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異世界Baby  作者: 本屋
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1、0歳だなんて言ってられないんです

 生まれてまだ一年に満たないと思われる僕は、赤ん坊らしからぬ眉間に皺を寄せた表情と、腕組みをした状態で悩んでいた。


「あぶぅ~」

 

 僕と瓜二つの赤ん坊が、透明なウインドウ越しに僕を見つめてくる。

 赤みを差したふっくらとした頬に、艶のある唇。目はまん丸でうるうるしていた。僕は声を出してきた赤ん坊に「あぶぶぅ~」と答えてあげる。


「きゃっきゃ♪」


 赤ん坊は僕の反応がお気に召したようで、体を弾ませるように上下運動して、満面の笑顔を見せてくれる。

 うん。可愛い。

 いまの僕の一日は、瓜二つの赤ん坊を愛でることと目の前のウインドウへの考察で占められていた。

 目の前の大きなウインドウの中に表示されている複数の小さなウインドウとの睨めっこは、既に数週間続いている。確定済みとなった小さなウインドウは七つ。それ以外の未選択の小さなウインドウが同じく七つ。生まれて直ぐに訪れた人生の最大の選択肢「初期設定画面」が僕の前で重々しく存在していた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ぼやけた灰色の風景がぐるぐると回転していて、気持ち悪い感覚と共に訪れた脳に掛かる負荷に、僕は叫び声を上げた。


「うんぎゃー!」


 更に追い打ちをかけるように訪れる莫大な記憶の奔流に、堪えきれず声を上げ続ける。僕は引くことのない、気が狂いそうな感覚に耐え切れず、意識が遠のくのを受け入れた。


 この時、どれほど気を失っていたかはわからないが、目覚めた瞬間から頭の中を駆け巡る感じたことのない感覚に、また声を上げる選択しか持てなかった。

 同じ感覚が繰り返し襲って来た。その度に泣き叫び、耐え切れなくなって意識を失う。だがそれも次第に終息の兆しが見えてくる。先程までの気の狂いそうな感覚は和らぎ、随分とましになってきた。灰色の視界は相変わらずぼやけたままだが、僕は耐えがたかった頭への負荷と熱が薄れていったことで、次第に落ち着きを取り戻していく。

 思考に余裕が持てるようになってくると、自分の口から発せられている声に認識を向けられるようになってくる。

 だがそれが更なる思考の混乱を招く。


「うんっぎゃぁあああぁあ!!」


 叫んでいるつもりの声は赤ん坊のような泣き声だった。

 泣き叫ぶ声は止めたくても、止められない。

泣くことで感情を発散し続けないと、この意味の分からない状態に耐えられなかったのだ。押し寄せる大きなストレスに泣き続けて、泣き疲れると急激な睡魔に襲われる。僕は激しい睡魔にあがらうことが出来ずに何度目かの意識を保つことを手放す。


「うぎゃぁああああ!」


 この時も、どれほど眠っていたかわからない。だが今回覚醒を促されたのは、僕の口から発し続けていた泣き声と同じものが、すぐ近くから聞こえて来たからだった。

 泣き声の発生源を確認したくても首が動かなかった。動かそうとしているのに動いてくれない不安が負荷となり更なるストレスを産む。僕はストレスに耐えきれなくなって、また泣き出してしまった。直ぐ近くで聞こえてくる泣き声と僕の泣き声が徐々にシンクロしてきて大合唱となる。

 暫く泣き声の合唱を続けていると、ぼやけた灰色の視界の中に影が入った。


「あらあら~」


 何者かの声が聞こえたが、何を言ってるかは理解が出来なかった。僕の上を通り過ぎた影は直ぐに大きな影となって、また僕の上を戻り通っていく。すると大きな影と一緒に隣から聞こえていた泣き声が離れていった。灰色のぼやけた視界の中でも泣き声を上げる影が動いているのがわかる。ハッキリと見えたわけでは無いがそれが何かは直ぐに想像できた。


 赤ちゃん………


 まさかという思いと、自分に及んでいる事態にも連想が進む。


 僕も……赤ん坊なのか………?


 舌を思い通りに動かせないが、明らかに口の中に歯がある形跡がない。更に目覚めてから動かそうとして反応したのは多分だが腕と足。多分と言うのは直接自分の足がが動くのを自分の目で確認出来ていないからだ。

 しばらく動かしていて、やっとのこと視界の隅に影が映った。きっと僕の手なんだろう。ハッキリとさせたいのに首が動かないので確認しようがない。そんな思い通りにならない感覚がストレスとなって、また泣き出してしまった。

 

「あらあら~」


 しばらくすると頭と体の下に何かが潜り込む感触を感じて、すくい上げられる感覚が僕を襲う。


「びっくりしちゃったんですかぁ~?」


 何を言っているか分からないが、楽しそうなのは声色でわかる。確かに一瞬泣き声が止まるほど驚いた。軽々と持ち上げられた感覚を体験したのなんて初めてだからだ。

 しかし、そんな驚きで溢れそうになった感情も優しい温もりに包まれると直ぐに収まる。

 とても落ち着く。

 これ以上ない安心感。


「あ~う~あ~」


 思わず声が出た。言葉になっていないのは、舌がうまく回らないからだ。「あ~気持ちぃ」と言いたかったのである。


「うふふ、なんかうっとりしてますね~?」


 声と共に大きな影が近づいてきて、口元をちゅちゅされる。凄く嬉しくなってきた。なんでと言われても、この感情は嬉しさとしか表せない。そこには確かな愛情を感じたからだった。


「お兄ちゃんは甘えん坊さんですね~」


 僕は、安らぐぬくもりと優しく揺らされる中で、気持ち良さに身を任せて眠りに落ちていった。





次話 「わかったこと」

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