108、幕間継承権を持つ者Ⅱ
第三妃の母は、息子の私から見ても自己主張が少なくゆったりとした時間の中を過ごすのが好きな人間だ。陛下が、自己主張の強い第一妃、第二妃とは違う空気を持つ母との時間を大切にしてあることは、子供の時分から気付いていた。陛下は他の妃との間に軋轢が生まれぬよう表向きは三人の妃を公平に扱ってはいたが、女の勘は鋭いようで、第一妃と第二妃から受ける嫉妬は母への態度で明らかだった。それでも母は気にした様子もなく、私と妹を軋轢から守り育ててくれた。私は無害を装いながらも母と妹をこの魔窟から救うべく、幼い頃から王の座を目指す事に執着することになった。
今のところは順調に王座への階段を登っている。私は数年後には王座に就いていることだろう。しかしながら準備が順調に整っていても、不安が晴れることは無かった。幼い頃に感じた第一妃と第二妃から感じた得体の知れない恐怖が未だに払拭出来ないのだ。己を鍛えて王座に足をかけるに至っても、第一妃と第二妃の影をふとした瞬間に感じてしまっていた。
そんな私の元に、古い手記の発見が報告される。この発見が、私を介して陛下にまで報告されるに至った理由は、今の私には必要不可欠な無視の出来ないものだったからだ。賢王として名高い四百年前の王に仕えた高官が残したと思われる古い手記に記述されていたのは、王座に就くのに武の王達から賛同を得る必要があったというものだった。私はこの記述を確かめるべく、つい先日に王都に招いた剣王から話を聞く事になる。剣王から齎された解答は、文献の記述は事実。私は陛下の許可を得て武の王達からの賛同を得ることを決めた。
現在王国には、武の王の称号を得た人物数人知られている。最も有名なのが剣王ガルドーなのだが、私が次期統治者として彼等の賛同を得ることが出来たならば、一つ強みになるのは事実だった。それによって、第一妃と第二妃から感じる不安を払拭出来るとは限らないが、時間の許す限り、より盤石に足元を強くすることは決して無駄ではない。
「よく来てくれた剣王殿」
マジクに美姫を連れて来るように言って、その合間に剣王を出迎える。出先であり給仕も居ないために、王族らしい歓迎の席を設けることが出来ないが、今回に限っては必要ないだろう。
「まさか殿下がわざわざ御越しになられるとは、思いませんでしたのう」
「先日の王都では剣王殿と話が出来る時間が限られておったからな。私があそこまで振り回されるとは思わなかった」
マジクに関する関係者も含めて多くの者を王都に呼び付けたことで、剣王との会話をする時間も十分すぎるほど用意していたはずだった。だがその用意のほとんどをマジクにぶち壊される。まさか、王都に滞在する短期間であれほどの問題を量産するとは思わなかった。王の目にとまり王都に連れ出すに至るだけの発端となった偉業を短期間で成し遂げた馬鹿げているとも思われた報告書が、大袈裟に盛られたものではなく、事実を示していたことを我が身を持って知る事になったのだ。陛下を始め報告書に目を通した誰しも、報告書の全てを信用しなかったのだから、私の不徳の致すところではないが。
「殿下がここに居られるということは、王都は落ち着きましたか」
「全てが片付いたわけではないがな。しかし優先順位は周囲の状況に左右される」
「なるほど、ここにおられるのが殿下にとって最優先事項ということですか」
「あの者に対する対応もそうだが、天神海には奈落がある。剣王に見極めて貰う場所として十分相応しいと思ってな」
「また難儀な場所を選びましたな」
「私なりの本気度を伝えたかったのでな」
「確かに意気込みだけは感じますな」
剣王の鋭く光る眼光に、たじろぎそうになるが、なんとか踏み止まる。剣王の表情が直ぐにも緩んでくれたことで一安心はするが、心の内を悟られぬように表情には出さ無いように心掛けた。
剣王ガルドーと言えば王国一の剣士であり、最強の剣の象徴として王国中の名を知らしめている存在だ。冒険者としての腕も一流で、ダンジョン探索歴は五百回を超え、千件を超える魔物討伐実績を含めた実績は、王国に五人しか居ない一級冒険者として王民から羨望の眼差しを受けるほどだ。その剣王がここ十年、ペラム家の教育係として一つの土地に腰を落ち着かせた。剣王を組みすることに成功したのは、ペラム家当主ペラム=ライオネスだった。ライオネスは剣王を口説き落とすのに紅剣バナードを餌にしたと言われている。
