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異世界Baby  作者: 本屋
15/112

15、幕間 竜殺しの正体 Ⅰ

 ライオネスはペラム家当主とは別の肩書きとなる領主相談役としてピークトリクトの中央に位置する領主館に呼び出されていた。領主をはじめ副領主、王国騎士団ピークトリクト駐在騎士団団長、ピークトリクト兵士団団長が今回の召集に参加していた。召集された部屋は八人座れる大きなテーブルと椅子だけで窓は一つもない密談に使う専用の部屋である。この密談部屋には集まったのは五人だけでライオネスには見知った顔ぶれだが、集められているメンバーに今の緊急事態振りがわかる。

 張り詰めた空気の中、副領主であるキンブリルが二枚の似顔絵をテーブルの中央に広げた。トリロン=キンブリルは副領主として十年以上領主の補佐を担当している人物で切れ者として王国内にその名を轟かせている人物だ。目つきの鋭い、頬のこけた病的な顔つきをしているが、至って健康で感情を表情や言葉など態度に出さない人間だ。


「まずは現状わかっている事をまとめた報告書を読み上げます。正午前に街とダンジョンとの境界線あたりで転移と思われる光が発生しました。後に二人の男の姿が消えたのは、数人の冒険者と露店のもの達が目撃しております。ニ人の男の内一人は背格好から十三~十六歳の白髪の青年で帯剣していたとのこと、もう一人は青年より背の低い男でこちらは三十~四十歳位で粗末な衣服を着ていたとのことです」

「目撃者がいると聞きましたが?」


 駐在騎士団団長のエーカーが、報告の区切りで自身の掴んでいる情報を知らしめる。王国より派遣されている二十台半ばの若いエーカーは聖騎士であり貴族である。ピークトリクト領には王都から七十人近い騎士が派遣され駐在していた。その団長ともなると有力貴族の子弟が当てられることが多く、エーカーもその一人だった。

 若くしても団長となるには、それに見合うだけの能力と世の分別はわきまえていることが絶対であるのだが、ライオネスにして見れば、エーカーは気に食わない若造だった。相手が有力貴族ということもあって、表立って態度を示したことは無いが、叩き斬ってやりたいほどの苛立ちを覚えている。公私混同を挟むべき場ではないので自重しているが、本当は同じ席につくのも嫌である。


「目撃者全員が、この二人に対して見たことのない顔と証言しておりまして、二人ともダンジョン区域には出入りしたことがない新顔ではないかとのこと。ですが転移前に二人は押し問答をしており、内容はよくあるダンジョン観光の者と押売り案内の押し問答だったそうです。押し売り案内が新顔というのは不自然であり、二人の正体も含めて転移の信憑性は高い証言が数多く上がっております。前回確認された転移現象が百十七年前。大魔導師ワンの話は皆さんも知っていると思いますので省略しますが、過去の転移現象が起きた時代には偉人、大英雄などが出現しています。転移のことは既に街全体に知れ渡っており、将来の英雄を一目見ようとダンジョンに人が集まり急な対応に追われるほどの状況でした」

「混乱による、怪我人などは出ていないのですか?」

「報告には上がってきておりませんが、確認しておきましょう。次に街の西部地区の空に突然飛来した幼竜ですが、数分の出来事だったようで、目撃者こそ少ないですが何者かが幼竜と交戦したのは間違いないようです。かなり上空での出来事だったようですが、人のようなものが目撃されてもいます。こちらに関しては領民への被害が報告されておりますが、幼竜の咆哮で数人の気絶者が出た程度であり、症状は軽いもので既に全員回復しているとのことです。今回の幼竜飛来の騒動で一番の問題は幼竜の死体が発見されたことになります」

「まさか、その者が竜の領域を犯したとかではないですよね?」

「わかりません、ただ竜の領域を犯せる可能性のある能力者は既に調査済みで、現在申告されている者の可能性はないとのこと」

「空で竜に喧嘩を売る馬鹿がこのピークトリクトにいるわけがないか…」

「今回は幼竜とはいえ、倒し得る力を持つ者が、現在ピークトリクトにいることの方が重要視されます。幼竜の死体には二つの傷のみが残されており、足の指が潰れているのと腹部の抉れたような傷があるとのこと。死因は腹部の傷のようですが、魔法の残滓が確認されていない以上、単純な物理による力で幼竜の防御力を上回る者がいる事実ともなります」

