(14)テ・ネリエ帝国
ひどいけがをして林の中に倒れこんでいたのは狼の獣人だった。近づいてみると俺たちよりも少し年上であろう青年が意識を失っていた。出血量が多く顔色も悪い。慌てて治癒魔法をかけると狼の獣人の呼吸が穏やかになった。
「……この人をこのままにして帰るのは、気がひけるなあ」
「そうだなあ、じゃあ野宿か」
空間収納から野営セットのテントを取り出して広げる。意外と大きい。一瞬、無駄遣いだったと改めて反省するが、思い返す。
ちゃんと活用すればいいんだ。活用すれば。
反省が活かされる気配はないかもしれないが気にしない。
狼の獣人をテントに寝かし、ワルドとハトゥールとともに転がった。
朝目を覚ますと視界が真っ白だった。
手を動かすともふもふする。気持ちいい。
徐々に意識が覚醒してきて視界の焦点が定まる。俺はハトゥールに頭を埋めていたようだ。
ハトゥールは穏やかに尻尾を振って俺の頭にぽんぽんとあてていた。
「ごめんハトゥール、重かっただろう」
飛び起きてハトゥールを撫でながら謝る。ハトゥールは気にした様子もない。
「主は気持ちよさそうに寝ていた。我としては毎晩でもこの毛並みを提供したい。従魔の体は主の寝具になったくらいで潰れるほどやわではない」
「ハーちゃん是非俺も」
「主以外は断る」
寝ぐせのついたままのハイテンションなワルドがハトゥールにそっけなくされて落ち込んだ。今日も朝から元気で何よりだ。
ふと隣を見ると昨夜獣人を寝かせた場所に獣人の姿はなかった。
寝ている間にいなくなるなんて、よほど急いで戻らないといけない事情でもあったのかもしれない。
ともあれ動けるようになったのは良かった。初めての獣人との出会いで会話もできなかったのは残念だったが。
「昨日の狼の獣人いつの間にかいなくなってるじゃないか」
「もしかしたらテ・ネリエ帝国でまた会うかもしれないな。獣人の国だし」
「獣人多すぎて見つけられないかもしれないけどなー」
「そもそも獣人を見たのが昨日初めてだし見分けがつくかも自信ない」
「我は個体の識別ができるぞ。見つけたら主にしらせよう」
「ハーちゃん優秀すぎいいいい」
ハトゥールが嫌そうな顔を向けていてもワルドは構わないらしい。いつもどおりなので放置しよう。
騒ぎながら身支度を整えて出発する。少し進んだ先にテ・ネリエ帝国の防壁が見えてきた。
テ・ネリエ帝国の防壁は昔起きた戦争の名残らしく、今も帝国の領土を囲っている。
防壁と街道がぶつかる箇所には大きな門があり出入国する者の確認を行っているため開門時間中は長蛇の列が絶えないと授業で言っていたことを思い出した。
防壁の手前まで来ると既に門の前に列ができていた。列にはヒトも獣人もいた。列に並ぶだけでなく門の周辺にも雑然と人が溢れている。
俺たちが列に並ぶとすぐ後ろにどんどん列は伸びた。街道に出てからこんなにたくさんの人がいるところはなかったのにどこからこんなに集まっているんだろう。
「君たち、テ・ネリエ帝国は初めてなの?」
突然声をかけてきたのは俺たちのすぐ後ろに並んでいる獣人の女性だった。
「あ、はい!ファムタール王国から来たんですけど、道中こんなにたくさんの旅人を見かけなかったので驚いて」
「ファムタール王国からだと交易路かしら?ここに集まってる皆さんは交易路以外からきた人も多いからね」
ふふっと笑う女性の頭上で茶色いうさぎの耳が揺れた。茶色の被毛で覆われた肌をしているが女性はやわらかそうな布の服を纏っており胸元や腰まわりはヒトの女性と同じように緩やかなカーブを示していた。
あまり凝視してはいけないと視線を外すと女性がまたうさぎの耳を揺らして笑った。
「ファムタール王国から来たのなら獣人は珍しいでしょう。わたしはルイ、長耳族の商人よ」
「俺はクロノです。冒険者で、パーティ仲間のワルドと、ハトゥールです」
「これも何かの縁ね。もし機会があったらテ・ネリエ帝国の帝都にあるお店に寄ってちょうだい。特別価格で商品を提供してあげる」
ニコニコと店の名前を書いたカードを渡された。ルイさんからもらったカードをしまったタイミングで門番の兵士から順番を告げられる。
「身分証明があれば出入国はかんたんよ。冒険者ならギルドカードを出せばいいわ」
ルイさんがいってらっしゃいと手を振ってくれたのでペコリと頭を下げて入国の審査に向かう。
教えてもらった通りギルドカードを提示して審査を通過する。ハトゥールはペットだと認識されたようだ。ペットなら簡単に通過できるようなので特に訂正せずにおいた。