王国に確認されているだけでも十本しか無いと言われている<剣術能力8>以上を要する剣は、十年前まではその全ての所有を王族と剣術の神の信仰宗家が独占していた。ライオネスが十年前に<剣術能力8>の紅剣バナードをダンジョンから持ち帰ったこと知ったガルドーは、真っ先にライオネスの元に駆け付けて、紅剣バナードを手に入れようとした。だが紅剣バナードは既にペラム家特有能力《名奪い》によってライオネスの所有物となっており、剣王は紅剣バナードを使わせて貰う条件としてライオネスの出した子息の教育係を勤めることを飲んで現在に至るという話だ。噂では、もしライオネスが死んで、《名奪い》の効果が切れた暁には所有権が剣王に移される約束が取りなされているという。ライオネスより十五歳も年上の剣王が現役の内に紅剣バナードを所有出来るのは、ライオネスが早死にするしか無いのだが、憶測として、ここら辺の噂話が所有権に関する噂と混同し、一人歩きしたのだと推測されている。
世間一般では、剣王の称号は剣の最高位を極めし者としての認知度が高い。王国に<剣術能力9>を要する剣が二本確認されているが、どちらも扱えた者が居ないとされており、<剣術能力9>は剣の神の領域とも言われているからだ。この二振りの剣は神の剣として王国の宝剣という扱いをされている。人間の到達できる最高位は<剣術能力8>であると言われていた。それを証拠に剣王の称号を得る条件として<剣術能力8>が必要であると、剣王を鑑定した仙人からの話を元にした報告書が二十年以上前に陛下に上げられている。
「剣王殿をはじめ武の王達が本来、王位継承に関わりがある立場であるのに、沈黙を貫いていたのは、昔の領主間の争いが原因なのだな?」
四百年前に起きた一領主間の争いは王国全土に飛び火し、王国全土を巻き込む悲惨な争いに発展した。四年続いたこの争いは、全ての領を疲弊させ、領主の力を衰退させた。この時より、領主は私兵を持つことを奪われ、疲弊した領土を建て直すことが一番の急務となるのだが、ここには王族のみが知る裏の事実がある。全ては肥大し過ぎた領主の力を削ぐための工作であり、世間的に賢王と名高い王が仕組んだ継承権争いだったのだ。争いが収まり平和の象徴として誕生した新しい王は、玉座を手に入れるために王国全土を巻き込み、歴史上類のない争いを起こした血塗れのを王だった。その現在まで続く平和な王国の礎を築いた王として、後に賢王と呼ばれる事になるのだが、この時流れた血が、四百年続く平和な治世の代償として釣り合いが取れるかは、今後の王族の統治にも関わってくる。あのまま肥大し続けた各領の力を野放しにすることで流れたであろう血の量と当時流れた血を天秤にかけた時、変革が行われなければ、もっと多くの血が流れたと歴史的な考察もある。だが賢王は統治者としては優れたが、人道には外れた王というのが王族に伝わる事実だった。
「その通り、殿下もご存知の通り玉座は常に血塗れております。だが当時の玉座は、その流した血の量の多さに、血の海に沈み込むほどでした。そんな統治者を当時の武の王達が認めなかった。その結果は、もう知ってらっしゃいますな?」
そう賢王は玉座に治る為に当時の武の王達を亡き者にした。領主の争いに紛れて、自らの王座への障害を排除したのだ。それぞれの武の王達を排除するのにどれだけの犠牲を払ったのだろう。決して安いものではないはずだ。そこまでして手に入れた王座。そして施した統治者としての采配。そして現在の王国は、その血濡れた恩恵の上に立っている。
武の王が世襲ではなく、神に選ばれた者であったからこそ出来た力技でもある。武の王の一族を根絶やしにしてもまた、武の王は生まれるのだ。神の手によって。
「………そうか、代々王の側にいる仙人は、これを伝える役目もおっておったのだな」
「なぜ、事実を知る仙人だけは生かし、後を継ぐ仙人に代々の武の王に引き継ぎを行うことを賢王が許したかは分かりませぬが、ワシは仙人殿の鑑定の時に役目も伝えられました」
仙人が陛下に対しての態度をあれほど強気に見せれる理由もここに起因していたことが分かった。王座の監視も仙人の役割として担っていたのだ。その発言力は賢王の代から与えられたものだったのだ。もしかすると、陛下も知っていたのかもしれない。
「賢王は、王国の未来を考えていたことだけは確かなのかも知れぬな」
「事実に辿り着くだけの能力を要し、制度を復活させるだけの力を持つ者が、王座の近くにあるならばということになりますが、辿り着かれた殿下はどうなさいますかな?」
「それは、この事実を公表も含まれるのか?」
「いいえ、穏やかな水面に、わざわざ石を投げ入れることもないでしょう」
「ならば、事実を隠してなお、武の王の賛同を得たいのかと聞いている訳か………」