「そんな、力を持つ能力者聞いたこともない」

「幼竜の近くに剣が落ちていたそうで、この剣の持ち主が幼竜を倒した者であるかは、まだ分からりませんが、いま現状調べている最中ですので、こちらは追って報告いたします。現在上がっている報告は以上となります」

「にわかに信じられ無い話だらけですね」


 エーカーは大きな手振りまでして見せて、報告の信憑性を疑ってくる。領主や副領主の前であっても、このような態度が許されるのは、ピークトリクトの実行武力の全権をエーカーが握っているからだった。

 王国では領主が武力を持つ事が許されないため、王国に騎士団の派遣を依頼し治安の維持に努める。派遣する人数は領主の一存だが駐在にかかる費用は各領の財源から捻出せねばならないため必要最低限の人数しか呼び寄せられない。ピークトリクトにある最大の武力集団だけに、その長には判断力や決断能力のある適任の人物が当てられる。目に余る問題を起こせば領主から王国に直接報告がなされる仕組みにはなっているが、実際のところ、些細な態度や行動まで報告していたら、きりがないので報告されることはまずなかった。この状況がエーカーを調子に乗らせているのではとライオネスは常々思っていた。


「今回は幼竜とはいえピークトリクトでの竜討伐は二十年振りとなります。当時の竜討伐によるお祭り騒ぎは今も忘れられません」


 四十歳になったばかりのピークトリクト兵士団長のノブロが興奮気味に言った。ノブロは生まれも育ちもピークトリクトの平民で領民達の人気も高い。招集された者の中で唯一の平民だが、今回の招集に応じて一部発言が許されている。


「その幼竜の死体はどうなっているのだ?」


 ここで領主のオリヴァーが初めて口を出す。領主が貴重な素材になる竜の死体を気にするのは当然で、大きな経済効果が見込まれるのは確実だった。領主であるピークトリクト=ゼム=オリヴァーは王家に連なる名家で、名に〝ゼム〟を使うことを許されている数少ない大貴族だ。長くペラム家と王家を繋ぐ橋渡しの役割を持ちつつも、ピークトリクト領を滞りなく収め続ける実直な領主として領民の人気は高い。世襲によって代々領を治めてきたピークトリクト家では傑出した人物は排出していないが堅調さと穏やかな性格の者が代々排出していた。そんな今の領主オリヴァーとライオネスは同い年で幼馴染であり、仲は良好である事は領民を含め周知の事実となっている。

 

「ごく一部の激しい損傷と大半の竜血が失われていましたが、他は細かい傷などを除けば良質との事です。既に通達は済んでおり、解体作業に取り掛かっております」


 領主と副領主の会話となると発言が許される場であっても、領主の言葉の後に了解も得ずに発言できるのは副領主だけとなっていた。


「竜の領域に動きは無いのだな?」

「有りません」

「となると、やはり力を示した上での竜殺しとなるか………過去の例に漏れず、力による敗北は竜達も感知せぬからな。だが上空とはいえ市街地とはな」

「今回の竜殺しは計画的ではなく、突発的な事故の線が濃厚と思えます」

「何も知らぬ者が竜の領域を侵し、排除されそうになったところを返討ちにしたという事か? それはおかしいのではないか?」

「幼竜を返討ちに出来るほどの力のある者が、竜の領域を知らぬということになります」


 オリヴァーの眉間に皺がよる。


「ピークトリクトの者でないということか、面倒な事になりそうだな」

「間違いなく厄介ごとでしょう。幼竜の素材を市場に流す時の討伐者の名乗り上げは伝統です。既に気の早い領民は祭りの準備を始めています。ダンジョンでの転移の件といい、領民の多くは関連付ける方向に目が向いておりまので、類を見ない盛り上がりになる可能性が高いです。二、三日中にはお触れを出さなければ余計な混乱が起るのを避けられません」

