第九十一話 目指すは同じ
二章エピローグです。
屋敷を出て一週間。海鳥が鳴く街にやっと足を踏み入れることができた。
港街ズゥミ。
僕らの人族大陸における旅の終着点であり、そして獣族大陸への入り口。
だから人族に混じって獣人族もいる、と思ったんだけど……そんなことはなかった。
街中を歩いていてもいるのは人族だけ。できれば獣人族にも少しはいて欲しかった。
「……まあ、仕方ないといえば仕方ないかもしれないけどさ」
大通りを歩くすがら横にある建物を横目で見ると、活気の合間を縫うように赤のペンキで大きくバツ印が書かれてある。立てかけてある看板を見る限り、前は宿屋だったみたいだけど……。
「フミさん……」
後ろにいたピミュさんが僕の服の端をちょこっと摘んできた。
「なに?」
「いえ、その……この街なんですけど、うまく言葉にできないんですけど……」
言葉を選ぼうにもどう言えば良いのかわからない、と言った感じでピミュさんが唸る。
この街に対して思うところはある。それはきっとティトシェさんに頼まれ事をされたからだと思うけど、それでもこの街は――
「―――なんだかこの街、歪です……」
冒険者ギルドまでやってくると、ピミュさんがホッと安堵した表情をしてカウンターまで小走りで走っていった。
「フミ殿、少し良いか?」
「ん? いいけど」
あの温泉以来心なしか筋肉が輝いて見えるフェン。そしてフェンに肩車されているウィズ。……なにやってるのさ、ウィズ……。
「フミ殿も気づいておられると思うが……この街に着いてからこの街に異常を感じているのだ。……前来た時はこんなことなかったのだが……だから情報を集めておきたいのだが、良いか?」
「ここで?」
「ウヌッ! ギルドは異常に敏感なところがあるからな。フミ殿も一緒にやるか?」
「いや、僕はパス。そっちにはウィズもいるし、それに……」
僕はティトシェさんからも大体のことは聞いてるからね。
気づかれないようにため息をこぼすと、肩車されたままのウィズを見る。すると「んー……」と首を傾げたかと思うと、まるで蛇みたいにフェンの体をくねくねと這い回りながら降りてきた。
そしてにっこり笑ったかと思うと、
「じゃああとで集合だね! 場所はここでいい? 文君」
「ここにピミュさんもいるし、それで。あ、ついでピミュさん見守っててくれる?」
ピミュさんもこの街がおかしいって言ってたし、一応、ね。
「時間は日が暮れる頃までってことで」
そう言ってギルドを出て歩を進める。
といっても目的がないわけじゃない。僕は僕自身で考えたいことがあるし、この街について自分でも調べておきたい。ティトシェさんから聞いたことだけじゃなくて、やっぱり自分の足で見聞きしたほうがわかるときがあるし。
「……獣人族を排他する団体と、それに対抗した過激派な獣人族の団体組織、か」
ここユナイダート王国は≪亜人排他主義≫を取っていない。けど、それを良しとしない人だっている。良くも悪くも王政だからね。それに、いつの世だって必ず王のやり方に反対する人だっている。
最近はそういった人たちが西側を中心に活動しているらしい。過激な人だと獣人族大陸にわざわざ行っているとか。その行動力を別のところで生かせば良いのに。例えば自宅警備員とかさ。
一応獣人族の方と連絡を取り合ってそういう過激派は捕まえたりしているみたいだけど、事はそれだけで収まらないらしい。
犯人は人族。獣人族と確執がある人族だから、簡単に言えば獣人族からの不満が噴出するのは至極当然のことで。
「まーた裏路地で人族が殺されたっぺよ」
「今週で何回目かしら? 犯人は獣人族よね。物騒ねぇ……」
物騒な会話をする二人組とすれ違って思わず足を止める。別に片方の喋り方が可笑しくて止めたわけじゃない。
「殺されていた、ね」
ただ淡々と起こる事実。日常のように溶け込むその事実は、確実に争いの種になりつつある。
――だからこそ、親善大使としてより強固な結束、引いては同盟を結ばなくてはいけない。
それがティトシェさんが出した依頼にして僕が受けた依頼。女王として、そして一人のティトシェさん個人として出された依頼であり、冒険者フミが受けた依頼。
国を憂うのはわかるし、未来がミえるからこそ世界をも憂うのはわかる。
ただ、あれから少しの日が経った今でも思う。
……これ、勇者にやらせるべきだったんじゃないかな?
