表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界Baby  作者: 本屋
105/112

105、獣人の国


「私が住んでいたエルフの森は、背の高い木々が生息する始まりの森で、最古の森と呼ばれる神聖な土地だったの」


 ラヴィニアは今まで語らなかった、自分が生活していた世界を語り始める。僕は今までラヴィニアの世界について深く聞くことはなかった。ただでさえ理解できない状況に追い込まれているラヴィニアの心情を考えて、落ち着くまではと、ラヴィニアの住んでいた世界のことを掘り下げて聞くのをやめていた。だが今回はラヴィニアに語ってもらう必要がある。僕だけしか港に打ち上げられた狼の獣人との面会の機会を得ることができなかったからだ。その為にもラヴィニアから、狼の獣人の情報を得ておく必要があった。ラヴィニアには、今回に関して次の面会に繋げるいうこと納得して貰った。ラヴィニアが同席出来ない以上、僕は獣人の知識を得ておかなければならない。


「私達が住んでいた森から遠く離れた別の新しい森に、獣人は集落を作っていたの。私達エルフとはあまり交流がなかったわ。彼ら獣人は乱暴でガサツな所があるから、繊細で静かな生活を好む私達とは種族性が合わなかった。それでもドワーフの仲介があって、それぞれのもたらす生産物や文化の交流だけはあった」

「獣人とは争いがあったのかい?」

「ないわ。ドワーフ達が間に入ってくれたことでうまく軋轢から逃れていたの」

「そうなるとドワーフという種族の話も聞いておいた方が良さそうだね」

「そうね。ドワーフ達は私達の住む森のすぐ近くの土地に大きな街を築いていたわ。街と言っても、ここのような街じゃなくて地下の街よ。彼らドワーフ族は鉱物が大好きで、地下に向かって採掘する穴を掘っていくの。その穴が長い年月をかけて街になっていったそうよ………獣人がいたってことは、彼らもこの世界にいるのかしら………」


 ラヴィニアは会話の中で他の可能性も見えてきてしまい、会話を中断して思案に(ふけ)ってしまう。


「ラヴィニア、大丈夫か?」

「………ごめんなさい。目覚めて自分のことだけで手一杯だったから、以前のことを考えるのは止めていた分、整理が追いついていないの。頭の中で後回しにしていた思考が溢れて脱線しちゃう。いまは必要なことだけに集中するようにするわ」


 そう言ってラヴィニアは眉を寄せて難しい顔した。


「ドワーフは体がエルフよりも小さくて温厚な種族なんだけど、獣人と渡り合えるだけの力は持っていたわ。小さいわりに力は獣人よりも強いし動きも早いわ。性格は陽気なんだけど、仕事に対しては実直だった」


 僕の知る前世の物語に登場するドワーフと少し違う。物語の中のドワーフは力は強いが動きが鈍いのが定番だったはずだ。


「対して獣人は、身体が大きな分力が強いけど動きが鈍いのが多いわ。それでも血の気が多くて争いごとが大好きな野蛮な奴らよ。私大嫌いだったけど、今はそんなこと言ってられないわ。言葉が通じる唯一の私の世界の手掛かりかも知れないのだから」

「エルフのことも教えてくれる?」

「………私達は、争いごとが嫌いで、腕力もないから戦う力も持たなかったわ。森の恵みで生活していたの。森の恵みは木の実や樹液でそこから私達は食べ物やお酒、薬なんかを作って生活していた。ドワーフと獣人からはお酒や薬との物流交換で、道具やお肉を分けて貰っていた」


 意外だった。エルフといったら魔法と弓矢のイメージが強いけど、ドワーフと同じように僕の知る物語とは違っているようだ。確かにラヴィニアは魔法の存在を知らなかったし、砦で母の手伝いをさせても重いものは、あまり持てなかった。長い年月の間、監禁されていた後遺症で力が衰えているのかと思ったがそうではなく、元々無かったようだ。