「そうか、呑気に構えてはおられぬというわけだな」

「そうなります。今日中にもお触れに関する骨子を纏める必要があります」


 オリヴァーは大きく頷くゆっくりと頷いた。


「ところでライオネス。いまお主は屋敷に客人を招いているそうだな?」

「はい、青年を一人招き入れております」


 全ては茶番だった。ライオネスは既にオリヴァーがペラム家の内情をあらかた掴んでいることを知った。

 キンブリルの差し金だろうが、報告を含めた会話の流れに波風を立てないお膳立てが仕込まれていたのだ。オリヴァーの友としてのライオネスを気遣う心情とキンブリルのピークトリクト領を混乱させず早期解決する思惑が一致した芝居である。

 ライオネスは、ここまでお膳立てをしてくれたオリヴァーの顔に泥を塗るわけにもいかず、可愛い娘を守るという意気込みが崩され去るのを感じていた。

 この辺りもキンブリルの思惑の内だと思うと素直になれないのだが、個人の気持ちで判断するレベルでない事を今し方の会話で固められている。


「その青年とやらは身内か何かか?」

「いえ違います。思わぬ縁があり屋敷に招いております」

「お主が愛娘のいる屋敷に身内でない青年を招き入れるとは、その青年に興味が湧くのう」

「仰せとあらば、場を設けましょう」

「それは楽しみである。骨子も早くまとまりそうだな」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 キンブリルの報告以降、舞台の外にいたエーカーは今のやり取りの意味をようやく読み取ると、不満な感情を顔を表した。表情に出してしまったり、不満な感情を抑えられない事自体未熟さを露見するようなものだが、それをわかった上での行動だった。それもそのはずでエーカーはピークトリクトに着任してから、ペラム家と懇意の間柄となりたくて訪問を強く願っていたのだ。先ほどまでペラム家の歴代当主の中でもずば抜けた功績を残しているライオネスと同じテーブルに同席していて、興奮を表に出さないように感情を押さえつけていたのだが、そんな苦労も今は放棄して不満を表に出していた。

 王国の英雄と呼ばれる一族だけあって、近寄りがたいオーラを纏っているペラム家と懇意になる計画は足踏みを余儀なくされている。それにも関わらず何処とも知らぬ者が、若くして聖騎士まで登りつめて団長職にまで就いた自分を差し置いてペラム家に招き入れられてるとは、納得がいかないのは当然だった。それも今回の報告にあがっている件の元凶たる人物の可能性があるという。面白くなくて当然だった。

 エーカーは幼い頃からペラム家に纏わる物語のファンだった。そんなエーカーにとってピークトリクトへの着任は念願であり、ペラム家と懇意になるのは長く思い描いていた将来設計だ。結婚相手の決まっていないペラム家令嬢の存在は渡りに船だど思っていたのである。経歴、家柄、容姿ともに申し分ない自分が頼まれこそすれ拒絶されるなど思ってもいない。

 エーカーはペラム家の客人とやらに敵意を抱いた。

 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 オリヴァーから見てもエーカーは仕事をそつなくこなし、多少の態度や素振り以外は、これといった欠点も見つける事のできない人物であった。だが憧れから思い込みも含めて、本気で二十台半ばのエーカーが、幼いバーナデットを狙っている事実をライオネスが許すわけがなかった。

 そんな怒りの矛先を共に酒を飲んだ席でぶつけられていただけに、今回の件に関する人物がライオネスの館にいる事を彼ながらに確信していた。一人娘のバーナデットの近くに年頃の男を近付ける理由が、竜殺しを成した者ならば話は変わってくる。直ぐ申し出でこなかったことにも、何か深い訳があるのだと睨んでもいた。伊達に何十年も友と呼べるだけの付き合いはしていなかった。

 そのライオネスは、酒の席とはいえエーカーを「ロリコン変態」呼ばわりにする。念願の女の子が誕生してからの溺愛ぶりと、娘が絡んだ時の突飛よしもない行動はオリヴァーに取っても目を疑うものばかりで、娘一人でここまで人は変われるのかと感心した事もあった。

 オリヴァーは、そんなライオネスが屋敷に庇う人物に、誰よりも強い興味を抱いている。


「そうであったライオネス、後で部屋にて待っておるぞ」

「畏まりました」


 オリヴァーは今回の件にバーナデットが深く関わっているなど思いもしなかった事が、より大きな面倒ごとへの始まりだった事に後々後悔する事となる。






次話 「にぎやかな我が家」

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