと言うか、両方が納得するだけの妥協点を見出すのに朝までかかったということだ。
母に「いつまでも子供子供と思っているのは~わたくしだけだったのね~シクシク~」と僕の初めての外泊にそんな事を言っていた。色々とツッコミを入れたかったが、ライオネスの目があって言えないのが悔しいところだった。
明らかに隠し事だらけで怪しさ満点の僕が、何とか切り抜けることができたのは、ライオネス側に強気に出られない理由があるからだと途中で気が付いた。その理由には全く持って検討が付かないのだが、明らかに僕が誤魔化そうとしている事に対して、落とし所を見つける気遣いを感じた。落とし所を探していく中でライオネスが言うには、いま誤魔化さなければならない相手は副領主だそうだ。領主に関しては後で真相を話して、後々の話を合わせて貰えるという形に、領主とライオネスの間だけで話がついているという。
今回目下の問題は、幼竜を討伐した人物を見つけ出して名を公表することらしい。
これは長年の伝統だそうで、例外無く討伐した者達の名前は公表され、その公表の日から祭りが始まるのがピークトリクトの古い伝統だそうだ。
元々、竜を討伐した者達が名声欲しさに自らの名前を知らしめようと名乗りを上げたのが始まりだそうで、名声欲しさでも竜を討伐出来るだけの能力のある者ならば、名乗りを高々と上げるだけの資格があると人々から評価された。偉業が成し遂げられたこと、レアな竜の素材が市場に回ることによる経済効果を前祝いすることで、お祭り騒ぎになったのが始まりだそうだ。
それほどまでに竜の討伐は大変なことで、実力、運、仲間、サポートとどれが欠けても成しえないと言われるほどの偉業とのことだ。それを幼竜とはいえ単独撃破したなどと言っても、誰も信じない与太話扱いされるのが関の山という。だがもし事実であるならば発表しないわけにも行かないのだが、ここで僕が竜を倒しうるだけの能力があるのかと、領主に疑われるていることに気付く。しかしながらこの世界、能力は貴族平民問わず個人のものと、個人の権利が保護されている。これは祝福し能力を与えた神の行為を詮索することとも捉えられたからだった。故に能力の詮索や強要は重い罪に取られるそうだ。僕はライオネスとの会話からこのことを知り、幼竜を倒すだけに至った経緯と能力については正直に話すことにした。いつまでも隠し立てしていては埒が明かなかったのと、こと能力の詮索に対してはライオネスが紳士的な対応をしてくれた僕なりの協力だ。
そしてもう一つ僕は良い妥協案になると提案を出した。
討伐の功績を分け合うことだ。
功績を分け合う相手はバーナデットとリリアで、実際あのまま放置されていれば僕は死んでいたのだから、助けられたのはサポートであり、《名奪い》されているのであれば、その功績は主であるバーナデットにあると僕は主張したのだ。
本心を言うと単独撃破という例外を僕の手で作るに至ったなど、そんな責任の重い功績は御免こうむりたかった。単独討伐の実例など出来てしまったら、何処ぞの馬鹿が我もと思って後を追って単独で討伐に向かい屍の山を築き兼ねない。
思い上がった若者の死の責任まで背負う無責任な性格にはなれなかったのだ。
リリアだけは功績を分け合うことに反発した。リリアにしてみれば、バーナデットの願いで僕を探し助けただけで、助ける気もなかったと面と向かって言われた。リリアから見れば瀕死とはいえ素っ裸の変態だ。僕の一命を取り留めた薬に関しても、バーナデットに何かあった時用にライオネスから預けられていたもので、瀕死の人間を回復させるだけの秘薬とは知らなかったそうだ。
そんなリリアは最終的に命令で幼竜討伐の功績者として名を連ねろと、ライオネスに言われ困惑顔だった。結局本人は内心納得していないので、名を発表される一人となってしまったことを恨まれ、後でぐちぐちと言われ続けた。
今回、メンバー的にも明らかに戦力不足なので、巻き添えを食らった人物がまだ居る。それはレージンで、僕が持っていた剣について調べ上げられていた経緯の出所としてレージンの元に行き着き、丁度良いとメンバーに名を連ねさせられたのだ。
レージンは店にペラム家の者が、僕に預けたの剣を持って現れたのを見て、僕が金欲しさに売ったのだろうと自分の見込みの違いの甘さを嘆いたそうだ。だがそれが勘違いだとわかり、あまつさえ、見込みの遥か斜め上をいって面倒ごとに巻き込んでくるなどとは思いもしなかったと、辻褄合わせに呼びだれていたペラム家で嫌味っぽく言われた。
本来一切縁がなく、一生繋がりを持たないであろうと思っていたペラム家側から接触して来たのだ。ペラム家には王都にも商店を構えるピークトリクトが誇る大商人が専属としているそうで、ペラム家の齎す秘宝と共に、長い両家の懇意な歴史を経て飛躍した商人一族なだけにペラム家との繋がりは深く太い。現在王国内での商人としての力は絶大で、ペラム家に取り入ろうなんて口にしただけでも潰されるほど、商人にとってタブーな領域なようだ。
