101、楽しい時間
「ごめんでちゅよ?」
楓が顔を合わせてくれない。狭いベビーベットの上でそっぽを向いている。楓が怒っているのは明白で、ぴーちゃんが僕の頭の上に乗っかって頭をカジカジしていた。流石に手加減してくれているが、そろそろ止めてくれないと頭皮に感じているベトベト感が顔にまで流れて来そうだ。狂信者の根城を襲撃するにあたって、いち早く僕の行動を察知してついて来ようとした楓をカウタに抑えてつけて貰い、振り切っての出発だった。一日半で強行して来た狂信者の根城への襲撃は、後始末をトライセルに引き継ぎ、僕は僕で後始末の真っ最中である。まずは楓の機嫌とりなのだが、いつにも増して謝罪を受け入れる様子がない。無視されている。
「あ~あぁ~」
アキちゃんが目を覚まして、僕の腕をはむはむして来た。歯が生え始めてからというもの、アキちゃんの噛みつきは挨拶代わりだ。僕たち双子の様子を見て、楓がじとーっと目線だけ送ってくる。
「いたいでちゅ」
偶にアキちゃんの噛みつきがピンポイントで痛いところを突いてくる。ぷにぷにで脂肪の多い赤ん坊の腕だが関節の辺りに的確に噛み付いてくるのは、やはり弱い所を狙っているのだろうか。
「かぷっ、ムニュムニュ」
楓が反対側の腕に噛み付いて来た。アキちゃんへの対抗意識の方が勝ったようだ。楓は僕と同じ様に歯がまだ生えていないので、腕を揉まれてる感覚だ。ぴーちゃんに頭、両腕をそれぞれアキちゃんと楓に噛まれていて、平和だなぁ~っと感じる午後だった。
「ユウキがニコニコ楽しそうなのよ?」
バーナデットが部屋に入って来て、いち早く僕達の元にやって来たが、興味深そうに覗き込むばかりで決して助けようとはしない。決して笑ってなどいないのだが、変なことを言うバーナデットだなと思う。
「お嬢様、変態菌が充満している可能性が有りますので近づいてはいけません」
「神子様!ダメなのです!ユウキは食べ物ではないのです!お腹壊すのです!」
「始めてあなたに同情の気持ちを感じたわ」
ラヴィニアが流れる長い銀色の髪をかきあげて覗き込んで来た。
四日後には天神海領に向けて出発する。旅行に行くことを勝手に決めたとライオネスに嫌味を言われたが、バーナデットの機嫌を損ねないためにライオネスは表面上の大賛成的な態度を見せていた。流石にペラム家全員が参加は出来ないようで、トーリだけが参加することになっている。そして大きな変更として、セインズビー行きは中止にして、近くてつい最近に懇意な間柄となった天神海で手を打つ様にとトライセルに命じられた。旅行の話をトライセルに漏らした発端は近々の予定を全部書き留めてからでないと帰らせてくれなかったからだ。大した予定などないのだが、僕の行動を知っておきたいらしい。結果的に予定していた旅行にはトライセルは口を出して来たので、トライセルにして見れば、未然にトラブルになりそうなタネを抑制できて満足気のようだった。いま他領で、なおかつ初めてのセインズビーに行くのは問題ありとのことで、わざわざ海を渡らず、近場で覚えめでたい天神海で済ませろとの命令だ。
旅行先の変更をみんなに告げても特に異論はなく、メイは海の幸が食べられるのならばセインズビーにこだわりはなかった。バーナデットは旅行自体に興味があるので行先は何処でもよいみたいだ。母も場所の変更を告げても機嫌の良さは変わらずで、いまも部屋の隅で、ここのところ冷え込んで来たのも合わせて、僕達の頭まですっぽり包む防寒効果の高いベビー服を製作している。既に出来上がった一着をアキちゃんが着ていた。フードの頭の天辺に動物の耳がのっかっている。くまさんのようで可愛い。
「本当に嬉しそうなのよ?」
「至福の表情をしているあなたを見ていると、特異な環境下でここまで追い込まれてしまったのかと不憫に思うわ」
「お腹痛いのは辛いのですよ!ぴーぴーなのですよ!どんなに空腹でも我慢した方が身のためです!」