信頼云々はまあ置いておくとして、さ。どんな本を読んでも『親善大使を冒険者に任せた』なんていう記述、一切合切出てこないんだけど。
まあ、せっかくこの国の支援を受けられるかもしれないという千載一遇のチャンスだし、受けることはやぶさかではない、というよりも受けざるを得ない状況にされていたわけだけど。……足元を見てきたところはさすが女王、といったところか。
受けなかったら国の敵扱い、ってことでしょ? それは流石に辛い。
ため息をこぼすと同時に一陣の潮風が吹いた。そこでいつの間にか下げていた頭を上げると、目の前には大海原が広がっていた。
いつの間にか大通りを抜けていたみたいだ。船着き場には数え切れないほど船が泊めてあり、多くの筋肉が野太い声でよくわからない言葉を発してる。
……ここでも筋肉を見ることになるのか……。
手を口で抑えながらふらふらと海に沿うように歩くと、とある船の近くに立て看板があった。
なんとなく立て看板まで近づき、ここでもまたため息が出てしまった。
『乗船場:ただし獣人族はお断り』
「なんとも、まあ、うん」
わかりやすいと呈しておくのが無難だね。
これはもしかしたら、≪亜人排他主義≫推進派であり過激派の皆さんの勢力は相当なものになっているかも。じゃなかったらこの立て看板もすぐ撤去されるはずだし。
撤去されていない今、この街は過激派の皆さんの方が勢力が上だって言えることになる。
「……そうなると僕の安心・安全な旅の後ろ盾がいなくなるのか」
一応ピミュさんがいるからギルドが後ろ盾になってくれている感じも否めないけど、できればわかりやすい国家が後ろ盾となれば安心感はある。
となれば。
この立て看板を抜くことで愛国心を表しておくこともやぶさかではないね。心がこもってなくてもそう見える行為と実績があれば問題ないし。
アイテムボックスに放り込んでまた歩き始めると、たぶん商店街エリアに入ったっぽい。いや、海のすぐ傍だから市場、かな。いろんな焼ける音や香ばしい匂いが充満している。
とすれば必然的にお腹が鳴るもので。
懐具合を確認すると同時に辺りをつけようと周りを見渡し――
「あれ?」
赤いフードにマント。間違いない。
近くにボッチちゃんいた。というより、目と鼻の先、一番近い屋台に。
指を三本出すボッチちゃんと首を振って五本出す屋台主。それになんて言っているかわからないけど猛抗議するボッチちゃん。
ただの値切り、かな。
屋台は一律お祭り価格。これが基本なのに。
ただ、まあ。
屋台の価格が三百エルドだって書いてあることが気になったけど、すぐに頭の片隅においやって市場の奥に……と思って、足を止める。
そういえば船が用意してもらったんだっけ。
ティトシェからの依頼はギルドを通していないから船がどこにあるかわからないから探さないと。
体の向きを百八十度変えて歩こうと足を一歩勧めた時、横から勢い良くぶつかられた。
「きゃっ!」
「うわっ!」
なんてラブコメ的展開。よくあるシチュに現実で体験するとは……。
…………まあ、現実は僕が吹き飛ばされるというよくわからない自体に陥ったわけだけど。
「わ、悪いわね、ってあんたっ!」
なに、その驚いた声。
「なんでそんな吹き飛ばされてるのよ。軽いわね」
一応平均的な体重はあったはずなんだけど。
というか今吹き飛ばされた衝撃で頭打って痛いんだけど……!
「ちょっとあんた聞いてる? 聞いてない? あ、もしかして頭打ったの?」
「そ、うだけ、ど……」
かろうじて声を絞り出して返事をして声がする上を見上げる。まだぼんやりとした視界に映り込んできたのは赤いローブと、差し伸べられた白い手。顔は見れないけど、でも、もしかして……
「――ボッチちゃん?」
「誰がボッチよ!!」
ボッチちゃんに追い打ちを食らってその場で目の前が真っ暗になった。
◆
意識を失ったのはほんの数分だったみたいで、すぐに目を覚ました僕を引きずる形でボッチちゃんが連れてきた場所は、このあたりでは少し浮いたお洒落なカフェテリアだった。
周りにも筋肉……もとい漁師ではなく、普通の人や冒険者然とした人ばかり。海が見えるという立地的な面と、妙にお洒落すぎる点が漁師を寄せ付けない、といったところかな。
ボッチちゃんに適当に注文されて出てきたケーキも紅茶も中々に華やかで、この店のこだわりと漁師嫌いがよく見て取れた。
だって、店員さんが僕の腕を見て軽くガッツポーズ決めたしね……。
「ここ奢るから、これでさっきのはチャラにしなさい」
「わかった。それじゃ、遠慮なく」
ピミュさん達の分のお土産も買っていこう。奢りだし。
「それで、ボッチちゃん」
「私はボッチじゃないわよ!!」
バンッ! と机を叩く。と、同時にスッと後ろに現れた店員さんがボッチちゃんに手刀を食らわせた。
「~~~~っ! あんた――」
「申し訳ございませんが、粗相をしてテーブルなどを破壊されると困りますので、私たちのお店ではこぶしで黙らせるというルールがございますので」
「どういうルールよ、それ!」
ボッチちゃんの言うとおりだよ。
なんて言えずに、僕を見ていい笑顔で親指をボッチちゃんから見えないように突き出してくる店員さんにどう反応していいかわからずに、とりあえず苦笑いを浮かべて会釈をしておいた。
「……まあ、いいわ。とにかく、よ。私にはちゃんと――」
「ボッチちゃんってレーリスの街からずっと見かけるんだけど、獣人族大陸に何か用事でもあるの?」
「……ボッチじゃないわよ」
またテーブルを叩こうとした手が、今度は寸でのところでさっきの店員さんに止められて、意気消沈とした様子でそう呟いた。
「私の目的は、そうよ。獣人族大陸にちょっともど――行く用事があるのよ。最近の国と国、大陸間の関係のせいでちょっと動きづらくて、それをまずは獣人族たちに文句言ってやろうと思って」
「そりゃ、大変だね」
「まるで他人事ね。まあ、あんたにとっちゃそうかもしれないけど」
実際は他人事も何も、ある意味渦中の人とも言えるかもしれないけど。女王から頼まれているわけだし。
「でも、乗れる船がないのよ。現状だとね」
「ん? ……なんで?」
紅茶を啜る手を止めて聞くと、渋い顔をして口を開いた。
「あんたには関係ないわ」
「いや、僕も獣人族大陸に行くわけだからかなり関係あるんだけど」
例えば、ほら。停泊できる場所がない、とか?