確かに、私は武の王達の賛同を得ることで、国民からの支持を一気な集め、自らの盤石な足元を得ようとした。だがこの事実は公表すれば国民の間に大きな波風を立てることは間違いなかった。四百年も前のことだろうが国民の王族への信頼を著しく失う行為になる可能性が高い。王国の土台に、ヒビを入れることになるかもしれないのだ。本来は公表して、武の王達の賛同を得ることでこそ、盤石な足元を手に入れられるものだったのに、得られるはずの結果が王国に対してマイナスの効果を出しては、そもそも、統治者としての能力が無いのに等しい。剣王は得られる成果が無くなるが、それでも賛同を得たいかと聞いているのだ。
「………武の王達が沈黙を貫いていた本当の理由これか………ならば私も報いなければならぬな」
「事実を知った上で挑まれますのか?」
「ああ、私は知ってしまったのだ。継承権争いに一役かわすことが出来なくとも、武の王達が沈黙を守った理由を含めて、改めて私が玉座に相応しいか見極めてもらおう」
改めて、剣王の瞳を強く見つめる。剣王の鋭い眼光は先ほどの挨拶の時と同じ物のはずなのに、私はたじろぐことなく受けて立つことが出来た。初めの下心丸出しの私では剣王の見極めを受ける資格さえ無かったのだ。それをいま知る事になる。
「剣王殿。奈落にて、私が次期王として相応しいか見極めて頂けるか?」
「……良いでしょう。ただし一つ条件がありますな」
「なんだ?『神剣』だけは私が王となったとしても渡せぬぞ?」
王家に伝わる<剣術能力9>が必要とされる剣『神剣』、剣王が条件を出すのに最も先に頭に思い浮かぶのは剣だった。
「いま扱えないものには興味は有りませぬ。条件はあやつ、マジクを同行させることですじゃ」
「………奈落でか?何が起きるか分からぬぞ?なぜだ?」
「あやつは未だに底を見せぬのです。奈落ならばあるいは」
「私を見極めるついでに、あの者を引っ張り出すのか。些か興に乗り過ぎではないのか?」
「ワシにとっては、あやつを知り、最高位の道を見つけることが、何よりの最優先なのです」
「<剣術能力9>への道か、本当にあるかは分からぬのだぞ?仙人も口を閉ざした今、あの者が、本当に<剣術能力9>である確証もない」
「いや、あやつは最高位に達しておるのは間違いない。ワシには分かりますのじゃ」
「長く人では辿り着けぬと言われた剣術の最高位。他の武器術には存在を確認されておるにも関わらず、剣術のみ確認されていなかった<剣術能力9>。故に<剣術能力8>が最高位と言われて来た。あの者が現れてそれが覆ったと剣王は確信していると言うのだな?」
「いかにも、あやつがどのようにして、あの場まで上り詰めたのか。ワシがあの場所に辿り着くには何が足りないのか。ワシに残されている時間は少ない。長い間足踏みしていたが、目の前に成し遂げた者がいる。もう止まることは出来ぬのです」
「そこまでして、あの者を奈落に引っ張り出したいと申すのだな?」
剣王を見つめ、テーブルをコツコツと叩く。奈落に赴いて何を持って剣王に見極めてもらうかまでは、考えていなかった。騒動を巻き起こすマジクを連れて行くだけで、考える必要が無くなる可能性も高い。あの者が引き寄せるトラブルを乗り切って見せるだけで、剣王の見極めには十分な気がするのだ。確かにリスクは高くなるが私にも見返りはある。剣王が言うマジクの力を見る機会が訪れるかも知れないのだ。陛下には、マジクを上手く使って見せると宣言した。だが現状上手く使ってるとは言えなくなって来ている。それも、マジクの力を所詮個人の力と見誤っていたのが原因だ。
「よかろう。あの者の同行を認めよう。だがあの者をどうやって、引っ張り出すのだ?私から見てあの者は奈落には望んで入ろうとはしないだろう」
「殿下自ら、事情を話す訳にはいきませんのか?」
「確かにあの者は甘いところがあるからな。話せば付いてくるかも知れぬが、それでは私の力になろうとしての行動となる。その状態で剣王としての見極めになり得るのか?」
「確かになりませんな」
「ならば一芝居を打つ事にするか。私の見極めとは知らずに、あの者が同行する状況を作り上げれば良いのであろう。丁度良い状況ではあるな。私にそこは任せて貰おう。剣王は話に乗ってくれればそれで良い」
「では、お任せしましょう。まさか剣王となって見極めの場が楽しみになるとは、思って見ませんでしたな」
剣王が楽しそうに笑みを浮かべるのを見て、私も笑みを見せる事にした。人としての器の大きさも示す必要が今はあるのだ。
まだ片鱗しか見ていないマジクの力。神との邂逅を果たし、数多くの偉業をこの短期間で成して来るのに、必要となった力をこの目で見せて貰う。
そして剣王からの賛同を得て、それを皮切りに他の武の王の賛同も得る。私が王として相応しいか材料を一つでも増やすスタートが切られることとなった。
その舞台は王国一危険とされるダンジョンの別名「奈落」にてと決まった。
次話 「恋のお悩み相談室」