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異世界Baby  作者: 本屋
103/112

103、観光


 母の腕の中で買い物に付き合う。アキちゃんは馬車の中でおねんねで、楓はメイに背負われていて大人しくいつもの無表情だ。母は天神海の街に到着してから馬車から見えた布屋に興味津々で、昨日から落ち着きがなく、明けた朝から早く見に行きたいとそわそわしていた。布屋は天神海らしくカラフルな布材で溢れていてとても目立つ。多彩な柄が入った布を取り扱いする華やかな店頭に母は楽しみ過ぎて笑顔が溢れっぱなしだ。幾分か僕を抱く母の腕に力が入っていてちょっと苦しい。


「綺麗ですね!」

「目がチカチカするのよ?」


 メイはダンジョンの神の神殿巫女が着用する白い服を未だに愛用していて、前にピークトリクトで服を買ってあげようとしたのだが、他の服は着ないという信仰心から来る頑固さは、まだ和らぎそうもなかった。メイが今まで信仰を心の拠り所としてきた分、依存度も高く僕達といることで信仰心は変わらなくても依存度は下げれればと思ってる。新しい巫女服は母のお手製で白一色は変わらないが、母が女の子らしくとレースを派手にならない程度飾り付けてくれていた。これに関してはメイもまんざらでないようで、ユウキの姿でいるときに「可愛いでしょ!?」と自慢されたことがあった。

 バーナデットはメイと対照的で黒のドレスを着ていることが多い。ペラム家のお姫様として家族が(こぞ)って仕立てさせた服だけに、高級な生地にレースや飾りが一杯だ。紅い髪をより映えさせる黒のリボンも髪型に応じて複数愛用している。基本的には幼い時から身の回りの世話をしてきたリリアがコーディネートしているのだが、ここまで黒が好きになった理由は、リリアに聞いたことがあるが、よく分からないという。メイとバーナデットの白黒コンビは、領民のほとんどが明るい原色の服を好んで着る天神海においてかなり目立つ、二人とも可愛い女の子ということもあってより、相乗効果で注目の的だ。容姿から一番目立つラヴィニアは母特製の帽子にマスクと怪しくて目立つ格好なのだが、人目を惹きつける素顔よりは断然マシだ。


「お嬢様買って行かれますか?この黒は天神海特有な黒で、お屋敷にはない黒です」

「明るい黒なのよ?」

「俺が買ってやる!おい、店主!黒の布を全部出せ!」


 トーリが兄風を吹かせて、こことぞばかりにバーナデットを甘やかす。バーナデットの買い食いは禁止されているので、バーナデットが食べたがってもトーリは断腸の思いでバーナデットの望みを叶えることはなかった。よほどペラム家の台所を預かるリリアの母であるミーナが怖いようだが、そのぶん他のものを買い与えてバーナデットの機嫌を取り返そうとしているのがよく分かる。


「仕立てはピークトリクトに戻ってからの、お楽しみとなりますね」


 メイにとって仲の良いバーナデットとの差を感じさせるのも可哀想なので、母の耳元に助言を口にした。


「メイちゃんも好きなものを選びなさい~帰ったら私が作ってあげるから~」


 母も僕の許可さえ出れば、購入に躊躇などしない。母は金銭感覚の教育をされていないお嬢様育ちだ。母の両親が借金をして何不自由なく育った負債が、結局自分に降りかかってきて、多少はお金に対する知識と怖さは学んでいるはずだ。まあ返済をしているのは僕なのだが。


「本当にいいのですか?」


 上目遣いで遠慮する姿は、とても健気だ。


「いいのよ~後でマジクちゃんにお礼を言いなさい~」

「はいです!マジク様はダンジョンの神様のお次に尊きお方です!毎晩祈ります!」


 変な夢を見そうだから、それだけはやめて!


 メイが選ぶ布は、やはり白で少し光沢がある。最後まで遠慮しながらの購入となった。逆に母は少し遠慮というものをして欲しい。あれもこれもと、二十枚近く買いたいと積み重ねた。確かに砦の住民も増えたので必要なのだろうが、王都で購入した材料もまだまだ量がある。それでも買って帰りたいと赤ん坊の僕におねだりする母の姿は、かなり変だ。僕は赤ん坊のふりで意味がわからないように小首を傾げて誤魔化すが、店主が怪訝な顔で見ている。変な客だと思われているに違いない。結局、店主の目が気になって僕の方が折れてしまったのだが、母がキスを一杯してくれたので良いということにしよう。


 天神海の街の露店など食べ歩きしていると、このままユウキの姿で天神海の食べ物を食べれないのも癪だと思い、マジクに変身した。


「いいの?」


 ラヴィニアが聞いてくる。天神海には影で忙しなく動き回っている諜報員がいた。ラヴィニアには、そこから直ぐにでも情報が領館にもたらせるであろうことも話してはいた。ユウキの姿が本来あるべき僕の形なのでマジクになる必要もないのだが、せっかくの旅行だ。皆んなが楽しんでいるように僕も楽しんだ方が良いと思ったからだ。