「相変わらず騒がしいなここは」
ライオネスが来るのは珍しい。まだ旅行の件で文句でもあるのだろうか。
「マジクは居らんのか?」
「居ないと言ったのよ?」
ライオネスが僕を見つめて来る。今の僕はユウキである。赤ん坊らいしく自然にして居れば良い。だが最近、その赤ん坊らしさとは何かがわからなくなって来ている。僕を含めて僕の周りの赤ん坊は皆、普通の赤ん坊とは違う。この世界標準の赤ん坊を観察する機会を作らねばと思うに至るが、他の赤ん坊と触れ合う機会がそもそもない。
「難しい顔してるのよ?」
バーナデットが僕の眉間を指先で触って来る。
「悩み事かのう」
ライオネスの言う通り悩み事は沢山ある。ダンジョンの神の狂信者達の根城を潰すことには成功し組織としての活動には大きなダメージを与える事には成功した。しかしながらピークトリクトまで暗殺を企てに来た実行犯のテルドを捕まえるには至っていない。組織自体が機能をしていなくても、ヤツなら単独で行動を起こして来る気がした。まだ強力な魔具を作り出す信徒の所在もわかってはいない。トライセルの報告待ちだが、上手く背後関係が明らかになれば良いが、実行役のテルドの行方が分からないままとなるならば、まだ油断のならないのが現状だ。砦は影からオリヴァーによる周囲の警戒警務とカウタによる高性能な探知能力による防御態勢が出来上がっているので、今の所我が家にまで襲撃の魔の手は伸びていない。
「ユウキちゃん~出来ましたよ~」
僕の新しいベビー服が出来上がったようで母が僕を抱き上げる。
「あー!あぁー!」
「うあーぁーあ!」
僕を取り上げられたアキちゃんと楓が非難の声を上げる。ぴーちゃんが僕の頭から移動して楓の所に戻ると、母の手で新しいベビー服に着せ替えがされる。前のベビー服よりも格段と、もこもこしていて暖かくて気持ちが良い。
「マイリオリーヌ様!ユウキの頭に付いているのは何ですか!?」
母に抱かれた僕の頭の上に皆んなの注目が集まる。
「これは角かのう?」
「ツノなのよ?」
「ユウキは鬼さんですね!」
この世界に鬼という概念が存在するのかと疑問に思う。
「その顔は可愛くないですよ~あぶぶぶぅ~」
メイの鬼という言葉に対して気持ちが顔に出ていたようだが、母がベビー服に声を出しながら息を吹きかけてくるスキンシップをしてきたので、考え事など吹き飛ばされて思わず楽しくなる。母には勝てないと思う瞬間だ。どんな事でも愛を感じると嬉しさと楽しさが溢れてしまうのだ。
「可愛いのよ?」
「ユウキも笑顔が一番です!」
「ツノ可愛いじゃない」
母の作ってくれたものだし、まあいいかと、いま率直に感じている嬉しさを素直に受け取る事にした。
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家族での旅行に必要になるものが一つある。王都に行くのに借りていた特殊な馬車だ。最近必要に迫られていた事もあって、色々なものを作ることが多かった。家族用の馬車を製作することに着手することにしたのである。材料は砦の近くの森で取れる木材で、既に製作に必要な数の木材は切り出して乾燥させておいた。その他、車軸などの金属部に関しては、レージンに鉄材を調達して貰い加工は、これが初の経験となる。
砦から近くの小川が走る場所に実験場というか作業場を拵えた。砦の近くという事もあって、皆んなでピクリック的な感覚で即席で作ったテーブルと椅子にそれぞれ腰掛けて、わいわいとお茶をしている。ちょっとした小屋も建ててしまっていた。僕の行動に気軽について来れるのも、始めのうちだけだと思う。楓とメイ以外は、飽きてそのうちついて来なくなるに違いない。