「ラヴィニアも薬を作ったりしていたの?」

「そうよ。私の家は古い薬師の家系だったから、エルフの中でも良く効く薬を作れることで有名だったわ。でも、魔法で怪我をあっという間に治せるこの世界では無用の長物ね。私ね、砦の皆んながちょっとしたことで怪我した時に、あなたが魔法で一瞬で治してしまうの見てビックリしたのよ。動揺を悟られないように必死で取り繕ってたけど。だって私、この世界でも薬の知識を活かして何とか、将来的に自立出来るんじゃないかと考えていたから。そんなに甘くなかったわね。呆気なく私の特技がこの世界では通用しないものになったわ」


 ラヴィニアが辛そうに笑って見せた。得意なものが通用しないのは、辛いことだと分かっているつもりだ。だが僕が考えているよりもラヴィニアが感じる辛いは大きいのだろう。瞳が少し潤むほどなのだから。


「私は、この世界では自立していけるだけの能力がないわ。でもいつかは、あなたから自立したいと思ってはいるのよ。それが私には許されないことだとしてもね」


 ラヴィニアは瞳を潤ませながらも、強い目線で訴えかけて来た。僕は頷いて見せる。


「僕は君の考えを尊重するよ。今は無理かも知れないけど、いつかは僕との間にある呪縛を解放するために協力はする。それに今日の獣人との面会で何かヒントに繋がるものが見つけられるかも知れない」

「そうね。あなたには世話になりっぱなしだけど。甘えることしか、今の私には出来ないのよね。それまではあなたを利用させて貰うわ。もちろん、借りた恩はちゃんと返すわよ?」

「君らしい前向きな考え方だと思うよ。好きなだけ僕を利用すればいいよ。それにこの世界でも薬は需要はあるよ。僕の回復魔法はこな世界の常識とは思わない方がいい。僕自身、随分と薬に助けられているからね」

「そう………ありがとう」


 ラヴィニアが見せた笑みは、あどけなさがあって可愛らしい物だった。今までの男を虜にするような笑みは、彼女が本心から笑ってはいない作った笑みだったことを僕は知った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 天神海領の王国騎士団が駐在する詰所の建物は、領館のすぐ裏手に存在した。僕と狼の獣人の面会を見届ける天神海領駐在王国騎士団団長と見張り役の騎士の二人が面会に同席することになっている。彼らは僕にトライセル殿下の後ろ盾があることを知っていた。伊達にトライセル殿下が指定した旅行先ではないということだ。トライセル殿下の後ろ盾と僕の力と人となりを伝えられているのだろう。騎士団長には会うなり「予想以上に弱く見えるな」と言われた。僕の後ろにトライセルの影が見えてもても騎士団長は、まだ僕のことを信用していないようだった。立場もあるだろうが、僕を警戒しているのは、緊張感を解かない様子でわかる。状況によっては面会を中止することもあると騎士団長自ら釘を刺して来たことを見ても、主導権を握ったままでいたいということなのだろう。

 僕の同行者はラヴィニアと楓とメイだ。ラヴィニアとメイは待合室で待っているが、楓は騒ぎ出すと獣人との面会に集中出来なくなるので、僕が背負っている。王国騎士団の騎士達からは良い顔をされなかったが、トライセルから預いた王家の紋章を簡略化した王客紋(めんざいふ)を刺繍した紋着をベビー服の上から羽織らせているので、誰も文句は言ってこなかった。


「やっと、来たか………」


 思っていたよりも狼の獣人が捕らえられている檻は、入口の近くにあった。人外を手厚く保護するための部屋だそうで、人外が暴れて領民に迷惑をかけることが稀にあるため用意している場所だそうだ。ここまでの準備がされていても人外に対しての評価が変わらないのは、どんな理由があるのかと考えたが、優雨美が神と同等に扱われていることを思い出し、取り敢えず納得することにした。