「食べ物の誘惑に負けたのさ」


 海に近付くと磯焼きをしている露店が多くなって来た。芳しい磯焼きの香りに食べたいという気持ちが優ったのだ。


「マジク?愛海凛姫が会いたがっていたのよ?」

「だからだよ?僕は愛海凛姫の想いに応えられないと前にはっきりと告げてあるんだ。これで会ったりしたら期待を持たれてしまうからね」

「よく分からないのよ?」

「愛海凛姫が持ち込もうとしてる駆け引きに、僕は初めから土俵に立たないということだよ」


 バーナデットはまだ分からないという表情をしていた。


「バーナデットには、まだ早い話だ。分からなくていい」


 トーリの過保護っぷりに、どうもしても笑ってしまう。


「メイはわかるのです!恋の駆け引きにてんてこまいということです!」


 口だけで絶対わかってない気がするのがメイだ。


「逃げてるとも言うわね」


 僕にしか聞こえないとわかっていてラヴィニアが茶々を入れて来た。まあ間違ってはいない。


「お前のせいで、こっちは愛海凛姫から質問攻めだ!マジク様の好きな食べ物は?好きな色は?どのような女性が?お前の好みなんか知るか!」


 昨日の天神海の領主や姫の相手に矢面に立たされたトーリの不満が爆発したようだ。


「トライセル殿下の意向もあるんです。しばらく表立って動くなという」

「お前が問題ばかり起こすからだろう!」

「いつも誰かが起こした問題に巻き込まれているだけなんですけどね〜」

「トーリにい?喧嘩は、だめだめさんなのよ?」

「争いは何も生み出さないのです!ダンジョンの神がいつも見ています!」

「もぐもぐもぐ!」


 迷子にならないようにと手を繋いだ、ちびっ子達が言い合いの仲裁をして来る。


「お前さんが、その問題を更なる大きな問題にしている。それが毎回ともなると認識が足りないと思われても仕方なかろう」


 ガルドーがいやらしいところを付いてくるが、確かに巻き込まれた問題は解決しのに、新たなる問題が生まれているのは確かだ。それも大概問題は大きなものになる。だが僕も問題を起こそうと思って起こしてる訳ではない。元々僕が関わる問題のさらなる奥に大きな問題が隠れていただけなのだ。誰だって飛んで来る火の粉は払いのけるだろう。僕は飛んで来る火の粉が大き過ぎて、後のことなど気にしている余裕がないだけだ。与えられている能力を使いこなせていないのは僕の不徳のなすところだと認めるが、決して僕が問題を小さく収めようとする努力を怠っているような言い方はやめてもらいたい。

 そんな事を会話しながら、リリアが屋台で買い与えた何かの海産物の焼き物をバーナデットから食べさせてもらっている時、港の方から慌ただしい叫び声が聞こえて来た。


「言っていたそばから、何か問題事かのう?」


 ガルドーが嬉しそうに僕の顔を見る。


「お前!首突っ込むんじゃないぞ!」

「マジク様!あの先にはきっと救いの手を求める者達がいるのです!」


 メイが期待の目で見上げて来る。バーナデットも騒ぎの方を気にしていた。首を突っ込む突っ込まないは別にして気になるのは確かだ。


「様子だけでも見に行こうか。天神海には世話になってるし見て見ぬ振りは出来ないでしょう」

「くっそ!絶対に手は出すなよ!?」

「坊諦めも肝心じゃて、今日の経験は二度とない糧となるはずじゃ」


 ガルドーが目をギラギラさせて肩を回す。


「進んで苦労なんて負いたくない!」

「マイリオリーヌ様は、子供達とここにいて下さい。カウタよろしく頼む」

「あー!あー!」


 騒ぎになっている港の方に足を向けるとメイの背中で楓が声を上げる。


「楓もダメ。ぴーちゃんはもっとダメ」


 楓が手足をバダつかせて、講義の声を上げて来た。逆に騒ぎを起こしてどうする。優雨美が何も言ってこない時点で、優雨美が興味を持つ強い相手はいないのがわかっているが、騒ぎの中心に母や赤ん坊を連れて行くことはない。


 母と子供達を置いて騒ぎに近付いていくと、「漂流者」とか「人外」とか「死んでるのか?」という言葉が領民の会話の中から聞こえて来た。

「父さんやレノ兄の言っていた気苦労が、やっと分かったよ!」


 ガルドーの後ろを渋々付いて来るトーリがボヤいた。騒ぎの中心らしき所は人が多くて近付けない。だが声は聞こえて来る。


「息があるぞ!」

「どうする!?人外だぞ!?」


 どんな人外なのだろうと興味が湧いて背伸びをして覗こうとするが見えない。


「おい!目を覚ましたぞ!」


 ざわめきが大きくなる。


「キャー!」


 女性の悲鳴と共に人垣が広がる。人垣の隙間からびしょ濡れで毛むくじゃらの狼が四つん這いで爪を剥き出しに周囲に威嚇していた。狼が警戒しながらゆっくりと立ち上がる。狼の頭が人垣の高さをゆうに超えた。二メートルを楽に超える。全身毛に覆われながらも強靭な肉体とわかる筋肉の鎧が、取り巻く領民に恐怖を振りまき静まり返る。徐々に後退(あとずさ)りが始まり、再度の悲鳴を合図にパニックが始まる。


「獣人?」


 気付かぬ内に後を追って来ていたラヴィニアが呟いた一言が、ラヴィニアに視線を向けた狼の獣人の耳に届いたことが、僕の目からも分かった。






次話 「血の繋がり」

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