第九十四話 波乱の幕は開かれる 1
人族大陸から数日が経ったお昼頃。僕らはまだ海の上にいた。
なんでもボッチちゃんが言うには、人族大陸からすぐ近くの港はおすすめしないんだってさ。そこが無法地帯だからなのか、それとも他に理由があるのかは教えてくれなかったけど、とにかくおすすめしないらしい。
そもそも、全員になのか、僕自身になのかすら教えてくれないあたり怪しいとは思う。
でも、ちゃんと違う港……というより停泊所らしいけど、そこを教えてくれたし、危ない橋は渡りたくないからそこまで言及とかはしなかったけどさ。
ただ……いまだにその港に着く気配はない。
大陸自体は昨日から見えてる。獣人族大陸の東のさきっぽが人族大陸から一番近い港だとすると、そこからぎりぎり大陸が見える程度の距離を保ちながら徐々に南下中というのが現状。
どこが終着点になるのかわからないから余計に疲れるね。
「別に詮索をかけるわけじゃないんだけどさ」
ピミュさんに用意してもらったお茶を一口飲むと、窓からジッと獣人族大陸を見ているボッチちゃんに目を向ける。
今日の朝からずっとこんな感じだった。
「ボッチちゃんって、獣人族大陸のことよく知ってるし、港のこともよくわかってる感じだったけど……もしかしてさ……」
「……なによ?」
「…………一番近い港の方でなんかやらかしたのかな?」
「私はそんなヘマ、してないわ」
バッサリと切り捨てるあたり、本当になかったみたいだね。
……いや、そんなことが聞きたかったわけじゃなく、フードの中身を聞こうと思ったんだけど。
軽くため息をついてお茶を一口啜る。
「あんたは? なんでぴ、ピミュちゃん……とウィズちゃん……。あと筋肉ダルマなんかと旅をしているの?」
最初の二人は恥ずかしがりながら、筋肉ダルマ――多分フェン――のことだけ抑揚のない声でそう質問された。
なんでもないその質問に、思わず喉をうならせる。
だって、ねえ。
「全部成り行きと諦め、としか言えないんだけど」
「嘘よ……ぴ、ピミュちゃんのことは聞いたわ。一応、私もあのとき戦ってたから」
あのとき。レーリスでのことか。……今思い出すのはやめえておこう。
すぐに軽く頭を横に振ってボッチちゃんに耳を傾ける。
「でも、脳筋ダルマは? ウィズちゃんは? どうしてあんたについて行ってるのよ?」
「ウィズは僕のことを守るためだって言ってくれてるよ」
「ふ~ん……守る、ね」
ちょっとボッチちゃん。残念な感じで言わないでほしいんだけど。確かにウィズはまだ十歳ぐらいの女の子だし言い訳できないけど……。ああ、まあいいや。
「それでフェンは……フェンは……なんでだっけ? ボッチちゃん」
「質問してるのは私なのよ!」
ガルルゥッ!! とまた吠えてきた。
でも、本当になんでだったかな。
「えーっと、フェンが魔法使いで、ゴブリン退治でなんとなく一緒に狩りをして、あとは筋肉の思し召しだとか言ってパーティに入ってきて、なし崩し的にこのまま一緒にやってきた、んだけど……」
「あ、あのダルマバカ、魔法使いなの!?」
「うん」
「う、嘘よ! あ、あああんな筋肉の塊が……で、でも確かにさっき魔法使ってた気がするけどああおかしいありえないありえないありえない…………」
声が徐々に体を丸くして蹲っていったんだけど、大丈夫かな?