 檻越しに対面した狼の獣人は、僕に睨みつける目線を向けてくる。対して僕は睨み返すわけでもなく、笑いかけるでもなく、ただ真剣な表情で返す。


「女はどうした?」

「あぅあーー!」


 楓が返事をした。 

 いやお前のことじゃないから。

 狼の獣人は僕の後ろを控える者達を見ていた。


「あなたが暴れたせいで彼女は、ここには来れなくなった」

「ふんっ、あの程度で暴れたなどと、貧弱な奴らだ。あのエルフは、お前達にとって重要な人物か何かか?」

「まあ、そんなところだ」


 容姿を見せない様に隠す服装をしていたのだ。すぐ連想出来ることだろう。


「あなたらは随分と好戦的らしいな?」

「力のある者が欲しいものを力で手に入れる。何の問題がある。お前も力で俺の自由を奪ったのだろう?」


 狼の獣人の言っていることは、単純で原始的な考え方だった。単純な分、話が早いかも知れない。


「そう言うならば、あなたの名前を先ずは教えてもらおうか?」

「言っただろう?欲しいものは力で手に入れると」


 僕は狼の獣人の言葉を挑発と受け取った。


「………わかったよ」


 後ろの二人を首だけで振り返る。警戒している上で察しの良い人ならこれだけでわかるはずだ。僕はゆっくりと指先を狼の獣人に向けた。


 【 空弾くうだん


 グガッ!


 僕の指先から放たれた空気の塊が、狼の獣人の腹部を直撃する。狼の獣人はその場でうずくまり嘔吐する。


「何をなさいますか!幾ら名高い竜殺し様でも、人外様に手出しは許しませんぞ!」


 騎士がえらい剣幕で怒って来た。だが騎士団長が無言で腕を伸ばし騎士の行動に制止をかける。

 僕はそれとわかる様に、振り返るお膳立てまでして、ゆっくりと行動したのだ。騎士団長が僕の攻撃を止めなかったのは、黙認をしてくれたことに他ならない。結果を見ても騎士団長は面会の中止を判断しなかった。騎士団長も人外から今回の端末に関する情報が欲しいのだろう。これで余程のことをしない限り、騎士団長は面会を中止にしないことがわかった。


「あなたが名前を言わないから、怒られてしまったじゃないですか」

「うぐぐっ………流石だな………だが、それだけの力があるならば、そいつも黙らせればいい」

「あなた方の社会と違って、僕達は力で全てを決めるわけじゃないんですよ」

「社会を築くのも、同じ力ではないか」

「あなたが言っている力が、権力や血筋をさすのなら、力だけで社会が出来上がっていないのが僕達の社会だ………たぶん」


 狼の獣人がゆっくり起き上がり、僕を鋭い瞳で凝視してくる。


「まあいい。俺の名前か………。ジインガーだ。お前の名前は何とか言う?」

「僕はマジクだ。あなたには色々聞きたいことが山ほどある。僕は聞く数だけ、あなたに力を示す必要はあるか?」


 僕が少し凄んで見せるとジインガーが身構えた姿勢を見せた。


「………分かった。好きなだけ聞け」


 ジインガーが折れてくれたことに僕は胸を撫で下ろした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ジインガーはダブガの森と呼ばれている獣人の国から来たそうだ。それは獣人とドワーフとエルフが住む国だという。ラヴィニアの住んでいた世界と違ってドワーフやエルフと共存していることに、違う世界なのか、千年の間に何が起きたかと疑問が生じたが、話を聞くうちに氷解していく。要は、ドワーフは力や物作りの細工を力と示し、エルフは技術と医療の力を示すことで、力の共存が出来ていると言うことだ。港での第一印象やラヴィニアから聞いていた野蛮な種族という先入観が思い違いを僕にさせていた。先ほどの魔法の行使による力の示し方は、獣人的には好みではあるが、正解というわけではなかったということになる。僕は獣人と人族のファーストコンタクトで、獣人側に暴力による力を示す種族だと誤解を与えた人間となってしまったわけだ。ついでにジインガーは族長の息子と素性を明かして来た。


 どうしよう?


