14、メロディ
<変身能力>を使ったまま意識を失っても、変身は解除されないのはレージンの時に把握していた。そっと這わせた指で腹部を触れてみたが、何かに貫かれていた筈の傷が無くなっているのを知る。痛みも何もないが、また死にかけた事への現実に、ぼーっと天井を見上げていた。ここは見たことのある場所、バーナデットのベッドに寝かされていることに気付く。
「そう言えば確かめてなかったな………」
もう常に目の前に表示されていても気にならなくなって来たウインドウに指を伸ばす。既に十個の選択肢が決定済みとなっており、残りは四つ。その一つに触れた。
<全属性魔法能力7+α>
<全属性魔法能力5+β>
<全属性魔法能力8+α>
<全属性魔法能力3+Ω>
<全属性魔法能力6+β>
<全属性魔法能力2+Ω>
<全属性魔法能力5+Ω>
<全属性魔法能力9>
<全属性魔法能力8+α>
「はは、見事に全属性しかないや」
前に魔法能力の項目を確認した時は、<なし>だらけで後半に<火属性魔法能力9+α>とか<土属性魔法能力9+β>など高めの能力がある感じだった。どの魔法能力が強力なのかわからない上、選ぶ属性との関係性も踏まえて検討する必要があると考えたのは生産系の能力を選ぶに躊躇した理由と一緒である。
それが今は悩む必要がなくなる選択肢達。
今いる世界が決して優しくない世界だということは、先ほどのドラゴンと思われる脅威に出会ったことを考えても一目瞭然。何も知らない自分が迂闊な行動を取ると死がつきまとう世界。
そんな世界で生き抜いていくには、それだけの力が必要になる。
「悩む必要なんかないな」
僕は乾いた笑みを浮かべると選択した。
<全属性魔法能力9+Ω>
十一個目の設定が確定した。更にと、もう一つの選択肢に指を伸ばしたとき部屋の外が次第に騒々しくなる。
「マジク?起きたのよ?」
様子を伺うように開けられた扉からバーナデットが心配そうに顔を覗かせた。僕の視線とバーナデットの視線がぶつかる。とてとてとと近づいてくるとベッドの縁に手をついて顎をのせた。
「心配したのよ?急に居なくなるのはダメなのよ?見つけたら大怪我してたのよ?人間の姿になっているのは驚いたのよ?」
「ゴメンなー」
力なく返事をするとバーナデットの頭を撫でる。
「マジクとやら、挨拶が前後になってしまったな、儂はバーナデットの父親でこの館の主ライオネスじゃ、ここは安全だ。今は楽にするといい」
「マジク?まだ寝ていたいのなら寝るといいのよ?」
「うん、そうするよ」
僕は十二個目の選択はやめて、瞼を閉じると体を楽にした。
「パパ?マジクはなぁーに?」
「マジクとやらがあのネズミだっとすると、レアな特殊能力持ちに違いない。それも黒髪とは……只者ではないな」
「ライオネス様……」
「言うな、リリア。人を《名奪い》してしまったこともそうだが、この者自体が並大抵の人物ではあるまい。だからこそバーナデットの<秘宝狂い>が反応したのじゃろう。幼竜の死骸はこの者の仕業で間違いないのか?」
「まだ調査が始まったばかりですので断定はできませんが、状況的にこの者が関わっているのは間違いないと思います」
「黒髪と言えば、全属性魔法を操ったとされるお伽噺の大魔法使いじゃが。ネズミに変身出来るような者じゃからな、この姿も果たして………どのみちバーナデットに奪われた者として扱わねばならぬ。良いなリリア、今度は決して目を離すな」
「……かしこまりました」
薄れさせていく意識の中、彼らの会話を頭の片隅で聞いていた。片隅だったのは、いま受け取る情報が飽和し過ぎていて考えるのを放棄していたせいでもあるが、バーナデットが口ずさむ心休まる子守唄に耳を傾けていたかったのもあった。
「儂は領主様からの召集に赴かねばならん。日が暮れてからの招集など父上の代でも無かったはず。ダンジョンの転移装置が百年振りに起動したとか、幼竜が街の上空に飛来したとか、静かなピークトリクトに何が起きておるのやら。幼竜の方は此奴から話を聞けばというところじゃが、そうなるとバーナデットとの事も話さないわけにはいかなくなる………どうしたものか」
ライオネスの言葉が途切れ、バーナデットの優しい鼻歌だけとなる。ライオネスはリリアに念を押して召集の準備があると言って部屋を出て行った。
「バーナデット様、その者は得体の知れぬ身。他の部屋を用意しておりますので、そちらに移しましょう」
「嫌なのよ? わたしはマジクと一緒にるのよ?目を離した隙に居なくなるなんてもう駄目なのよ?」
「しかしながら、ペラム家の令嬢として寝室に、それもベッドに殿方を寝かせているとは、何処から噂が立つかも分かりません」
「でもマジクの事は秘密のはずなのよ?」
「しかし奥様の耳に入りましたら、このような形は許さないでしょう」
「ママは分かってくれるのよ?良い男は早めに捕まえるのよって言ってたのよ?」
「バーナデット様!その様な事はなりません!素性のわからぬ男をそのように言っては、自らを貶めることになりますよ!」
「リリア五月蝿いのよ?わたしの<秘宝狂い>が今も興奮して止まらないのよ?マジクはペラム家の秘宝と呼ぶにふさわしいに違いないのよ?」
「バーナデット様!しかしこれは人です!」
「たからなのよ?リリアには《名奪い》は使わないのよ?」
「………ですが」
「わたしは、これから一杯の秘宝を手にするのよ?きっとこれが始まりなのよ?」
「…………決して物語のようにはなりませんよ」
「当たり前なのよ?わたしは物語以上のことをしてみせるのよ?」
バーナデットはもうリリアとの話はお終いと言うように鼻歌を再開する。このメロディはバーナデットの一番お気に入りだと教えて来れる。それは語り曲で、苦難の末に恋と秘宝を手に入れるお姫様の物語を綴った語り曲だという。
次話 「幕間 竜殺しの正体 Ⅰ」