ぶつぶつと呪詛のように何かを呟いているボッチちゃんから目を離すと、もう一口お茶を口に――
「フミ殿、ピミュ殿がご飯が出来たから来てほし――――」
「――つまり死になさい!」
唐突によくわからない結論とほぼ同時に僕の横でヒュンッ、と風を切る音が聞こえた。続けて一拍後にものすごい衝撃音が鼓膜を激しく揺らした。
「ふんっ! 私の憧れのためよ!!」
憧れって。
まあ、お茶が零れていなかっただけ、被害はなかったんだからそうやって戯れるのも許される範囲。壁が派手に壊れたけど、あとで直せれるから大丈夫。
「ウヌゥ~……」
まだ生きてるんだ。蹴りか拳だと思ったんだけど、それでも物凄い衝撃だったのに。さすがフェン。魔法使いとしてはどうかと思うけど。
なんとも言えない感じでフェンに横目で視線を向けていると、その間にボッチちゃんはツカツカと定位置に戻っていった。そしてなんでもないかのように大陸じっと見つめて――じゃなくて。
「ボッチちゃん、ピミュさんがご飯作ってくれたんだってさ」
「それを早く言いなさいよ!」
早く伝えようとしたメッセンジャーは君が気絶させたんだよ。
なんて言えずに苦笑いを浮かべてからお茶を飲み干す。
うん、おいしかった。またあとでピミュさんに淹れてもらおう。
「さて、じゃあいこっか」
そう言ってぶちあけられた壁の先から漂ってくる良い匂いにお腹を鳴らしながらボッチちゃんの方に振り返る。
けど、ボッチちゃんは窓から離れることはなく、より張り付くように外をじっと見つめていた。
それも、周りの空気をピンと張り詰めながら。
「……おかしいわね」
そう発したボッチちゃんに、
「もうあの村だっていうのは確かなのに」
そしてボッチちゃんから発せられる緊迫感から、
「まるで誰もいないみたいに人がいないわ」
獣人族大陸の旅が序盤から波乱に満ちたものになりつつあることを予期せざるを得なかった。
◆
「やっぱり……誰もいないわ……」
そう呟いたのはボッチちゃんだった。
昼食を食べてすぐに適当に船をつけると、すぐに上陸したわけだけど、誰もいない。
「フェン、ウィズ」
「ウヌッ」
「気を付けてね」
二人に注意を呼びかけると同時にピミュさんを僕の後ろに寄せる。
「……まあ、手をつなぐぐらいならいいけど、せめて左にしてもらえるかな?」
「は、はいっ」
えへへ、とこんな時に笑みを浮かべるピミュさんって、実は結構すごいんじゃないかな?
自分の固有武器、ヒノキの棒を召還すると、右手で引きずるように持つ。その時にちらりとボッチちゃんを見ると、依然として厳しい顔をしていた。
「あの、ボッチちゃん、大丈夫?」
「え、ええ! 大丈夫よ! そ、それよりもこんな不気味で気味が悪くて薄気味悪い村にいて、ピミュちゃんの方こそ、大丈夫、かしら?」
ねえ、ボッチちゃん。君が同じ意味合いで三回も貶したこの村、ボッチちゃんが勧めてきたんだけど?
「……なによ?」
「……別に」
そう返してもう一度周りを見渡す。
空は太陽が照っている。けど、ここはどうもユナイダート王国よりも肌寒い。時々強い風が体の芯を冷やしてくる。
「くしゅっ!」
「……ピミュさん、はいこれ」
毛皮系の装備をピミュさんにわたす。
「ありがとうございます……くしゅっ」
「まあ、寒いのは事実だから」
でも、毛皮系はあくまで冬用扱いで、今の秋ぐらいの気温には適してない。服も新しく作らなきゃいけないかな。いや、買えばいいのか。
代金はあとで丸々ティトシェさんに建て替えてもらえば良いし。
「っと、準備ができたしそろそろ調べてみよっか。もちろん、警戒してね」
きちんと全員とコリスがいることを確かめてから、探索を始めた。
それから大体一時間。意外とこじんまりとしている村はそれぐらいの時間で調べ終わることができた。
ただ、村を調べ回っても、異常な点はそこまで見つからなかった。
料理がぐつぐつと煮え立たせながらそのまま、だとか。
洗濯物が湿っている、だとか。
捕まえた生きてる魚が箱にぎっしり入れられているとか、そんなことはなかった。
料理の火はちゃんと消えていたし。
洗濯物はあっても、地面に落ちてドロドロだったし。
魚なんて腐っていて食べられたものじゃなかった。
つまり、僕が出せる答えは一つだけ。
この村は急に謎の力でいなくなったわけじゃない。
「なんて、そんな答えしか出せないんだけどさ」
そう呟いてから、はぁ、とため息をついた。
こんな答えは一歩も先に進まない。今求められている解答は『どうしてこの村から人がいなくなったか』であって、消え方じゃない。
