(18)贄
魔物の出現は大通りには伝わっておらず、変わらない街の活気が路地の向こうにあった。さっきの酒場から離れていないこともあって酒場にいた何人かが様子をうかがうように顔を出している。
「じゃあいくつか質問してもいいですか?」
「……場所を変える。話があるならそこで聞こう」
青年はそう言って歩き出した。俺たちもその後ろに続いた。
到着した先は街から少し外れた小さい家だった。家の中は殺風景でほとんど物がない。生活感がないというより空き家としか思えないほどだったが埃っぽくもないので全く使われていない家ではないのだろう。
「助けを求めたわけではないが助けられたのは事実だ。質問があるなら答える」
青年は顔を覆っていた布を外しながら言う。年長者だろうだからと丁寧に接していたけど、どうなんだこの態度。助けてやったのにと言うつもりもないし、ワルドも俺もどちらかというと短気ではない方だ。とはいえ、気分のいいものではない。ワルドを見ると同じ気持ちだったようでムッとしている。
「……俺はワルド・オーキッド、見ての通りヒト種族だ。アンタ、なんでそんなトゲトゲしいんだ。ヒト嫌いか?」
「人狼族のヴァナルガンド・バロールだ。ヒト種だろうが同族だろうが馴れ合う気はない」
「好きなように警戒してもらって構わない。取り越し苦労だと思うけどね。俺はクロノ・エンデ、こっちはハトゥール。ヴァナルガンドは呪術師なのか?」
ワルドと俺が口調を変えてもヴァナルガンドは気にも留めていないようだった。
「俺はバロールの一族の者だが呪術師ではない。バロール家の中で呪術師の力を持たない者、逆凪の贄だ」
「逆凪って?」
「呪術は魔法とは異なり力を使った分と同等の跳ね返りがある。それが逆凪だ。バロール家では本来術者に返るべき逆凪を血族の特定の者に集中させるようにして術者を守っている。使い捨ての盾だ」
さもどうでもいいように言うヴァナルガンド。返す言葉が見当たらずにいると「秘匿している情報じゃないから気にしなくていい」と言われた。いや気にするって!と心の中でつっこんでおいた。
「逆凪って術者以外に向くようにできるもんなのか?」
「バロール家の中で呪術を使えない者のもつ魔力は全て同質のものだ。その質の魔力に反応する呪いが代々かけられている。そんなことは本題じゃないだろう。長話は好きじゃない」
「じゃあ本題だけど、特定の年齢で死んで同じ人間の生を繰り返す呪いを知っているか?」
言葉にしてからふと違和感に気付いた。同じ年齢で死ぬ呪いならその後もまた俺である必要はないのではないか?呪いをかけたやつには俺である必要があったのかもしれない。
「聞いたこともないな。話は以上か?終わったならさっさと出て行ってくれ」
煩わしそうに言うヴァナルガンドに追い立てられて外に追い出されてしまった。
呪いの情報を求めたものの期待した情報は手に入らなかったのだから仕方ない。まだ日も高く夕方の待ち合わせまで時間はあるが、ひとまず教会を目指して街の中心部へ向かうことにした。
教会に着くとクウォーレさんが建物の一室に招き入れてくれた。部屋には既に持ち出すばかりの状態でクウォーレさんの旅支度の荷物が置いてあった。大量に。
「クウォーレさん、夜は基本的に街に戻れますからこんなに荷物いりませんよ」
「ええ!?何日も野宿しながら旅するならこれでも足りませんよ!」
「主は空間転移が可能だ。必要最低限度の荷物に減らせ」
ハトゥールの言葉にクウォーレさんが目を見開いてこっちを見る。
「空間転移……希少な時空属性の、上位魔法を……私がお伝えできるものなんてあるんでしょうか」
「クウォーレさんの得意分野でいいんです。学舎に入って魔法を覚えたばかりでバリエーション多くないんです。俺の空間転移は行ったことのある場所にしか転移できませんから」
「わかりました。クロノさん、是非クロノさんを研究させてくださいね。ハーちゃん様を従魔として召喚する魔力を調べさせてください」
言葉は丁寧だが凄い勢いでクウォーレさんに詰め寄られる。目が怖い。
「ところで、皆さん予定より早く教会にいらっしゃいましたけど、何かありましたか?」
「人狼族の方に会ったんですけどね。一方的に話を切り上げられて時間が空いちゃったんです」
「人狼族の方は皆さん各々が信じる神に信心深くていらっしゃいます。信じる神は違えど、同じく神の御心に従う者としていつか理解しあえる日がきますよ」
「いや、俺たちそんなに信心深くないんで、どうかな・・・」
クウォーレさんに俺の呪いの話はしていないのでさらっと流しておく。クウォーレさんに裏があるようには見えないが、預言でハトゥールの元へクウォーレさんを送りだした中央教会の真意はわからないので用心のため伏せておくほうがいい。
とりあえずこれから必要なのはダンジョンの情報だ。冒険者ギルドに情報があるだろう
「冒険者ギルドに行ってこようと思うんですけど、クウォーレさん一緒に行きますか?」
「はい!ハーちゃん様、お抱きしま」
「いらん」
「じゃあハーちゃん、俺が」
「くどい」