さて見物人が多いが作業に移ることにする。鉄材は塊が三個。出来れば棒状の鉄材が欲しかったがないものは仕方がない。加工するために火魔法を使って鉄材を熱していると、ぴーちゃんの火炎ブレスが加わってすぐにも真っ赤に鉄の塊になった。熱気が凄いので水のカーテンを作る。楓の考えなしのぴーちゃんへの命令の対処に、動じないようになってきた自分がいる。楓は間接的にとはいえ、自分で出来ることが増えて楽しくて仕方がないようなので大目に見ているが、注意しても全然聞かないので半ば諦めてると言ってもいい。僕にカバーの出来ない範囲で楓がぴーちゃんに行動を命ずるようになった時、しっかりと怒ろうとは思っているが、もっと厳しく躾けた方が良いのかと、目下の悩みの種の一つだ。
魔法と火炎ブレスで熱して叩くのを繰り返して長い棒状に伸ばして行く。焼きを入れてしまっているので硬くはなるが、靭性が失われる。この鉄材自体どれほどの不純物が含まれているかは分からないが叩くことで不純物を除去出来ていることを願おう。木材で作る車軸よりは強度に雲泥の差が出るので、車軸だけは鉄を使いたかった。ここでも<家事能力9+Ω>が良い仕事をしてくれている。感覚で熱し叩いているだけなのだが、徐々に思い描く以上の綺麗な丸棒が出来てきている。一度冷まして見ると若干の凹凸と叩き跡が残るが真っ直ぐな丸棒に出来上がっていた。試しに板を敷いて転がし見るが綺麗に転がる。
「ほぼ歪みなしか出来過ぎだな……表面は車体と連結する所だけ加工すれば良いかな」
「あなた、何でも器用にこなすわね」
ラヴィニアが興味深そうに覗き込んでくる。ここにいる皆んなは、僕が何を作ろうとしているのかを知っている。母はマイ馬車を作ることを話した時、ピークトリクトにも、ちょくちょく出掛けられるようになると、とても喜んでいた。メイも馬の相乗りに明らかな苦手意識を持っている筈なのに、自分の役目上喜ぶわけにもいかないような、喜びを誤魔化しきれていないヘンテコな表情をしていた。ラヴィニアが一人だけ、僕が一から大きなものを作ることに興味を抱いている感じだ。
車輪を取り付ける両端に突起をつけて車軸を加工するための架台を木材で二脚作る。溝をつけた台に車軸を乗せて、予め作っておいた木製の車輪つけて空転させるとガタつきはあるが回った。ガタつきは車軸の両面に凹凸がある為なので、車体を結合する軸受の部分だけは綺麗に凹凸を無くす必要がある。
「合図したら車輪回し続けてくれる?加工したいんだ」
「いいけど、何をするの?」
「研磨だね。初めは離れていた方がいいかな」
両手を輪っかにして、輪っかの中に渦巻く砂嵐を思い浮かべる。
【 渦巻く砂塵 】
手の内側から砂塵が漏れているので修正、手の内の中だけに留めるようにする。ラヴィニアに車輪を回転するよう求めた。回転する車軸を砂塵で挟み込むと火花が散る。上手くいきそうなので、ラヴィニアに車輪回してもらう。回転する車軸を更に砂塵の魔法で圧力を強めて研磨のスピードを上げようとしたが思ったより削れている感じがしない。火花の散り具合が変わらなかった。
「砂じゃ駄目なのかな?初めからグラインダーをイメージした方が早かったかな~」
【 高速回転砥石 】
掌にグラインダーが再現された。甲高い激しい音を出して丸い砥石が回転していて、もう魔法だか何だかよくわらなくなってきている。ディナスが言っていたクリエイトが出鱈目な能力に思えて来た。だが本当にクリエイトなるものが僕にはあるか分からないままだ。ディナスも状況証拠だけで言っていたからだ。
「五月蝿いわね。どうにかならないの?」
「グラインダーは、こういうものだからなぁ〜静かなグラインダーなんてイメージが湧かないよ」
一度グラインダーの行使をやめて、ラヴィニアの前と僕の顔の周りにも風のカーテンを行使してからグラインダーでの作業を開始する。車軸に高速に回転する砥石を充てがうと、更に甲高い音と共に激しい火花が飛んだ。
「花火です!綺麗です!凄いです!」