それなのにペラム家の方から繋がりを持ち掛けられ、逆に雁字搦めにあって自由を奪われた状態だとレージンにぼやかれた。世間体には幼竜討伐の功績から見出されたなどで取り繕うらしいが、レージンのことを良く知る商人仲間や元冒険者にしてみれば絶対にそんな話は信じない、何か裏のある話だとすぐ分かるそうだ。
ペラム家や専属の大商人の影がチラつくので大きな声では言わないが、長年築いた彼らとの信頼関係がぶち壊されたようなものだという。彼らとは以前と同じ付き合いが出来なくなる、小さくても自ら築いき上げて来たものを本人の知らぬうちに代償にされたと、殺気のこもった目で睨まれた。大きな繋がりを手にしても嬉しく無かったと、僕に出会ってしまったことから嘆いてしまっていた。
砦の場でペラム家のお嬢様が《名奪い》をしたことを当主のライオネスがあの場で口にしたのは、ペラム家の秘密を知った者への拘束力を発揮した以外の何物でも無かったそうだ。ペラム家というバックがついた事で将来安泰になったかも知れないが、それは自由を奪われて鎖に繋がれながらエサを与えられる飼い犬に成り下がっ事に他ならないと分かったので、あの砦の場で僕を恨んで睨み、出会ってしまった自分を呪いって途方に暮れ、今後の人生に嘆くに至ったとぼやいたのだ。その上で幼竜殺しの名に連ねるオマケまで付いて来た。
レージンは僕と出会った時は得体は知れないが、面白そうなやつだと繋がりを持つ事に何ら躊躇いもなかったそうなのだが、今となってはとんだジョーカーどころか爆弾だったと当時の自分の浅はかさを殴り飛ばしたい気持ちだと面と向かって言われた。この辺りで最弱と言われるソルボードに死にかけた事など嘘で、あの時も竜と殺り合っていたのではないかと疑いをかけられた。
砦で徹夜して、朝からペラム家で口裏合わせをし、昼過ぎに領主の館に着くと、バーナデットが手を繋いで先へ先へと案内してくれた。
お庭の花が綺麗なんだとか、バーナデットより四歳年上の領主のお嬢様がいるとか、わんちゃんが子供を産んだばかりだの、バーナデットの話は尽きない。かなり頻繁に領主家に出向いているようだ。ただ領主夫人が二人いて喧嘩中とか、そんな知らなくていい情報は聞きたく無かった。
バーナデットは年相応の好奇心一杯の幼さを見せている時と、貴族のお嬢様らしく人の上に立つものとしての気概を見せるときがある。バーナデットはマジクから見て七歳も離れた年下で、ユウキからすれば八歳年上のお姉さん、前世にしてみれば一回り以上下の子供である。やっぱり目線は前世の自分から見てしまうので、子供らしく年相応の姿のバーナデットの方が見ていて嬉しかった。
領主との面会は非公式という事あって、バーナデットが領主のオリヴァーに抱きつくところから始まった。結果、僕の緊張が随分と和らぐ結果にもなったのだが、直ぐにオリヴァーの娘であるイーニッドが連れ出していった。イーニッドは隠す気もない様にすれ違いざま、まじまじと横目で僕を観察していったが、将来美人になる事が約束された青い髪を腰の辺りまで長く伸ばしたお姫様だった。
イーニッドとバーナデット、リリアが部屋から去ると、一気に緊張感が張り詰める。部屋の中には、領主であるオリヴァー、副領主のキンブリル、ライオネス、僕、それと顔を合わせた時からずっと見つめられているローブを着た紹介されていない紫髪の女性が一人残る事になる。
「お前が竜殺しか。見た目は幼いが黒髪か。本当に全属性なのですかな?」
キンブリルの問いは、マジクではなくローブの女性に向けられたものだった。
「文献ではそう記されておりますが、実際のところは分かりません。魔法を使わせるのが手っ取り早いでしょうが、全属性の素養があっても、全属性の魔法が必ずしも使えるという訳でも有りません」
妙齢なローブの女性は、見た目よりも可愛らしい声を発する。
「この者は魔法を使った事がないそうだ」
ライオネスが予め伝えていた情報を伝える。基本的に貴族との会話は、直接答えることを許されない限り声を出す事さえ許されないそうだ。
ライオネスが伝えた通り魔法を使った事がないのは本当なので胸を張れるが、特性があるのは目の前のウインドウに決定済みの<全魔法特性9+Ω>があるので間違いなく、アラが出ないか内心は心臓がバクバクである。
「全属性の証明は取り敢えず、時期を改めてという事か」
ローブの女性が目が鋭くなり、何か言おうとしたがやめたようだ。
「ならばどうやって幼竜を倒しえたと言うのですかな?」
「この者は任意の対象物の力を一時的に借受けることが出来るそうだ」
「ほう、それは途轍もない能力ですな、幼竜を倒すほどなのですから。知っておりますか?」
「古い文献にそういった能力が載っていたのを一つ見たことがあります。ただわたくしが見たのは、相手の能力を限定的に借受ける形のものでした。存命短かったようで能力の検証例が少なく、果たして竜の力を借受けるほどのものかは分かりかねます。長く存命で多くの検証が成されたとしても竜に対して能力が有効かなど確かめるとは思えませんが、竜に対して能力の検証など正気の沙汰じゃありませんので」
ローブの女性はそう言って、僕を睨む。
………僕は嫌われているのだろうか?
「因みに、その者が存命短かったのは暗殺されたそうです」
絶対嫌われてる………。
次話 「はじめての女体化」