「それに、ほら。レーリスの街にケットルの街、そしてここズゥミ。僕達って結構縁があると思うんだ。だから、ほら。三回会えばなんとやらだよ」
「あんたそういえば、ケットルでも見かけたわね……あのとき結構厳重に守られていたはずなのに、よく入れたわね」
「そういえば、あのとき結構厳重に守られていたはずなのに、よくボッチちゃん入れたよね。しかも、無事に外に出てここに着いてる。一人でさ」
「うっ……」
見事なブーメランを返したら言葉に詰まってしまったボッチちゃんに、「それで? どうするつもりなのさ」と話を続けさせる。と言っても、さっきから外そうとしないフードにボッチちゃんの現状を複合させると、だいたい正体が掴めるわけだけど……でも、早計は身を滅ぼしかねないからもう少し情報を引き出す。
「正規の方法で行けないとなると……そうね、どっかの船に忍びこむか、それか少し前にドッグの方に入ったらしい船を盗むぐらいかしら」
「物騒な話だ」
「今更ね」
そう言って外を見るボッチちゃんに倣って僕も視線を外に向ける。
「綺麗な世界だと思って国を出て色んな所を見てきたけど、結果はそうでもなかったわ」
まあ、魔物がいるし国がある以上平和なんて妥協点を求めないとあるわけがない。
「この国も、暖かい部分はあったけど、それ以上のものは得られなかった」
それって仲間とかかな? なんて思ったら鋭く睨まれた。
「……だけど、教訓は得られたわ。目的は何が何でも成し遂げればいい、って」
「それがどうして手を汚すことに繋がるのか……なんかわかるけど、
それで良いのかな、って僕は思うよ」
「でも――! ……ちょっと口を滑らしすぎたわ」
そう言って立ち上がったボッチちゃんの手を掴んだ。
「な、なによ?」
それには返事をせずに、僕も立ち上がる。
「確かに何が何でも目的があれば成し遂げようとするところ、僕は良いと思うよ。でも、だったら目的が一緒の人とか運とかも味方につけるとなお、いいと思う」
そう、例えば、
「僕とかね」
「……あんた、何が言いたいのよ」
僕の腕を振り払って座る。
きっとケーキがまだ残っていることに気づいたんだろうね。一口しか手を付けてないし。
「確かにあんたとは三回も会ってる、というよりもすれ違っているわ。でも、それがなんになるっていうのよ。人との出会いなんて全部気まぐれじゃない」
「あ、そのイチゴもらうね」
「話を聞きなさい!?」
ケーキのイチゴはアクセント的な扱いだけど、結構いける派だからね。
なんて思いながら咀嚼して飲み込むと、まずは「そうだね」と肯定する。
「人と人の繋がりなんて気まぐれなんだよ。その気まぐれを、どう使うか。僕はそこがミソだと思うね」
そう、それこそ例えば、なんだけど。
僕がティトシェさんと会い。
依頼をもらって船を貰った。
その船は自由に使って良い。
これも全部出会いがなければだめだったわけで。
「まあ、なんというか。僕も、ボッチちゃんも行先は同じなわけだから――――――」
手を差し出して、にっこり笑って言った。
「僕が連れて行ってあげるよ。獣人族の大陸にさ」
お読みいただきありがとうございます。
おさらい1:政治的不安定ですね。
おさらい2:ボッチちゃんはボッチちゃん
おさらい3:文くんがどうしてここまでボッチちゃんに固執するのかはボッチちゃんがボッチちゃん故なのか……はたまた……。
第二章 - 完 -
第三章 - 獣人騒乱編 -
明けましておめでとうございます。
そして誕生日おめでとう、2016年!
今年の抱負は「来年から頑張る」ですね!
……嘘です。