「共存をするようになったのは、いつからですか?」


 誤解を与えないように、紳士的な態度で敬語になっている僕に、ジインガーは眉を寄せた。


「どうした、急に………?」


 ジインガーが訝しむのも無理はないと思う。完全に怪しい。僕でも何か裏を感じられずにはいられない態度の豹変だ。


「いえ、ジインガー様には色々と誤解を与えてしまったと思いまして、僕としてはその問題を最初に解消するのが筋と言いますか………」

「何かよく分からないが、先程のように普通に話せ、その気持ち悪い話し方を続けるなら、俺にまた力を示せ。ただし檻の中でだ」


 ジインガーの言いようは、純粋に力を示せと言っているわけではなく、いま僕に出来ないことを読み取って、僕が折れるのを前提に脅迫しているようなものだった。獣人全般が同じなのかは分からないが、少なくともジインガーは単細胞の脳筋というわけではないようだ。僕はあらゆる方法に対して思い違いをしていたことに気づき、自らの頭を乱暴に掻きむしった。


「分かった。元に戻すけど、勘違いしないで欲しいんだ。僕達の人間は決して力押しで、欲しいものを手に入れる種族ではないこと。会話での平和的な解決を常に選択する種族だということ」

「腕力で勝る強者が、腕力に劣る弱者に会話で自分の望みを通すならば、会話による交渉力の高さで手にしたものだ。それも力だぞ。一緒ではないか」

「そんな事を言うジインガーの国では、腕力や血筋や財力で劣るものが、話術で勝り我を通す事がまかり通るという事なのか?」

「当たり前ではないか。力のあるものが、己の欲するものを手にする。自然の摂理だ」

「身分の格差はないって事?」

「己で手に入れた身分の格差ならばあるぞ。だが、それは個人のものであって身内に準ずるものではない」

「ジインガーは族長の息子と言ったよね?族長の息子は偉いんじゃないの?」

「なぜ俺が偉くなる?父は父。俺は俺だ。族長を任されている父を尊敬しているから族長の子を名乗る。俺が偉いわけではない」


 あれ?何だか、ジインガーの社会の考え方の方がまともに見えて来た。確かにその考えが機能している社会なら、エルフとドワーフと獣人が共存できる社会を築けるかもしれない。


「どうも、お前達の国は親の力が子に影響する社会の様だな」


 ジインガーが僕の背中で大人しくしている楓を見てそう言って来た。楓は僕の子供ではないが、彼女の為に僕は力を尽くそうとは思う。


「赤子や子供は親の保護無くして、無事に育たないと思うけど」

「過ぎた保護は誤解と確執を生む」

「理想的な考えだとは思うけど、ジインガーさん達の社会に住む人々全員にその考えが根付いていると?」

「当たり前だ。親から子へ引き継ぐ最も大切な財産ではないか」

「………」


 人それぞれ多様な考え方があるはずなのに、統一された考え方を親から子に引き継いで、社会の中で実行させる。精神的には成長した社会なのかも知れないが、気持ち悪さを感じる。違和感の様なものだ。そんな社会が本当に成り立つのだろうか。

 ジインガーの社会のありようは、もっと多くの会話を重ねないと掴めないと思われる。だが、今日の僕にはそこまでの時間を与えられていない。僕だけがジインガーの言葉を理解できるということで、今回の面会は試験的な意味も含まれている。今回の面会が許可されるに当たって、天神海領駐在騎士団団長から、聞き出す様に言われていることがあった。僕は会話の内容をそちらにシフトしていく。


「ジインガーさんは何があって、この地に流れ着いたのですか?」

「ふっ、今更だな」


 それはそうだ。本来一番初めに聞く様なことだ。ジインガーは、寂しそうに笑う。


「俺は我らの国の外を知りたかったのだ。何もないと言われていた国の外。俺はやり遂げた。新しい土地を見つけた!」


 ジインガーが興奮を露わにする。拳を握り締め床に叩きつけた。


「伝説は本当だった!辿り着いたぞ魔族(・・)の国へ!!」


 僕はジインガーが、発したキーワードは、僕の思考を真っ白にした。

 動かぬ僕の様子を見て、騎士団長が面会の中止を口にするのに大した時間はかからなかった。




次話 「トーリの受難」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