11、ダンジョンの神と呼ばれる存在
「お連れしました」
背後から聞こえる声に振り向く。数歩先に小男が跪いていた。
小男が首を垂れるその先には大きな椅子に腰を預ける短髪の美丈夫。金色の髪が僅かに光っており粒子を纏っている。絵に描いたような美形で、これ以上にない存在感なはずなのに目をそらしたら見失ってしまいそうなほど稀薄な空気を纏っている。
「下がって良い」
男女の別々の二重の声が美丈夫から聞こえると、音もなく小男の姿が消えた。
ああ!まずい!<危機察知3>鳴ってないけど絶対マズイ!身体中に鳥肌が立ってる!!
「少し落ち着け。狂乱せぬように危機を察知する能力を封じた意味が無いではないか」
完全にアウトです!<危機察知3>使えない子どころか、意味のない子にされてる!
「落ち着けと言っている」
美丈夫が指先を小さく横に動かすと、急に頭の中がスッキリする。
何でパニックになっていたかさえ、今ではもう分からない。
「落ち着いたか、取って食いはせんが、我が意図せず動いただけで、そなたらは消えてしまうこともあるのでな、危機を察知する能力が反応するのは致し方ない。まあ、それはさて置き」
そこは大事な部分なんで置いちゃダメなんしじゃ………
「お前を迎えたのは、我の結界内で異物を感知したのでな……」
美丈夫は瞳を凝らして僕を見つめてくる。
「これは中々、異物と感じただけのことはあるか」
肉体が逃げたがってるのに頭の中が冷静という、自分の体なのに真逆の反応をしていて、とても気持ちが悪かった。
「やはり感じたものと、見るとでは違うものだな。そう思わせるだのモノがあってのことだろうが……」
美丈夫は一人納得しているが、こちらはチンプンカンプンである。
「あい分かった。もう会うことも無いだろうが………いや、お主なら自力でここまで辿り着けるか……中々僥倖であった」
「あ、あの!一つだけ!」
思わず声が出ていた。何もわからぬまま終わりそうになって聞かずにはいられなかった。
「ふむ………みなまで言うことはない。なるほど結果は変わらぬのか」
本当は余計な事をしない方が良いと頭では分かっているのだが、絶対的な存在に感じられる存在との邂逅に、もう会えない可能性まで示唆されては、悔いが残る方が嫌だった。
「これもまた面白い。良い。褒美として認めよう。そなたの聞きたい事は分かっている。そなたが、ここにいることは偶然の賜物だとしても、それは意味のあることだ。この先そなたは、そなたであることを違わぬことだ。精進せよ」
美丈夫の表情がほんの少しだけ和らいだ気がした。意味深い言葉に色々と考えてしまうが、我に帰り僕の思う通りなら取り敢えずは礼を言っておくべきだと思い何回も頭を下げる。
「よい、我も楽しかった。一つ助言をしよう<家事>を選ぶがよい」
「はい!? ちょ!……」
光が溢れ意識が遠のいていく。
え!?え? ちょっと待って!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
僕は元いた場所とは違う、奥まった日陰のスペースに手を伸ばして立っていた。あまりの急激な展開に座り込んで頭を抱える。
「あぁ………やっぱり、神様とかそういう人だったのかな?」
僕が美丈夫に問いかけた質問は、何故自分はこの世界に生まれ変わったのか?という質問。
神かもしれない人物に、もう会うことが無いとまで言われてしまっては、聞いて置かなければならなかったことだ。こんなにも早く僕の身に起きたことを説明できる者に会えるとは思っていなかった。まさか本当に神様だったのだろうか。でもピンと来ない。僕は前世では神様の存在などこれっぽっちも信じていなかったのだ。だが僕の質問に答えられるような人物は、まさに神と呼ぶべき超越した力を持つ者でしかいないとも思う。
「<前世の記憶を引き継ぐ>を選んだのは偶然だけど、意味はあるって何が何だか」
それにしても、目眩く起きるイベントの数々に嫌気がさしてきた。
「あー、もうやだ!毎日毎日、死と隣り合わせのような生活!平穏な生活は何処なの!?そもそも最後のアレは何だよ!?<家事>って生産系能力の<家事能力>のこと? 意味がわからない!!」
確かに生産系能力の中に<家事能力>があった。だがそのままの意味を取るならば、生産系の能力の中になぜ<家事>があるのかもよく分からない。生産系とカテゴリーしたのは僕ではあったが、<鍛冶>や<裁縫>、<木工>などが並んでいればそれはゲームで言うところの生産系のスキルであろう。<家事>が何を生産できるかなど分からなかったし、取る気も無かったので深く考えもしなかった。それがよりにもよって<家事>を取れと、美丈夫に助言されたのだ頭を抱えて当然である。
