(13)交易路の出会い
朝から交易路を進んでいると立ち往生している一行と出会う。
近づいてみると街道沿いの土手に馬車が横転していた。
馬は生きているようだが怪我をして失神していた。横転している馬車をたて直そうと数人がかりで馬車を押している。
「うわ大変そう……手伝いますよ!」
ワルドが袖を捲り横転している馬車に近づいていく。しかし数人がかりでもぴくりとも動かない馬車を戻すのは大変そうだ。ハトゥールが大きくなって反対側から押せば動きそうだが、間違いなく騒がれそうなので却下。
馬車を浮かせたら簡単なのに、と思った瞬間ハトゥールと目が合う。
「主が重力操作スキルExを獲得したようだ。」
……風魔法を使って手伝えないかとも考えていたが、新しいスキルが使えるようになったらしい。
「すみません、皆さんちょっと馬車から離れてもらっていいですか」
重力操作で横転していた馬車を浮かし、街道上におろす。ついでに倒れていた馬の怪我は魔法で治癒させておく。
「アンタすごいな!若く見えるけどすごい魔術師なのか!?」
「いえ、まだ学生で、駆け出しの冒険者です」
「いやー助かったよ!!兄ちゃんも手伝ってくれてありがとうな!」
馬車を引き上げようとしていた男たちに囲まれてしまう。そこに従者を従えた老紳士が近づいてきた。周囲とは明らかに異なる雰囲気から貴族だろうと推察できた。
「馬車が転倒してしまって困っていたんだ。君たちが助けてくれたそうだね。君たちを屋敷に招待したい。ぜひ礼をさせてくれ」
「あ、いえ。先を急ぐのでお気持ちだけで」
貴族には縁のない俺が貴族の屋敷に招かれても立ち居振る舞いもわからない。招待を断られ老紳士は残念そうに眉尻を下げた。
「そうか……残念だ。私はレイモンド・ガブル。ガブル侯爵家の当主である。困った時は頼ってくれ。ぜひ力になりたい」
「こ、侯爵……様っ……!俺はクロノ・エンデです!冒険者ギルド付属学舎の学生です!」
「お、おなじく、ワルド・オーキッドです!」
侯爵と聞いて緊張してしまう。笑いながら侯爵は馬車に乗りこみ、また会おうとにこやかに去って行った。
「っっはーーっ、緊張したああ」
大きく息を吐き出す俺をハトゥールが不思議そうに見ている。
「なぜ緊張する必要があるんだ。主の苦手な人物だったか?初対面のようだったが」
「ああ、ハトゥール大人しくしてくれてありがとうな。・・・苦手っていうか、貴族なんて縁遠くて緊張するよ。ワルドの家はは大きい商家だから貴族と会ったりするんじゃないか?」
「家はなあ。でも俺は社交界なんて縁ないから、初めて貴族と話して緊張しまくった!」
「そんなものなのか。我にはありふれたヒトにしか見えなかったが」
「そんなもんだよ。とりあえず昼を済ませよう」
「待ってましたー!!」
街道を進む間の食事はすっかり俺が作るのが当然になっていた。正直、街に戻って安い店に入るより美味しい料理が食べられるし、作るのは楽しいから苦にはならない。新しい料理を考えるのも楽しくて市場で食材を買いすぎてしまった。亜空間収納があってよかった!!
食事を終えてまた街道を進む。先日盗賊に襲われたこともあるし夜になったら街に戻ろうか。陽も傾きはじめている。
「もうそろそろ戻ろうか」
「クロの料理で体力的には全然問題ないぞ」
「主よ、明日も学舎は休みなのだろう。まだ戻らなくてもいいのではないか?」
ワルドもハトゥールも盗賊を気にする必要なしと判断したようだ。
「主がスキルや魔法を身につけていくごとに、我も力を増しているのだ。目立っては面倒だろうから夜を待っていた。論より証拠だ。主よ、我に乗るがいい。・・・仕方ないからワルドも乗せてやろう」
巨大化したハトゥールが俺を背に乗せる。情けない顔でハトゥールを見つめていたワルドがテンション高く俺の隣にやってくる。
「天を駆けることができるようになったのだ。行くぞ」
心なしか普段より嬉しそうなハトゥールの言葉が終わるよりも早く、ハトゥールは空を駆け上がった。
薄い雲を突き抜けたあたりで上昇をやめて水平方向へと走り出す。正面からぶつかる風が強く、息が苦しい。目もあけていられない。
風がぶつからないよう、俺とワルドを風魔法で包んだところでようやく目をあけた。
――!!
眼前に広がる星空に言葉を失った。普段地上から見る夜空は上空を吹き荒れる魔力風のせいで明るい星を少し観測できる程度なのだ。まさか、魔力風のむこう側にこんな空があったなんて!
前方の星空の下に小さく街の明かりが見えてきた。
「主よ、もうすぐそこがテ・ネリエ帝国だ。なかなかの駿足だろう?」
「うんうん!すごいぞ!ハトゥール」
「ハーちゃん世界一いいい!!」
ハトゥールの上で騒いでいると常時起動している索敵にひっかかるものを感じた。
「ん?俺たちに気づいてはいないけど、やたら弱い……けが人の反応か?」
気になってハトゥールを止めて風魔法と重力操作を組み合わせて地上まで降りる。・・・おお、速さはハトゥールほどじゃないけど空が飛べるようになったようだ。
「さすがは我が主だ」
俺が地上に着くとほぼ同時にハトゥールがワルドを乗せて降りてきた。ハトゥールがいつもの猫の姿に戻ったのでワルドが慌てて着地した。
「確かこの辺り……」
さっきのけが人の反応は街道沿いの林の中にあった。林の中を見渡すと、すぐ近くの木にもたれかかっている人影を見つけた。