車軸を研削する音で、何を言ってるかまでは分からなかったが、興奮している楓を背負ったメイとバーナデットが僕のすぐ後ろにいたので作業の手を止める。
「知らない間に近づいたら危ないよ?少し離れて」
周辺を透明な壁で囲むと本格的に再開する。車軸の車輪を固定した近くを左右対称に滑らかになるまで削り、同じ物をもうワンセット作り上げていく。続けて車体と車軸を繋ぐ軸受の製作に移る。
「ベアリングが再現できれば、いいんだけど流石に無理かな~」
ベアリングを製作するのに必要なのは寸分狂わない金属の球体を複数揃えることなのだが、流石に自信がない。車軸さえ二組作ったが直径の差異は出てしまっている。一ミリ~二ミリあるかないかの差異だがミリ単位で差異が出ている時点で、ベアリングの製作にかんしては精度は劣悪でベアリングとしとて役割を果たさないはずだ。多少の現代知識はあっても完璧なイメージが出来ない以上、高望みは捨てて車軸を支える軸受の制作に移る。馬車の自重を車軸の回転にダイレクトに与える部品なので、研磨した車軸の四部分それぞれに合わせた軸受を作らなければならない。これは地道に何度も調整しながら合わせれば作れないこともないと思う。そしてこの軸受と車軸の間にいれる潤滑油はそれっぽいものを手に入れていた。本当はグリースが欲しかったのだが、ちょくちょく注油することで今は補うことにする。続いて乗り心地と馬車自体の安定と老朽化を抑えるサスペンションの製作だ。板バネのを作り上げると本格的に馬車の仕上げに取り掛かる。
「お前さんは、色々と広い知識を持っておるようじゃが、これはどこで覚えた知識じゃ?」
川の流れに下半身を浸して素振りをしていたガルドーが、鍛錬を終えて聞いてきた。川の水はかなり冷たいはずなのに寒くないのだろうか。
「基本的な作りは、王都に使った馬車の構造を真似してます」
「あの馬車は、こんな作りはしておらんかったはずじゃが?魔具はどこにあるのじゃ?」
「魔具は高価過ぎて手に入れるのは諦めましたので、自分で色々考えて工夫した結果、別物になっていた感じですね」
この魔法のある異世界。大きな箱馬車がベアリングもサスペンションもなしに稼働しているのには魔具というベアリングとサスペンションの代用となる部品がある事で賄われていた。その魔具が馬車に合わせたオーダーメイドになる為に高価だった。最低でも二十霊金貨で、一般的な馬車を作るのに二十五霊金貨で製作依頼が出せるそうなので、馬車の製作代金の大半が魔具になっていた現実を知った時は愕然としたものだ。
「お前さんは、鍛治能力も高そうよのう」
鍛治はかじでも、家事なんですけどとは言えない。サスペンションの上に載せるのは人の乗る箱だ。箱も既に出来上がっていた。木で作り上げた乗車スペースは王都の旅で使ったものより一回り大きくした。家族が全員乗れる大きさの箱を先に、作り直しの手軽な木製で作ってから、大きな箱に耐えられる金属製の足回りの製作に取り掛かったわけだ。この作業場の小屋は箱を作るために拵えたものだった。
車軸を乗せていた四つの台を外して小屋まで真っ直ぐに伸びた敷板に着地させると、車輪の幅に敷板に風魔法で轍を作る。カウタゆっくりと押してもらい、小屋の扉を開けて、予め足回りを潜り込ませられる様に浮かせ置いた箱の下に入れる。カウタに箱の四隅の一つ一つを持ち上げてもらうと箱を浮かせていた台木を外して足回りに乗せていく。全てを乗せ終わる頃にはギャラリーが小屋の扉から覗き込んでいた。
「凄いです!大きな馬車です!」
「私のよりも大きな馬車なのよ?」
「街まで皆んなで行けるわね~凄いわ~マジクちゃん~」
母の言葉が一番嬉しく思うのは、やはり血の繋がりのなせる技なのだろう。
「まだ、色々と手探り状態で調整が必要だけどね。試運転もして、旅行にはこれで行くからねー」
皆んな嬉しそうで何より、作った甲斐があるものだ。
次話 「天神海の幸」