僕はウインドウを確認した。
<鍛冶能力6+Ω>
<なし>
<なし>
<なし>
<なし>
<なし>
<家事能力9+Ω>
<なし>
<なし>
<なし>
<裁縫能力8+Ω>
<なし>
「他に魅力的な能力があるのに何で<家事>?意味わからないし!これ強制なの?ねえ、誰か教えて!?エライ人!」
「誰かいるのか!?」
思わず上げてしまった大きな声に誰かが反応したことで、僕は自らの口を手で覆って息を止める。美丈夫の所からどこに移動して来たのか分からないのだ。
「本当に探しているのが白髪ならば、これ以上無い特徴のはずだ」
別の声が聞こえる。美丈夫の所に飛ばされる瞬間、冒険者に見られていたことを思い出した。声が近づいて来ることもあって追い詰められた精神状態になっていく。
<家事能力9+Ω> ➡︎ 「YES」
半分自棄になっていた。美丈夫に言われた通り生産系能力の枠から<家事能力>を選択すると、腰から剣を外して、岩陰の隙間に隠すとす。
<変身能力> ➡︎ ハムスター
ピポリン♪
ハムスターに変身したことで埋もれた衣類から抜け出そうともがいていると、ウインドウ内にインフォメーションがポップアップした。
「<家事能力9+Ω>を選択したこのにより、属性<全属性∞>が解放及び自働選出され決定されました」
「そこにいるのは分かっている!大人しく出てこい!」
ピポリン♪
続けざまにインフォメーションがポップアップして来る。
「<全属性∞>を取得したことにより、全属性の魔法能力特性を得ました」
僕はハムスター姿で門の裏側に並ぶ岩陰の間に隠れるのが、目の前に展開される情報について行けない。
「ん?誰もいないのか?」
軽装の鎧を着た男が顔を覗かせている。男の目線が脱ぎ捨てられた僕の衣服に向けられると、鞘で僕の衣服を漁り出した。
やめてー! それだけは!後生ですから!
鞘で持ち上げられた僕の衣服は男の手によって検分され、内ポケットに入れて置いたお金を入れた小袋に気付かれてしまう。
「おい!誰もいないのなら行くぞ!」
他の兵士が声をかける。
あーー!
脱ぎ捨てられた衣類とお金の袋に気を取られたお陰で、レージンから借り受けていた剣に気付かれずに済んだかも知れないが、男にお金と衣服は持ち去られてしまうことになった。
僕はハムスターの姿で項垂れる。銀貨八枚と母が作ってくれた服が持ち去られ、街中で人の姿に戻れなくなるという縛りプレイを強要される瞬間であった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
取り返すあてのない我が家族の全財産の約1/3と衣服を追うべきか、レージンから借り受けている剣の元に残るべきかの選択に決断出来ずにおろおろしている所に、僕は背後から抱え上げられた。
ぐはっー!今度は何!?
くるりと乱暴にひっくり返させられると目線の先には、大きな紅い瞳の少女が居た。
「チュー!チュー!」
僕は抗議を上げながらも、体を捩って少女の掌から逃げ出そうとするが、ビクともしない。少女は紅い髪の毛を揺らして可愛らしく小首を傾げる。
「毛色の違うねずみさんなのよ?でも違うのよ?お前はなに?」
さらさらの長い紅い髪の毛に黒いリボン。黒いリボンとお揃いのフリルがたっぷりの黒色のドレスに、胸元の紅いクリスタルのペンダント。少女は好奇心いっぱいの瞳で僕を見つめる。
「チュー!チュー!!チュチュチュッー!」
ぎゃー!ぎゃー!!<危機察知3>大先生どうなってるの!!
「バーナデット様!バーナデット様!」
少女の背中越しに慌てた女の子の声が聞こえてくる。
「こちらにお戻り下さい!バーナデット様!!」
女の子の声がヒステリックになって行くのに合わせて、少女の手に力が入ってくる。
「静かにすることなのよ?いい?」
「バーナデット様!?そこに誰か居るのですか!?」
僕は声が出せないほどに締め付けられた首を、動かせるだけ何度も縦に降ると、少女の瞳に星が浮かぶ。
「お~♪」
少女はスカート捲し上げる。
「うんしょ、うんしょ」
少女は僕を乱暴に、スカートの中からおへその前に無理やり押し込んだ。
ぐきゃー、優しく!手が曲がってはいけない方向に!折れちゃう!
「そこに誰か居るのかは知りませんが!バーナデット様に指一本でも触れたら、ただでは済みませんよ!!」
「リリア、五月蝿いのよ?今出て行くのよ?」
そんな少女の目にレージンの剣が映る。
「丁度良い?これが今日の戦利品?」
少女は満足げな声が聞こえてきた。
次話 「バーナデット」