12、バーナデット
馬車のようなものに揺られて、やっと少女の服の中から解放されたと思えば、そこは知らない豪華な部屋。ずっと服の上から押さえつけられて息苦しくなり、遠のく意識をなんとか保ち続け、今は高い天井が回って見える。
「わたしはバーナデットよ?あなたは?」
バーナデットが話しかけてくる。僕は聞こえないフリをした。
「………ちょっと待ってなさい」
バーナデットが踵を返す。豪華な部屋にはバーナデットが一人だけで、大きな天蓋ベッドに装飾栄えする机とティーテーブル。バーナデットはかなり裕福な家のお嬢様のようだ。部屋の隅には大きな箱があり、色々なものが乱雑に入っている。カラフルな色合いでおもちゃ箱の様だが、入っている物はガラクタにしか見えない。豪華な部屋には似つかわしくないく、違和感が激しく主張していた。そんな中にレージンの剣も無造作に放り込まれているのを確認する。それ以外は女の子らしい可愛い部屋だった。窓や机、テーブルなどにレースが細かいところにまで散りばめられ、この部屋の装飾をした人物の趣味が受け彫りになっている。バーナデットは、そんな部屋の片隅にある本棚から、一冊の本を持ち出して来ると、僕の正面に置く。
「良い事?ほら?」
バーナデットが本を何ページか捲ると、そこには灰色のねずみが可愛らしく会話をしている。幼い子向けの絵本のようだった。
これは教育書か何かかな?要は僕がこの本と同じように、普通のねずみとは違うと言いたいのかな?
僕は絵本に書かれている文章を読んでいると、バーナデットがジッと僕を見つめている事に気付いて、誤魔化すように明後日の方向を向いた。
「やっぱりなのよ?理解しているのよ?」
……さあ、何の事かさっぱり
見た目の幼さに騙されてはいけないようだ。バーナデットは僕が言葉を理解しているか探りをかけている。ここは聞こえないフリを通すに限る。
「後で分かるのも、今直ぐ分かるのも一緒なのよ?」
バーナデットの紅い瞳がずっと見つめてくる。ハムスターの表情を読み取れるのだろうか。異世界の不思議能力が一杯の世界だけに無いとも言えない。
「まあ、いいのよ?ともかく、お前は私のものなのよ?」
バスん!
バーナデットは何処から出したのか、小さな籠をひっくり返しに被せて僕を閉じ込めと、大きな目をめい一杯に広げてキラキラさせている。
ぎゃー!ぎゃー!
「ちゅー!ちゅー!」
「放さないわよ?わたしの<秘宝狂い>が言っているのよ?お前は今までで一番だって」
バーナデットはとてとてと走り、おもちゃ箱の中のレージンの剣を足を引っ掛けて引き抜く、勢い余って抜けた剣が床に転がり、僕を捉えた籠に向かって切っ先を向ける。ハムスターながら僕は表情が真っ青になるのを自覚した。
バーナデットは自らの指先を刀身にあてた。小さな指先に赤い血が滲む。
「思ったより痛く無いのよ?」
バーナデットは幼い顔に似つかわしく無い真剣な表情で近づいて来た。今にも垂れそうなの血を浮かばせた指先を向けてくる。
《名奪い》
赤い光が僕を包む。
なっ何これ!?
バーナデットの瞳が怪しく光り、風も無いのに長く紅い髪が揺らめく。
「そう………マジクと言うのね?これでお前は、わたしのものなのよ?」
ぎゃー!偽名がばれた!あれ?……偽名?
「ちゅーちゅー少し鬱陶しくなってきたのよ?」
【 マジク黙るのよ? 】
うわ!チューチュー言えなくなったと言うか、声が出ない!?これって命令に逆らえないってこと!?
「マジクって人間臭い名前なのよ?うん………」
【 マジク動いては駄目なのよ? 】
バーナデットの能力なのだろうか体の自由が奪われる。バーナデットは一言「面白いわね」と頬を上気させたが、直ぐ我に帰ると僕の視界から消えた。背後でガサゴソと音だけが聞こえてくる。
何してるの!?めっさ怖い!!
次第に物音がしなくなると僕の体が急に自由になった。僕は直ぐさま音の方に振り向く。そして見ないフリをした。
バーナデット………アホの子だ………
天蓋ベッドのシーツに体を潜り込ませて、息を潜めて目だけを此方に見せている。隠れて観察でもしているのだろうか、此方の動きを待っているようだが、丸見えだった。しばらく僕はバーナデットに気付いていないフリをしてハムスターになり切る。バーナデットは身動きしない。結構我慢強い子のようだ。
どうしよう………いつまでこうしていれば
コンコン!
「バーナデット様」
「!!」
ノックの音に遅れて女の子の声が聞こえてくると、バーナデットがシーツから這い出してくる。バーナデットの返事を待たずに入って来た女の子は、ベッドから抜け出そうとしているバーナデットを見て目の色を変える。
「バーナデット様!?なんとはしたない!何度外着でベッドには上がってならないと!」
血相を変えて、女の子が駆け寄ってくる。
「リリア?これは違うのよ?」
「何が違うのですか!そうやって直ぐに誤魔化そうとするのはバーナデット様の悪いところです!」
「本当に違うのよ?リリア?」
バーナデットはリリアと呼ぶ女の子に強く言われているにも関わらず、特に表情も変えない。
「二度とやらないとした約束を破った時のお仕置きは覚えておいでですよね?」
リリアと呼ばれた女性の声のトーンが一つ下がる。
「だから聞いてリリア?違うのよ?」
バーナデットの眉がより目線が僕に向く。僕は反射的に目を逸らしてしまった。横目でバーナデットの反応を見ると目が見開かれていた。
やばい、ばれたか?
「マジク?リリア?マジクがなのよ?」
バーナデットの指先が僕に向けられる。
「バーナデット様!?その指は!?どうなされてっ!て!まさか!!」
「あっ」
バーナデットは何もなかったように血の滲む指先を体の後ろに隠すが既に遅い。
「バーナデット様!?まっ、まさか《名奪い》をなさったのですか!?」
リリアは目を見開いてバーナデットの両肩を掴むと、バーナデットは目を逸らしてしまった。
「まさか!本当に《名奪い》をなさってしまったのですか!?はっ!?何に!?」
リリアの目線が床に転がるレージンの剣に注がられる。
「……先程拾わられた剣?これは名刀でも何でもない普通の剣だと、私は言いましたよね!?何て事を!貴重な《名奪い》をこんな剣に使ってしまうだなんて!」
リリアは顔面が蒼白になっている。
「旦那様に何とお伝えすれば………」
「リリア?違うのよ?」
「何が違うのですか!生涯一度しか使えないかも知れない《名奪い》を使っておいてっ!」
あー、完全にリリアさんとか言う人、冷静さを欠いちゃってるよ………でも《名奪い》ってそんなにヤバイもの?
僕は、どんな得体の知れないことをされたのかと、身震いする。
リリアの激しい剣幕に都合の悪いように目線を逸らしたバーナデットの口から小さな声が漏れる。
「剣になんてする訳ないのよ?」
「では何に《名奪い》を使ったと言うのですか!?」
バーナデットの目線が僕に向く。その表情は自信のない弱々しいものだった。
リリアがバーナデットの見る方向をゆっくりとを向く。
マジクことハムスターのくりくりした目とリリアの目が重なったとき、リリアは白目を向いて卒倒した。
次話 「ペラム家」