そこらへんに朽ちた亡骸が落ちているわけでもないし、慌てたような足跡もない。建物も壊れたり燃やされたりしているわけじゃないから、どこかしらの盗賊が攻め入ってきたわけでもない。
と、なると……わからないや。
「ピミュさんはこの現象をどうみる?」
「え? そうですね……」
深く思慮する形でジッと周りを見渡すと、真剣な顔で口を開いた。
「死体はなく、ここ最近村にいた形跡もない。おそらく一週間……いえ、三週間はこの村に人はいなかったとあの魚の腐り具合から推測できます。そして建物の損害はなしということは村人を一瞬で制圧、もしくは何かしらの方法で村人をこの村の外へおびき出した、といったところでしょうか」
さすがギルド嬢。物とか魚とかの観察眼が物凄い。魚の腐り具合とか、僕には到底わかんないね。
「あの、お役に立てましたか……?」
「うん。ありがとう、ピミュさん」
そう返すと頬を染めながらえへへ、とはにかんだ。
「でしたら、その、頭を撫でていただいてもいいですか……?」
「…………」
「……あの……だめ、です、か?」
ああ、これこそだめだ。
ピミュさんに正面から上目遣い、というところは別に良いけどさ。
断ったら絶対後で尾を引く。直感だけど、絶対やばいと思う。
内心ため息をついて頭に手を優しくのせると、そのまま柔らかい髪をすくように撫でる。
ん、と気持ちよさそうに声を漏らすピミュさんがなんとも幸せそうで、まあ、うん。少しは嬉しい、かな。
ピミュさんの家族が亡くなったのは、助けが遅れた僕のせいでもある、と言えるから。だから……。
「……さて、それじゃあそろそろ探索の続きをしよっか」
「はいっ! あ、そうです。もう一つだけ気になることが――――」
「フミ殿! 少し来てくれぬか!」
ピミュさんの言葉が終らないうちに村の中心にいたフェンから声がかけられた。
一度口を閉じたピミュさんだったけど、笑みを浮かべて再び口を開いた。
「村の中心だけ掘り起こした後があるんです」
「ここだけ掘り起こした後があるぞぃ!」
……。
…………。
「そっか。大進歩だよ、ピミュさん。ピミュさんのお手柄だね」
とにかくピミュさんをおだてて頭を撫でることにした。別に目の前から府のオーラが異常な域で感じたわけではない。
すぐにピュアな反応を見せてくれたピミュさんの手を繋いで村の中心部まで移動すると、すでにボッチちゃんとウィズも揃っていて、三人で一生懸命土を掘り起こしていた。
「あんたも手伝いなさい」
「はいっ! がんばります!」
「あ、あ、ぴ、ピミュちゃんは大丈夫よ! その分私ががんばるから!」
「え、そう、ですか……」
「いや、友達だったら手伝うべきだよ」
「そうですよね!!」
悲しそうな顔から一転、パァッと笑顔になった。
ボッチちゃんから送られてくる『何言ってくれてんのよ!』っていう視線が辛い……。客観的に当然のことを言っただけなのに。
ただ地面を軽く一瞥してから、すぐにピミュさんに向き直った。
「あ、そうだ。ピミュさん。ウィズとコリスと一緒に船まで戻ってもらえる?」
「え? 何でですか?」
「水を船の中に忘れたから取ってきて欲しいんだ」
「みず、ですか? でしたら私のでも……」
「うん、わかったよ文君。コリスー! 行くよーー!」
「え、あ、ウィズちゃん!?」
強引に引っ張られたピミュさんが無事船の方まで去れたのを確認してから二人に向き直ると、ボッチちゃんからため息が漏れた。
「もう少し他に方法がなかったのかしら?」
「いいんだよ、あれぐらいで」
「ウヌッ。……ここから先は、慣れたものだけで良いからな」
フェンの物言いで一気に気が引き締まる。
ボッチちゃんがピミュさんを穴掘りに参加させずに遠ざけようとしたのは、この下はきっと一番最悪の解答だと考えられるからだ。
穴掘りを再開しようとする二人に「どいて」と短く言うと、ヒノキの棒を地面に突き刺す。
ヒノキの棒の力は、作る力。そして僕は今まで、ずっと地面を掘ってきた。
目を瞑り、想像する。
穴を掘る。陥没させるのではなく、砂を横に流れるようなイメージで。
深さは家と労力から十メートルぐらいだとして。
最後にこの下にあるものを考えて軽くため息をついてから、ゆっくりと発音した。
「【クリエイト】」
お読みいただきありがとうございます。
おさらい1:ボッチちゃんのフェンに対する反応は普通だった。
おさらい2:村中央で何かが埋まっているようです。




